一九 白い刀身
観念世界が霧散する。
創作上のコストダウン的な理由で季節は曖昧だが、ソーダ之助は体の芯まで凍えるような寒さを感じた。老害の心根に。それに対する己の行いに。
振り替えれば、対話は可能だった。○Xゲームなどせず、酔っ払いの群れに突っ込んで『10.00』を何人かに取らせてやれば無力化はできた。
そうなればハバネロ郎の目も覚めただろう。どうなっても責任は免れないが。
ソーダ之助は刀身に付いた血糊を、着流しの袖で拭った。
「手拭い持ってくりゃ良かったな……うん?」
柿葛の刀身から赤身が消え、映る星々が瞬く。
「ただの刀になったか」
無念が少しでも晴らせた。そう思いたい。
刀を……己の腰の鞘に納める。
「俺の刀じゃ無いだろうに……」
持ち主に返そうと抜こうとするが、どうしても抜けない。
「えっ、えっ、どうしよ」
『都道府県位置が3秒くらいで考えた設定』では、売れば城が買えるほどの価値となる。
「「「「「御用だ、御用だ、御用だ、御用だ、御用だッッッッッ!」」」」」
来るのが遅い。いや、遅れて良かった。奉行所務めは例外無くサディストだ。
もしもハバネロ郎を倒した直後に参戦すれば、人権団体が時を越えてデモ行進しただろう。何せ討ち入り参加者のほとんどが、都道府県位置氏を大きく下回る戦闘力だったのだ。
「いつも助かります……」
顔見知りの同心が、口惜しそうに言った。そんなに斬りたかったか。
「これから死体蹴りです。目撃されると口封じしなければなりません」
爽やかに言うな。
「どうかお願いですから、若い方の亡骸は丁重に扱ってください」
ソーダ之助は深く頭を下げた。
「わかりました。今回はソーダ之助殿の顔を立てましょう。ですが次回は我らの到着を待ってくださいね。『ぼくがかんがえたさいきょうのパンちゃん流とのがったいわざ』を試したいのです」
……何だそれは。
「善処します」
ソーダ之助は帰る事にした。
創作上でのコストダウン的な作者の都合で季節は曖昧だが、うすら寒い。体の芯まで凍りそうだ。
「スミマセーン、ソーダ、ノスケッッッッッ!」
物陰から……まさかのプロレスラーッッッッッ!
「観念世界と共に消えたのではないのか?」
「マズシイ、コドモ、ミスゴセナーイ」
……おそらく多くの日本人が誤解していると思うが、江戸時代の日本は当時の他の国々に比べて裕福だ。この頃のアジアや中東やアフリカや南米や北米はホンッッッッットにしゃれにならん。
「郷里に帰りな」
いったいどこの生まれなのだろうか?
「ヘクシッッッッッ!」
盛大なくしゃみ。プロレスラーは胸毛を強調したデザインのコスチュームしか着ていない。
「とりあえず、今夜はウチに泊まりなよ」
「サンキュゥゥゥゥウッッッッッ!」
プロレスラーは喜びを表現するようにダブルラリアットッッッッッ!
「アブねッッッッッ!」
「スミマセーン、ホント、ホント、スミマセーン」
「……あんまり暴れるなよ」
翌日の朝、短い眠りから覚めたソーダ之助は、道場のド真ん中にいつの間にか造られたプロレスリングを見て……激しく後悔した。
●
あれから数ヶ月後。
プロレスラーは日常的に跳躍して見えない何かを掴みパイルドライバーするが、けして悪いことばかりではなかった。
道場に人が来るようになったのだ。……プロレス入門目的だが。プロレスラーは指導料の何割かをソーダ之助に渡してくれるので、多少懐は温かくなった。
「お前……いつまでここにいるの?」
最低身長百八十センチのマッチョ複数による長時間スクワットによって限定的に温暖化が進んだ道場の中でうんざりした顔のソーダ之助が、ラーメン屋の店主のように腕を組んで弟子を温かい目で見守るプロレスラーに問う。
「コドモ、マモリターイ」
現在の道場内にコドモ要素は存在しない。
「いや……結構日本は恵まれてるし……ご近所さんの目もあるしよ、捕まったらどうすんだよ?」
ソーダ之助の心配をよそに、プロレスラーが胸毛強調コスで八百八町を練り歩いても、唐突に筋肉を隆起させてキャストオフしても、存在しない何かにバックブリーカーをキメて勝利の雄叫びをあげても、捕まるどころか誰も気に留めない。完全に日常に溶け込んでいる。
現在絶賛鎖国中なので、プロレスラーは一応外国人に……当たるはず。様々なモノをすり減らしたソーダ之助は、こっそり町奉行に相談したが。
『ソーダ之助、お前はもっと……ご都合主義的にモノを考えた方が良い』
そしてソーダ之助は(プロレスラーについてのみだが)考えるのを止めた。
その帰り道。
「出て来いやああああああああああああッッッッッ!中二太郎ッッッッッ!」
真昼の空にうさぎ跳びの形の流星。
「テメーがもたもたしている間によぉぉぉぉぉッッッッッ!とっくの昔にスコヴィル野郎どもがブッ殺されちまっただろうがああああああッッッッッ!」
スコヴィルの老害よりも遥かに性質の悪い存在が、うさぎ跳びで空を舞う。顔見知りだ。
見ない振りをしていると、うっかり家路から逸れてしまった。
「全く、俺とした事がな」
最初は余裕をぶっこいていたソーダ之助だが、完全に道に迷った。
空を見る。プロレスラーが上空で見えない何かを掴んでパイルドライバーするのが見えれば、自宅への方角がわかるのだが。
「中二太郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!出て来いやああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!」
「そりゃあ、プロレスラーも遠慮するわな」
仕方がない。どこかで道を聞こう。
辺りを見回して、目に入る。
『泉岳寺』
(予告無しに伏せ字が入る可能性があります。ご了承ください)
浅野内匠頭長矩と赤穂浪士の墓がある寺だ。実在している。
関係者の皆様ごめんなさい。
吸い込まれるようにソーダ之助は中に入る。
ネットの情報によると、当時の長矩と赤穂浪士の墓は誰も管理する者がおらず、墓石は常に背の高い草に隠されていたとされている。
が。
「ずいぶんキチンと管理されてる墓所だな」
ソーダ之助が訪れた時は、見える所の草に限ってはは全てむしられていた。
「俺も自分ん家の掃除……ちゃんとやらねえとな」
せっかくだし線香でも、と思って寺の人間を探す。
この時代に線香が普及しているのか?仮にそうだとして、ソーダ之助に手が出る価格なのか?
……深く考えるのはよそう。
ブチッ、ブチッ、ブチッ……
奥の方で強引に草を引き抜く音がした。寺の人だろう。
「すいませーん。浅野家と赤穂浪士の皆さんのお墓に線香あげたいんですが、分けてもら……」
草むしりをしていたのは、まさかの。
「ハムスターッッッッッ!」
『ハムスターが可哀想だろ』
ハバネロ郎の声が頭に響いた。




