11話
今朝、寝起きのお姿だったラウド様は、しっかり髪も整え、質のいい仕事服に身を包んでいた。私が来るのをわざわざお待ちしてくださっていたようで、
「遅え」
悪態をつかれた。
「先に食べてらしたら、よかったのに」
文句を言いつつ、ラウド様に向かい合って座る。お皿には、卵とトースト。野菜のスープと、シンプルで美味しそうな朝食が用意されていた。
ラウド様は、私が座ったのを見てから「いただくぞ」と厨房に声をかけ、トーストを掴んで食べ始めた。
「いただきます!」
倣っていただく。パインさんの、パンの焼き加減は素晴らしい。さくさくでふわふわだ。
「ルーン、お前、食ったら寝ろよ。寝てねえだろ」
ラウド様はガツガツ食べながら、私をにらんだ。
「命令だからな。寝ろ」
「……せっかくフォルに、いただいた香油をつけてもらって、髪もきれいにしてもらったのにですか?」
ラウド様、もしかしたら気づいて誉めてくださるかと思ったのに。それは期待しすぎたみたい。
「そんなのいつでもできるだろ」と、非常にそっけない。
「……なんだよ。なに拗ねてんだ」
「すねてないですけど……」
それとも、私は今、拗ねているのでしょうか。
残念な気持ちなのは確かだけれど。
「なあ、お前が日中、何してんのか知らねえけど」
もう食べ終わるラウド様は、立ち上がって、
「俺が帰る前には屋敷に戻れ。別にあとは何してようが、どうでもいい。ただし今日は寝とけ。分かったな」
偉そうに、言い放った。
少しは気にかけてくださったのかしら、とか
昨日や今朝、胸を締め付けるような感情を覚えてしまったり、とか
「……気のせいだったのでしょうか……。なんでしょうこの残念な気持ちは」
「何ぶつぶつ言ってやがる。俺は仕事に出掛けてくる。さっさと食って見送れ。そのあと寝ろ」
「はーい……」
この方の、デリカシーの無さは果てしない気がしてきた。
うまくやっていけるでしょうか。少し、近づけた気がしたのに、さらにまた遠のいたような……。
ラウド様が女性に疎いのは今に始まった話ではない。言われた通りにしておかないと、追い出されてしまう気がして、今日は寝ることにした。
見送ってから、編み込みをほどいていく間、すごく空虚な気持ちになった。フォルにそれを漏らすと、「うううぅ、ああああ、ううっうぐぐ」と声にならない怒りで苦しんでいた。フォルが代わりに怒ってくれたので、もういいってことにしよう……。
次の日から、フォルも浜辺のごみ拾いについてきてくれることになった。パインさんから許可も降りたらしい。浜辺に着くと、
「おーいルーンちゃん!」
野太い男の声が、たくさん聞こえた。
「えっ、えっ、みなさん何してるんですか!?」
なんと、あの大衆食堂でお会いした海賊さんたちが、浜辺でせっせとごみを拾っていた。中にはジュリさんもいる!
「おいルーンちゃん、昨日は体調崩してたのか? 俺たちも、町にいる間は手伝うことにしたからよ!」
「そうだそうだ、みんなでやった方が早く終わるぜ!」
「ルーン、あなたを待ってたんだからー。あら、そちらは」
フォルは、ぺこりと頭を下げた。
「私、公爵家のルーンお嬢様付きメイドのフォルと申します。今日から私もお嬢様のお手伝いを……あれ?」
海賊さんたちが、かちんこちんに固まってしまった。ジュリさんは少し考え込み、「ルーン、そういえばあなた、素性言ってなかったよね?」と苦笑い。
「え、えっと」
どうしよう。
海賊さんたちは、おそるおそる声に出し始めた。
「公爵家って、今……」
「この町に公爵ってラウドのアニキ以外いる?」
「いません!」
状況を分かっていないフォルが、空気を読まずに口を挟む。
「ラウドのアニキの家のメイドが、ルーンちゃんについている……」
「待て、意味がわからねえ、どういうことだ」
「お嬢様って言ったよな今」
「言いました。ルーンお嬢様はラウド公爵様のご婚約者です!」
フォルが全部言ってしまった。
「ご、ごめんなさい! 隠してた訳じゃないんですけど、あのとき、言うタイミングがなくて、あの」
言いにくくて隠してたとこもあるけど……!
ウディさんが「お嬢様なのに、この町のためにごみ拾いを……」と呟いた。呟きながら、強面の瞳から涙がつーっと流れた。
泣いていらっしゃる。
「アニキはこんないいお嬢さんを婚約者に貰ってたのか……」
「うっ、涙で前が見えねえ」
「俺たちの涙で、もうひとつ海ができちまいそうだ」
「大丈夫? あんたたち……」
ジュリさん、呆れて笑っている。
「皆さん、お気持ちありがとうございます。ごみ拾いは、せっかく嫁いでくるこの町のために、この町をつくったラウド様のためになにかできないかと始めたことなので……。私がラウド様の婚約者とか、みなさんは気にしなくていいので、お手伝いいただけると助かります」
なんとかそう呼び掛けると、男泣きしていた海賊さんたちはますます気合いが入ったみたいだった。
大人数でごみ拾いをしたのは初めてだったけれど、人数がいるとこんなに違うのかと見せつけられた。何ヵ月もかけて、ひとりで集めたごみの量を、一日で越えてしまった。そこまで集めてしまうと、浜辺に打ち上げられたごみはほとんど無くなって、見事に輝く砂浜と青い海だけが広がっていた。
海賊さんたちは、集めたごみも持っていってくれたようだ。船で、おおきなごみ処理施設がある町へ運んでくださるみたい。何から何まで、感謝で胸が一杯になった。
全部の作業が終わる頃には、海にオレンジ色の太陽が沈む時間になっていた。海賊さんやジュリさん、フォルにそれぞれ感謝の気持ちを伝えた。
「お嬢様が、始めたことですから。一番がんばったのはお嬢様です」
フォルが微笑んで言うと、皆がうなずいていた。
「それに、今日きれいにしたからって、ずっときれいとは限らないし。また日を決めてやりましょう! ルーン、指揮してね、そのときは」
ジュリさんもお忙しいのに、そうやって言ってくれた。
「ありがとう、みなさん……」
私も、涙で前が見えない。暗くなる前に解散し、フォルと屋敷に戻りながら、
ラウド様にこのことを報告してみようと決意した。




