23 そして歯車は正しい位置に。5
結局のところ。
アンドリューにとってリリアラと結婚していた三年間は、離縁するための準備期間でしかなかったのだ。
三年後に、姉とまた結婚するための。
そのためにカウンセリングに通い、不調を治して。
それは浮気という形もしれない。
しかし、もともと割り込んだのはリリアラだ。浮く心など、アンドリューには始めから微塵もなく。
聞けば三年間も、アンドリューとプリシラは婚約中と変わらず二人きりで逢うこともなかったという。
そもそもホンス家のあれこれで逢うことの方が多く、二人が逢うのも甘やかな時間どころか悩み合う親族の集まりであったと言うべきか。
そう、アンドリューとプリシラは、きちんと順序を踏んで離縁してから、結婚している。法的に誰にも文句言われないほど、完璧に。
「結婚式に呼ばなくてごめんなさいね。何せアンドリューさまは再婚だから、身内だけの小さな式にしたから……」
身内。
実の妹であるのに。
しかし、呼ばれなくて正解であったとは、薄っすらと。
どの面下げてと、言われるのがリリアラとてわかる。
後に。
その式にはアンドリューにとっては従兄弟になる王太子も参加していたと……。
かつての自分との式にはお越しの話の欠片もなかったというのに。
王太子は従兄弟にして弟のように思っていたアンドリューの身内として式に。
それによりアンドリューの再婚は王家も認めていると、話を聞くものに理解させたのだ。
王家にしても大公家の血筋を辿ることにより、養子となるものについて他国や不穏なる家の介入は避けたかった。
公爵家という繋がりにより、この国とのより強固なる縁故ができたと。
だからこそアンドリューこそが正統であると、王家はよりしっかりと明らかにされたのだ。
己が一度は夫の籍となった方の血筋の大きさを、ようやくリリアラは知った。
それはあまりにも遅すぎる――だからこそ、リリアラの無知による罪で――まだ、優しい罰だ。
そんなお方が、ただ一人、この姉と結婚したいが為に、大公家の跡取りの座を捨てたのだ。
それはリリアラを抱いた償いのためにと移行した。
――償いの。
決して――愛ではなく。
リリアラの中の何かが、またミシリと音を。
だから、彼女は唇を閉じられなかった。勝手に動き出して、言葉を紡ぐそれは、ミシミシと何かが軋むと同時に。
「――あ……アンドリュー様の、初めては」
――言うな。
「それでも、アンドリューさまは、お姉さまより先に、私を抱いたわ!」
――言うな。
「私は初めてをアンドリューさまに捧げたわ! あの夜、アンドリューさまは確かに私を抱いたんだから! だからお姉さまより先に! アンドリューさまの、初めてを!」
――言ってしまった。
処女を失った痛みを覚えている。
それまでのアンドリューの夢うつつに幸せそうな微笑みも。
優しい手も、愛撫も――アンドリューもまた初々しくリリアラに触れていた。それまではリリアラも確かに悦びにあった。
――だから。
「アンドリューさまはお姉さまが初めてじゃあないわ!」
それがリリアラの最後のプライド。
プリシラはアンドリューと結婚して、彼に抱かれている。だけどそんな彼の初めては――姉じゃあない!
自分なのだと、リリアラは赤い顔で言ってしまった。
それは自分より上に、幸せにあるひとに、絶望を与えてやりたかったから。
幸せに、ひびを入れてやりたい。
かつてそうしてやったように。
――今、自分がこんなにも可哀想なのだから!
「当たり前じゃない」
しかしプリシラは「何を今さら?」と不思議そうに首を傾げたのだった。
「もしかしてあなた、アンドリューさまも初めてだと思っていたの? 貴方が初めてでもないわよ?」
「……え?」
「……ああ、貴方は、知らなかったのね」
それが貴方の矜持だったのね、と……プリシラはむしろ哀れと思う視線で妹を見た。
そして。
リリアラの興奮した赤い顔が、またすぐに青くなるのだった。
今まで、リリアラを支えていたのは――愛するアンドリューの、彼のまた初めてが、リリアラだったと思っていたからだったのだ……。
だからリリアラはあの三年間、見向きもされなくても一人、ベッドで耐えれたのだ。幸せを勘違いして抱けていたから。
…続き、がんばりますね。




