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20話

 盗賊たちのアジトは、山を越えたところにある暗い洞窟だった。手錠されたまま洞窟の奥へつれてこられると、檻の中には私たち以外の少女もいる。皆ぼろぼろの姿だ。


「なんて、ひどい」

「お前達、まとめて明後日には出荷だからな。おとなしくしとけよ」

「今夜は誰で遊ぼうかな~。一人二人傷物にしても問題ねえよな!」


 ぎゃはは、と下品な笑い声が洞窟に響く。重い鉄の音がして、檻が開いた。ミミと共に中へ入る。かび臭い、陰鬱な空気が漂う嫌な場所だ。

 中にはもっと幼い少女まで。みんな泣き疲れたような顔で、空虚に宙を見ていた。


「あんたたち帰ったのかい」


 低い女の声が奥から響いた。盗賊たちが「ボス、金目の物はなかったが女を二人捕まえました。一人は貴族の令嬢ですぜ」と話す。女は真っ赤な唇を吊り上げて「ほう?」と私を見た。


 綺麗な人だ。素直にそう思う。黒い髪が腰まで延び、長身に黒いドレスを着たこの美しい女は、どうしてこんな仕事をしているのだろう……と思わず考えてしまった。


「ラウドがいない隙を狙って、どんどん暴れるんだよ」

「イエス、ボス」


 きつい顔だちで、黒い髪。

 なぜかラウド様の顔を彷彿とさせた。にている気がしたのだ。


 気のせいかしら。


「……この眼鏡の女が令嬢だって? はっ、それにしては地味だね」

「言われ慣れてます」

「生意気な子だね。あたしは貴族や王族がだいっきらいなんだよ。あんたは一番ひどいところに売り飛ばしてやるからね」


 美しい顔を憎悪で歪ませた。

 

「……あの、なんで王族や貴族が嫌いなんですか?」


 こわいけれど、どうしても気になった。

 あの人に似ている。

 顔も、言っていることも……。


「あんたに話す筋合いはないよ」

「出すぎた真似をしてすみません……」


 これ以上機嫌を損ねると、ここにいる少女達みんなを巻き込んでしまう。

 おとなしく一度引き下がって様子を見よう。

 震えているミミの手をぎゅっと握った。



 いつのまにか疲れ果てて眠っていたようだ。周りの少女たちやミミも、静かに寝息をたてている。男たちもいまは周りにいないようだ。

 みんなは心配しているかしら。じめじめした土の地面を触りながらうつむいた。


「う~、るる、るるる」


 なにか聞こえる。

 洞窟の外からだろうか。

 これは歌?


