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13話(ラウド視点)

 ラウド・マキュリーの心は、いつも孤独だった。


 彼の母、フリカは、この国の歴史に残る大悪女だと言われた。国王に妖艶な美貌で近づき、異例の平民出身の側室になった女。そんな風にささやかれていた。


-ーそれは間違った事実なのに。


 忌み子の王子として育てられたラウドと父である国王だけが、真実を知っていた。


 フリカは、各地を巡る踊り子であった。

 城に踊り子一団として招かれた際、王であるミルロードが、偶然一目惚れしたのがフリカであった。


 夜色の美しい髪に、深い海色の瞳を宿した、背の高い美しい女性。

 ミルロードは、婚約者……後の皇后そっちのけで彼女を寵愛した。


 フリカは側室になり、身ごもり、やがてラウドを出産した。


 ラウドを出産後、フリカは、明るい性格だったのが信じられないほど暗く病んだ。

 慣れない王宮暮らしと、周りからの偏見の目……皇后様から国王の心を奪った悪女。そんな風に迫害され、やがて、ある日突然、なにも言わずに城を去ってしまった。


 残されたラウドは、異母兄であるマレードに毎日苛められた。


 しかし、ラウドは負けず嫌いだった。母親を迫害した皇后やその周辺貴族、見下してくるマレード、そして全てを知りながら何もしなかった王、すべての憎しみを力に、毎日剣を振った。だが、いくら良い成績を上げても、マレードに勝つことは叶わなかった。

 何故なら、全て次期国王マレードに有利なよう、仕組まれていたからだ。


 気づくのが遅かった。

 後悔し、ラウドは城を出た。母のように、ある日突然消えてやった。まだ10歳を越えて間もない頃だった。


 城を出てからは、実に自由だった。己の腕っぷしだけでなんでも道が切り開ける。

 冒険者の真似事もしたし、海賊の真似事もした。

 ラウドより強い奴はいなかった。憎しみを力に修行した成果は、自由の身になって初めて認められた。


 海賊の団員として過ごしていたある日、忌々しい国旗を掲げた船がいた。まぎれもなく、アレクリア皇国の荷物輸送船だった。


(くそ、こんな海まで来てやがったのか。胸くそ悪い)


 甲板の上から睨み付けていた時、

 ドンッ、と大砲が撃たれた。大砲は、ラウドが睨み付けていた船に向かっていき、帆に直撃した。


「おい、何やってやがる、まだ攻撃命令は出てねえぞ!」

「もう攻撃しちまったもんは仕方ねえ、行くぞ!」


(おい、マジかよ……)


 海賊船は、船に向かって突き進む。アレクリアの船からも大砲がでてきて砲弾が飛んできた。次々に仲間は船に飛び移り、戦闘を始める。


「おいラウド! 何ぼさっとしてやがる!」

「……悪い、すぐに行く」


 嫌な予感がしていた。

 アレクリア皇国の帆を掲げていた。やけに立派な船だ。まるで偉い貴族も一緒に乗っていても、おかしくないような。


 乗り移った先で、ラウドは一番見たくない物を見てしまった。


「なに、なんの騒ぎ?」


 ゆっくりと船長室らしき所から出てきたのは、第一皇子のマレードだったのだ。


「……俺はついてなさすぎる」


 そう呟くしかなかった。

 マレードの方は、むしろ嬉しそうに笑っている。


「ん? 懐かしい声がすると思ったら、弟じゃないか。何してるんだ。海賊ごっこか?」

「てめえ、今度こそぶっ殺してやる」


 刀を構えた。

 家を出て、ラウドはさらに強くなった。魔物も倒したし、強い人間ともたくさん戦ってきた。負ける気がしなかった。


――だが、マレードの姿を見たときから、心の動揺は抑えられるものではなくなっていた。


 冷静さを欠いたラウドはあっけなく敗れ、捕らえられた。

他の仲間も、次々に敗れ、同じく捕らえられた。


 ラウドの身柄を引き渡すことと、これまで得た戦利品を引き渡すことを条件に、海賊たちは解放された。


 そのままラウドは拘束され、帰りたくなかった場所……城へと強制的に移送された。


「ラウド、俺は君にずっと帰ってきてほしかったんだ。寂しくて仕方なかったよ」

「どの口がほざいてやがる」

「あの辺を船で行けば、君に会えるかと思って、一か八かだったんだけど、運が良かったみたいだ」

「俺は最悪だ」


 マレードは、金髪の髪を揺らして「やだなあ」と無邪気に笑った。

 

