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19話

 そもそもマレード殿下がわざわざ来ていた理由だけれど、なにもラウド様にちょっかいだけをかけにきたわけじゃなかったみたい。


 王都近くの森でモンスターが異常発生し、騎士団が崩壊寸前まで追い込まれていた。そこで、腕のたつ元騎士であるラウド様に、救援要請を出しに来ていたらしい。わざわざ殿下が来なければいけないほど、大変な状況であるようだ。

 ラウド様はそのことに関しては二つ返事で了承し、町にいる冒険者さんや海賊さんたちに声をかけて、討伐団をさっさと結成。自ら率いて、王都近くの森へ向かった。


 ラウド様のことだから、さっさと片をつけて戻ってくると思っていたけれど、あれからついに一月経ってしまった。


 私といえば、変わらずシーフォードラゴンで働きつつ、休みの日はごみ拾いを相変わらす続けている。変わったことといえば、フォルがお店の宿泊部門のリーダーになったことかしら。今では新しく入ってきた子たちにも、手早く丁寧なシーツ交換や清掃の仕方をテキパキ教え、予約管理の方法などもどんどん改良していっている。

 エリーさんはクリオネストとシーフォードラゴンを行き来しながらも、楽しそうに働いている。この間、エリーさんの彼氏である海賊さんが来てくれていた。筋骨隆々の大きな男の人で、彼氏さんの前で照れているエリーさんはとても可愛らしかった。

 みんな、それぞれ生き生きと暮らしている。


 それに比べて、


「私なにやってるのかしら」


 少し肌寒くなった海辺で腰かけて、沈んでいく夕陽を眺めていた。


 ラウド様は、怪我はしてないかしら。


 そんなことばかり考えてしまう。


 少し伸ばした髪を触る。いただいた香油を大事に大事に使いながら、生まれて初めて肩の下まで髪を伸ばした。大きなため息をついてしまう。伸ばしたって、別になんにもならないのに。


「ラウド様の馬鹿……! さっさと帰ってこい!」


 海に向かって叫んでみた。

 当然だけれど、だれも返事なんかしない。





 その日も、とても忙しい日だった。エリーさんは不在の日で、フォルも宿泊対応でホールには来られない。そういう日は「ルーン、店を頼んだわよ!」とエリーさんに背中をばしっと叩かれて気合いを入れるのだ。

次々と注文されるのを聞きに行き、ドリンクを出してまた注文を聞いて。料理が出たら運んで、お客さんのおじさんに絡まれた。また呼ばれて急いで厨房へ向かい、料理を出す。


目が回る。身体が3つほしい。


「ミミちゃん大丈夫? お水飲みながら動いてくださいね」

「ありがとうございます、ルーンせんぱい!」


 新人の女の子、ミミちゃんも可愛らしい方で「ルーンせんぱい!」と呼ばれるのはなかなか悪くなかった。後輩に迷惑はかけられないから、余計に力が入る。


「新規5名様入ります!」

「いらっしゃいませっ」


 ばたばた、エールを両手で運びながら挨拶した。ミミちゃんが席に案内しようと、大柄な男性5名のお客さんの元へ行く。


 そのままミミちゃんは、男の腕に引っ張られ、首を絞められるように持ち上げられた。


 騒然とする。


 男は苦しそうにもがくミミちゃんの首元にナイフを当てて「静かにしろ!」と大声で叫んだ。


「ここの店長はどいつだ?」


 しん、と静まり返る。

 店長は休み。副店長のエリーさんは今日はクリオネストにいる。

 フォルは宿泊対応中。

 新人の女の子と厨房の料理人さん、私だけだ。


 ……店長じゃないけれど、今日はエリーさんに店を頼まれているんだ。


「店長は今日は不在ですが、今日は私がここの店を頼まれています。ルーンと申します」

「ほー。ガキとおっさんしかいねえのか。おい、客の奴らは今すぐ出ていけ。今なら逃がしてやる」


 男達はひげ面を歪め、下品に笑った。

 この人達、盗賊だ。それもかなり悪質な。


 今日のお客さんは、町の人たちが中心で、腕のたつ人たちはいなかった。悲鳴をあげながら、我先にと出口に押し寄せて逃げていく。


「ハハッ。ラウドも海賊もいねえ今がチャンスと思って来たが大正解だな。弱い奴らばっかりだぜ」

「おい、金目の物持ってこい! じゃねえとこの女を殺す!」

「やめろ……!」


 初期からの料理人、マルクさんが叫んだ。私は金庫を開けて、袋からお金を取り出す。この間ほとんどのお金はクリオネストの方の大金庫に預けてしまったし、今日はまだあまりお会計が終わっていない。ほとんど入っていなかった。


 これで満足するとはとても思えない。ああ、せめて私が資産家の令嬢だったなら良かったのに……。


「おい、それ金庫か? 中の物をだせ!」

「……おい、それだけか?」

「申し訳ありません、これだけです……」


 震えた声で、両手に乗るだけのお金を手渡すと、「ふん、しけてやがる」と顔に唾を吐かれた。


「仕方ねえ、この女は金の代わりにもらっていくぜ」

「いやっ、やめてっ!」

「暴れんじゃねえ!」


 このままではミミが連れ去られてしまう。恐怖で手の先まで冷たい。でも、ミミが連れ去られる方がもっと怖い。


「わ、わたしがいきますから、ミミを離して」

「ルーン先輩! だめ!」


 叫ぶミミの声を、聞こえないふりをした。


「……ご存じないようですから、教えてさしあげます。実は私、王都出身の令嬢なんですよ?」


 男が「ああ?」と凄んだ。


「……令嬢だと? お前が?」

「いろいろあって、です。私の本名はルーン・チュリア。チュリア男爵家長女。親類にはトロング・ジューングラフ侯爵もいらっしゃいます。その子を連れていくより、私を連れていく方がお金になりますよ?」


 権力のなさに、元婚約者の名前まで出してしまった。プライドなんて言っている場合じゃない。


「ルーン先輩、やめて!」

「ふーん。よく見ると綺麗な顔だな」


 もじゃもじゃ赤毛の男が、私の顔を掴んで気色の悪い笑みを浮かべた。


「なら、てめえも来い」

「私は良いからミミを離して!」

「それは無理だな! 二人とも売り払ってやろう。眼鏡の方は実家に身代金用意してもらわねえとな!」


 ぎゃはは、と大笑いする男達をにらみ、唇を噛んだ。


「ルーンせんぱい」

「ミミ、大丈夫です。きっと大丈夫」


 手錠をかけられ、乱暴に檻付きの馬車に荷物のように投げ入れられた。泣きじゃくるミミを抱き締めながら、どうにか気持ちを強く、強く持った。

 それしかできない。でも、信じるしかない。


「ラウド様……」


 祈るように両目を閉じた。


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