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いつか魔法が使えたら

作者: 佐倉井

 物心がついた頃、よく読み聞かされた絵本は、この世界の神話だった。

 母親の膝に乗せられて、絵本が広げられる。

 優しい声が紡ぐ物語は、ワクワクするような冒険譚でもあり、違う意味も持っていた。


***


 神様が創った世界の中で、人は神様を模して作らました。いろいろな神様が力を合わせて創った人は、光と闇を併せ持つ生き物となりました。

 しかし、人数を増やした人は争いを始めました。

 争いを悲しく思った神様は、原因を探りました。

 原因は、人の中に宿る闇でした。

 神様は、人の身体から闇が空気に溶けるようにしてくれました。

 心から闇を少しずつ減らした人は、争いをしないようになりました。神様は大変満足します。

 ところが!

 人から大気に溶け出した闇は世界の隅っこで溜まり始め、塊になりました。闇の固まりはやがて、恐ろしい姿を現しました。

 魔王の出現です。

 人の暗い負の感情が魔王となったのです。魔王は闇から魔物を生み出し、自分以外の生き物を襲い始めました。

 神様は魔王を消しました。すると、魔王は闇に戻って、また人の内に戻ってしまいました。

 神様は困ってしまいました。

 人から闇を溶け出さないようにすれば、また争いが起こります。闇を放置すれば魔王が出来てしまう……。

 悩んだ神様は、人から生まれたモノであれば、人が消せることに気付きました。

 神様は三人の勇者に闇を打ち払える光の武器を与えました。


 光の剣・光の杖・光の弓


 三人の勇者は魔王に立ち向かいます。

 長く激しい戦いの末、勇者は魔王を倒しました。闇であった魔王は光の粒となり、大気へ還っていきました。

 神様は三人の勇者に感謝し、願いを一つずつ叶えると約束しました。


 一人の勇者は富を願いました。

 一人の勇者は地位を願いました。

 一人の勇者は不死を願いました。


 神様はこれからも闇が集まれば魔王となること、そのときには光の武器で倒すよう人に告げました。

 これで人の間に争いは少なくなり、闇が溢れることもありません。

神様は満足して永い眠りにつきました。


 さて、神様にご褒美を貰った三人の勇者は英雄となりました。

 富を願った勇者は、王様からたくさんの財宝を貰いました。ですがその財宝をすぐに使い切ってしまい、光の武器も手放して、手元に残ったものは何もありませんでした。

 地位を願った勇者は、王女様と結婚しました。ですが王女様を放って遊び歩いていたため、王様に咎められ殺されてしまいました。

 不死を願った勇者は、人知れず姿を消しました。死ぬことの出来ない勇者は皮と骨だけの姿になり、今でもどこかで生きているのです。


***


 絵本がパタンと閉じられ、膝の上に座る少年は母親を見上げて言った。

「要は、過ぎた願いは身を滅ぼす……ということですね、お母様」

「…………リオン」

「何ですか? ああ、ところでお母様。光の武器の行方は現在どうなっているのですか? 一つは確実に王城にありそうですが、残りの二つはどこにあるのでしょう? 無いと魔王が復活した時困りますよね。この話によれば魔王は負の要素が溜まればまた生まれるということですよね?」

「……リオン」

「しかし、光の剣に杖に弓で魔王退治かー。防御のことをまるで考えてないのがなんとも……。どうせなら武器と防具を一人の人間に装備できるような物だと、勇者の犠牲も一人で済んでいいのに。ねぇ、お母様。そう思いません? いや、やはりたった一人に全責任を押し付けるのはあまりにも外聞が……」

