32 その愛情は何の色をしているか。1
歪みはこうして…
「マリエッタ叔母様を引き取りたいなら、母上の個人資産だけで、面倒をみてください」
誰も、気が付かなかったのだ。
サシェット男爵家からシュンカール子爵家に嫁いできたロレインは、優秀だという評価の話のままに。
早くに亡くなったシュンカール子爵は、良い妻であったロレインに、最期まで感謝して……逝った。
父はその最後の瞬間まで幸福であったろうと、子であり跡を継いだマグナルは――そう、思っていた。
――己に子が産まれるまでは。
双子のルゼリアとティエリア。
ともに愛しい、娘たち。
どちらかだけが可愛いと、比べることなどできはしない。いや何故、比べる必要もあるのか。
双子という大変な出産をしてくれた愛しい妻も、また優劣なんてつけられないと同時に抱き締めている。両腕に抱えて、幸せが二倍だわ、なんて。
姉のルゼリアは冬の始まりの森のような優しく淡い焦茶色の髪に緑の瞳。
妹のティエリアは蜂蜜を糸にしたような黄金に輝く金色の髪にまた緑の瞳。
どちらも将来が楽しみな顔立ちを、赤子のころより。
嫁に出したくないと言っては妻に笑われるマグナルだった。
母のロレインも、孫の誕生を喜んでくれている。
――そう、思っていた。
特に母はルゼリアをよく気づかってくれていた。
ルゼリアの髪色は己に似たからだろう。
しかしティエリアも、母が誰よりも可愛がっていた叔母の幼い頃、まるで生き写しのようだと知るひとたちから言われていたから。きっと大切にしてくれていると。
……いや、してはくれていたのだろう。
ティエリアは本当に美しい色合いをしていた。母の血筋にたまに現れるという、黄金色を。
男爵家の末っ子でありながら、シーズリー侯爵家の後見もあり、馬具造りで有名な伯爵家や、なんと公爵家とも宜がある――ホンス伯爵家に嫁いだという。それはそれは美しい娘であったという母の妹のマリエッタと同じ。
だがそのうち。
そのティエリアがぶち切れた。
幼いながらに、ぶち切れた。
幼いないからこそ、本気でぶち切れた。
「何故比べるのですか!? 何故、ルゼリアを、ルーの髪色はそんなに、どこがかわいそうなのですか!? それに姉だからって何!? たった数時間が!? 産まれた順番が、姉だからって何ですか!?」
己の半身のどこがかわいそうなのだ!
我が半身を馬鹿にするな! 下げずむな!
――と。
それは双子に会うたびの祖母の言い様が。
「ルゼリアは金髪になれずかわいそうに……将来苦労するのだもの。だからティエリアも助けてあげるのよ? あなたはきっと良いところに嫁げるから」
「ティエリアは美しいのだからかわいそうなルゼリアに先に好きなものを選ばせてあげてね。ほら、ティエリアは何だって似合うのだし」
「ルゼリアはお姉さんだし、美しくないかわりにたくさんお勉強しましょうね? あら、ティエリアはかわいいのだから大丈夫よ? 何もしなくても、きっと」
「ルゼリアはお姉さんなんだから頑張りましょうね。頑張らなきゃ駄目なの。かわいそうに」
気持ち悪い。
鏡合わせのように同じ顔をしている自分たちなのに。
どうしてルゼリアがかわいそうで。
どうしてティエリアだけがかわいいのか。
そのくせ、「かわいくないからルゼリアを優先してあげなさい」と、奇妙な話しをしてはいないか?
祖母は目が悪いのではないかと、双子ははじめはそう悩んだ。こんなそっくりな自分たちがわからないのだから。
やがて。互いのわずかな違いの髪色に拘られていると気がついて。
そんなものの違いで差をつけようとされている。
ルゼリアをかわいそうと。
――自分に似てしまったから。
そして親にすべてを報告した。ぶち切れながら。むしろかわいいと褒められていたティエリアの方が。
かわいくないのだから、かわいそうだから。
だから、贔屓してあげるのだと言われてルゼリアも嬉しくなかった。むしろ贔屓されても――大事な半身とあえて差をつけられることに心は傷ついていた。自分は本当は妹と違って醜いのだろうかと、悩みさえし始めてしまった。
そんな大事な半身を傷つけられて、ティエリアが怒らないはずがなかった。
祖母はおかしいと。
ロレインの、無自覚の悪意を――誰も、本人も解っていなかった、その歪さを。
ティエリアが美しさにちやほやとされても、己を忘れず見失わない聡い少女であったことが、シュンカール家の後の世に続く幸いであった。
――因果を断ち切ってくれた。
そしてそれは、ティエリアとルゼリアが互いをかけがえのない半身と、大切にしあっていたからだ。
互いに正しい愛情を持っていたからだ。
色の違いを、何故にそんなに祖母が気にするのかが、むしろ少女たちにはわからない。
産まれた順番もなんだというのか。
祖母がティエリアちやほやとしながら、色の違うルゼリアこそをかわいそうと哀れみながら――実は贔屓していることを。
幼いからこそ、その歪さが気持ち悪くて――怒りになったのだ。
「ティエリアは、ティーエは確かにかわいいです。美しい金の髪もしています。大事な妹です。姉として愛してます」
ルゼリアだって黙っていられない。
彼女も――むしろ贔屓されることを、気持ち悪いと思っていた。
祖母の言い様は、まるで洗脳だ。
自分はかわいくないから、美しくないから――姉だから。
「だけど、おばあさまの言い方は、おかしいです。気持ち悪いです。わたしだけ贔屓されたって、ちっとも嬉しくない。かわいそうだから優しくしてやる、なんて」
そう、ちっとも嬉しくないのだ。
あんなような言い方をされては。
「ふたりまったく同じにしてください」
双子の結論は、そこだ。
差をつけないで欲しい。あえてつけるようなことをしないで欲しい。
マグナルと妻は、我が子たちの訴えを無視したり、軽視したりしなかった。
マグナル自身、ふと思いだしたことがあったのだ。
――そして従姉妹のやらかしよ。
そしてようやく明らかになる。
もしかしたら一番、性の悪い人…。一番、哀れかも知れない人…。




