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アルフェは美食の都になる(イレッサside)

 私は港町エルダで太陽の飛び魚亭の女将をしているイレッサだよ。


 旦那が建てた高級宿屋の経営はそこそこ大変だけど、遠洋に出ている旦那はひと月から半年も帰ってこないので気楽にやらせてもらってる。


 娘のマーメイは実は旦那が海で、海賊船に襲われて沈みかけてる船から助け出して連れ帰った子供達の一人だ。マーメイの実の両親はこの子を助けて、と、旦那に渡してから船と一緒に沈んでしまったそうだ。他の子達は孤児院に入れたんだが、マーメイだけはうちに引き取った。なんだかなつかれてしまったんだよね。


 マーメイはしばらくは沈みこんでいたけど、海の幸をたくさん食べて海で魚を獲ったりしているうちに瞬く間に元気になった。

 海の幸には人を元気にする力があるんだよ。


 何年かマーメイと暮らしているうちに私とマーメイは実の親子のような関係になっていた。マーメイの帰りが遅いといつもハラハラする。母性本能って奴が私にも有るのかね。


 まあもう三人実の子がいるんだけど、冒険者になったり嫁いだり、誰も宿を継ごうとはしてくれなかったよ。何でも魚に飽きたんだって。煮て食べるか塩で焼いて食べるかしか無かったからね。魚醤でスープにして食べても魚臭いし、本当に私たちの料理の才能は呪いにかけられているようだ。仕方ないかとも思う。


 マーメイはこの町が好きだから継ぐと行ってくれてるけど、無理をしてないかね?


 実の子供達は居ないけどその寂しさをマーメイは埋めてくれる。今日も元気に帰ってきたけど……。


 暗殺者?! マーメイの後ろから人を殺して楽しんでいそうな目付きの、しかし小さい娘が入ってきた。

 私は気を取り直して、マーメイがお客さんを連れてきた、と、喜んで見せた。

 内心震えていたのは内緒だよ。だって彼女は紛う事なき聖女様だったんだから。


 最初は彼女が料理をすると言うので訝しんだ。この世界で料理をすると言う人間は半分は料理下手のクセに無理に料理を作る人間で、半分は聖女を騙る詐欺師だ。彼女は、そのどちらでも、無かった。


 私はこの宿を作る時に伝説に有るように聖女様が料理が出来るように色々な設備を整えていた。聖女様を待つ祭壇のような物でしか無かったけれどね。

 私の子供達が帰ってくる為には美味しい物を作る必要が有ったから、いつか作れると夢を見ていたんだ。


 だけど、サン様が来て、私の夢は瞬く間に叶った。

 単純な料理から手の込んだ料理まで、サン様が作る料理は全て本物、本物の聖女様の福音だったのだ。


 私は地元でも気の強いおっかさんで通ってる。泣く事は出来ない。だけど今にも泣き出したくなる気分だったよ。

 呪いは、サン様が解いて下さった。


 いや、あんまりに料理が美味しい物だからついつい仕事を忘れて酒を飲んでしまったりしたんだけどね。サン様がお酒を飲みたいようだったので、サン様にレシピを教わりつつ作ってみた。

 うん、まるで真っ暗な闇の中にいたのが突然太陽(サン)に照らされたようにイメージが湧き上がる。これは間違いなくサン様に呪いを解いて頂けた証拠だ。


 簡単な焼き魚でも塩加減は重要なんだ。そんな些細な事が分からなかったのが不思議で仕方ない。サン様に味見をしていただきながらスープも塩に頼るのではなく食材の甘さや旨味を使って味を足す、そんなテクニックまで教わった。


 サン様は初日に作りすぎくらいに料理を作って下さった。多分私の宿で出す料理のメニューを作ってくれたのだと思う。全てのレシピをサン様はメモに書いて残して下さった。

 微妙な火加減や塩加減、味見の推奨と、サン様のレシピは詳細で多岐に渡っていた。

 もう私は私自身のご飯が不味いとは思えなくなっていた。


 この恩恵は絶対に独り占めしてはいけない!

 そう思った私は私の宿で酒だけ飲んでいく穀潰しどもの奥様方に話を持ちかけて、サン様の料理を皆で学ぶことにした。


「サン様の料理、なんだか魂が震えるようね……」

「美味しい……美味しいってこういう事だったんだ……」

「はふはふガツガツガツガツ……」

「もー! はしたないけどがっついちゃう!」


 サン様の丼にがっつく奥様方。それを見てまた涙が出そうになった。

 美味しいとはこういう事だったんだと、何度も思う。

 食べる人も嬉しいし、作る人も嬉しい。


 遂にサン様がシェスタに帰る日が来た。

 私も、町の人々ももちろんそれを惜しんだが、一番それを惜しんだのは私の娘、マーメイだろう。


 サン様に「いっちゃやだ」と泣き付く娘を見て、私も遂に涙腺が決壊してしまった。

 サン様が困るからと私はマーメイを引き剥がし、抱き締めた。


 一度大切な両親を失ったマーメイは、また大切な者を失う、とてつもない苦しみの中にいただろうに、それでもサン様の使命を子供ながらに分かっているんだろう。サン様にお別れを言って宿に帰った。


 多分しばらくはまたマーメイは塞ぎ込むのだろう。でも、今度は大丈夫。

 サン様に頂いたたくさんのレシピが有る。


 そのまま食べても元気になれる海の幸が、これからは聖女様のレシピで、福音で、美味しい海鮮料理となり、更に人々を元気にするだろう。

 マーメイも明日には、いつサン様が帰ってくるか楽しみに思うに違いない。


 女神様の使徒である本物の聖女様、サン様のレシピがこの町、エルダに広まっていく。


 私は確信している。エルダは、そしてサン様の帰ったシェスタは、このソーリス王国アルフェ伯爵領は、美食の都として栄える事になるだろう。






 とりあえずこれで終わりです。

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