「リーオーン?」

 そのやや低い声に少年――リオンは両手で口を押さえて、ちらりと見ると、母親は笑ったまま怒っていた。しまった喋りすぎたかと思っても遅かった。

「リオン、貴方それが九歳の子供の可愛い発言と捉えられると思ってるの? 奇異の目で見られるわよ? もっと考えて発言なさい!」

「うう、やっぱり無理があるってぇ、母さん。こちとら前世含めて三十七年の記憶持ちなんだから、今更子供の真似って逆にムズイっつーか……」

 諦めていつもの口調で返したリオンに、母親は嘆いた。

「何を言うの! 人間根性でやってやれないことはないわ! そうでしょう?」

「だから頑張って、坊ちゃんらしくかしこまって喋ってたじゃん。内容まで気ぃ使うのは、俺には無理だって」

「俺って言わないで! 僕って言って! リオンはすごく可愛いんだから、俺なんて似合わないわ!」

 母親が叱り付けている所に、父親が帰ってきた。

「おかえりなさい、アスベルーっ」

「ただいま、ジュリ」

 母親はリオンを膝から降ろすと、父親に駆け寄って抱きついた。まだ二十台と年若い夫婦は子供の前でもイチャイチャと遠慮しない。

 リオンは放り出された絵本を机に戻すと、両親に白い眼を向けた。

「ちょっとお二人さん、九歳の子供の前でいい加減にしなよ。情操教育に悪いだろうが……」

 人目も憚らず熱烈にキスを交わす両親は、そんな言葉には動じなかった。

 母親がリオンの態度を父親に告げ口すると、父親は厳つい顔に皺を寄せて泣きそうな表情になった。

「こんなに美人の母さんを悲しませるなんて……。リオン、中身は普通の子供じゃないんだから、もっと女性に対して気を使いなさい。それくらい余裕で出来るはずだろう?」

「あーはいはい。お邪魔いたしました。僕は図書室に行ってきますので、どうぞごゆっくり」

 文句を言う母を父が宥める声を背中に、リオンは絵本を腕に抱えると駆け足で部屋を出て行った。



 廊下に出ると、お茶の用意をしたメイドが待機していた。リオンはメイドの足元に近寄った。

「マーサ。今、お母様とお父様、仲良くしてるよ」

「あらまぁまぁ。それなら暫く時間を空けますわ。リオン様、ありがとうございます。今からどちらへ?」

「図書室。後で僕にもお茶お願いね」

 ぺこりと頭を下げると、メイドも顔を弛ませる。

「リオン様は、本当にお利口でいらっしゃいますね。お任せ下さいませ」

 メイドに手を振って、リオンは一人廊下を歩き出した。

 リオンの両親は政略結婚であったが、夫婦仲は良く、その内、兄弟が出来るだろうとリオンは思っていた。


 リオンには前世の記憶があった。そういう人間はこの世界には稀にいるらしい。

 神様の消し忘れ――転生者の記憶が残っている現象は遥か昔にはそう呼ばれていたが、現在は『神様の英断』となっている。

 神様が人類を存続させるための英断として、知恵を有した人を残してくれたのだ――というのは、神殿関係者の願望が入っているとは父の弁だ。

 実際、記憶を持って何度も転生を繰り返している人物は『英知の書』などと称されて敬われ、国家規模で保護されたり、王族の知恵袋になったりするらしい。

 リオンも最初は黙っていたが、さすがに早熟な考え方や、子供らしく振舞おうとするところなど、違和感ありありで、両親にすぐにそれとバレてしまった。

 気味悪がられるかと危惧していたが、そういった土壌があり、あっさりと好意的に受け入れられて、実は安堵していた。

 バレて以来、猫を被ることをさっさと止めて気楽な生活になり、隠している間の苦労はなんだったのだろうかと思わずにいられない。

 やや羽目を外しすぎて、母親にことあるごとに注意されるぐらい、素のままでいる。

 転生者は神殿に登録義務もあるにはあるが、リオンはある事情から免除である。

 神殿が転生者を管理するのは、その人の持つ過去の知識を有効活用したいがためだ。リオンに関してはそれが適応されない。

 何故なら、リオンの前世は別の世界だから――という理由だ。

界を飛び越えた異世界転生者は、例え過去の記憶を持っていても、違う世界であることから利用価値が低い、または無いと考えられており、保護の対象外である。

 違う世界の価値観や倫理観や思想感、知識を有していた所で、この世界で一から学んでいく必要があるのだから、異世界転生者はこの世界で普通に生まれた者とそう変わらない――それが一般的な見解である。

 転生者とバレて、一応神殿に連れて行かれて、質問攻めにされた。内容は、この大陸の歴史についてである。過去に生きていたのであれば、これ以上の証明はないし、わざと引っ掛けて嘘も看破できるという。

