一 家X家による赤穂浪士の評価
シリーズ第三弾は「さらば家X家」の予定でしたが、
家X家は葬る価値も無いと言う意見が、
宇宙からの電波で届いたので変更しました。
ご了承ください。
忠臣蔵。
一定の年齢であれば、一度くらいは名前を聞いたことはあるだろう。元禄年間に起こった赤穂事件を元に描かれた、最も有名な仇討ちの話だ。
赤穂藩主浅野内匠頭長矩が、江戸城内にて吉良上野介義央(義央は『よしなか』と読む場合もあるそうです)に斬りかかった事が発端で、元々確執はあったらしいが刃傷沙汰そのものになった原因は不明とされている。
その後、当時の将軍綱吉は長矩に切腹を命じ、赤穂藩は取り潰しと裁定。再興も絶望的となり、激おこぷんぷん丸となった元藩士が義央の家にカチコミをかけ、見事ざまぁ執行した。
水戸黄門と同レベルの有名な話なので、だいたいこんな感じの説明で十分だろう。
赤穂事件の評価についても避けておく。ちょっとググっただけで色々出てくるし、どうあがいても江戸時代を生きた人々と、令和を生きる我々との間には価値観の齟齬がある。
一番大きな差違は『復讐』についての考え方と現実だろう。
江戸以前は加害者に報復しなければ名誉を致命的に損なう。やり返さなければ舐められる。司法……のような物は存在したが大衆の顔色を気にしたり、お上の顔色を伺ったり、第三者へのパフォーマンスとしての側面が強いように思う。娯楽やガス抜き、あるいは出世の手段だったのではないか。
現代でも国内で紛争が起きる度に、マスコミやメディアを持つ個人が上記のような振る舞いをする。が、現実として法律が存在し、中世日本や現代の極貧国に比べれば遥かに公平な司法が存在する。
それが何を意味するのかと言えば、我々日本人には加害者に復讐する権利が無いと言う事実だ。代わりに司法が復讐を代行するのだ。復讐代行を別の言葉に言い換えよう。『裁判』である。
裁判及び日本の司法は、必ずしも公平とは言い難い。人のやる事だ。少なくとも私よりは公平で優秀だ。
それらは赤穂事件を評価するのに大きな障害となる。ただでさえ価値観の異なる江戸時代の人々が残した資料を元に思考しなければならない。要はハードルが非常に高い。
いっそのことフィクション上の存在でしかない無責任な存在の、江戸幕府X代将軍である徳川家X家の評価を聞くところから物語を始めよう。
「赤穂浪士……もう終わったことじゃねーか」
江戸城、松の廊下。
1XXX年、X月X日、午前X時。
詳しい時間が伏せられているのは、創作上の理由である。将軍の名が『家X家』の時点で、ほとんどの読者は諦めがついているはずだ。あなたも諦めて欲しい。
詳しい時間を伏せても、何が起きたかは記さねばなるまい。簡単に説明しよう。致命的に低い家X家の権威を高めるイベントで刃傷沙汰があった。それも家X家の目の前で。
被害者はチェキラ藩主悪猪肌偉大チェキラ守伴舘。誉れ高き名君である。名前はアレだが。
加害者はスコヴィル藩主是前伝馬|スコヴィル守嫌津。名前も官位もアレで、藩内での評価は異常に低い。
「上(お前が死ねば良かったのに)様ッッッッッ!」
家X家の背中を死地へと押すのは、老中荒芽乙喜。
「ささ、危ないですから。腰の物は預かりますぞ!」
体も小さく細く青白く、その上まだ元服して一年の若さとは言え目の前に血糊のついた脇差を持っている嫌津がいると言うのに、あらゆる創作物の中で最弱の家X家から護身用の脇差を奪うのは指南役の野豚ゴールデンハンマー。
「ちょ、返せ、テメーッッッッッ!」
「上様、その言葉使いは何ですかッッッッッ!」
乳母のNTRの局が、縄に火の着いた装填済の火縄銃を嫌津に無理やり手渡そうとする。
「その……皆さん酷くない?」
魚の死んだ目をしていた嫌津は、周囲から死を願われる家X家に本気で同情しながら、脇差の血糊を紙で拭き取り静かに鞘に納める。
