モンスターは優良食材
体力ゲージあったらたぶん赤くなってる。
ぐっはあああああああッ!
私は一気に異世界に投げ出されたらしい。うわっ、服装ジャージにジョギングシューズのまんまだ。頭にはタオル巻いてるしムサすぎる!
……いや、ハンバーグじゃなくて良かったと思おう。でも状況は今の所、最悪だ。
上を見上げると緑の葉が太陽光を遮り、いっそ黒く、冷たい闇のように私を包んでいる。
汗をかき、息を乱している自分がいる。深呼吸をしてみるとより一層森の闇の深さを感じさせられた。……うん、空気は美味い。
うん、山登りが趣味だから覚えがある。人工的な間伐が行われていない深い森だ。つまり、人の入らない森。
ヤバイ。いきなり人の助けを借りられない森の奥に放り込まれた。何やってくれてんの女神様。まさかここでサバイバルしろとか言わないよね? 普通の人間には無理ですよっ!
平和な日本であってもこのレベルの森はヤバイ。
熊や猪、野犬なんかと出会すとそれだけで命の危険があるが、こう言った深い森にはヒルや蜘蛛、ムカデ、蜂、ブユ、虻のような毒虫、マムシやヤマカガシのような毒蛇、藪蚊も多く、寄生虫や細菌などの目に見えない危険も非常に多いのだ。
地球の、平和な日本でそのレベルの危険地帯、魔物がいるかも知れない異世界なのに安全なはずもなく、どちらに向かえば出られるのか、人里が有るのかも分からない。とてつもなくヤヴァイ。
ヤバすぎる。
そして思わず冷静さを失いキョロキョロしていると、突然そいつが現れた。
そいつは緑のくねくねした体をフラフラ揺らしている。細い身体で重そうな赤い頭を幾つもぶら下げているのだ。それは安定しないだろう。野菜なら添え木しなければならない。
根っこは触手のようにうねうねして、一番上に生っている頭は牙を剥いていて、今にも私に襲いかかって来そうだ。
野菜……じゃないよね?
私の前に現れたのは全長二メートルくらいの大きさの、一個二十センチは有りそうな真っ赤なトマトの成った、トマトの木であった。
それはトマトというにはあまりにも大きすぎた。大きく 、皮は分厚く、見るからに重く、そして大雑把すぎた。それはまさに肉塊だった。
「……えぇ~」
なんか変なナレーション浮かんじゃったけど、……ひょっとして私、トマトに食い殺されるの?
確かに私はトマトを使ったレシピが超得意で刺身とかの和食をトマトで彩るレベルのトマト好きだけどこれは無いんじゃないの?
トマトの恨みなの? トマト嫌いな親友に無理矢理食べさせ続けて、ついにあいつにトマト美味いって認めさせた恨みなの? トマト食べちゃ駄目なの? 食べるけど。トマト好きだもん。そうだ、食べられる前に食べよう。
多分気が動転していたのだろう私は、そのお化けトマトの実の一つに無理矢理かぶりついた。
「ぐぎゃああああああっ!!」
「あんたが私を食べようとしたんだ!! あんたが悪いんだ!! ってうめえええっ!!」
「ぎええええっ!! ぐぎゃああああっ!!」
トマトのジューシーな果汁が口に広がる。酸味は少ないので一部の料理には少し向かないかも知れないが甘味は強くてこれでトマトソースやケチャップを作ったら絶対美味いと感じた。この世界の魔物美味しいじゃん。なんでメシマズ世界なんだろ?
ふと思ったけど菜食主義者の人はこいつは食べられるんだろうか? もう一口……。
「トゥメイトーオウ!」
「なにその叫び声!」
次の一口を夢想していたら叫ばれた挙げ句に根っこで殴られた。死ぬ。めちゃくちゃ痛い。身体中の骨が軋むような痛みと全身の筋肉が筋肉痛になったような痛みを神経が脳味噌に訴えてくる。これはガチで死ぬな、逃げよう。ただの女が魔物に勝てるはずも無かったよ。でもトマト、美味かったから倒せるなら倒したいなあ……。
攻撃を受けたが存外に意識はしっかりしているので毎朝のランニングと趣味の山登りでガチガチに鍛えられた健脚で走る。いつもより余計に走れております! なんか身体能力上がってる?!
