34 その愛情は何の色をしているか。3
――思い当たるのだ。
自分と妹。
そして我が子たちに言われたことに。
そして従姉妹たち、プリシラとリリアラのこと。
プリシラと少しばかり距離が近くなったことにより、教えてもらえたこと。
リリアラだけがあの家で可愛がられていたという。
そして母と叔母のこと。
妹は可愛いがられるもの。
マグナルにはアイリスという妹がいる。
母は、確かにアイリスを可愛がっていた。そのはずだ。
母に似て――薄い焦茶色の髪をしている妹を。
「マグナルはお兄さんだから、妹のアイリスに譲れるわよね?」
自分たちも度々、そうしたことを言われたことがある。
ただ、自分たちは性別が違うし、歳も離れていた。
それが幸いし――いや、そうも言えないが――幼いころは母の歪さに気が付かなかった。
マグナルはやがて家を継ぐものとして、男として、厳しくされても当たり前だと自分でも思っていたのが。
当然、妹のことは兄として護ると誓っていたのが。
妹も自分を慕ってくれるし、妻のことも尊重してくれるし、我が子たちも別け隔てなく可愛がってくれている。
それに譲ったとしても。
アイリスは譲ったものは今でも大事に使ってくれているし、マグナルの本当に大事にしていたクマのぬいぐるみなどは、夜にこっそりと「ただいまー」とぬいぐるみに声音をつけて帰しに来てくれたりする、良い子だ。
マグナルからもらった万年筆など、もとはマグナルたちの祖父が使っていたものだから、そろそろ女らしいものに買いかえたってよいのに。
マグナルが祖父からもらって喜んでいたのを、アイリスもほしいと言って――母に譲るように言われて。
代わりに祖父はマグナルに新しい万年筆をくれたが、アイリスは変わらずにそれを使っている。
そう、女であるアイリスの方が――ティエリアがおかしいと感じたのと同じように。アイリスも母の異質さをうっすらと感じていたのだろう。もらった以上は大切にすると、良き妹すぎる。
それでも可愛がってくれることは嬉しかったし、普段は本当に良き母で。刺繍をはじめ、家政のことなど手本になるばかりで。
マグナルとて跡取りとして大事にされた。
だけどもし、もしも自分が女であり――姉であれば。
男だから服や扱う品は違うのが。もしも姉であれば、それらを譲れとされたのだろうか。もしかしたら婚約者まで。
……プリシラのように。
従姉妹のやらかしで。アイリスの婚約が白紙になったときに。
従姉妹たちの関係を、妹のリリアラばかりをかわいがられたと聞いて。
黄金色の妹ばかりを。
そうして明らかになった元凶が――叔母の思い込み。
プリシラとアンドリューから話を聞いて、自分たちの母親たちがそんな関係であったとマグナルは驚いた。
それがまさか、自分たちの母親のせいだったなんて。
自分たちは性別が、そして年が離れていたから。
思い至らなかったのは、それはマグナルもアイリスも悪くはない。
だから我が子たちに――同じ日に産まれた双子たちに、差をつけていると知って。
双子が、ティエリアがぶち切れたときに。マグナルは真っ先に妹のアイリスの顔が浮かび、相談した。
そうしてアイリスが婚約を白紙にされたとき、母が言ったことを初めて聞いたのだ。アイリスは誰にも言えず、黙ってくれていた。本音はその時に相談して欲しかったな、なんて。頼りない兄で申し訳なかった。
「やっぱり私みたいな汚い色の子は、かわいそうになるのね」
は?
本気で解らず、マグナルはアイリスに尋ね返してしまった。
そんなことを我が子に言ったのか?
婚約を白紙にされて悲しむ我が子に?
マグナルもまた母譲りの薄い焦茶色の髪をしていたけれど。つまりルゼリアはマグナルにも似ているのだ。
これを、汚い色だと?
妹だけでなく、愛する我が子を侮辱されていたことになる。
「あらでも、侯爵家からお話が? やっぱり妹は何もしなくても幸せになれるのね? リリアラもそうなったのだもの!」
はじめは同じ子爵家の跡取りに嫁ぐ話であった。だが白紙になったことで、三男ではあるが侯爵家に嫁げることになって。
そんなこと……そんなことを……。
アイリスが侯爵家の三男に好意をもたれたのは、アイリスが良い子だからだ。妹の頑張りを彼が知ってくれたからだ。
母の言い様では、アイリスが何もしていないようではないか。
しかも――あの、姉の婚約者を寝盗ったリリアラを、まるでそうあるべきかのように?
――気持ち悪い。
アイリスは自分を愛してくれていた母の本音を聞いたが、何も知らない兄に告げて不和になることを望まなかった。決して兄を蔑ろにしたわけではなく。むしろ伝えておくべきであったと彼女は。
姪たちが危うくなっているならば、胸に秘めるべきではなかったと、アイリス逆に謝られてしまって、兄妹で頭を下げあってしまった。アイリスはまったく悪くないというのに。
そうして理解した。
だから、母はルゼリアをかわいそうと言っているのか。
姉で。
輝く金髪ではなく、くすんだ薄い焦茶色が。
ただ、産まれの順番と――色だけを。
母が叔母を溺愛していた、その本当の――意味を。
まさか。
母は、自分をかわいそうと言っているのではないかと。かわいそうだからちやほやされるべき、と。
だから無意識に、ルゼリアを――蔑みながら、贔屓するのだ。
己に、色も立場も同じルゼリアを。
兄妹はようやく。
そのことに至り――改めて己たちの母を、気持ち悪いと……。
まともな感性のひとの方が損をする世の中、嫌ですね。困りますね…。




