二十 流星のばらまき小僧
「出て来いッッッッッ!出て来いッッッッッ!中二太郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!今出てくればッッッッッ!うさぎ跳び日本千周で許してやるッッッッッ!」
流星が叫ぶ。
「ヒィィィィィッッッッッ!」
家X家は草むらの中に隠れた。
ドォォォォォォォォォンッッッッッ!
流星ーー虎衣中納言榎衛門が、ソーダ之助の目の前に着陸する。爆風で家X家は茂みに吹き飛ばされた。
「おうクリーム山ッッッッッ!久しいのう!スコヴィルの件、大義であったッッッッッ!」
泥と草にまみれたソーダ之助は膝を付く。
「ハッ、光栄の至りッッッッッ!」
「そうかしこまるな。そなたは誰にも仕えておらぬであろう。…………ところで、この辺で『中二太郎』を見かけなかったか?」
「ちゅうに……たろう……ですか?」
きっと語彙的に鼠か何かだろう、とソーダ之助は判断した。
「いいえ。ハムスターならそこに」
「おいおい。毒が濃いぞ。あの中二太郎は確かにバカ殿……バカ上様だが、今に見ておれ、我が手で最強の武闘派将軍に仕上げて見せようぞ」
「その日を首を長くしてお待ちしております」
……鼠的な生物では無いのか?
「ではクリーム山ッッッッッ!会えて嬉しかったぞッッッッッ!」
榎衛門はうさぎ跳びで跳躍。流星になった。
「ひぃ、ひぃ……お助け」
ハムスターじゃなかった、血みどろの家X家が茂みから這い出して来た。
脊椎反射的に斬ろうと体が動いたが、腰の柿葛は自制しろとばかりに抜けない。
「おお、確かソーダ之助だったな……匿ってくれ。………………ゴボッ」
あり得ない量の吐血。
しかし、家X家はギャグ属性持ちだ。平成初期の漫画やアニメで、暴力系ヒロインがコメディリリーフを蹴りなどで彼方へと飛ばすが、次の瞬間何事も無かったように茶を啜っていると言う高橋●美子先生の漫画に良くありそうな感じで……すぐに復活した。
「ふう、死ぬかと思った」
「いや、お前……死なないだろ。どうやっても死なないだろ」
即死で無双するタイプのなろう系主人公と対峙したらどうなるのか、作者も気になる。
「どこだああああああああああああッッッッッ!中二太郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!まさか貴様ッッッッッ!異世界に召喚でもされたかッッッッッ!コイツは一大事ッッッッッ!」
江戸の空が手刀で斬り裂かれ、生まれた空間の裂け目に榎衛門は飛び込んだ。
「待ってろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!今行くぞおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………………………」
「大変だな……アレを相手にして『死ねない』のか」
ちなみに、ソーダ之助の武力は80である。
「ふう……何もかもアレに解決させれば良いんじゃねぇ?」
無印のシン●ォギアを見た作者と、同じ感想をソーダ之助が述べた。
あやまります。ごめんなさい。
「いや、アイツは……刃物に触ると体が崩れるんだ。離せばすぐに治るけどね……」
「人間なのか?」
「考えるだけムダさ」
「そうか。そうだな」
作者が都道府県位置の時点で察するべきだ。
「しかし、どうしてこんな所で草むしりを?」
「成し遂げなければならない事があって、でも榎衛門がトレーニングを優先しろとうるさくて」
「あの人そう言うとこあるよな……」
「逃げ回って、ここに迷い込んで隠れさせてもらったけど……あまりに扱いが酷くて見ていられず草むしりしてしまったんだ」
人の噂の上では英雄として扱われてもてはやされても、墓標は叢の中に埋もれているとは。徳川大暗黒時代に『忠臣蔵』で稼いだ奴は一度でもここに来た事があるのだろうか?
赤穂浪士の墓の裏にはまだまだ草が生えている。『w』では無い。植物の草だ。
それらを家X家と共に草をむしる。線香は家X家も持っていない。寺の者も見当たらない。
浅野家と赤穂浪士の名誉については、ソーダ之助には良くわからない。いい加減な人間の欲にまみれた評価によって飯の種にされるのは、本当に名誉な事なのだろうか?
