28 幼き日の黄金の。5
クライスはその黄金の輝きに、目がくらんだのだ――。
黄金は狂わせると、古来より物語にあるように。
英雄も竜も。ならば正しく生きようとしていた人間であれ。
彼は絵筆をキャンパスに。
描くモチーフはたくさんある。自然豊かなホンス領なのだから。
けれどもクライスが得意だったのは、人物画。
花も。森も。鳥も空も。遠くにあるなだらかな稜線もある。描こうと思えば、目の前は素晴らしい風景だ。
けれども。一番描きたいものはない。
誰も、いない。
誰も、いなくなった。
――独り、寂しく。命を終えるまで。
弟妹の婚約はとても良い関係で整った。
兄としては彼らが幸せであるようにと願うし、何かしらあれば助けにもなりたい。
最も、妹の嫁ぐ先の方がホンス家より何もかも上だし、弟が継ぐことになった家もまたしっかりとした後見がある。
助けてもらうのはもしかしたら自分かもしれないなと、彼は冗談を――少しだけ本音を。
やはりまだクライスの婚約が決まらない。
けれども縁とは不思議なもので。
ふとしたときにとある男爵家に優秀な姉妹がいると、ホンス家に話を持ちかけられた。
それはホンス領の果実酒を好んでくださる方々が。ホンス家の若君が婚約者探しに困っているとひっそりと心配をされていて。
そうした繋がりもありがたいことに。
そしてサシェット男爵家の優秀と噂される姉妹とクライスは顔合わせをすることになった。
もちろん、クライスには難読症というハンデがあり、だから結婚となった後には業務を少し、それこそ一日に少し、手伝ってもらうことになるとは、了解を得て。サシェット男爵家はむしろそのような役目があるなら娘が蔑ろにはされないだろうと、逆に安堵したほどに。
そしてクライスはサシェット男爵家の特に優秀だという姉のロレインと婚約する話が整った。順当だろう。
ロレインはクライスより一つ年上だった。
ならば学園ですれ違ったことくらいあったろうかと思ったが、サシェット男爵家の姉妹は貴族の子女だけが通える女学院に通ったそうだ。
女学院はクライスたちが通った学園より学べることは限られ、妻として、淑女としての教育が前提にあり――学園より学費が安い。
サシェット男爵家はあまり裕福ではなく、嫡男だけが学園に通えたらしい。
そうした貴族は少なくはない。
むしろこの時代、少し前までは。祖母の時代などはとくに。貴族の娘は嫁入り前は家の外に出るのは親しい家の茶会など程度で、自宅にて家庭教師や女親や、親類女性から作法や家政を学ぶのが当たり前だった。
学園に――状況や能力により、特例として平民さえ通える学園になど以ての外。
そうした子女の為に――むしろ頭のかたい古き良きを良しとする親御さんなどのために、学園ではなく女学院は作られた。
今では時代遅れともあるが、学費が安いことや、やはり保守的なご家庭では女学院を選ばれる。
決して、女学院も悪くはないのだ。
女学院でも成績優秀者は称えられるべきで。
そしてサシェット男爵家の姉妹はなかなか優秀だと言う話だ。
特に姉は女学院を最優秀で卒業をしたばかりだとか。
妹は気が弱いところがあり、実技や試験は振るわないがその分、提出物は優秀らしく。
ならばやはり本番も強い方をホンス家も求めたい。
そして顔合わせの日。
「まぁ、お客さまですの?」
出向いたサシェット男爵家の応接室の扉を遠慮もなく開いた少女に。
――その金色の輝きに。
その瞬間から、クライスの世界はまばゆいばかりのその輝きに覆われた。
「……貴方は?」
「まぁ、貴方がお姉さまの婚約者になる方なのね! お義兄さまと呼んでよろしいかしら?」
「まぁ、気が早いわよ?」
姉妹は仲が良いのだろう。薄い焦げ茶色の髪をした姉は、蜜のような金色の髪がまぶしい妹を、愛おしげにクライスに紹介した。マナー悪く見合いの席に乱入してきたことを咎めもしないで。
「こちらは妹のマリエッタと申します」
「よろしくお願いしますわ」
「……そう、マリエッタ嬢とおっしゃるのですね」
クライスはもう彼女しか目に入らなくなっていた。
「……マリィとお呼びしても?」
まぁ、と――姉妹は顔を見合わせた。
婚約の相手は姉であるはず。
クライスの様子に、部屋にいた親も使用人も、全員が戸惑った。
一目惚れにしては――……。
――人間は、堕ちるのは容易だ。
そういえばこの話の世界観ですが、「聖女」や「スキル」といった異能はありません。
ですが薬草や占い、そういった古き良き伝統を受け継ぐ「魔女」や、世界を識ろうとする「錬金術」などはある、そうした世界のイメージです。
今更ですが、これ大事なことで。




