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十一 赤い刃の死角

 いくつもの星が流れる。


 現代人であれば素直に絶景を楽しむだろう。心に余裕の無い都道府県位置だったら……興味を持たないかも知れない。


 中世の人々でだっら、流星雨をどう受け止めるだろうか。


 ハバネロ郎が助けた母娘は凶兆と受け止めた。空を見た後仏壇の前で数珠を握り締め、仏と先立った者にすがろうとして、止めた。


 あまりにも罰当たりで、あまりにも都合が良すぎると思ったからだ。


 囲炉裏の鍋が溢れる。火を長く放置し過ぎた。母娘は夜分ながらも障子と雨戸を開け、煙を外に逃がした。


「もう帰って来ないのかな……あの方」


 娘の声が震えている。


「もう一度、お味噌汁を作りましょう。ご飯も温めなおさなきゃ」


 母娘は、名前も知らぬ恩人の帰りを待つ。


 助けられたのだから、助けねば。あの淋しそうな(ひと)を放って置けない。


「「そして帰って来たら……ニャンニャン……」」


 その時だった。


 使う者がいない茶碗が割れたのは。





















 ●









『日向パンちゃん流は、示現流の影響が強いと聞くが……』


 その言葉にソーダ之助に後ろめたさを覚えた。


 過去の記憶とは言え、ソーダ之助は一方的にハバネロ郎を研究したのだから。


 それでも力量はハバネロ郎が遥かに上回る。


 あえて伏せ字をかけずに、失礼を承知で他の漫画で彼らの現在の客観的な実力差を例えるなら、





 へうげものの主人公である古田織部、


 そしてシグルイのオールスター。


 前者がソーダ之助、後者がハバネロ郎だ。まああくまでも例え。ハバネロ郎は別に曖昧な状態では無いし、野良犬にも表道具を用いる。致命傷を負えば死ぬだろう。


 これでも大分差は埋まったのだ。


 武者修行時代のソーダ之助は……磯部磯兵衛物語だったのだから。


 一応あくまでも実力差の例えだ。当時のソーダ之助はすでに、薬指と小指の間に挟んだ胡桃を割る程度はできた。





 『日向』とは現在の宮崎県だが、ソーダ之助は一度も行った経験は無い。作者もだ。作者は国内は本州しか行った事が無い。宮崎県の皆さん、ごめんなさい。


 日向パンちゃん流の『日向』の由来は、明智(あけち)日向守(ひゅうがのかみ)光秀(みつひで)である。


 当時のクリーム山家当主であるシチュー二郎三郎(じろうさぶろう)が、レインボーブリッジでナンパしたナオンに美人局(つつもたせ)で追い詰められていた時、光秀が颯爽と麒麟に乗って仲裁に入り小判十枚で勘弁して貰ったのが縁で、様々な武芸の指南を受けたと言う。


 確かに日向パンちゃん流は、示現流の影響は受けている。


 示現流は全力の初撃と言うイメージが強いが、それは最大の特徴とは言い難い。次撃や追撃や受けの技もちゃんとあるそうだ。作者は運動神経とかアレなので具体的な説明はできないが……


 成立初期の示現流の最大の特徴はわかりやすさ、と作者は解釈している。異論は認める。異論の方が正しいかも。というか作者の考えは妄想に等しい。


 具体的には、オーバーキルの初太刀を大前提とした戦闘術と作者は考えている。鍛練では初太刀をとことん反復するのだ、連度も高い。


 だから他流試合や決闘ではツボに嵌まれば瞬殺圧勝する。見ていた他流派はその結果から逆算し、技術を取り込むはずだ。


 逆にさんざんパクられてるはずだろうに現代まで名前が残ってる流派って……


 話を戻そう。


 当然日向パンちゃん流も示現流の影響は受けている。なんか砂の入った俵を振るのはその影響の結果だ。(もちろん模倣は失敗している)当然ソーダ之助にも示現流対策もある。この世で最も硬いとされるあ●きバーで打ち返すのだ。


 まあ、ソーダ之助にしかできぬ手段についてはおいておいて、そもそもパンちゃん流は防御型の剣術。いや逆転型と言うべきか。


 クリーム山家は生まれつき異常に膂力が高いので防御やカウンターの技が目立たない。さらにソーダ之助は気性が荒いのが拍車をかけている。ストーリーの都合も大きい。






『折れてから始まる』





 それがパンちゃん流の極意である。『折れる』の主語はチュー●ットーーパンちゃんであり、心であり、刀である。


 パンちゃんが折れるのは、分け合うため。


 心が折れるのは、立ち上がるのに慣れるため。


 刀が折れるのは…………安物の粗悪品を使うため。剣士は剣で戦うのでは無い。剣技で戦うのだ。その心構えとして、業物を避け、常に粗悪品を腰に差すのだ。……膂力が強過ぎてどんな業物でも最後まで持たないのもある。それとクリーム山家には……金が無い。






