料理が得意です
戦闘が終わり、地べたに女の子座りしている私の周りに私を助けてくれたパーティーの四人が集まってきた。顔を覗き込まれるが助け起こしてはくれない。このまま質疑応答な雰囲気だ。
「これはあれか?」
「女神様の誘われ人」
髭のイケメンとエルフのお兄さんは何やら話し合っている。
「確かにいきなり無明の森から現れたし、黒髪黒目は私と同じ勇者の血の証。そう考えるのが自然であろう」
「可愛いじゃん。人を殺してそうな目付きしてるけど瞳は大きいし睫毛も長いし全体的に小さいし猫みたい」
侍風のお兄さんとエルフのお姉さんに品定めされているようだ。……売り物にされる感じでは無いか。
「ふむ。エルフとしては保護対象だ」
「連れてくか?」
なんか勝手に話が進んでるけど悪い話では無いっぽい。てか侍さんが勇者の血とか。日本人がめちゃくちゃチートで荒らしまくってる世界なんじゃないですか! なんでメシマズなんだろう? あと人を殺してそうな目付きで悪かったなエルフのお姉さん。
まあ普通の人はレシピが無いと料理できないとか言うしそのレベルの男子高校生とかが勇者だったなら未だにメシマズなのは仕方がないのか。
私はレシピサイトをあまり使わないのだが、一番の理由は「料理は愛情!」とか言いつつ他人のレシピに頼るのは違うと思うから。それは自分の愛情じゃなくレシピ制作者の愛情だろうと。お前の料理ちゃうわ。
私は料理は科学派だけど、それは料理に愛情を込めることにも繋がると思うのだ。他人のレシピでは自分の愛情は活きてこない。自分だけのレシピを作りたい。
逆にお袋の味とか伝統の味みたいなものも有るけどね。人の積み重ねてきた叡知は馬鹿にならないよ。
特にズブの素人がプロのレシピを見ないのは問題外だ。知らないことは誰にも出来ないんだから。ちゃんとレシピを見て、どの調味料がどの量で、どんな火加減が、食材のどんな処理が、どんな切り方がどんな味を産み出すのかを知っていかないと応用なんて出来ないからね。
ただ、やたら手に入りにくい食材とか小難しい時間のかかる調理法を書いてるレシピは私は苦手。気軽に作れないもんね。そういう本は買わないね。フレンチ気取りババア、お前のことだ。
料理のレシピに著作権がないのは貧しい人でも美味しいものを食べられるようにするためだと聞いたことがある。味噌汁とかに著作権が有ったら飲食店は困るでしょ?
孤児院で作られた賄いに著作権ー著作権ーいってるやつがいたら殺人罪なにそれ美味しいのって言ってやるわ。日本人が孤児にも愛情を注げない民族なら普通に滅べと思うけど。
特に私の場合みんなが美味しい物を食べられないなら意味がないんだよね。料理を広めるために女神様に遣わされたのだし。
だから誰でも作れる美味い物を私は作りたい。でも熟成とかは難しいんだけどね……。
閑話休題、実際に付き合いが短い人に愛情のこもった料理を作るのは難しいよね。好き嫌いは誰にでも有るんだから。だから最初は自分の全力料理を作ればいい。
今そこに、トマトが転がっている。
「料理をさせてくれませんか?」
言ったら全員嫌な顔をした。なに、この世界の料理の扱いめっちゃ悪そう。メシマズ世界だもんね。
「トマトなんかそのままかじれば美味いじゃんな」
「私は苦手だ」
「でもでも、大国では美味しい料理も有るらしいよ!」
「うむ、私の故郷でも料理は大事だ。なかなか美味いメシにはありつけないが」
「サトナカの故郷はミソとか美味しいよね~。香りが馴れないとキツいけど」
味噌有るの!? 流石サムライの故郷! あれ、これは私、料理さえすれば勝てるパターンなのでは?
四人のうち、特に侍のお兄さんは味噌も有る国生まれらしいし料理好きそうです。
トマトの旨味成分は味噌や醤油と同じグルタミン酸であり、その差異はクエン酸だ。味噌や醤油の料理にレモンを加えると理論上はトマトっぽくなるはずなんだよね。香りは別だけど。味成分を合成するのは科学的アプローチだよね。香り成分はメジャーでは無いから私も再現が難しい所が有るんだけど。
んー、酸とか言うと難しそうだけど、要するにおんなじ味の成分が有る食材はいっぱい有るので、組み合わせ次第でおんなじ味を作れるんだよね。再現料理って言うの?
だけど、だからこそ味噌を美味しいと思える人にならこれが使えるんだよ。
「絶対美味いよ。そこのトマトで料理させてね?」
「いいけどよ。俺たちは冒険者だからな、未知との遭遇には飢えてるんだ」
リーダーらしき無精髭のお兄さんの言葉は、なんかこの世界で生きていけそうな気がする一言だった。挑戦してくれるんだ、私の料理と言う、未知に。
後悔しても知らないよ? 私のレシピは無限大だからね!