「「「遠慮なさらずに、さあ。さあッッッッッ!」」」
そんな嫌津にチェーンソーや鉄の人を操作できるリモコンなどを周囲は押し付けようとする。
「俺に味方はいねーのかッッッッッ!」
「くっ、おりませぬッッッッッ!」
嫌津に斬られた額を押さえながら、伴舘は家X家に中指を立てた。
「誰かッッッッッ!伴舘を処せッッッッッ!」
では、とNTRの局が家X家に向け引き金を引こうとしたが、嫌津が止めた。
「どうか私の話を聞いてくだされッッッッッ!」
「嫌津ッッッッッ!諦めろッッッッッ!スコヴィル藩にだってこの男への怨みはあるだろうッッッッッ!」
乙奇が体当たりで嫌津を弾き飛ばし、火縄銃を奪う。
「乙奇殿、弾がもったいないッッッッッ!」
ゴールデンハンマーの一喝で全員がしょうきに戻った。
「一寸の虫に五分の魂……しかしながら家X家に弾ほどの価値無し……」
「「「「「一理ある」」」」」
「おかしいだろッッッッッ!」
この季節のイベントが無事に終われば、家X家の権威が少しばかり上がるはずだった。マイナス一万がマイナス九千九百九十九くらいに。家X家の中ではそうなるはずだった。
プロ野球の投手成績だって、九勝十敗と十勝九敗とは天と地の差がある。
「嫌津、なぜだ?俺を狙うならわかるが」
平伏する嫌津に家X家が問う。
「伴舘は今鳥居と呼ばれる忠臣にして、今保科と称えられる名君でもある」
「上(お前が死ねば良かったのに)様とは正反対「うるせー黙ってろ!」
顔を上げた嫌津に再度問う。
「なぜだ?伴舘がそなたに何をしたと言うのだ?」
人間関係の軋轢はどこにでもある。中世であればなおさらだ。
表面上はチェキラ藩や伴舘が、スコヴィル藩には何もしていない。むしろ返しきれないほどの恩があるはずだ。
「何もありませぬ」
家X家は耳をほじった。きっと誰かの陰口が嫌津の言葉に被さったのだと思った。しかし。
「伴舘殿には、怨みは一切ございません」
「ならば……」
乱心とでも言うか。
「赤穂浪士」
「何と?」
赤穂浪士と聞こえた気がした。
「赤穂浪士に敬意を示したのです」
今この場には多数の大名がいる。その前で嫌津は蚊の鳴くような声を出した。
「赤穂浪士の名声に敬意を表したのです」
とりあえず切腹を命じると、嫌津は日が東から昇るようにすんなりと腹を切った。
松の廊下でだ。
何あいつ何言ってんのマジで赤穂浪士ってなんだよふざけんなよ今日のイベントで良いトコ見せて大名見返してやろうと思ってたのに俺がどんだけ苦労したと思ってんだ乙奇とかゴールデンハンマーとかNTRのババアとか殺しに来るの必死でかわしてどうにか将軍務めてんのになんだよスコヴィル藩って激辛食材でめっちゃ儲けてるとこじゃん幕府は火の車でこっそり俺大工とかで小遣い稼いでんだぞテメーんとこ一番カネあんじゃねーか左団扇で側室侍らせて毎晩ギャランドゥだろッッッッッ!
「クソッッッッッ!誰が悪いんだッッッッッ!」
王様はロバの耳、とばかりに家X家は布団の中で叫ぶ。
「俺のせいじゃ無いッッッッッ!」
何で嫌津は刃傷しやがった!
「赤穂浪士……もう終わったことじゃねーか!」
とっくの昔に死んだ人々に当たっても仕方がない。
仕方がないが。
「くっそおおおおおおお!俺の権威が回復して、大奥に人が来るはずだったのにッッッッッ!」
何もしなくて良い……呼吸さえも、と江戸城の誰もに言われる家X家。そんな彼にも唯一の役割がある。それは無人の大奥の……掃除だ。
あまりにも人気がマイナス過ぎて、吉原ですら詫び金を出した上で入場を拒まれる家X家。大奥に……あくまで家政婦として女性を召し上げようとしたが、みんな逃げ出した。江戸城勤めの者が、声のかかった女性を憐れみ、権限をフルに使って逃がす。
「……明日は大奥の畳を張り替えなきゃな」
無人の大奥は将軍自ら管理している。