 スマホに『1☆1☆0』と謎の番号を打ち込むミステリアスなガールズ、怪しい者では無いと身振り手振りで弁明するザンギエf……じゃなかったレーニン的存在。


 その向こうにハバネロ郎。


 切っ先はソーダ之助に、刃は天井に。体の右側を前に出し、やや前傾。顔は向けられた鍔の隣。


 人づてに聞いた西洋の細剣の構えのようだ、とソーダ之助は思った。


 明らかに高速接近からの突きが狙いだ。他にも業はあるだろうが、それらは選ばない。


『基本にして奥義』


 ハバネロ郎はそう言った。宣言した。壊れかけの心で、支えにしていた……もう存在しないハバネロ畑の中で、レーニン的存在にどのような意味があるのか無いのか不明だが、命懸けで吐き出した言葉だ。


 小細工など選ぶはずが無い。心が壊れてしまったのなら、なおさら。


 背後の空間にヒビが入り、快●CLUBがハバネロ畑に侵食される。


 来る。


 刀の位置を変えずにハバネロ郎は前傾を深め、地面を蹴った。


 即席クリームソーダを投げようと牽制するガールズ、テンパって両手を不自然に動かすザンギエfじゃなかったレーニン的存在のわずかな隙間を、白紙に染みる朱の墨汁のようにすり抜け、大きく長い初動を右足で受け止める。


 右脚が伸びる。運動エネルギーが完全に上半身に伝わる。野球のピッチャーの利き腕のように上半身がしなった。


 ここでソーダ之助は半歩下がる。


 ハバネロ郎にとっては想定内。肩が、二の腕が、肘が、手首が、指が伸び、刃が四分の三回転。


 ソーダ之助は構えた刀を残したまま腕を伸ばし、さらに半歩後退。刀身に衝撃。断裂。


 ソーダ之助の予想通り。


 切っ先はソーダ之助の額に当たる寸前で止まる。距離が足りない。


 確かに武力100のキャラクターが、自らの跳躍による軌跡で流れ星を描いたが、基本このシリーズでは斬撃は飛ばないし、衝撃波とかも出ない。作者の気が変わらない限り。


 刃が届かねば傷は付かない。





 望んで行ったわけでは無いのだろうが、ハバネロ郎は二度も資本主義の豚鳥喰らいを見せてしまった。それも主観と客観とで。


 二度も見せれば、ある程度全容は見える。





 やはりソーダ之助の推測通りに、刃の位置を変えずにハバネロ郎は踏み込む。次撃の溜めを生み出すために。


 『突き』は難しい。しなる真剣なら特に。しなる前に標的を貫かねばならない。しならないように突くにはキレが要る。キレを生むには溜めが要る。標的が離れるなら特に。


 溜めを生む時、どれほどの剣豪でもホンの少し止まる。






 ソーダ之助とハバネロ郎の目が合った。


 ソーダ之助は、ハバネロ郎の目を見ていた。


 ハバネロ郎の目が、ソーダ之助の握る柄を見た。


『日向パンちゃん流は、示現流の影響が強いと聞くが……』


 ハバネロ郎はソーダ之助を『剣士』としか見ていない。


 日向パンちゃん流は一刀流、短刀術、二刀流とまでしか想定していない。


 『剣術』のくくりでしか見ていない。


 日向パンちゃん二刀流に()()()があると想定していない。


 折れた切っ先で戦うなどと想定していない。


 ソーダ之助の右手ーー柄を持つ手が背後に回り弓を引く。


 赤い刀身がハバネロ郎の顔の右側に来る。刀はそのまま。身体操作のみで溜めを生み出す。






 空に流れた無数の星が、大地を、川の水で『一気』する者たちを、ソーダ之助を、ハバネロ郎を照らした。





 ソーダ之助の左手の折れた切っ先が、ハバネロ郎の意識から完全に消えた切っ先が。


 刃の届く距離から、野球のサイドスローのように投じられた。


 ハバネロ郎は折れた刀を担いだ右手しか見ていない。


 ボクシングのフックのような軌道で左腕が振られた事に気付かない。


 顔のすぐ右の赤い刀身が、ソーダ之助の左腕の動きを隠したのだ。

示現流の解釈については異論のが正しいと思います。


示現流関係者の皆さん、ごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
ついに『伏せ字をかけずに』・・最早、『覚悟は完了』ということですね!(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾<ちくわの時といい、動作の描写のキレが凄いので、手に汗握ってしまいます!
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