12話
言いつけ通り、ラウド様が戻るまでには屋敷にいて、出迎えることができた。ただ、フォルと一緒に砂ぼこりのついたぼろっとした姿だったので
「なあ、いつも思うがなんでそんなに汚れてんだ?」と怪しまれた。
「あとでお話したいんです。夕食は今日は一緒にとれますか?」
「悪い。今日は外で食っちまった。また面倒な仕事が残ってんだ。はぁ」
とてもお疲れのようだ……。
「お疲れのようでしたら、明日でもいいんですけれど」
「寝る前でもいいか? 俺の部屋に来てくれ」
俺の部屋。
一瞬、心臓が跳ねたけれど、決してそんな意味は、微塵もないのだと自分に言い聞かせる。
「わかりました。では、おやすみ前に伺います」
「あぁ、悪いな」
ラウド様は、そのまま執務室へ入ってしまった。
「お嬢様、わかってると思いますけど」
「ええ、大丈夫。もう慣れました。これっぽちも期待していません」
「よかったです……で良いのかわかんないですけど……。とりあえず、お風呂にされますか?」
フォルが気を利かせてくれた。力なく微笑んで「そうさせてもらいます。フォルも、私のあとにお風呂、使ってくださいね」と、言うしかなかった。
整容と食事を済ませ、自室で本を読んでいると、ラウド様が執務室から出た様子が聞こえた。しばらく待っていると、寝る準備を整えて自室に戻られたようだ。
ノックをすると、「ルーンか。入れ」と、声がした。
「し、失礼します」
おそるおそる。実は、ラウド様のお部屋にくるのは初めてだ。
見ると、私の部屋と同じ作りだけれど、壁には大きな刀がいくつも飾られている。寝台のある壁際には、大きな海が描かれた地図。また、本棚にはいろんな国の本が何冊も入れられている。
「ラウド様の部屋だ……」
「あんまりジロジロ見るな、なんか恥ずかしいだろ」
寝台に腰かけたラウド様は、寝巻き姿で、やっぱり見慣れないし変な色気がある。
あまり直視しないようにしたい……。
「ルーン、話ってなんだ? ついに夜の誘いか?」
「……ちがいますけど」
「冗談だろ」
そういうとこが! デリカシー皆無って町の人からも言われてるんですけど!
怒りたくなるけれど、我慢した。
彼はそういう面もあるけれど、たくさんの人から尊敬されている立派な公爵様ってことも、もう知っているから。
「あの、私が日中なにをしてたか、それがどうなったかって話なんですけど」
「ああ」
「ラウド様に、婚約者としての身の振り方を聞きに行ったの、覚えてますか?」
「覚えてねえ」
即答されてしまった。
がんばるのよ、ルーン。がんばって。
「……好きにしろと言われました。それで、この町や、この町をつくったラウド様のためにできることを探しました」
「ほぉ」
なんでこんなに、この人偉そうなの……。
落ち着くのよ、ルーン。がんばって。
「浜辺で考え事をしていたら、ごみをたくさん見つけました。それから毎日、浜辺でごみを拾ってました」
「ごみを? お前が?」
「はい。ひとりでがんばってました。そしたら、友達や、海賊さんたち、フォルも手伝ってくれました。おかげで、今日、一段落したんです」
心臓がどきどきしている。
「この町のために、小さなことかもしれないですけど、ひとつ役立てたのではないかと思います。それを報告に来ました」
「……なるほどなぁ」
ラウド様は笑った。
その笑みに、怯んでしまう。
――恐ろしいくらい、邪悪な、笑顔だった。
「で、ルーン。お前、そこまでして俺の気を引きたかったのか? 何が目的だ?」
「―――っ」
ぱしん。
乾いた音が響いた。
気づいたら、右手を振り上げていた。
そのまま、思いきり、目の前の、最低な男の頬を打っていた。
時が止まった。
「……ルーン……?」
「最低。少しは心が通じた瞬間が、あった気がしたのに。あなたは結局、根本まで最低なのね」
自分でも驚くくらい、冷たい声だった。
「おい、ルーン、待て」
「誰が待つと思うんですか。失望しました。一生振られ続けてろ、馬鹿公爵!」
「は、おいっ」
引き留めようと伸ばした手もはたき落として、足早に部屋を出た。大きな音をたててドアを閉めて、よろよろと自室に戻った。
寝台に突っ伏したら、我慢が崩壊して、
泣きじゃくるしかできなかった。
「うう、ひどい、ひどすぎる」
別に、褒めてほしかったわけでも、これで好きになってほしかったわけでもない。ただ、この町のためにがんばったことを、認めてほしかった。
結局ラウド様にとって、私は建前だけの、なんの期待もしていないお嬢様の婚約者でしかないのだ。同じ舞台には立てなくても、せめて同じ景色は見てみたいと思ったのに、それすら邪魔でしかなかった。
胸が張り裂けそうなほど痛い。
トロング侯爵様に婚約破棄されたときは、ここまでの痛みを感じることはなかった。
「うう、痛い、痛い……」
痛みに苦しんで、のたうちまわりながら荒い呼吸の中、
この痛みが、恋をしていた証拠であること。
そして、恋する人へ、間違った歩み寄りをしてしまい、
自ら取り返しのつかない状態にしてしまったことを、自覚してしまった。
確認作業をしたいので、土曜日に残りの話は投稿します。よろしくお願いします。