 緊張しながら

「実は転生は転生なんですが、こことは別の世界に生きていたんです」

 と恐る恐る言ったところ、

「それじゃあ、特にこちらから何かをお願いすることもありません。普通に暮らしてくださいね」

 とあっさり流されて終わったのには拍子抜けしてしまった。

 過去の記憶以外にも、嘘がすぐに分かる理由がある。

 転生者は各々、特殊な能力を保持している。それは神殿にある巨大なバスケットボールほどの水晶に手を触れると判明するもので、リオンも念のため……と水晶で診断した。

 手を乗せると水晶が淡く発光し、中から文字が浮かび上がってきて驚いた。

 そこには『ステータス鑑定能力』と懐かしの日本語で書かれていたのだが、こっちの人間には当然読めず、誤診扱いで能力なしと診断された。

 リオンはその能力が何をどうすれば発動するのかさっぱり分からず、日々研究を重ねていた。

 声に出してもダメ、向こうでやっていたRPGゲームのような画面を思い浮かべてもダメで、詰まってしまったのだ。

 転生者の特殊な能力を使いこなすには、まず知識が必要だろうと父親の所有する本を読み漁るのがここのところの日課である。

 知識の一環として、父親の書斎の本を片っ端から読んでいるが、転生者の能力の使用法などという、都合のいい本は存在しない。

 あっても、過去の転生者はこんなことが出来た、こんなことを行って国に貢献した――という、物語風の昔話や歴史書くらいだ。絶対数が少ないので仕方の無いことだ。

 成長する過程で判明するかも知れないと、転生者ボーナスは保留にし、最近では魔法の本を読むのがお気に入りだ。

 この世界には、魔法がある。

 前世での科学の変わりに魔法が発達している。

 電気の代わり魔力があちこちで使用されているといっても過言ではない。

 魔力を貯めて使う、電池タイプの魔石。

 魔力を大気から吸収し枯渇しない、勝手に充電タイプの魔光石。

 この世界の便利な道具はこの二つで成り立っている。

 また、ゲームにあったような魔法も存在する。

 攻撃魔法、補助魔法、回復魔法の三つは自らの魔力を使う自助魔法。

 精霊魔法は精霊と契約を交わし、火・水・風・土・光・闇の精霊魔法を使う。精霊に報酬として魔力を提供するため、自助魔法も精霊魔法も、魔力がなければ使えない代物だ。

 魔法があると知り、一時リオンのテンションは跳ね上がった。転生して異世界に来たと理解した時よりも上がった。

 そして、それを試せる時は近い。

 この国では、魔法は十歳になってからでなければ、教えることも学ぶことも出来ない。

 昔はフリーダムだったらしいが、子供の火遊びからの大惨事が後を絶たなかったため、国を挙げてガイドライン作りを行った結果、十歳以下に教えたものに罰が与えられるようになった。

 罰に加えて、魔力があれば安い料金で学校に入れるようにしたことが、大きい。早くに魔法を教えるリスクよりも、十歳になれば学校へやれることの方が、民衆にも喜ばれたのである。

 もう十日もすれば、誕生日である。

 十歳になれば、母親から魔法を教えてもらうことになっているので、本も魔法の本ばかり読んでいる。

 攻撃魔法、補助魔法、回復魔法、それぞれに適正はあるが、基本的に自助魔法に必要なのは、イメージ力。

 魔法の呪文はそれを補助するだけのもので、イメージさえ固まっていれば発動は可能だと、本にはある。だが、呪文集というのも存在するので、唱える方が発動率は高いということだろう。

