10話
フォルが大きな声を出すので、心配してパインさんも部屋に駆けつけてくれた。
顔を真っ赤にして座り込んで、口をぱくぱくさせている私を見て、
「旦那様もなんかおかしいと思ったら……なんかあったわね?」とすぐに察してくれた。さすがはベテランのメイド長……。
「お嬢様、もしかしてついにラウド様と結ばれたんですか!? きゃー! ついに!」
フォルが舞い上がってくるくる踊っている。
「いや、そういうのじゃないんですけど、びっくりしちゃって……」
おそるおそる、握った手を開いて見せた。
橙色の小瓶を見て、二人は「あー……」「え?」と、目をぱちくり。
「これ旦那様の?」
「はい、いただいてしまって」
「お嬢様に?」
「使いかけだけど、やるって……」
「使いかけ!?」
「ちょっとフォル声が大きい! えっ?」
フォルとパインさん、今度は目がくるくる回りだした。
「旦那様が女性にプレゼントをするなんて感慨深いやら……」
「いやでもパインさんこれ使いかけですよ!? 普通、使いかけ、渡します!?」
「そうなのよ、でも、あの旦那様よ? すごい進歩だと思わないのフォル、確かに使いかけなんだけど」
「これが使いかけのじゃなかったら完璧だったのに! 旦那様は本当に気が利かない……」
「フォル、あんまり大きな声でそんなこと言ってはクビにされますよ!?」
私のことを思って、怒ってくれているのは十分感じられた。
だからこそ、落ち着いてほしい……。クビになってほしくない。
フォルは「はい、すみません……」と、騒ぎすぎて疲れたのか、ぜえぜえ言っている。
「昨日、少しラウド様とゆっくり話せたんです。それで、髪質が悪くて伸ばせないことと、前の婚約者にそれでも髪を伸ばせって言われたことを話したんです。そうしたら今朝、これをくれたんです。わたしもびっくりしちゃって……」
フォルとパインさんは、にこにこしながら「そうなの~」と聞いてくれた。
「でもわたし、こんないいものつけたことがなくて……。よかったら、つけかたを教えてほしいんです」
するとフォルが、「ならお任せください!」と張り切って手をあげた。
「旦那様のビューティーキューティクルを目指そう! とまでは技術がないんですけれど、最大限お手伝いさせていただきます!」
「よかった、心強いです。ありがとう!」
フォルは紅色の大きな2つの瞳に、炎を宿したようだった。
「さっそくやりますよ!」と、鏡の前に座らされる。
「じゃあフォル、お嬢様は任せたよ。私は朝食の用意をしてくるからね」
「はいっ!」
パインさんは、安心したような表情で部屋をあとにした。
「いやあそれにしても」と、フォルは私の髪を櫛でとかしながら笑う。
「あの女嫌いで貴族嫌いの旦那様が、まさか贈り物をするなんて。使いかけなのは納得いかないですけど、びっくりしちゃいました」
「そうなんです、わたしも何が起こったのかわからなくて。少しは気にかけていただけたのが嬉しいんです」
フォルは「いやいや、少しどころか」とおおげさに言う。
「昨日の夕方、お嬢様の帰りが遅かったじゃないですか。旦那様が帰ってきてもまだいらっしゃらないから、どうしましょうかと相談する間もなく、馬に乗って探しに行かれたんですよ。昨日から驚くことばかりなんです」
そんなことがあったの……。
それは悪いことをしてしまった。
あれ? ということは、もしかして。
「心配して探してくださってたってこと……?」
「そうなんです! こんなことがあるんですね……。フォルは感動しました」
鏡に映る顔が、また赤くなってきている。フォルは話しながらも、器用に手を止めない。
「お嬢様、髪をとかしました。香油をお借りしていいですか?」
「は、はい」
フォルは数滴、手のひらに落とした。それだけで、花の香りが辺りに広がる。
「これだけでいいんですか?」
「はい、数滴で足りるんです。手で伸ばしながら髪につけていきます。あまりつけすぎると、油っぽくギトギトしてしまうんです」
なるほど。だとしたら、ラウド様は毎朝、何滴つけているのかしら。
フォルの手が、髪の毛を優しく揉んでいく。ごわごわの髪の毛に、つやが宿っていく。
「これをつけるだけでも、だいぶ髪の毛が柔らかくなりましたよ。ちょっと編み込んでみてもいいですか?」
「編み込みですか!? そんなことしたことないんです……」
「もったいない! お嬢様、前から思ってましたけど、お嬢様は磨けば光輝く原石ですよ。それなのに、毎朝、ご自分をかえりみず浜辺をきれいにしてくださって……」
「知ってたんですか。何をしていたのか……」
「そりゃ私、お嬢様付きのメイドですもの。知ってます! でもお嬢様がなんだか、あまり人に知られたくないようにコソコソされていたから、気づかないふりをさせていただいてたんです」
そうだったのね。私は知らない間に、いろんな人にご心配をかけていたみたい。
器用に短い髪の毛を編み込みながら、フォルは続けた。
「お嬢様が、この町のことを想ってしてくださっていたのは理解しているつもりです。今まで見守っていましたけど、もしよかったら、今度からはお手伝いしてもいいですか?」
「……フォル、いいんですか?」
「当然です! むしろ今までお手伝いしなかったことを詫びたいくらいなんです。パインさんもダメとは言わないと思うので、是非おねがいします! ……さあ、できましたよー、鏡見てください!」
鏡には、私が驚いた顔で映っていた。
髪の毛がつやつやしている。ぴょんぴょん跳ねることなく、きれいに編み込まれて、可愛らしい髪飾りがついている。
「す、すてきです、フォル! ありがとう!」
「よかったですー、喜んでもらえて! さあさあお嬢様、着替えて朝食に行きましょう! 最近朝も昼も他所で食べてたでしょう! 朝くらい旦那様と食べてください!」
「わ、わかったわ。……え、ラウド様も、一緒なの?」
「待ってるみたいですよ!」
な、なんてことでしょうか。急いで着替えようとクロゼットを開けた。しかしどの服も汚れてぼろぼろになっている……。唯一、まだきれいな状態で見つけたのは実家から持ってきた、黒いワンピースだった。あまり黒って着ないんだけれど、仕方ない。
髪を崩さないように着替えて、ラウド様が待つテーブルへと急いだ。




