21話
久しぶりにラウド様の後ろで馬に乗った。相変わらずさらさらの美しい黒髪。ではあるんだけれど、長い間の遠征のせいか、痛んでいるところもあった。
夜道を進みながら、息づかいしか聞こえない静寂に包まれる。肌寒くなった空気を吸い込んだ。今なら言えるような気がした。
「あの」
「ルーン」
やっと言葉が出せた瞬間が同じだった。
「私、ラウド様のこと、」
「……愛している」
振り返った表情は、切なそうに微笑んでいた。
「えっ」
「あの時傷つけたこと、ずっと後悔していた。久しぶりに悔しくて泣いちまった」
「ないたのですか」
私も泣いていたあの夜。ラウド様も一緒だった。
「本当に申し訳なかった。そして、俺が愛したこの町のために、一生懸命に動いてくれてありがとう、ルーン」
「ラウドさ、ま」
一番言ってほしかったことばだった。
大きなしずくが、目からこぼれ落ちていく。
眼鏡の上からぐしゃぐしゃに顔を拭いた。
「私の方こそ、ラウド様の気持ちも事情もなんにも知らないで、怒っちゃって。だめな婚約者です、本当に」
「だ、だめな婚約者は俺の方だろ!?」
あまりに狼狽えているので、ついおかしくて笑ってしまった。
「ふふ、そうかも」
「そうかもってなんだよ。どうせダメな男だよ俺は」
拗ねてそっぽ向こうとした頬をつかんだ。
そのまま、唇を合わせた。
血の匂いと一緒に、意外と柔らかな唇の感触を味わう。
目の前の表情は、切れ長の目を見開いた、驚愕。
「……」
「ラウド様、私も愛しています」
「なんで俺からさせてくれねえんだ……」
大きなため息が聞こえた。
その夜、久しぶりに屋敷に戻った私とラウド様は、会えなかった間の話をたくさんした。私の怪我をおおげさに心配しつつも、初めて心から安心して笑った顔を見ることができた。
二度目の口づけはラウド様からだった。
そのあと、初めて結ばれた。
婚約者同士に戻った私とラウド様は、正式な結婚をようやく行った。結婚式に向けて準備を進める中、生活には少しの変化がでてきた。
事件のあと、マレード殿下の計らいでアリカさんと盗賊さんたちは、罪を許されることになった。今まで奪った金品の返還を命じた代わりに、ヤディ地区での生活を認められ、エリーさんがそのまま全員雇ってしまった。
エリーさんにアリカさんの歌の素晴らしさを伝えたところ、次の日からシーフォードラゴンの店内に小さなステージが設置されていた。仕事が早すぎる。
フォルは私のことをものすごく心配していたようで、屋敷に戻ってすぐに泣きじゃくった顔で抱き締められた。「おじょうさまぁ、よがったあ、いきてたぁ、フォルはおじょうざまになにああったらぁあ」としばらく泣き止んでくれなかったので、ずっと頭を撫でるしかなかった。
「あの女、雇うのフォルは反対です」
そう言って聞かなくて、エリーさんと初めて激しい口論をした。結局アリカさんから精一杯の謝罪をフォルもいるところでいただいて、なんとか納得してくれたようだった。
「くそ、たしかにめちゃくちゃ歌うまいじゃないですか……。フォルだって!」
初めてのアリカさんのステージは大いに盛り上がった。対抗してステージに上がったフォルの歌が酷すぎて、それはそれで大いに盛り上がっていた。
「いい店だな」
屋敷に戻ってからも、お店で働くことを許してくれたラウド様は、アリカさんの歌を聞きに来てくれていた。
「フリカが生きてたら、ああいう感じなんだろうな」
「そうですね」
ラウド様のたった一人のお母様。もう会えないけれど、子どもたちであるラウド様とアリカさんのことは、見守ってくれているんじゃないかしら。
「ところでルーン。結婚式の話なんだが」
「いまはアリカさんの歌を聴きたいのであとにしてください」
「お前言うようになったな……」
ジュリさんが隣の席でお酒をのみながら「ルーン、ナイス!」と笑っていた。
屋敷の方はというと、フォルは話し合った結果侍女には戻らず、エリーさんのもとで働き続けることを選んだ。フォルは最後まで迷っていたけれど、楽しそうに仕事をする姿を見ていた私としては、とてもじゃないけれど帰ってきてなんてわがままは言えなかった。
代わりに、というか。ミミが侍女として屋敷に来てくれることになった。
事件のあと体調を崩してしまったミミだけれど、私に対しては多大な感謝をしてくれていたらしく。私が公爵夫人になって屋敷に戻ることを伝えると「恩返しがしたいので屋敷で働かせてください!」と泣きながら懇願してくれた。
そう言っても日中は私もシーフォードラゴンで働いたり、ごみ拾いしたりしているので、ミミは従業員兼侍女のような立ち位置になっていた。ややこしくて申し訳ないのに、ミミは「ルーンせんぱい、じゃなくてお嬢様のためなら命を捨てます」と真剣な表情。
そこまでしなくていいのに。無下にできないので、ありがたく気持ちを受けとることにした。
アリカさんの歌のステージが今日も大成功で終わり、くたくたで屋敷に帰るとラウド様が「待ってたぞ!」と目をきらきらさせて近づいてきた。
「ルーン、結婚式のドレスがいっぱい届いたから試着するぞ」
いや、あの、わたし、くたくたで疲れてます。
後ずさりして逃げようとした腕を掴まれた。
「お前が言ったんだよなあ? 公爵夫人としての務めも果たすから、働くの続けさせてくれって?」
「ラウド様、優しい笑みが逆に怖いです」
「結婚式の準備も仕事だよな?」
「あ、あしたでもいいですか、だめですか、だめそうですね」
「マレードが国中の最高級ドレスを50着送ってきやがったから、全部着るまで今日は寝られねえぞ」
「50!? ば、ばかじゃないんですか」
「あいつもたまには良いことするなあ」
じりじりと追い詰められる。背中が誰かにぶつかった。
ミミだった。
「ミミそのまま抑えてろ」
「承知しました、だんなさま!」
「ミミ……あしたにしませんか」
「せんぱいじゃなくてお嬢様……じゃなくて奥さま……。ごめんなさい。ミミも奥さまのドレス姿が見たい」
「決まりだな」
ラウド様が一着目のドレスを持ってきた。もう、従うしかなかった。
試着し終えた頃には朝日が上っていた。ラウド様は「これにする。これが良い」と選んだのは花の模様がふんだんについた純白のドレス。もうそれでいいです、と部屋に帰ろうとしたところを、ラウド様の寝室に連れ込まれていた。
後ろから抱き締められながら、
「なあルーン」と、甘い声がささやく。
「ありがとう。一生、愛している」
恥ずかしげもなくラウド様は笑う。
出会った頃の粗暴な彼からは、考えられない言葉だ。
ぎゅっと、腕を抱き締めかえした。
海辺の町で、本当の愛を見つけることができて、ありがとうを言いたいのはこちらのほうなのに。
無言で口づけをして、微笑みあった。
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