 リオンは前世で遊んだゲームの魔法をイメージしながら、どんな魔法を試そうかと考えていた。

 そう、物凄く魔法に対して楽しみにしていたのだ。何の迷いもなく、魔力があるのだから、自分にも使えるものだと、リオンは心から信じていたのである。


 母親と二人、リオンは広い裏庭にいた。

 誕生日を無事迎えたので、学校に入るまでの半年、母親が基礎魔法を教えてくれることになった。初めての魔法実践である。

 魔法を使うと両親に魔力を感知されるため、こっそり実験することも出来なかったのだ。

「さて、リオン。アスベルの書斎で散々本を読んでいたのだから、細かい説明はいらないでしょう?」

「はい、お母様!」

「初めてのときの注意事項は、人のいる方に魔法を撃たない、建物を壊さない。自然破壊をしない。以上よ」

 リオンはその注意に頬を引き攣らせた。母親マーサの力の篭った発言は、そんな事態に陥ったことがあるような口ぶりだ。

「なにその注意事項……過去にそんな事件、いっぱいあったの?」

「あら、魔力値の高い子供は皆、最初は失敗するのよ? 注意していてもね。だから教える方は防御魔法をかけてからね、何もない所でするの」

「なるほど……。魔法って、一歩間違えれば危険物扱いだもんね」

「そういうことです。リオンは理解が早くて楽だわー。では、基本の基。火の魔法からやりましょう。まずは見本よ」

 母親は掌を上にして、呪文を唱える。

『火よ、灯れ』

 小さな蝋燭大の火が、掌の上で揺らめいていた。

「おおーっ」

 目の前の種も仕掛けもない魔法に、リオンは歓声を上げる。

「次はリオンよ。同じように、小さな火を思い浮かべて、魔力を掌に集めなさい」

「はいっ」

 優等生の返事をして、リオンは両手を上に向けて、力いっぱい叫んだ。

「火よ! 灯れっ。…………あれ?」

「リオン、呪文だけじゃダメよ。思い描くことと、魔力を出すことを意識して」

 リオンは首を傾げた。母の言う、魔力を出すという行動が全く出来ない。勝手に出るものだと思っていたのだ。

「魔力を意識って、どうするの?」

「………………そこなの?」

 そして、日が暮れるまで身体の魔力を感じるため意識を集中したが、成果は出なかった。


 魔力とは、前世風で言えば身体に流れる『気』のようなもので、こちらの世界ではそれを感じることが普通だという。

 リオンはこちらで生まれているのだから魔力は確実にある。問題なのは、リオンの前世の記憶である――という結論になった。

 魔力を感じられないという話を聞いた父親は、残念そうに言った。

「リオンの転生前の世界では、魔法がなかったって言ってたな」

「うん。お話の中にしかない、空想の中のものだった」

 リオンは一つ、頷く。

「だから、かも知れない。魔力や魔法のない世界にいた。だからリオンは、過去の知識から、本当は魔法は存在しないものだと思っている――のかも知れない」

「それって、俺が魔法を心から信じてないから、発動しないってこと?」

「たぶん、な」

 リオンは項垂れるしかない。

「まほー……使えないのかー……」

 凹んで唇を突き出して膨れるリオンを、隣に座っていた母親が抱き寄せて背中を撫でてくれる。

「魔力はあるんだから、諦めることはないわ。頑張れば……」

 母の慰めの言葉に、リオンは大きなため息を吐き出した。

 それを見た父親が唸りながら言葉を足す。

「リオン、魔法はな、絶対こうである、こうなるはずである……と信じないと発動しないんだ。魔力を感じることよりも、お前がどこかで魔法は不思議なものだと思っていることが、使えない理由だと思う。たくさん魔法を見て、これはこういうものだと知れば、使えるようになる……かも知れない」

 確かに父親が指摘するとおり、リオンは心のどこかで魔法は現実にはないものと、思っている。それが、前世の常識だったからだ。

「うん、分かった。頑張ってみる……」

 リオンは母親から離れ、力を籠めて頷いた。


 そうして半年が過ぎたが、リオンは魔法を使えないまま、学校に入学することになった。


 魔力がある子供が集められる魔法学校は五年制。

 適性により攻撃魔法科、補助魔法科、回復魔法科、精霊魔法科、魔法科の計五クラスに分かれる。

 得意分野を特化して学ぶのが魔法学校の基本である。

 唯一魔法科だけは、適正が複数ある者や、魔力はあっても魔法適性の無い者が入る学科である。

 適正の無い者でも入学できるのは、そういった者たちの大半が、魔法研究の第一人者として後世に名を馳せているためである。また、魔法が使えなくても魔力があれば、魔石を充電することや、他者に魔力を提供することが出来るからである。

 ようは、勉強は出来るけど運動は出来ないガリ勉タイプ、もしくは都合のいいエネルギー供給装置なんだとリオンは解釈していた。自分がまさにそうだからである。

 母に教わって半年頑張ったが、結局魔法は使えることなく、リオンの気分は限りなくブルーであった。

「魔法適正のない奴が入学したら、確実にいじめられるだろうなー。十歳児ってそういうとこ、残酷だからなー。しかも同じクラス内に複数適正者がいるって、なんの虐めだよ……」

 ブツブツとため息と共に呟くリオンに、母親は明るい笑顔を向けた。

「大丈夫よ。そんなに心配しなくても。魔法が使えなくても魔力が高いと皆大事にしてくれるわ。それに従姉妹のリサちゃんも回復魔法科にいるし、隣のディルクくんは確実に一緒の魔法科なんだから、いざとなったら守ってもらいなさい」

