異世界
死んだ。
うん、いきなり何言ってんだと思われるかも知れないが、私は死んだのだ。
私は毎日早朝にダイエットのためのランニングをしているのだが、信号待ちしていたところで居眠り運転のトラックが綺麗に私に突っ込んできた。躱そうと体を動かすもまるで私を殺しに来るように曲がってくるトラック。私は車輪に巻き込まれ、ミンチになった。ほら、死んだ。
めっちゃ痛かった。もう死にたくないってくらい痛かった。まだ二十四なのに人生の終わりを迎えた。
ただのご飯好きな飲食店のフリーターで人生終わった。
私は友達に死神のような目をしていると言われたくらい目付きが悪いのだが、どうやら死神でも死は免れないらしい。って誰が死神だ!
一人でボケて一人で突っ込むのは空しいものが有るな。しかしまあ、仕方ないだろう。私の心の声に突っ込めるのが私しかいないのだから。
私は今、まっピンクな空間にいる。普通真っ白じゃないのか、とは思うがまっピンク。空や地面の下に白い流れ星のようなものが流れている。あれは人の運命だ。なんか分かった。ここは魂の世界だ。
自分の体にモザイクがかかってるのはトラックに牽き潰されてミンチになったからだろうか?
そこに現れたのは……アメジスト色に輝く左の瞳に右目は眼帯をしたゴスロリ調のドレスを着た中学生くらいの女の子だ。
脚にはホルスターを着けているし、時々「静まれ、私の左腕……」とか古典的な中二病ネタを突っ込んでくるが突っ込んでは駄目だろうか。
突っ込まないで見ていると寂しそうな顔をしたあと、眼帯を外した。眼帯の下からは金色の瞳が現れる。綺麗なヘテロクロミアである。中二病臭いな~。すでにかなり古くさいが。突っ込まないでいるとやはり泣きそうな顔をしている。
「もうこのネタは通用しないのか……」
「だいぶ古いですね」
そもそもオタクネタにそんなに詳しくないと言うか。
私は死んだ瞬間に色々と悟ってしまったが彼女は何者だろうか。
「私は星の女神」
「女神様ですか。初めまして、木砂傘と申します。以後お見知り置きを。では失礼致します」
「どこに行こうってのよ。関わりたくない気持ちがひしひしと伝わってくる自己紹介有り難う」
まあ神様なんか関わったらろくなことにならないと思うので。直接関わったのはこれが初めてだけどね。
「まあ死んじゃったんだからサンちゃんに選択肢は無いわけだけど、お願いがあるのね」
「お断りします」
「うん、みんなそう言う」
みんなそう言うなら聞き入れてもらえないものか。まあ選択肢は無いと言われたわけで聞くしか無いのだけれども。
「実はね、私は異世界の女神なんだけれど、異世界にスッゴいメシマズな星があるのね」
「私は食べるの大好きなんですが」
「うん、知ってる」
知ってるならご飯の美味しい国の富豪にでもして欲しいものだが、この感じだと私にそのメシマズな星に生まれ変われとかって話じゃなかろうか。
「察しが良くて助かるわ。たまに全く死んだことを理解してない子とかいるのよね~」
「流石にミンチになったので死んだのは理解できてますよ」
「サンちゃんハンバーグ大好きだもんね」
「自分でハンバーグになるほどは好きじゃないわ!」
ハンバーグ好きなあまりハンバーグになる人なんているんだろうか。少なくとも私は違う。ミンチ肉になったあげく固めて焼かれます。嫌すぎる。
「そんなハンバーグ好きなサンちゃんにはハンバーグに転生してもらおう!」
「違うって言ってるよね?! 自分でハンバーグになりたい! とか思わないよね!?」
「このミンチ肉喋るぞ」
「私は肉じゃねえええっ!!!」
ハンバーグに転生、とか。無いわ。誰がハンバーグに転生させられたいんだ。豆腐ハンバーグならちょっと良いなとか思わんわ!
「まあそれはネタなんだけど」
「この女神様に運命を託したくない。もう帰して欲しい」
「チートを一つあげるから、とにかくこの呪われたメシマズ惑星に美味しい料理を広めて欲しいんだよね」
「この女神様話聞いてくんない」
「そもそも人類が神に意見できるほど賢いわけないだろ。それ神じゃなくて願いを叶えるどら○もん的な便利アイテムだろ。人間の傲慢が凄まじすぎて逆に神業界が引いてるわ。お客様は神様にも勝てるつもりか? ちなみに、運命は人のもの。神はそこに過剰に介入したりしないから。もし神様が他人にそんな依怙贔屓したら人生つまんないでしょ? 自由だけは認めてるから心配すんな」
……なんか神様めちゃ怒ってねえ? ……だけど、つまり私はまた別の世界で人生をやり直せるんだよね。じゃあここで無理を言う意味は無いんだろう。
呪われたメシマズ惑星に美味しい料理を広める、か。
あれ? それは割と楽しそうだぞ。
例えばハンバーグはモンゴル帝国から伝わったタルタルステーキ(タタール人のステーキ)がドイツのハンブルクで焼かれたのが起源だと言われてるんだよね。つまりハンバーグ程度の料理と思うかも知れないけれど、盛大な異文化交流の果てに生まれてるんだ。
ちなみにタルタルステーキ、生肉ミンチなんて衛生的にどうなのと思うかもしれないけど、刺身大好きな日本人が言えないからね。
そもそもドイツは寒いから衛生環境は悪くない。十分に生肉文化が生まれる土地だよ。ドイツと日本は気候的に近い。まあイヌイットほどではないけどね。衛生環境。卵とかはヤバいんだよなー、海外。衛生管理ができてないからボツリヌス菌とかサルモネラ菌とか、マヨネーズも毒になるんだよ、リアルに。それも知らないやつがマヨネーズが異世界では毒になる、とか言ってたら殺したくなるけどね。
現実世界でも卵や牛乳は毒になるんだよ。赤ちゃんなんか簡単に死ぬぞ。はちみつの菌で死ぬんだぞ。食品の衛生管理舐めんのは殺人だ。普通にな。
メシマズ世界で美味しい料理……。うん、私なら作れる。
ただ甘美な贅沢を享受できる世界より、私なら英雄になりたい!
……行こう。美味しい料理で異世界を埋め尽くすんだ! 私のレシピで!
「合意いただけたようだからサービスの話をするね。いわゆるチートをあげよう」
「えっ! チートもらえるの?! なんかチートもらえない挙げ句現地民と結婚してほのぼのエンドを予想していたんだけど!」
「何その嫌に詳細な予想! 大丈夫です。貴女は勇者になれます。多分」
「ちょっと待って、良く考えると毎日戦闘や殺しに明け暮れるような勇者とかなりたくないわ!」
「じゃあ平和を愛する聖女で。もちろんクーリングオフは利きまっせ~ん。チートは一日に一回、地球の食材を召喚できます。貴女が料理を世界に広めたら私の感覚で一日に二回に増やしたり二キロに増やしたりするからね。じゃあ行ってらっしゃーぁい!」
「ま、待て……ぐわあああああっ!」
「……君は本当に女の子らしくないね……」
私は女神に突き落とされ、異世界に二十四歳の肉体、ジャージにランニングシューズと言う前世そのまんまの格好で送り込まれることになった。
ってっ、せめて、生まれ変わらせてっ! せめて目付きの悪くない娘にっっっ!




