十二 ハバネロ無惨
あなたの想像を越えて不快な表現があります。
デスソース島が山になってました。訂正します。
暗い。
流れ星だ、と酔っぱらいが騒いでいるのに、暗い。
体が痺れる。
鉄が臭う。
舌が動かない。
寒い。ただただ寒い。
「中二太郎!」
辛い香りのする白い花畑の中で、中二太郎は自分を呼ぶ声を聞いた。
「じっちゃん、ばっちゃん」
白く可愛らしい花を傷付けないように、中二太郎は声の方へ走る。
「よく来たなぁ、中二太郎!」
「大きくなったのう!」
中二太郎を呼んだのは、母方の祖父母。
「何を言ってんだい。オレはもうとっくに大人だよ」
白い花はハバネロ。この畑は、井手の音の波動に、祖父母と共に焼かれた。
「稽古はどうしたんじゃ」
「もう稽古は嫌だ。どんなに強くなっても、結局ペコペコしなきゃなんねえ。強くなっても、偉い人の子供に生まれなきゃ、一生惨めだ」
「そんな事、言うもんでねえぞ」
「偉い人にも、自分にしかわからねぇ苦労があるんじゃ」
「でも暑い日も寒い日も、デケえ城ん中で鼻くそほじってるバカ殿におべっか使って取り入ってるゴミどもなんかより、必死でハバネロ作ってるじっちゃんやばっちゃんのが、ずっとずっと偉ぇッッッッッ!朝早く起きてみんなに剣術教えてるおっ父や、おっ父を支えるおっ母のが偉ぇッッッッッ!キチンと働いている侍や百姓や町人のが、ずっとずっとずっとずっと偉ぇッッッッッ!」
「中二太郎、それをわかってるなら、なして稽古をやめるんじゃ!」
「剣術ができるようになんねえと、誰からも相手にされねぇぞ!」
「でも、できるようになっても、日本で一番強くなっても、どうせ俺の話なんて誰も聞いてくんねぇよ!俺も同じように、良いように虫けらみてえに扱われて使い潰されるんだッッッッッ!」
その時、井手の音が響いた。
風が吹いて、雷が鳴り、破壊の渦が全てを呑み込んで行く。祖父母も両親も家族も友達も同胞も。ハバネロ畑も。
「畜生ッッッッッ!あの赤い巨人に乗ってるのは、同じ人間なのにッッッッッ!」
「中二太郎ッッッッッ!わしらに構うなッッッッッ!」
「逃げろッッッッッ!生きろッッッッッ!」
逃げて、生きた先が、ここだよ。じっちゃん、ばっちゃん。
■
「俺はあなたの事を、何も知らない」
観念世界は霧散した。
ソーダ之助は亡骸に触れる。涙を見なかった事にして閉ざす。額に刺さった刀の半分を抜こうとしたが、以前別の死体にそれをしたら脳漿が溢れたのを思い出して、断念した。もう死んだ者を傷付ける必要があるか?
当時一般的に人生五十年と言われる中で、ソーダ之助とハバネロ郎の関わりは小さく薄い。
デスソース島ハバネロ郎と言う人物が、剣豪と呼ぶにふさわしい人物なのか、はたまたどうしようも無い愚か者なのか、薄い関わりでは判別できない。
確かにソーダ之助にとっては人生の転機となる出会いだった。
だがハバネロ郎は、少なくとも複数のチェキラ藩士を殺害したと証言した。他人のした行為を自慢をする人物では無いと思う。
結局、ソーダ之助にはハバネロ郎の評価はできなかった。亡骸に対して示せる敬意も見つけられなかった。
せめて、と錆びているように赤い刀身だけでも鞘に納めてやろうかと思ったが、ハバネロ郎はいまだに柄を硬く握っている。指を折らなければ取れそうにない。
被せてやれば良いのだと気付き、ハバネロ郎の腰から鞘を抜いた。切っ先を鞘に当てて気付く。
この赤は、柿の赤だと。
戦国時代、室町幕府将軍足利義輝は、三好家の襲撃の際に自ら屋敷に立て籠り迎え打った。その時に損傷した刀をすぐに交換できるようにと、いくつもの天下の名剣を畳に突き刺したと言う。
その中に、赤い刀身の剣が一振りあった。
銘を『柿葛』と言う。
由来は『都道府県位置が三秒くらいで考えた設定』である。
あって無いような由来ーー由来ですらないが名剣である。
この剣はきっと先祖から受け継がれた物だろうな。そう思いながら鞘を差し込むと。
「誰に断って寝てるんじゃッッッッッ!」
叫びとともに鈍い音。亡骸が跳ねて転がった。
蹴ったのは鎧武者ーーさっきまで川の水で『一気』していた者の一人だ。
「さっさと立て、根性無しめッッッッッ!亡き殿から授かった柿葛は飾りかッッッッッ!」
さらに蹴ろうとする鎧武者の兜をソーダ之助は殴る。逆上がりしたように一回転した鎧武者は、やっとソーダ之助の存在に気付いた。