「るる、るるる」


 歌だ。きれいな歌声。思わず聞き惚れてしまうほどの。


「あのー、どなたかいらっしゃるんですか」


 邪魔をしては悪いと思いながら、もしかしたら助けがいただけるかも。そう思って声をかけたけれど、


「……なんだい起きてたのかい」


 歌がぴたりと止まり、近づいてきた足音と声。

歌の主は、盗賊のボスの女だったようだ。


「あの、歌が上手なんですね」

「あんた売られるんだよ? なにのんきなこと言ってるんだよ」


 女は白い頬を少し赤く染めた。褒められ慣れていないような。


「お名前教えてくださいよ。私はルーンです」

「かわいい名前じゃないか。あたしの名前なんて知ったところで……。はあ、あたしはアリカよ」

「可愛らしい名前だと思いますが」


 アリカさんは「なに言ってんのあんた」とそっぽ向いてしまった。


「アリカさん、歌が上手なんですね。なんで盗賊なんかしてるんですか」


 不躾だとは思いながらも、どうしても気になって聞いてしまった。


「……あんたに聞かれた、王族と貴族が嫌いな理由と同じだよ」


 呟いて「ちょっと待ってな」と洞窟の奥へ行ってしまった。しばらく待っていると、大きな酒瓶とグラスを持って現れた。


「どうせあんたも売り飛ばすんだから、冥土の土産に教えてやってもいいよ。その代わり、酒に付き合いな」


 汚れたグラスに乱暴に酒を注ぐと、ぐいっと渡してきた。ずいぶんと濃そうなお酒だけれど、アリカさんはグラス一杯、一口で飲み干してしまった。


「はぁ……。絶対に言いふらすんじゃないよ」

「もちろんです。私も命は惜しいので」

「はっ。あたしにグイグイいろいろ聞いてくる時点で相当命知らずだと思うけど……。あたしの母親なんだけどね。この国で一番の大悪女って呼ばれてたのさ」


 アリカさんのお母様。きっととてもきれいな方なんだろう。すぐに想像できた。

 ん? この国で一番の大悪女。

 

「聞いたことないかい? 皇后がいる今の国王を口説き落として、踊り子の平民から一時側室になった女。その名を」

「……フリカ」

「……やっぱあんた貴族だね。知ってるわねそりゃ」

「……続きを聞いていいですか?」


 私は今、もしかすると、とんでもないことを聞いてしまってるのでは。

 

 夜色の長髪。美しい切れ長の目。

 まるでラウド様が女性だったら、妹がいたら。

アリカさんのような姿にーーー


「あんた察したみたいだね。さすが、ラウドの元婚約者」

「ご存じでしたか」

「調べるのなんて簡単だよ」


 アリカさんはどこからか煙管を取りだし、煙をゆっくり吸い込んだ。

 

「ラウドの母とあたしの母は同一人物。王宮でひどい扱いを受けて、フリカはこの町まで逃げてきた。そして、盗賊の男と恋に落ちて、あたしを産んだ。そのあとすぐ死んだ」

「そうだったんですか」

「国王はずっとフリカのこと探してたみたいだけどね。最後、この町にたどり着いたことは知ってたんだろ。だから領主にラウドをよこした。あたしはラウドの顔なんか見たくもなかったのに。あいつは王宮でぬくぬく暮らして、一方であたしは生まれた瞬間から犯罪者の娘。どうかしてるよ」


