8話
パンやさんの前で別れて、また海辺を歩いて屋敷を目指した。
楽しかったなあ、今日は。
それに、ラウド様の知らないところをたくさん知ることができた。
今度、お仕事の見学とかさせてほしいなあ、でも断られそう。
海を見ると、満月がゆらゆらと映し出されている。
深く、深呼吸をして、明日からも頑張ろうと海に誓った。
「おーい、おい!」
遠くから馬の走る音と、誰かの声が聞こえる。
「おい。ルーン!」
あれ? どこから? 立ち止まって見渡していると、屋敷の方向からラウド様の声だ。
「おい!」
「はいっ!?」
なんで!? 怒っていらっしゃる!?
ラウド様は、慌てていた? のか、ぜぇぜぇと息を切らしている。馬が鳴いて、ぶるっと震えた。私は満月に照らされた、美しいラウド様の顔を見て固まっている――
「こんな時間までなにしてやがった」
「えっ」
顔も怒っているし声も怒っている。
馬から華麗に飛び降りて、ずいっと顔を近づけられた。
「……肉臭え。酒臭え。どこに行ってたんだ」
「お、おさけはのんでないです! お肉はいただきました!」
は、はずかしい。そんなに臭かったなんて!
どうしよう。どうしていいのか困っていると、ぐいっと腕を引っ張られた。
「腹は……その感じだと減ってねえか」
「お、おにくを、いただいたので。おにく以外なら食べられます」
「なあ、肉も食いたかったなら言えばいいだろ。なに、勝手に食いに行ってやがんだ」
「ラウド様は、わたしが勝手におにくを食べたから怒っているんですか?」
「そうじゃねえし、怒ってねえよ別に!」
いやどう見ても怒ってます。
「ラウド様、あの」
「なんだったら食えるんだ」
やっぱり勝手にお肉食べたから怒ってるんだ……。これからは気を付けないと……。
なんだったら食べられるか。えっと、
「甘いもの……」
「は?」
「甘いものなら食べたいです!」
わけもわからず、大きな声を出してしまった。海に吸い込まれるように、わたしの食欲宣言が響いて、静まり反った。
「なんだそりゃ……くくっ、ははは」
恥ずかしくてうつむいていると、ラウド様が笑いだした。
「じゃあ食いにいこうぜ、甘いもの。乗れよ」
華麗に馬に乗り、そのままぐいっと引き上げられた。馬が走り出す。ラウド様はご機嫌なように見えた。
少し遅めに、いつものレストランについた。席に着くなり「甘いもの出してくれ」とラウド様はエリーさんに言った。
「えっ。どうしたんですか」
とても困られている。
「エリーさんすみません。わたし、今日はお食事たくさん食べちゃって。甘いものなら食べられますって言ったらこんなことに……」
「な、なるほどー。旦那様なりに、気を使ったんですね」
「おい、どういう意味だ」
「なんでもないです! あ、そうだ。いいのがあった! すぐ用意してきまーす!」
エリーさんは、さっさと厨房に走って行ってしまった。
そういえば、今日ってお食事の約束の日だったかしら。ラウド様を見やると、視線に気づいたのか「なんだよ」と。
「いえ、今日ってお食事の日でしたっけ、と。私、忘れてたんですかね」
「別に約束してなくたって食事くらい良いだろ。夫婦になるんだろ」
夫婦……。改めてそう言われると、少し恥ずかしい。
「な……なに照れてんだよ」
「照れてないです!」
言われるともっと恥ずかしい。
今日、海賊さんたちとお話して、ラウド様の素敵なところがたくさん知れたのだ。だからこそ、尊敬する気持ちは大きくなったし、婚約者としてますますがんばらなくちゃという思いも大きくなった。
ラウド様は気まずいのか、視線をずらして黙ってしまった。
沈黙。
「ちょっとちょっと、どうしたんですかほんとに! お持ちしましたよ!」
ちょうど、その沈黙を破るようにエリーさんが持ってきてくださったのは。大きな果実がグラスにたくさん入って、その上に、大きな甘いアイス、果実のソースがたっぷりかかった……
「パフェです! これ新メニューなんですよ! 新しいお店も出す予定だから、いろいろ開発中なんです。よかったら旦那様とルーンお嬢様に食べてもらって、感想ください!」
エリーさんは自信満々だ。自信満々なのもわかる。だってとてもおいしそうだもの。
「す、すごいですエリーさん! これエリーさんが考えたんですか!?」
「いや、あたしがっていうか。海賊の彼氏がね、他の国で見たんだって。それをあたしが研究して再現した!」
「すごいすごい! いただいて良いんですか、こんな素敵なの!」
「その代わりちゃんと感想くださいよー?」
エリーさんは微笑んで、大きなスプーンを2つ、置いてくれた。
「旦那様も食べてくださいね?」
「おいこれ、1つを二人で食うのか?」
「当たり前じゃないですか。これ、カップル用に売り出すんですから」
わあ、カップル用……!
恥ずかしいけれど、素敵だとも思った。
おそるおそる、崩さないように、上のアイスからスプーンに掬って口に入れる。
「お、おいしい……!」
甘いアイスと、甘酸っぱい果実のソースが、とろけあって幸せな気持ちになる。
「ラウド様も食べてください!」
「そうよ旦那様も食べて感想聞かせてくださいよ!」
「わ、わかった」
ラウド様も一口掬って、ごくり。瞬間、優しい微笑みが零れた。
「……うまいな。驚いた」
「やったー! 旦那様がうまいって言った!」
「エリーさんよかったですね!」
ぱちぱちぱち。思わず拍手してしまう。
「さあ、アイスが溶けないうちに食べてくださいね。よかったあ」
エリーさんは嬉しそう。ぺこりと頭を下げて、厨房にうきうきで報告に戻っていった。
私は夢中でパフェを食べてしまう。アイスの下からは、いろんな色の果物がごろごろと、溶けたアイスと絡まってでてきた。どれを食べてもみずみずしくて美味しい。
「ラウド様、みたことのない果物もたくさんあります。これも輸入品ですか?」
「そうだ、よくわかったな。海賊たちに、他国の珍しいモンを買わせて、港で売らせてるんだ。おかげで珍しいものがたくさん手にはいるし、それを他の地域に商人が売りに行って、さらに利益が出る。このパフェはもしかしたらいい宣伝になるかもな」
機嫌良くパフェを食べ進めながら、ラウド様はあれやこれや、この町を発展させる方法を考えているみたい。
素直に、彼のそういった野心が、すてきだと思えた。
「ルーン、なんかいいことでもあったのか?」
「え、なんでしょうか」
「ずいぶんニコニコしてやがるから」
「ラウド様もニコニコしてますよ。なにかいいことあったんですか?」
少し、からかうみたいに聞いてみた。ラウド様は「うるせえなあ」と言いつつも、優しい笑顔を浮かべていた。