この世界の魔力とやらのせいだろうか、それとも女神様が力をくれたのだろうか。トマトかじったからではない、と思う。
これなら、この身体能力なら武器さえあれば、魔物とったどー! ってできるかも!
ギブミー銛! 私に銛を! 銛って英語でなんだっけ? ギャフ? あれは鉤か。銛はハープーンだっけ。ミサイルの奴。あれは捕鯨用の銛。魚突きに使うのはスピアだね。ギブミースピア!
まあ誰も銛をくれるはずもなく延々と走っていくうちに明るい平原と石畳の道が見えてきた。人が何人か歩いてる。これは助けを求めていいパターンなのかと一瞬は考えたがそんな余裕は無い!
「たあぁすけてええええええええっ!!」
そりゃもうふじ○ちゃんに飛び込むルパ○な勢いでその人たちに飛び込んだ。あ、これ言葉通じてるんかな?
自分が喋ってる言語なのに日本語じゃない、凄い変な感覚だ。頭の中に現地語の知識が有って、自然にそれを喋ってる。女神様のサービスかな?
そこに居た人たちは一瞬警戒したが私がスライディング五体投地な勢いで滑り込むと、私の後ろから追いかけてくるトマトに気付いて一斉に構えた。
「トメィトゥか! こりゃいいメシになりそうだな!」
「酸っぱいから苦手なんだが」
「チーズと挟むとワインにも合うし美味しいんだけどねぇ」
「斬る、エリザは援護を頼む」
「オッケィ!」
うおー、エルフらしき笹穂耳で金髪に緑の瞳のイケメンで狩人っぽいジャケットを着たジーパンにブーツのお兄さん、と、美少女系エルフで銀髪に青い瞳、羽根帽子と同色のエンジ色のローブを羽織った可愛い系のお姉さん、それに刀を二本差した黒髪黒目の侍な風貌の渋いお兄さんと、リーダーっぽい無精髭だけどショートの金髪に茶眼のイケメンでなんかガンマンみたいな服装で長めの直剣のお兄さんの超格好いいパーティーだ。最初にトメィトゥって言ったのは無精髭さんね。エルフのお兄さんはトマト酸っぱいから嫌いらしい。トマト好きにしてやろう、フフフ。
これは、異世界でいきなりいい人たちに会えたかも?
いやいや、こう言う中世っぽい世界ってネット小説とかだと奴隷制とか残ってたりするし、気を付けよう。
でも助けてもらうんだから奴隷でもいいか。命あっての物種だ。
トマト、いや、トメィトゥは弱い魔物だったのか、あっさり押し返されている。
しかしトメィトゥって。ネーミングどうなのよ。
この世界ってひょっとして野菜は全部魔物とかだったりするんだろうか。いや、食料全部魔物の可能性が有り得るのか。
「エリザ!」
「水よ、凍てつけ! その白き牙にて万物を穿て! 雪の精霊よ、その怒りを示せ! アイスブレード!」
うおお、中二格好良いな。だけど、魔法があるのかぁ。
お姉さんはトメィトゥに……言いにくいからトマトに翻訳する。トマトに大きな氷で出来た剣を叩き込んだ。魔法で氷が作れる世界とか勝ち組なんですけど。
氷があればスムージーだろうがシェイクだろうがかき氷だろうがアイスクリームだろうがシャーベットだろうが冷製パスタやスープだろうが冷しゃぶだろうが何でも作れちゃう! レシピが倍増するよ!
私のレシピが有ればこのお姉さんメシマズ世界の救世主になれるよ!
確かエリザさんとか言ってたな。仲良くしよう! 奴隷に売らないでね!
そんなことを思いつつ私はその戦闘を眺めていた。