「調味料や食材を見せてもらえますか?」
「このリュックに入ってるよ。食器や調理器具はこっち」
美少女なエルフのお姉さん、エリザさんに道具と食材を見せてもらえた。
いや、超ショボい。
調理器具は辛うじて鍋、フライパン、お玉、フライ返し、スプーンやフォークにお皿各種、包丁、まな板も二枚としっかり整ってるが、食材は未知の野菜、薫製してない塩漬けの干し肉、黒くてカチカチ、かじると微妙に酸っぱい黒パン、他は小麦粉も卵も牛乳もなし。塩だけはたくさん有る。何故か蒸留酒や白ワインの瓶が幾つか有るし、こいつら酒呑みだな。
うん、これは料理したことない男子高校生なんかが見たら「詰んだ」って言うレベルだわ。逆にこれで料理できる乙男も、まあ普通に存在するが。
私は「いや、意外と調理器具も食材も揃ってるな」と思ったけれど。干し肉の臭みはしっかり水煮したら抜けると思うし黒パンも炙れば酸味が薄まり甘味が強まるだろう。
行けるよ楽勝だよ。そこにトマトまで転がってるんだよ? こんなの料理知識チートで勝ち組一直線でしょ。女神様のチートも要らないレベルだわ。使うけど。
未知の野菜は春薬草と呼ばれているらしい。まんまだね。スープに使うと美味しいと言うのでかじってみると春菊の味だった。異世界の春菊は薬草だったのか。ただなんか回復効果を発揮するらしく体がふわふわした感じになった。
独特の苦味、香り、そして最後に顔を出した甘味、特殊な効果が「私で鍋を作れ」と訴えてくるようだ。やってやるぜ。
私が気合いを入れているとエリザさんが魔法で土を盛り上げて調理台を作ってくれた。おおう、ファンタジー!
とりあえずせっかく手に入れたトマトを捌かなくてはならないだろう。遣り様は幾らでも思い付く。
まずはサラダ。お化けトマトの種と皮を除いた淡い味ながらトマトの味がする身の部分を一口大に切って塩を振るだけの塩トマトだ。簡単なレシピだが意味は有るんだよねえ。
料理は仕込みから出来上がるまで三十分以上かかるものもある。正直に言ってファミレスでならそんなに待ってられない。
美味しいものを食べるって目的で高級店に行ったなら付き出しを味わい談笑しながらワインでも飲みつつ待てるかも知れないけど、少なくとも今この場面ではナシだろう。
なので手早く作れるサラダは繋ぎとして良い。コース料理とか苦手なんだけどね。ワインも出しておこう。
皿やカトラリー、コップは木製だが十分有るようだ。
何でだろ、メシマズなのに食器や調理器具は充実してる。何か理由があるのかな?
まあ閑話休題。
「あれ、美味い」
「ん? 甘いぞ?」
「塩をかけただけでこんなに変わるもの?」
「なるほど、塩を果物にかけるのは甘味を引き立たせる効果がある。それはトマトでも同じだったのか」
……なんか凄い不安になる寸評だね。そんなにみんな料理できないの? 塩をかけるくらいの工夫でもそうか、世界にはそんなことも知らない人はいるんだね。塩は生きるのに絶対必要なのに高価なんだよね。スイカに塩をかけるのもきっちり知識チートなんだよなぁ。
日本では浸透圧が高くなるから半透膜から水分が染み出すって中学生の時に習ったんだっけ? 知識として知ってても意味は知らない人多そうだけど。
それでどううまくなるんだ? とか普通に考えないわな。
舌に触れた時の分子バランスが味になるんだけどそこまではなかなか考えないか。私は高卒だけど科学だけは、いつもほぼ学年一位だったんだよね。
人間の舌は分子バランス鑑定できるんだぜ。あんたたちは無知すぎる。って言いたくなる人もいるんだよ。
生物で一位を取った時に医学部を目指してる子にどうやって勉強してるか聞かれて盛大にもにょったのを思い出す。ただの自然好きです。子供の頃から自身の好奇心や興味で意識して世界を知ろうとしてたんだよ。
あの時は雑に、ノート読め、とか返したな。経験値なんか普通の学習で賄えるわけないだろ。日常の経験値の差だよ。
私トンボが肉食だと聞いて共食いさせたこともある。
綺麗なことだけ言うと信頼してくれないだろ? ああ、もちろん、唾棄すべきことだと感じてるから心配しないでほしい。
私の経験値なんかむしろ真似するべきじゃない。とは、思ってるの。
もとい、そもそもこれくらいは、日本人はスイカに塩をかけるから経験で知ってるんだけど。原理までは知らなくても経験からの応用は利くよね。
野菜なんかでも塩をかければ水分が出て、その分濃縮された甘味や旨味も引き立つから酸味の角が取れてまろやかに美味しくなるんだよね。漬け物とかその原理で甘いし。
甘い果物は塩を振っても糖質が十分だからあんまり変わらないんだけどね。小豆の、あんこの塩は塩で機能してるから別だぞ。
……しかし、この世界のメシマズ具合が恐怖だ。
こんな世界だがみんな自分の皿やカトラリーを持ってる。木製だけど、変だよね。私のはエリザさんに借りた。
メシマズなのになんで調理器具やカトラリーは揃ってるんだろ? 何か理由が有るのか、どうなんだろう。
……さて、彼らに塩トマトを食べさせている間に次のメニュー、そして本命のメニューを作るためにフライパンと鍋を使う。更にその為に火力の調整をせねばならない。
火箸に使えないかなあとサムライさんの刀を見詰めていると彼はびくっと体を震わせた。やっぱりダメですよね。
「すみません、火箸が欲しいんですけど」
「そこらの木の枝でいいか?」
「はい!」
サムライさんが丁度良さげな木の枝を払って皮まで剥いで持ってきてくれたのでこれで火力を調整する。生木は燃えにくいが料理に香りが着くのが嫌だな。気を付けよう。
普通にお箸って気軽に作れるのに使える調理器具なんだよね。スプーンやフォークを木で作るとか難しいでしょ。箸なら最悪枝が二本あれば良いもんね。使いやすいけどトングなんか簡単に作れないよね。あんまり意識して無かったけどこういう器具から料理は始まってるんだね。
さて、鍋料理作るよー。




