十三 言の葉の刃
あなたの想像を大きく上回る不快な表現があります。
ソーダ之助は地面の生首を蹴った。
「コイツが言ってた言葉の意味が知りたい。教育とはどういう意味だ?」
残りの鎧武者の頭に転がってぶつかったが、彼らは黙って土下座を続ける。
「この中で一番偉いやつは誰だ?教えろ。そいつに答えさせる」
体の大きい鎧武者数名が、体の小さい鎧武者を無理やり立たせて、兜を引き剥がす。
「ちょっと待ってください、僕はッッッッッ!」
若い。いや幼い。まだ元服していないかも知れない。
「僕はまだっ、ぶごっ」
鎧武者たちの拳が若者の顔に入り、鼻が潰れた。涙と鼻血が止まらない。
「これだから近頃の若いモンはッッッッッ!」
「先頭に立たせてやったんだッッッッッ!我ら年寄りを守るくらいしろッッッッッ!」
「孔子も言っただろう。年長者は尊いと。一度も人様のお役に立った事の無いお前に、我らを守らせてやると言ってるんだッッッッッ!ワシらの代わりに腹を切る素振りくらい、指示されなくてもやって見せろッッッッッ!」
鎧武者の一人が若者の首を締める。ソーダ之助が止める前に不快な音がした。
「どういうつもりだッッッッッ!」
ソーダ之助が折れた刀を突き付けると、若者を締め殺した鎧武者が土下座して籠手が着いたままの両手を開いて見せた。
「す、すみましぇ~ん。わ、わ、悪気は無かったんですよぉ~。ホンの冗談のつもりでぇ~」
笑いを取ろうと狙っているかのような言い種に憤慨したソーダ之助は、顎を蹴り上げる。
「がはっ」
「ちょっ、ちょっ、待ってください」
別の鎧武者が庇う。
「この人はワシらの仲間で、な~んにも悪い事はしておりませぬ。見たでしょ、綺麗な手を?誰も傷付けた事の無い綺麗な手!籠手の上からでも伝わって来たでしょう?」
「あの若者を殺しただろうッッッッッ!」
「そうじゃないんです。けしてそんな事は無い!アイツは根性が無かったから死んだんです。首を締めてへし折ったからって、絶対に死ぬとは限りませんよ。だから死んだアイツが悪いッッッッッ!」
「「「「「そうだそうだ」」」」」
「死んだアイツに根性が無かった。気合も入って無かった。精神力が足りなかった。何より目上への礼儀がなっていなかった。そんな奴を人間として扱うわけには行かない。敬意を知らないアイツはね、人間として扱えない、人間じゃあ無いんだッッッッッ!人間じゃ無い者を殺して何の罪が……ぐはっ」
根性と気合と精神力と目上への礼儀と敬意が足りていない鎧武者の頬に、力強く折れた刀をぶっ刺したソーダ之助。
待たれよ、と別の鎧武者がすがり付く。
「違うんです、違うんですよ。この人にだって家族はいる!家に帰れば待っている家族がいるんだ!」
「家族は関係無ぇだろ!」
「逆です!家族がいるからこそ、人の気持ちがわかる。家族がいるからこそ、スコヴィル藩で重要な役割を果たして、地位を得たんだッッッッッ!」
「殺した若者には関係無ぇだろッッッッッ!」
「さっきから、あなた。何なんですか?その態度は?我らを何だと思ってるんです?スコヴィル藩に仕えて支えて来たのは我々ですよッッッッッ!親から礼儀は学ばなかったのですか?」
「スコヴィル藩は取り潰されただろッッッッッ!」
「だからその言い方は何だと言っているんで……ぶごっ」
硬い拳が鼻を折った。
「すいませんでした。でもあなた……あなた様も目上の人間をもう少し……ぶごっ」
硬い拳が前歯を折った。
「その……暴力はやめてください、ぶごっ。やめて、はなしを……ぶごっ、ぶごっ」
「言いたい事があるなら、話を逸らさずに言え。お前らはチェキラ藩の江戸屋敷に討ち入りに行くつもりなんだろう?」
「は、はい……」
「なぜチェキラ藩を狙う?チェキラ藩が何をした?」
「そ……その、アイツら最近調子に乗っているじゃないで……ぶごっ、ごふっ」
