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5話

 そうは言っても、立場的にはこの町の領主様の婚約者ということになるので、あまりそう好き勝手もできないなあと考え込む。とりあえず、この町のことをよく知ってみようと思った。フォルとパインさんに「でかけます」と声をかけて、少し歩いてみることにした。屋敷から少し行けば、道が開けて海に着いた。そういえば、私の住んでいた周りには海がなかったので、ゆっくり訪れたのは初めてかもしれない。

 

「わあ、なんてきれいな」


 海は、朝日に照らされてきらきら輝いていた。深い青が永遠に続いている。静かで、けれども力強い波の音が、音楽を奏でるように身体のなかに、ゆっくりと響いた。

 

「いいきもち」


 浜辺に座って、海を眺めてみる。ざざん、ざざんと一定のリズム。

 遠くの方から船が来て、やがて浜辺の向こうにある港に着いた。

 海はふしぎだ。本には、この海の向こうにもたくさんの国と、人と、いろんな文化が溢れているって書いてた。空と同じように、海も永遠に続いているのだろうか。

 きらきら輝く海を見ているうち、思考もクリアになってきた。

 もしかして、ラウド様は、あえて私にやるべきことを言わなかったのかもしれない。

 きっと、王家を追い出され、この町へ名ばかりの領主としてやって来たんだろう。分からないことだらけで、それでも自分の力でやるべきことを探して。ここまで慕われるようになるのに相当苦労があったはずだ。

 私にも同じ姿勢を求めるのは、ある意味当然な気がする。自分の力で切り開けない女には用がないのだろう。

「本でも読んでゆっくりしてりゃいい」の真意も、書物を読んで町を理解し、役立てろという意味に間違いない。


「ああ、私なんて愚かだったんでしょう」


 浜辺にぱたんと倒れこんだ。白い砂浜、青い海、愚かな私。

 浅はかだった自分が恥ずかしい。

 学園で受けてきた貴族教育も、しっかりこの町のために役立てないと。

 深呼吸をしたあと、起き上がった。

 起き上がったあと、見えなかったものが見えるようになった。そして、ひとつやるべきことを見つけた。



 この海は文句なしに美しい。大きなスケールで見れば、壮大な景色に癒される。

 一方で、よく見ると汚いことに気づいてしまった。

 ごみが海にぷかぷか浮いている。浜辺には、流れ着いたごみがごろごろ。自然の木片や海草が枯れたものに加え、人工の瓶やら缶やら、紙屑やら、いろんな種類のごみがある。

 浜辺を歩いてみると、ごみに混じって時々、きれいな貝殻や、輝くきれいな色の石も見つかった。楽しくなってきたかも。

 

「よし、きれいになるのにどのくらいかかるかわからないけど、とにかくやってみよう」

 

 それから毎日、私は浜辺でごみ拾いをした。朝食後、浜辺でごみ拾い。昼食は、町のことを知るために、なるべく町中にあるお店を利用した。その中で気づいたことがある。初めてヤディ地区に来たとき、よく見た屈強な男性たち。どうも、海の冒険者……いわゆる航海者の方々だったようだ。ワイルドな格好をした彼らは、船で町に寄っては、港に戦利品や大量の魚を卸したり、他の国で買い付けた珍しい食料品や装飾品を売っている。さらに、冒険の際に倒したであろうモンスターの素材なんかも売り、それを使って冒険者向けの装備品をつくって売るお店も数多くあった。

 

 それゆえ、海賊だけではなく、陸地を行く冒険者の方々も多く訪れて、装備を揃えたり旅の途中に立ち寄る宿としても利用しているようだ。

 日が暮れかけたら、町の図書館で本を読み、ヤディ地区のことを勉強した。

 そうして屋敷に戻れば、ラウド様はいたりいなかったりで……。

 一言もお話しできない日が、続くこともあった。

 

 ただ、婚約者という体を守るための形式的なものではあったけれど、週に一度は最初にお会いしたレストランで食事をとる時間を作ってくださった。私はそのときに、この町のことについていろいろお聞きした。

 

「この町は、冒険者の方が多く訪れるんですね。元々そういう場所なのですか?」


 ラウド様は、得意気に酒を飲みながら教えてくれた。

 

「元々ってわけじゃねえ。俺が整備したんだ」


 その日は魚のステーキだった。豪快にナイフで刺し、大きな塊のまま口にいれた。

 

「まあ俺がこの町に来た経緯は……噂で聞いてるかもしれねえが。追い出されたんだよ王宮を」

「それは、お聞きしてもいい内容でしょうか……」

「まあ構わねえよ。俺は元々王家でも浮いた存在だったんだよ。王様が浮気してデキた、平民の女との子どもが俺だからな。聞いたことねえか? 国一番の大悪女フリカ。息子が、この俺だ」

「有名な話ですよね……。あれは実話だったんですね」


国の人なら誰でも知っている、大悪女フリカの伝説。

その息子。

どんな扱いだったかは、想像に難くない。


「俺の少年時代はだいぶ荒れてた。家を出て海賊の真似事してた時期もあったな。んで無理矢理連れ戻されて、軍人として戦に行かされた。戦うのは嫌いじゃねえから、あれはあれで楽しかったけどな。戦が終わって戻ってきたときに、国王にムカつくこと言われて、今の第一位王子マレードを思わず刀で斬りつけちまった」


 衝撃的すぎます。

 

 お魚のステーキはとろける美味しさで、幸せ夢心地だったけれど、急にものすごい事実を突きつけられて味がしなくなった。

 

「そんで、王都から離れたヤディ地区に飛ばされたって経緯だ」

「苦労されたんですね……」


 私の薄い人生経験では、こうやって返すのが精いっぱいだった。ラウド様はあまりそこは期待してなかったらしく、淡々と続けた。

 

「飛ばされてきた最初は、前の領主が俺以上のろくでなしだったみてぇで、海が近くて塩害もひでぇのに、無理矢理土地に合わねえ農作物作らせてるわ、税金はむしりとってるわで最悪だった。んで、よくわかんねぇけど、とりあえず農業よりも海を生かすように変えようと思って、昔の知り合いの海賊を呼んで、魚や珍しいもんを高く買い取るようにした。すると海賊や冒険者が、いろんなもんを売りに来る。そのうちに町も冒険者を呼ぶために町中が工夫し出した。んで、今こんな町になった」


 ラウド様はこの町が好きみたいだ。いきいきと話をする表情からそれが伝わった。私も、この町を愛してみたいと素直に思った。

 それにラウド様が町の人たちから慕われるのも納得がいった。ラウド様は、この町の暮らしをまるっと変えてしまったのだ。

 

「質問してもいいですか?」

「構わねえ」

「海賊の方や冒険者の方を呼ぶようになって、治安が荒れたりはしなかったんですか? 犯罪が増えたりとか」

「あー」


 ラウド様は、なんてこともないように、

 

「そういうやつらは俺がボコボコにしてやったから、もうめったに来ねえよ」


 そういえばこの方、死神公爵。

 恐ろしく強いんでしたね……。


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