「敬意を払え」
脛にローキックを入れると横に一回転。
酔いの覚めた他の鎧武者が駆け付けるが、その前にソーダ之助がビンタ。三回転フィニッシュを決めた。10.00ッッッッッ!金メダルだ。
「貴様……あなた様はいったい?」
言い直したのがかえって腹が立ったので手を振り上げると、全ての鎧武者が土下座した。
「えっ、何?お前ら……討ち入りに来たんだよな?」
前話で、ハバネロ郎がシグルイオールスターならソーダ之助は古田織部……と例えたが、現在進行形で土下座している連中は野比のび太……いやいや、野比のび太氏に失礼であった。
「……そろそろ奉行所の連中も来るだろうし」
大人しくお縄について、お白州で何もかも話して素直に極刑を……と言おうとしたら。
「「「「「ヒッ!」」」」」
四十名以上の元スコヴィル藩士が悲鳴を上げて仰け反った。
「えっ?何?何なのお前ら?」
「どうか、どうかお許しください」
鎧武者の一人がソーダ之助にすがり付いた。
「私は何もしていない。見てください、この手をッッッッッ!」
鎧武者の手には少し錆びた籠手が嵌められている。
「綺麗でしょ、ね?生まれてこの方、誰かを傷付けた事など一度もありませんッッッッッ!悪い事なんて一度もした事が無いッッッッッ!籠手の上でも何の罪も無い綺麗な手だってわかるでしょうッッッッッ!」
命乞いをしようとすがり付く鎧武者の兜が、拳の形にへこんでいる。さっきハバネロ郎を蹴った男だ。誉れ高き金メダリストでもある。
「その……何て言うか、巡り合わせが悪かったんですよ!本当です。悪いのはそこのハバネロ郎です。そいつが何もかも悪いッッッッッ!」
「「「「「そうだそうだッッッッッ!」」」」」
「討ち入りに来たんだよな?」
「睨まないでくださいッッッッッ!私は善良な人間です。ずっと誠実一筋で藩政をガンバって来た。ただただ善良に生きて来たッッッッッ!」
殺意が涌いてきたが、ソーダ之助は踏みとどまる。
「その善良な人間が、鎧兜フル装備で何をしようとしていた?」
「こ、これは……その、ファッションですッッッッッ!あなた様にはきっとわからないでしょう、お強いですし。私たちは弱者です。ほんの少しでいいから格好付けたかった。それだけですッッッッッ!」
早く奉行所来ねーかな、と面倒になってきたソーダ之助は視線をあちこちに動かし『御用』と書かれた提灯を必死で探した。
「ハバネロ郎殿を蹴ったのも、ファッションなのか?」
省家から家X家までの徳川大暗黒時代の司法は、読者の想像通り中世かつ暗黒……いや大暗黒だ。実話ナッ●ルズ編集部もドン引きするような尋問が行われる。
捜査イコール私刑。そういう悪習をソーダ之助は苦々しく思っているので、できる限り簡略化しようと自首を進めているのだが。
「いえ、あれは教育です」
「は?」
「どうか……どうか睨まないでください。視線で人を殺したこと……あるでしょ?……………………失礼、私どもはちい●わよりか弱いので、どうか優しくしてください」
ち●かわについては、作者が代わりに謝罪します。ごめんなさい。
「亡骸を蹴るのが、なぜ教育になるのだ?」
ハバネロ郎と呼ばれた人物は、もうこの世にいない。死者に何を教育すると言うのだろう?
「ハバネロ郎ッッッッッ!この野郎ッッッッッ!」
土下座から飛び上がったメダリストが、ハバネロ郎の亡骸に飛びかかる。
「テメーは年長者への敬意を忘れたのかッッッッッ!テメーがモタモタしてっから、このお方がお怒りになられて、みんな責められてんだろーがよぉッッッッッ!」
メダリストはうつ伏せの頭を踏みつける。
「何が亡骸だッッッッッ!舐めてんじゃねえッッッッッ!人生を何だと思ってんだッッッッッ!テメーはよぉ、自分一人で生きて来たつもりなのかよ、えッッッッッ!俺らが殺さねえから今日まで生きてこれたんだぞッッッッッ!命の恩人に向かってその態度はなんだッッッッッ!殺さなかったから生きてんだッッッッッ!だから命の恩人なんだよッッッッッ!恩返しの一つもせずに死ぬだとぉッッッッッ!何様だッッッッッ!起きろッッッッッ!死ぬとか生きるとかテメーの都合なんざ聞けるかああああああッッッッッ!立てッッッッッ!今すぐ立てッッッッッ!でなければ切腹して死ねッッッッッ!死ねッッッッッ!死ねええええええええええッッッッッ!」
ソーダ之助は黙って折れた刀を振り、メダリストの首をはねた。