「調子に乗ったくらいで闇討ちなんて、普通はしねぇ。何か理由があるはずだ。妬みか?スコヴィル藩は確かにハバネロ畑は焼けたが、それを差し引いても日本で群を抜いて裕福だったはずだ」
日本唯一のハバネロ生産藩だったのだから、そのハバネロ畑が井手の音にやられれば大損害だ。しかしスコヴィル藩には他にも様々な辛味がある。十二分に収入があっただろう。
実際、新たな大名家に振り分けられた元スコヴィル藩の領地は『金のなる木』とまで言われている。
「そ、そ、それはですね。まず言い訳させてください」
「言い訳?何の言い訳だ?」
「我々は藩の重心として、殿や郷士や民百姓を『指導』して、発展させて来た。だから我々はスコヴィル藩最大功労者だと言っても罰は当たらないはずです……」
「何の言い訳だ?」
「『指導』の中に少々キツい言い方はあったと思います。手を出した事もある。これまでの苦労や人生経験に甘えて……ホンの少々、本当に少しだけ配慮が足りなかったのかも知れません。ですが我々も辛かった。良く言うでしょう?『殴る方の拳が痛い』って。我々はねぇ、もう年寄りなんで労ってください……」
「何の……言い訳だ?」
「前置きが長過ぎましたね……ヒッ!話せばわかります。落ち着いてください。我々ね……評価して欲しいんですよ。こんな厳しい立場でもね、チェキラの世間知らずに世の中の辛さや厳しさを……優しく教えてやろうと……ぶごべっ!」
「何の言い訳をしているんだ?」
「すいませんでした、殴らないで……ごっ、ごっ。やめてください。話します、話しますから。ホンのちょっとだけ、殿に……藩主の嫌津のバカ殿に言い過ぎたかも知れませ…………ぶごっ、ぶごっ、ぶごっ……やべてぐだざい……死んでじばいばふ…………」
「だから何の言い訳をしているんだ?」
「その…………………………殿に優しく伝えたつもりだったんですよ。チェキラに『舐められてる』って。そして……………………………………わたくしめが言ったのではありません。あっ、殴らないで殴らないで殴らないで殴らないで殴らないで……誰かが言ったんですよ。冗談のはずです。誰が聞いても冗談に受け取るはずです。…………………………………………『赤穂浪士を見習えと、浅野の殿を見習って、少しは自分を強く見せろ』とね。ホントに冗談だったんですよ。普通は冗談に受けとりますよ。でもあのバカ殿は本気で受け止めて……」
「貴様らが追い詰めたのか?自分の主君を?」
「違います違います違います違います違います……こう見えても我々はスコヴィル最大の功労者ですよ。若い侍や民百姓に農業をさせたのは我々です。クズの民どもは自分たちだけで何もかも成し遂げたと思い込んでいるようですが、我々が愛を込めて心を鬼にして厳しくしつけたからこそ……うぉっほん!………………スコヴィルは栄えたのですよッッッッッ!」
「いったい何の言い訳をしているんだッッッッッ!」
「確かに発展の中で報われなかった人々もいた。でも我々のが辛かった。まさに『殴る方の拳のが痛い』ですな。厳しい指導を行った罪悪感は、クズの苦しい振りよりも遥かに上回る。そもそも我々は奴らに『苦しみを感じる事』を許していないッッッッッ!」
「いい加減にしろッッッッッ!」
「いいえ、これだけは言わせて貰うッッッッッ!スコヴィルを発展させた我々を裁ける者などいてたまるかッッッッッ!もしこの件で悲しい出来事があっても、それは我々の金言をねじ曲げて解釈したバカ殿や若い藩士や…………そこのハバネロ郎が悪いッッッッッ!それだけじゃないッッッッッ!我々の熱い気持ちに気付かず、出迎えひとつ寄越さないチェキラの糞どもだって悪いッッッッッ!」
話が通じないのは、ソーダ之助の人生経験が薄いからでは無い。
コイツらは狂っている。




