15話
エリーさんが勤めている海のレストラン「クリオネスト」は、主に高級料理を扱っている。だからラウド様はよく訪れていたのだろうけれど、メイン層は特別な日に奮発するひとや、富裕層になっている。そしてよいタイミングなことに、クリオネストとは別に、この町に訪れる海賊さんや冒険者さんをターゲットにした新しいお店を出すとのこと。
海辺から少し離れて山に近い場所になるけれど、その分庶民でも立ち寄りやすい賑やかな雰囲気にしたいとエリーさんは言われていた。
そういえばラウド様とレストランに来た際、そんなお話はしていた気がする。
次に出すお店の副店長さんになるらしい。
「その名もシーフォードラゴンよ! かっこいい名前でしょう!」
「かっこいいです!」
しかも、旅をしている人たちに向けて、なんと一階が食堂で、二階三階が宿になっているとのこと。従業員用の部屋も小さいけれど備えているらしく、エリーさんのおかげで住むところと働くところ、両方なんとかなった。
本当に感謝しかない。
「んでラウドの旦那様には内緒にしたほうがいいのよね」
「はい、重ね重ねすみません」
「お嬢様も私も、シーフォードラゴンの繁盛のため、惜しみ無く働きます」
「私も、女の子を雇いたかったからちょうどよかった! まあ何かの縁だと思って、昔の男のことなんか忘れるくらい働きましょう!」
そこからは、シーフォードラゴンの開店準備に向けて忙しい日々が始まった。まだ建物ができたばかりのところに、物品やテーブル、椅子を揃えにいったり、調理を習って練習したり、宿のお部屋を整えたり、やることは山積みだった。エリーさんはお客さんと店員さんだった関係から一変し、厳しい上司へとなった。
「ルーン! コップの持ち方が違う!」
「はい!」
「フォルを見習いなさい! フォルの指先まで見て!」
「はい!」
「お酒の注ぎかたは種類によって違うから開店するまでに絶対に覚えなさい!」
「はい!」
エリーさんは茶色く柔らかいポニーテールを揺らしててきぱきと動いている。見習いたいけれど、なかなか動きについていけていない。一方のフォルは侍女経験を生かしてそれなりに動けている。
悔しいけれど、事実だ。今まで王都で暮らし、学院を卒業して結婚して夫を支えられれば良いと思っていたけれど、それは恵まれていたことなんだと思い知らされた。当たり前に寝る場所と食べるものがあって、豊かに暮らせるわけじゃない。
汗水流して働いて、得たお給金で寝る場所と食べるものを確保する。それが本当の当たり前だったんだ。
そう気づいてからは、ますます働くのが楽しくなった。そしてすっかりラウド様のことなんか忘れて……となればよかったんだけれど、そうもできなかった。くたくたになってフォルと二段ベッドだけがある狭い部屋に戻り、二段ベッド上側の布団に潜りこむと、泣けてくる日もあったし、
「うう、情けない」
うめきながら、いただいた香油を眺めてやっぱり泣けてくる日もあった。
引きずりまくっている。
エリーさんは厳しくしながらも、ラウド様の話題は一切出さすにいてくれた。引きずっているのもばれていたかもしれない。気を使っていただいている。そのことには感謝しかなかった。
お店が開店する時期になると、なんとか私も使い物になってきた。魚のさばきかたも覚えたし、ベッドメイキングもフォルやエリーさんよりは遅いけれど、できるようになった。
他のスタッフさんたちとも打ち解けて、今や誰も私を貴族のお嬢様なんて思っていない。
ただの見習い町娘だ。
いよいよ、開店を前日に控えた日。
エリーさんやフォル、その他スタッフさんたちと食堂でごはんとお酒を楽しんだ。店長の髭の濃いおじさんがエールを片手に
「明日からお前らがんばれよおおお!」
「うおーー!」
「がんばりまーす!」
一番大きな声で叫び、骨付き肉にかぶりついた。そしてエールを喉に流し込んだ。
失恋も苦い泡といっしょに飲み込んで、新しい人生を歩むために一歩進んだ気がした。