 その言葉に、リオンは『親って子供のこと、見てるようで見てないよなー』とさらにため息を深くした。

 従姉妹のリサは、典型的高慢お嬢様タイプである。貴族の一人娘なのだから、我が侭に育つのはある程度仕方ないと思う。だが、初めて会った七歳のとき、下僕扱いされたのは忘れられない。しかも、最終兵器は泣くことで、涙すら武器にする。リオンの手に負えないお嬢様だ。

 リオンはリサが苦手である。

 お隣のディルクくんは、攻撃魔法、補助魔法、回復魔法と自助魔法完全制覇の勇者タイプだ。

 性格の方も弱きを助け悪を挫く、正義感あふれる人情に厚い正統派だ。

 人生二週目のリオンは、大人になるとそこまで純粋でいたら、いつか裏切られて痛い目を見るよ……と心配してしまうほどだ。

 母親の言うとおり、確かにディルクなら苛めを見つけたら大騒ぎして首を突っ込むだろう。

 ただディルクはいい奴だが、リオンはやっぱり男として、男に守られたくはないなぁと思ってしまうのだった。

 入学出来た嬉しさを隠し切れない新入生の中にあって、リオンは一人鬱々とため息を吐いた。


 馬車で運んだ荷物を寮に運び込み、親同伴の入学式を終え、リオンの新しい生活がスタートした。

 学生寮は二人一部屋で、男女別棟。

 三階建ての洋風石造り建築で、外観は城のようだ。

 三階に一年から三年生、二階に四・五年生、一階に共同施設――食堂や風呂、ランドリーや管理人室などがある。

 一年次の寮の部屋割りは、共通の話題が出来るように同じ街に住む者同士や、同じ学科の者を同室にする。

 リオンの同室は隣の家の幼馴染、ディルクだった。

 よく知った人間だということよりも、魔法が使えないことを馬鹿にするような相手じゃなくて良かったと、リオンは安堵して部屋に入った。

 先に部屋にいたディルクは、リオンを見ると、白い歯をキラリと見せて微笑んで、手を差し出した。

「リオン! 君が同室で心強いよ。よろしくなっ」

「お、おぅ……こちらこそ、よ、よろしくな」

 握手を交わして、部屋に入ると、中の説明をディルクがしてくれた。

 お節介なのは、相変わらずのようだ。

 部屋には風呂とトイレもあり、小さなキッチンも備え付けられている。

 小学生に二DKとは贅沢な……と前世の記憶を持つリオンは思う。

 三階の部屋はどれも子供サイズに作られており、キッチンは子供の高さ、ベッドは小サイズ、家具が可愛い印象だ。

 風呂もトイレもキッチンも、適正なしの人のように、魔石が使用されている。もし魔法を使う仕様だったらどうしようかと悩んでいたリオンは、各所をチェックして安心した。

「そういえばリオン、おばさんとの特訓の成果はどうだった? 魔法、使えるようになった?」

 ディルクの他意のない質問に、リオンは首を横に振って否定する。

「他の人の魔法をいっぱい見て、頑張りなさいって言われたよ。お母様のとか、お父様のとかいっぱい見せてもらったんだけどねぇ……」

 俯いて言ったリオンの肩を、ディルクが叩いた。

「大丈夫だよ。僕も教えてあげるから。リオンの魔力は僕より高いし、きっと使えるようになるよ! 一緒にがんばろうっ」

「お、おぅ……ありがとな」

 出来る人間の余裕ある言葉だなぁ、熱血で暑苦しいけど……と、リオンはちょっと遠い目になった。


 魔法科のクラスの面々は、精神的に余裕のあるものが多かった。他の属性特化の各クラスには、魔法が使えることに対するエリート意識も高く、使えない者を馬鹿にする傾向もあったが、ここは違った。

 まず、自分たちの能力が人より高いため、恐れられることが多く、幼少の頃、孤独な思いをしている生徒が大半で、同じく苦労してきた仲間に対して優しく、魔法を使えない魔力もちに対しても、普通でいいなぁという羨ましさを感じている。

 だから、適正無しの者にも優しかった。

 そんな魔法科に対し、他のクラスに少数いる選民意識の高い者たちは、適正の無い者を魔力供給に利用したりする。だが魔法科に所属する者のように複数の適正所持者は、元々魔力が高いため供給の必要がなく、適正の無い者を利用しようとはしない。