 なんと返せばいいのかわからない。言葉が出てこない。


「あんたも……。貴族のお嬢様にも、あたしの事情や気持ちなんか、分からないでしょ」

「そうですね、わかりません」


 こう言うしか思い付かなかった。

 アリカさんは煙管を落としかけ、直後美しい顔を歪めた。


「あんたは馬鹿な女だね。いいかい、そもそもあの店を襲撃したのも、あんたがいるのを知っていたからだよ。あんたを酷い目に合わせれば、ラウドのことを苦しめられる!」

「なんでラウド様をそこまで」

「憎いからだよ! 言っただろ、あたしは王族や貴族が大嫌いなんだ!」


 悲痛な叫びにも似た激高。フリカさんの振り上げた手は、私の頬を打とうとした。

 される前に、腕を掴んた。

 盗賊とはいえ、女性らしい細くきれいな腕だった。


「離せっ」

「アリカさん、聞いてください。ラウド様は、あなたと全く同じことを言っていました。王族も貴族も大嫌いだって」

「だからなんなの!」

「ラウド様も、あなたとは別の苦しみを持っています、ずっと……」


 腕をつかむ手に力がこもる。

 振り払おうとする力に負けないように。


「恨む相手を間違えてます。あなたの苦しみの元凶はラウド様じゃない。この国の王様」

「うるさいっ、だまれ!」


 身体を突き飛ばされた。

 騒ぎに、他の少女やミミも目を覚ます。

 壁に叩きつけられて動けなくなっている眼と鼻のすぐそこに、細い剣先が向けられた。


「あんたはここで殺す。そのほうが、ラウドにも、この国の王にも、復讐になるだろ」

「王様はあんまり関係ないと思いますが」

「黙れ。それ以上ごちゃごちゃ言うと!」


ーーー殺される。


 振り上げた刃の先が、洞窟の外の月明かりを反射していた。

 死ぬ直前って、時間が止まるらしい。ゆっくりと死の覚悟を迫られていく。

 私は結局、変われないままだったのかしら。

 真面目で地味で、融通の効かないだめな女でした。


 刃に身体を切り裂かれる感触。

 それは、襲ってこなかった。


「……てめえっ、ラウド!」

「間に合ってよかった……。おい、お前なんだ? やけに俺に似ているな?」


信じられない光景だった。

ラウド様が、そこにいる。

切り裂かれる直前だった私の前に立って、刃を受け止めていた。


「ラウドさま」

「ルーン、悪ぃ、遅くなったな。んで、こいつ誰?」


 余裕の笑みを浮かべて、刃を受け流す。

 ラウド様、あの、さっきから、アリカさんの地雷を踏みぬきまくってます。


「……あなたの妹です、その人」

「は? 俺の兄弟はクソのマレードしか……。あぁ、そういうことか」


 理解したラウド様は、狂気にも似た笑い声をあげた。アリカさんは、圧倒的な力の差と恐怖で、顔を真っ青にしている。洞窟の奥から何事だとでてきた盗賊の男たちにも、


「動くな! てめえら全員でかかってきても俺には勝てねえぞ。黙って降参しろ!」


 龍が吠えるような声で怒鳴った。


 めっちゃこわいですラウド様。

 私、とんでもない人の顔を打ってしまったんじゃ。


 いろいろ恐怖でへたりこんでいる私をラウド様は一瞥し「おい立てるか。お前らも。もうすぐ騎士団が着くから安心しろ」と、少女たちにも声をかけた。


 差し伸ばされた手を握り返すと、乱暴に引っ張られた。そのまま、胸に抱き寄せられ、苦しいくらいに抱き締められた。


「ルーン、無事で、よかった」


 ちょうどラウド様の胸のところに、顔をつけるような姿勢で。ラウド様の爆発しそうな心臓の音が聞こえた。


「怪我はねえか」

「ちょっと背中ぶつけていたいくらいです」

「てめえよくもルーンを……」


 目だけで殺しそうな視線を、アリカさんに向けた。


「おいお前フリカの娘ってことで合ってんのか」

「そうだと言えば?」

「なら俺の妹だな」

「まあ、そうなるけど……」


 座り込んでいるアリカさんの元へ歩き、私は手を差し出した。


「アリカさん、盗賊やめて、うちで働いてくださいよ」

「ルーン待て。何勝手に言ってやがる」

「ラウド様、知ってますか? アリカさんめっちゃ歌が上手なんです。アリカさんが歌ってくれたら、それを聞きにお客さんがいっぱい来ますよ!」


 名案だと思うけれど、どうでしょうか!


 ラウド様は額に手を当てて大きなため息をついた。


「お前、知らねえ間にエリーに似たか」

「いろいろ勉強させていただいたので」

「あとでゆっくり、会えなかった時の話をしよう」


 優しく微笑まれて、心臓が高鳴った。

 くるりと私に向いたラウド様は、私を抱き抱えた。

 いや肩に担いだ。


「さあ帰るか。あとのことは騎士の奴らに任せる。俺ばっかり働かせやがって、あいつらにも働いてもらわねえと」

「ちょ、ラウド様、あとのこと、アリカさんもおいていくんですか」

「マレードもすぐそこに来てる。あいつに全部やらせる。元はといえばクソ国王のクソ不倫のせいなんだ。アリカと盗賊達のことは罪人扱いしねえように脅しておく」


 ラウド様は淡々としながら、私を担いで洞窟を出ようとした。


「あたしを許すのか?」

 後ろでアリカさんの呆然とした声。


「許すも何も、この町のためにしっかり働いてもらうからな」


 ラウド様はそれだけ言い残した。


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