 まるで囚人のような、監視された日々から抜け出したのは、皮肉にもマレードのおかげだった。

 軍に入って、騎士として魔物討伐をしてこいという命令だった。城から抜け出せるなら何でも良かった。二つ返事で了承し、王国軍へ加入した。


 ラウドの噂は軍でも広まっていて、遠征の旅中も、腫れ物を扱うような雰囲気だった。そんなことはどうでもよかった。早く戦いたくて、ラウドはずっと疼いていた。


 戦う相手は、魔物だけではなかった。魔物を使役して人々を苦しめる、悪党もいた。ラウドは魔物だろうが人間だろうが容赦せず、邪魔するものは皆殺しにした。


「死神」と呼ばれるようになったのも、この頃である。


王国軍騎士としての暮らしは、ラウドにとってそこまで悪いものではなかった。憎き王族や貴族を守るのは吐きそうになるほど嫌悪したが、遠征して無心で敵を倒すのは嫌ではなかった。


(国のためって気持ちは微塵もないが、この暮らしをしながら死ぬのもいいか)


 そう思っていた矢先のことだった。


 ラウドは国王から城に呼び出された。嫌々ながら応じ、国王の間へと赴いた。


「今更何の用だ」

「ラウド、無礼だよ。俺たちの父さんとはいえ、国王だ」

「国王もお前も、父だ兄だと思ったことはねえ」


 ミルロード国王は、重い口をゆっくりと開いた。


「ラウド、お前には多大な苦労をかけた。済まなかったと思う」


 それは、一番聞きたくなかった言葉だった。

 なんで今更。

 それを言う相手は、俺ではない。


 ラウドは、ハッとした。自分が何をしたのか分かっていなかった。

 刀を父であるミルロードに向かって振り下ろしていた。

 それを身を呈して、マレードが庇っていた。肩から胸にかけて切り裂かれ、絨毯におびただしい血が落ちていた。


「と、捕らえろ!」


臣下の一人が叫んだ。ラウドはそれを振り払い、怒鳴った。


「なにがしてぇんだ、お前も、くそ親父も! いい加減にしろ、俺を縛ろうとすんじゃねえ!」

「ラウド!」


 マレードが遮るように大声をあげた。ひゅんっ、と小刀がラウドの顔面を切り裂いた。


「……てめぇ」


 一触即発の空気が流れた。沈黙を打ち破る、荘厳な声がやがて響いた。

「ラウド。お前を今日呼んだのは、辞令を言うためだ」


 血まみれの息子二人に国王は動じずに言った。


「公爵の爵位を与える。ヤディ地区という場所を治める領主として、務めよ」

「……どんな状況で言ってやがる」

「お前が王国軍の騎士として、立派に働いてくれたことを、私は誇りに思う。勝手だが、フリカが愛した場所を、お前に任せようと思う」


 フリカ。その名を久々に聞いたラウドは、身体を震わせた。


「……好きにしろ」


 肉親二人を一瞥し、ラウドは気を失った。同じ頃、気力の限界だったマレードも気を失った。


 やがて気づいたときには、ラウドはヤディ地区に移送されていた。マレードの容態は全く問題ないと風の噂で聞いたが、あれから父にも兄にも会っていない。


 ただ、早く婚約して身を固めろと、父からの使者が婚約者の候補簿を持ってくるのだけは本当に煩わしかった。







「……俺は大馬鹿野郎みてえだな」



 寝台に倒れ込んだラウドは、いまだにヒリヒリ痛む左頬を押さえた。

 いろいろ考えすぎて、昔の嫌な記憶まで思い出してしまったようだ。

 

「くそ、どうすりゃいいんだ」


 昔の記憶が走馬灯のように流れたあと、思い返すのは眼鏡をかけた少女の、明るい笑顔ばかりだ。


 初めて会った時、物怖じするより食欲が勝っていた。

 食べさせた海鮮料理は、美味しい美味しいと全て感動して平らげていた。

 婚約者として期待していないと、酷いことを言った。

 彼女はめげずに、できることを探した。そして一つやり遂げた。

 やり遂げた成果を、嘲笑してしまった。

 彼女の思いも、気持ちも踏みにじった。


 本当はずっと前から彼女を愛おしく想っていたのに。


 一時の自分の都合と感情だけをふりかざし、あしらってしまった。


「これは、マレードたちと、やってることが変わらねえよ……」


 自己嫌悪で、吐きそうになる。


 ルーンの元へ急ぎ、謝ることも考えた。けれど、もうどうしようもないと諦める気持ちの方が強かった。


 ラウドは人知れず、涙を流した。涙など、いつ以来流していなかっただろうか。

 もう記憶にもない。涙がしょっぱかったことも知らなかった。


 ずっと孤独だったラウドの心を、埋めようとしてくれていた少女を失ったのだ。



 翌朝、ルーンが屋敷を出たと、顔を真っ青にした侍女長から告げられた。


「そうか……」 


 ラウドにはもう何も残っていない。身体が、がらんどうのようで、力なく返事することしかできなかった



 








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