 そのためのクラス分けとなっている。

 この学年の魔法科の適正無しは、リオンの他にもう一人、シャロンという少女だった。

 リオンは知識では魔法科でもトップで、魔法以外の勉強を聞かれることも多く、身近に聞ける友人がいることで、クラスにも溶け込めていた。

 シャロンは小さくて可愛らしく、ほんわかした雰囲気の子で、マスコット的な人気者になっていた。


 選民思想を持つ者はあくまでごく一部で、表立っては誰も魔法が使える者が偉いとは言わないが、魔法科以外のクラスではそういった雰囲気がある。

 他のクラスと合同で魔法の実習があったとき、それを見学していたリオンに、他クラスの人間から向けられた視線には、蔑みや侮蔑といった悪意が感じられた。そんな風に見るのは2・3人で、後は魔法が使えないなんて可哀相にという哀れみの視線だったが……。

 リオンと同じく魔法の適正のないシャロンもその視線に怯えて身を縮めていた。

「リオン君、怖いよぉ」

「ほんと、やな感じだよな……魔法科の皆と大違いだ」

「わたし、魔法科で良かったよぉ……あんなに怖いの、マー姉ちゃんに意地悪してたリンリンの顔と一緒だよぉ」

 リオンは色々と情報の足りないシャロンの言っていることを想像する。

 きっと、マー姉ちゃんに逆恨みか嫉妬でもぶつけてきた娘を見たことがあるのだろう。

「シャロン、気にしない気にしない。俺たち、魔法科なんだし。それより、しっかり見学して、いつか魔法が使えるように頑張ろうぜ」

「そ、そうだね! うんっ。シャロンがんばるよ!」

 話をやや強引に逸らして、リオンはシャロンと二人、魔法科のみんなの魔法を眺めていた。



 異世界小学生――十歳の魔法学校生の生活は非常に規則正しい。

 朝、日が昇ると共に起床(五時半頃)。体力づくりのために寮の周辺をランニングもしくは剣の稽古。食堂で朝ご飯を食べて敷地内の学校に移動。

 授業は、朝は座学、昼は実技であるが、魔力はあれど魔法に対して適性のないリオンは座学のみ。実技は見学である。

 学食で昼ご飯(十時頃)を食べた後、実技の見学をしつつ、こっそり魔法が使えないか試みて、凹む。

 午後三時頃授業が終わり、寮に帰宅。すぐ夕食を食べ、部屋へと戻り日が暮れるまで自主勉強。

 夜更かしをする場合は、魔石に魔力を籠めて灯りを灯すか、ランプを自腹で買うかしなければならない。どちらも蛍光灯に比べれば、かなり暗い。

太陽と共に生活して、エネルギーは自分で賄おうというエコスタイルである。


 魔法学校に入ってすでに半年が経っていて、寮生活にも慣れて、リオンは夕食の後、部屋でベッドに横になっていた。

 その隣で、ディルクは机の上の魔石仕様の暗い卓上ライトに明かりをつけて勉強中だ。

 リオンは、家にいるときに父親の蔵書を読み漁ったかいもあって、今のところ勉強に問題はない。

 魔法学校では、魔法以外にも国や大陸の歴史、薬学、商学などの授業がある。

 将来、国営の魔導研究所や、王宮に使える宮廷魔導師になるために、幅広く知識を学んでいく。

 魔法に関してはマルチな才能を持つディルクだが、歴史には弱いらしく、部屋に帰っても真面目に勉強をしている。特に歴代の王族の長い名前を覚えるのが苦手らしい。

 ベッドでうとうとしていたリオンは、ふと目を開けて卓上ライトの暗さが気になった。あの明るさでは、まだ勉強をしているディルクが、目を悪くするような気がしたからだ。

「暗いなぁ、勉強するならもっとちゃんと電気付けろよ……」

 リオンは寝ぼけたまま、目を擦り起き上がって、何もない壁を人差し指で押した。

 その瞬間、部屋の天井に煌々とした灯りが出現した。

「なっ、なっ、なっ」

 呆然と上を見上げるディルクに、リオンが首を傾げる。

「何驚いてんだ? 電気付けただけじゃ………………あれ?」

「リオン、でんき? って何だよ……」

 蛍光灯の真昼のようなはっきりとした明かりが、煌々と部屋を照らしていた。

 二人は目を大きく見開いたまま、互いに見つめあった。やがて、ディルクが呆けたように、天井を見上げて言った。

