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「だから結婚は君としただろう?」  作者: イチイ アキラ


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20/40

20 そして歯車は正しい位置に。2


 ――婿の?


「……え?」

 聞き間違いかとリリアラは周りを、その話が聞こえた方を向こうとして――バルトに止められた。

 ――彼は、そのためにリリアラの隣にいたのだ。

 彼はリリアラが知らない(・・・・)のだと、今の数瞬で理解した。

 かつてホンス伯爵が生前に、孫を頼もうと見込んだとおり、彼はまた優秀だった。


 何よりも隣の領の話だ。

 彼が知らないはずがない。情報を仕入れ、対策をしなければ。

 だから……彼は、すべてを知っていた。


 リリアラのしたことも現状も。

 

 ――アンドリューとプリシラの現状も。


 高位貴族の方から、低くながらも良く通る美声が。


「そうなのです。義娘のプリシラがようやく回復しましてね。いや、ありがたいことに孫も元気ですとも」


 と。

 それこそ、エルブライト大公の声。

 それこそプリシラの現状。

「む……すめ……?」

 プリシラは、姉は――大公に嫁いだのでは?


「プリシラは、養子として縁組みして大公家に移ったんだろう?」

 バルトはリリアラの元婚約者だ。そして幼なじみでもある。当然プリシラとも。だから今は彼女に対しての敬称を省いていた。リリアラが先ほどバルトと呼び捨てにしたのもあるだろうか。

「よ、養子……?」

「学園での領地経営を優秀で卒業したのを見込んで、エルブライト大公が養子として後見人なったのは有名だ」

 それを実の妹なのに知らないのだなと、言外に。

「あ……」


 解った……解ってしまった。


 嫁いだと、思っていたのは自分と――父と母だけだったのだ。

 思い出す。

 アンドリューもマリスも、プリシラも。

 嫁ぐとは言わなかった。

 他家に出す、と。

 父が書類を良く読めないのを逆手に。


 ――そう思わせ、プリシラをホンス伯爵家から逃したのだ。



 あの三年間。

 社交をさせてもらえなかったのは、この為だ。プリシラが実は嫁いだのではないと、リリアラたちの耳に入れないために。


 ――無事に離縁するために。



 そしてアンドリューの現状。

「アンドリュー様は……」

 バルトはリリアラの様子を見ながら。彼女が知らないことに気がついたから。

 ならば説明してやらねば酷であろうと――その役目が自分に回ってきたのもまた、何かの縁だろう。

 ホンス家の皆が黙っていたのはまた、アンドリューの仕返しなのかどうかはバルトにはわからない。

 いや、リリアラを傷つけまいとしたのか……彼らもどうしたものかと悩んでいたのか。


 ――逆に酷なのではないかと。


 他者の目線からはそう思う。

 いや、こうしてリリアラが現実をしることこそ。彼らの仕返しで復讐なのだろうか……。部外者であるバルトには、それは最後まで解らない。解りたくもなく。


「アンドリュー様は、ホンス家との離縁後、半年の準備期間の後にエルブライト大公家に婿入り(・・・)なさった」

「婿入り……」

 でもそれは。


 プリシラ()に婿入りということは、血筋な問題はどうなるのだろう。


 プリシラは養子ではないのか?

 それではアンドリューとプリシラのエルブライト大公家の乗っ取りなのでは?


 さすがにこの数年でリリアラも、多少はその大事さを解るようになった。

 貴族は――血統を尊ぶ。

 自分の次はエドワード、というような。

 身をもって学んだと言うべきか。


「そもそも、エルブライト大公家はアンドリュー様が継がれる話は、昔からあったそうだ」

 その問題に良く気がついたなと、バルトは少しリリアラを感心した。彼女もさすがに解るようになったのか。自分の婚約者であった頃にもこれくらいは理解をもっていてくれたらと……過去には戻れないことだが。

 そう、過去には。

「本来はそうするべきだったのだが、アンドリュー様は……プリシラを選ばれた」


 ――過去に戻れたら、彼らこそだろう。


 何故エルブライト大公家の跡取りがアンドリューに、なのかは。


「アンドリュー様こそがエルブライト大公家の血を引くからだ」


 エルブライト大公の妹のエミーリアこそ。

 大公家の姫であり――フェアスト公爵夫人であり。

 アンドリューの祖母であった。


 アンドリューの祖父ダミアンとは幼ないころより許嫁で、妻となったエミーリアは二人の子を産んだ。

 フェアスト公爵家の跡取りであるアンドリュー達の父親と、王家より請われ王太子妃となり――今は王妃となったマリエラを。


 マリエラこそ、大公家と王家を繋いだ姫であったのだ。


 彼女は大公家の血を濃く引き、眩いばかりの美しい金の髪をしていて。その血は今の王家にも。

 淡い金色めいたドレスを暗黙的に避けるのは、そうしたことから。


 しかし。

 エルブライト大公は哀しいことに事故でお子様を亡くされていた。その後、最愛の奥方まで。

 彼は奥方を心底より愛していた。だから後妻を娶る気にはなられず――養子として妹の孫たちの誰かに大公家を継いで貰えないかと考えて。王家の方より跡取りをというのは、少しばかり政治的に難しく。

 よって。

 フェアスト公爵家の次男であるアンドリューがその最候補であったのだ。


 けれども、アンドリューはその頃には最愛に出逢ってしまっていた。


 プリシラに。


 もしホンス家に跡取り男子が産まれていたら、プリシラこそがエルブライト大公家を継ぐアンドリューに嫁いでいただろう。身分の差があるが、学園にて優秀との評価ある彼女なら、何とかなったろう――今現在、まさに養子として認められていることから。


 だがホンス家にはプリシラとリリアラしか子はできず。


 悩むアンドリューの背中を押したのは、大公ご自身だった。

 自分も奥方を愛していた大公は、プリシラとの関係に悩むアンドリューに、気にせず愛するひとのところに行きなさい、と――皆が良かれと思ったことが。



 ――結果、歯車は狂い……遠回りに。






 はじめの頃にそういうお話がちまっとご用意してありましたの、気がついて頂けていたら。そして彼らが相談した大伯父さんこそ――だったという伏線でした!

 家系図はわりと単純かと思います。

 大公家とフェアスト公爵家にお祖母さまで兄妹の横線。お祖母さまの縦にアンドリュー……からのプリシラの養子と婿入り。


 アンドリューのお祖母さま。プリシラとリリアラお祖母さまが、旦那さん経由で自分までお友達とされておそれおおいとなっていたのは、こういうことでした。本人は割りと気さくな可愛いおばあちゃん。でもさすがに孫たちのあれこれには……。


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