忠臣蔵の感想をソーダ之助の両親はこう言っていた。
『第二の浅野内匠頭や第二の赤穂浪士、第二の吉良上野介を出さないために物語として遺されたのだろう』
確かに、物語として心を揺さぶられる部分はある。だが幸せには程遠い生き方だ。彼らになりたいとは思わない。
「ふう。ソーダ之助が手伝ってくれて助かった」
意外に家X家の手際は良かった。ソーダ之助はあまり役に立っていない。
「お礼と言うわけではないが、良ければコイツをもらってくれ。重くて敵わん」
家X家は懐から重そうな巾着を差し出した。中身は小判だ。
「そんなつもりで手伝ったわけじゃねえ。バカにするな」
「いや、そう言うつもりじゃない。むしろ困っている。俺には大金を使う『手段』が無いんだ」
家X家は榎衛門から逃げるために、最初は吉原に向かったと言う。いつものようにこっそり忍び込んだはずだが、すぐに警備の者に見つかり、吉原の偉い人の所に連れられた、と言う。
『どうかこのお金でカンベンしてください。巻き込まないでください』
てな感じで逆に金を出されたそうだ……
「この金で蝦夷か琉球に逃げようとしたがな……港でも金を渡された。こうなったらヤケ食いッッッッッ!と思って変装して手近な料理屋に入ったが……そこでも渡された」
多分『X』と名乗って浪人姿で市中を巡っているのもバレバレなのだろう、とソーダ之助は思った。
「可哀想な浮浪者に役立ててもらおうと……渡したらな……今回はなんと倍以上になって返された……」
「お前すげえな。何すればそうなるの?」
「俺が聞きたい……」
ソーダ之助は仕方なく受け取る。後で使い道をプロレスラーと相談しよう。
「その小判の引き換えに、と言うわけでは無いのだが……」
「なんだよ、面倒事か?」
「いや違う。誰も人が来なさそうな場所に心当たりは無いか?」
腹でも斬るつもりか…………次のコマでは絶対に治ってそうな気がした。
家X家は懐からまた巾着を出した。今度は軽そうだ。
「若いスコヴィル藩士の遺髪が入っている。どこか静かな所に弔ってやりたい」
「上様自ら、罪人の弔いだと」
「若い藩士に罪は無いとは言わん。だがあまりにも不憫だ。余の不徳でもある。いや、そのものか」
パワハラ老害の命令には逆らえなかった側面は非常に強い、とソーダ之助も思っている。しかし、彼らは『討ち入り』への参加を選んだ。心が磨り減っていても、選ぶのは己の意志だ。パワハラ老害の戦闘力はゴミ以下なのだ、抵抗はできただろう。戦闘力5くらいなら都道府県位置にもある。
「誰も来ない場所か、うむう……」
ピシリ。
その時。
空間にヒビが入った。
「どうやら榎衛門からは逃げ切れないようだ。ソーダ之助、申し訳ないが託す」
ソーダ之助に巾着を渡して家X家は駆けた。ひたすらに駆けた。
「もうトレーニングは嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!」
空間が割れた。ソーダ之助はすかさず墓石の陰に隠れる。
「中二太郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!逃がさんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!」
トレーニングの鬼は圧倒的な速度で家X家の背後を取り、あたたたたたためますかッッッッッ!、と背中の秘孔を突いた。
「ごめんなさぁぁぁぁぁああああああああああああいッッッッッ!ピーブー、コリコリコリコリコリコリコリコリ……」
家X家の謝罪は榎衛門にだけ向けられたものでは無いのを付け加えておく。
「フフフ……今回は効いたようだな。中二太郎よ、貴様の足は貴様の意志に関わらずうさぎ跳びをするぞ!これで貴様もマッスルエリートッッッッッ!喜べぇぇぇぇぇッッッッッ!」
家X家の膝が曲がる。そして。
「嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」
地上から流星が飛んだ。もう一つの流星が後を追う。
「なんか落ちてくるな」
小判だ。流星の片割れから小判が降って来る。恐らく家X家の懐からだ。
「『また』とか『もう』とか『今回は』とか言ってたが。まさか小判をばらまく『ばらまき小僧』って……」
江戸を騒がす通称ばらまき小僧には小判一万両の賞金がかけられていた。
「見なかった事にしよう……」
遠くにパイルドライバーが見える。その方角へソーダ之助は歩き出した。
次回で完結です。