「リオン、これ、普通の『灯り』魔法よりも明るいし、こんな部屋全体が明るいの見たことないけど……これ、『灯り』の魔法だよな?」

 リオンは唾を飲み込んで何とか頷いた。

 リオンは完全に寝ぼけていて、前世にいるつもりで部屋の電気を付けたのだ。壁にスイッチがあるつもりでそれを押した。

 それが魔法なのかと問われると、何とも微妙だが、父親の言葉を思い出すと、確かにこれは自分が作り出した魔法なのだろうと、思われる。

『魔法は、絶対こうであると信じていると発動する』

 電気は壁のスイッチを入れれば天井の蛍光灯が光るものと、寝ぼけて信じていたからだ。

 じわじわと、天井の灯りを自分が魔法でつけたことが実感として湧き上がってきて、リオンは両手を握りしめた。

「うわー、初魔法だよ。俺、魔法使っちゃったよ!」

「リオンすごいよ! いきなりオリジナル魔法か?! 俺にもできないかな?」

 リオンは自分が作った蛍光灯の灯りを見上げながら唸った。

「ううーん。あのさ、この灯りって俺の前世の記憶を元にしてるんだよな……」

「試してみるからさ、一回消してくれよ」

 見たことのない魔法を目にしたディルクがわくわくしながらリオンに言う。だが、リオンは天井を見上げて固まってしまった。

「…………どうやって消すんだろ?」

「えっ? そこなのか?」


 結局、もう一度スイッチがあると想像して壁を押すと、無事に消えた。想像して押す真似をするとちゃんと電気を付けることが出来た。

 残念ながらディルクが同じような灯りを出そうとすると、従来ある灯りの魔法になってしまった。やはり、こういうものだという思いが強い方が出現するようだ。

 リオンも最初はいちいち壁スイッチをイメージして押さなければならなかったが、試しにリモコンスイッチがあるつもりで、手でスイッチを押す真似をして電気のオンオフをやってみると成功した。

「すごいよ、リオン! ちょっと動作するだけで無詠唱だし、この昼間のような明るさなら、暗い迷宮でも重宝しそうだよ」

 二人で興奮して騒ぎ、寮監が叱りに来てまた明るさに驚いて騒ぎとなった。

 リオンは嬉しさのあまり眠れず、次の日は派手に寝坊してしまい、朝の体力づくりに参加できなかったほどである。


 リオンが初魔法を成功させ、魔法科のクラス皆が祝福してくれたが、一人むくれている人物がいた。

 同じ魔力持ち魔法適性なしのシャロンである。

「リオン君が先行っちゃったー。わたし一人置いていかれたー。うわーんっ」

 机につっぷして泣きじゃくるシャロンに、

 中身は大人なリオンはどうすれば十歳の女の子を慰められるのかとオロオロするだけで言葉が出ない。

 それを押しのけて魔法科の面々が次々と慰める。

「大丈夫よ、シャロン。リオンが出来た魔法もほら、『灯り』って初歩のものだし、シャロンもじっくりやればすぐ追いつよ!」

「そうそう。シャロンちゃんから溢れる癒しのオーラに比べれば、リオンの魔法なんて大したことないわ。元気出して」

 シャロンを猫かわいがりしている女子たちが、こぞってリオンの初魔法を貶める。

 そこにあるのはシャロンを元気付けるためだけだと分かってはいるが、リオンは何とも言えない顔で眉をハの字に下げた。

「みんなひでぇ……俺も偶然出来たとは言え頑張ってたのに……」

「リオン、お前の努力は俺たちが認めてるぞ」

「だが今女子に逆らったら、怖いぞ」

「ここはこらえるんだっ」

 リオンの両肩を、男子たちがぽんぽんと叩いてエールを送る。リオンは目を潤ませながら、小さく何度も頷いた。

 こうして、リオンは魔法学校一年目に、念願の魔法を使えるようになった。

 ただし『灯り』の魔法のみだが……。


読んでいただき、ありがとうございました。

何年か前に書いた話のサルベージ投稿です。

途中で挫折していたので、区切りのいいところまで書き上げました。

楽しんでいただければ、幸いです。

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