29 幼き日の黄金の。6
恋は盲目とはあるが。
何かおぞましい病に侵食されたのだろうと、後に口悪く言われることすらあった。
それは自分の目を覚まさせようとした実の弟や妹から。
何故、妻と片方の娘ばかりを。
何故、黄金の髪でないからと蔑ろにするのか。
……と。
自分の妻は亜麻色で光が当たらねば輝けぬまがいものなのが悔しいのか。
己は侯爵家生まれの尊い祖母の血を引いているというのに、輝けぬ暗い色であるからだろう。
片方の娘も、同じく尊い血を引きながら――見窄らしい。
それは嫉妬であろうとクライスが鼻で嗤えば、弟妹はかつては尊敬していた兄がここまで人間として堕ちた――と、哀しみに暮れた。
それは己の髪色が見えないのかと不思議にもなるほどの盲目。母に対しても失礼であろう。
訊けばどうやら男の髪は別にかまわないような返答。確かに貶されたのは妻や妹。
母に対しては産みの親としての感謝がある、我慢しているなどとふざけたことを言ったが――弟が一度殴ってからは口にはしなくなった。本心ではさすがに口にしてはいけないとクライスも、理解していたからだろう。
弟は妻を侮辱されたことも含めて一発ではなくもう一発殴れば良かったと後悔したが。
その妻に暴力は駄目だと止められなければ、と。
シャーリーは自分が酷い目に遭っていたからこそ、他者にそれを与えるような貧しい心根の持ち主ではなかった。それは愛情を与えてくれた今の父母や夫に感謝の気持ちにあり。
どうやらクライスにとって、黄金の長い髪こそが至高と、余人には理解できないところにはまりこんでしまったようだ。
趣味嗜好はどうしようもならないのはあるが、あまりにも――酷い。
何とか元の兄に戻って欲しいと弟妹は、あの姪の結婚式直前のやらかしまで。彼らは見捨てず頑張ったのたが。
けれども、もう……クライスはその扉を開けた黄金しか、見えなくなっていた。
「ロレイン嬢に失礼では?」
さすがに見合いの席で相手を変更とは。母として、同じ娘を持つものとして、ジョアンナがそう息子を窘めた。
「あら、お姉様は私に譲ってくださいますわ?」
しかしマリエッタの何ともないような、それが当たり前だとでも言うようなさらりとした言葉に、皆が一瞬固まった。さすがにクライスも。
けれども皆がさらに驚いたことに。
「ええ、もちろんよ。マリエッタ」
さらにロレインが。にこりと微笑んで妹の言葉を肯定したのだ。
何の戸惑いも、無く。
さては華やかな妹ばかりを贔屓しているのか――と、親として見合いに同席していたクリストフとジョアンナのぎょっとした視線に、違いますと男爵家の親たちは首を横に。
男爵家の姉妹たちの仲が良いという噂は本当だった。
――今となっては恐ろしいほど、本当に。
確かに末っ子のマリエッタを皆は可愛がっている。その中でも特に妹を大切にし、可愛がっているのが姉のロレインなのだという。
今では姉妹の兄にあたる嫡男が呆れるほどに、ロレインは幼いころよりマリエッタを第一に考えるほど――姉馬鹿なのです、と。
「こっちのケーキの方が大きいからマリエッタにあげる」
「おじさまのお土産、好きな方を先にマリエッタが選んで良いのよ?」
「ドレス……作ってもらったけどやっぱり桃色はマリエッタの方が似合うんじゃないかしら? え、サイズ……ごめんなさいね、マリエッタ。大きくなったら絶対譲ってあげるわね!」
といった具合に。まず妹ありきで動くロレインなのだとか。
「確かに、私たちも末っ子であるから、マリエッタを甘やかしてしまっておりますが……」
姉妹に格差どころか、本当に仲が良くて……と、親たちはむしろ仲が良くて困っていますと、苦笑していた。
「だってマリエッタはこんなに可愛いいんですもの!」
ロレインが愛おしいとマリエッタを抱きしめて、力いっぱい宣言した。
「金の髪も緑の瞳もこんなに美しくて! 我が家の天使ですわ!」
客人の前では止めなさいと親に叱られて。でも彼女はクライスに視線を向けると――頷きあった。
ですよね、と。
「可愛い妹にこそ、格上の良きお家に嫁いで欲しいのです! 幸せになって欲しいのです!」
その眼差しはキラキラとしていて、心底からの言葉であると皆にも、伝わりはした。この空気、どうしよう、とも。
キラキラしているのはロレインとクライス。
似たもの同士かしら。むしろ気が合うんじゃないかしら、などと思われた。
そんなロレインであったから。「見合い相手が妹さんの方に」などと陰口を言われかけたが、「ああ、サシェット家の姉なら、むしろ妹離れしないと」と、逆に世間に納得され、後ろ指や傷物扱いはされなかった。
まあ、兄弟姉妹の仲が良いのは悪いことではない。
それにマリエッタに先に婚約者ができれば、ロレインも落ち着くのでは……などとサシェット男爵たちも苦笑して話すほど。見合いの相手が入れ替わってしまったが、相手こそが傷付かず、遺憾無くそれを是とするならば、ホンス家もうなずくしかない。
それにクライスの視線はもうマリエッタに釘付けで。息子がこんな様子では、優秀な姉の方が、とはとてもでは言い出せず。
それにマリエッタも女学院では、実技などは振るわないものの、なかなか優秀だとは聞いている。
ならばこちらから願った縁であり。サシェット男爵家が、ロレインとマリエッタの姉妹が受け入れてくれるならば。
ホンス家は、妹御を嫁にと、頭を下げたのだった。
そうして、政略もなく。ただ家族からの祝福ばかりの。
クライスとマリエッタは婚約した。やがて女学院を早く辞めたマリエッタとの結婚も整った。
別に卒業してからでもと、ホンス家は思っていたのたが。
サシェット男爵家の懐事情と、早くクライスと結婚したいというマリエッタの希望があった。確かに通えば通うだけ、学費はかかる。
懐の話をされてはホンス家も。けれどもかき集められた持参金はしっかりとしていて、サシェット男爵家はマリエッタを押し付けたいのではなく、本当に末娘の幸せを願っているとわかり。
サシェット男爵家が跡取りの嫡男しか学園に入れられず、あまり裕福でなかったのは。かつて領地に水害があり、まだその復興中だからという、同じ領地持ちの貴族なら気持ちが分かりすぎて余るものであった。
ホンス家との婚姻は政略ではなかったが、当時はシーズリー侯爵家にも縁があり裕福だったホンス家からの支援もあり。
やがてロレインも、少し離れた地方であったが縁ができ、嫁いで行った。妹離れができたと親も兄も喜んで祝福した。
だからこそ。
誰もこんなことになるとは思いもしなかったのが。
……いや、誰もが薄々と――大丈夫と願いたいばかりに。
ここにも姉妹格差ありと思いましたか?
…ふふふ。
さらに「あ゛ー…」てなってもらいたい(?)から、続き頑張ります!
ちょっと伏線仕込みすぎたと反省中…。もっとはやく完結するはずが…。




