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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第13話 「忠賢<ポチ>または日常について」
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 帰り道、湖緒音大福を抱えながら坂道を上ってくるハクである。大福は断れなかった。

 たちばなの門近くまで来たところで、向かいのポチの家の門が開いた。通用口にあたる木戸を開けて誰かが出てくる。

 思わずハクは足を止めた。

 高賢が門を開けて使うのに対して、通用口を使うのはものぐさであるポチだけだった。まあ高校生がいちいち門を開けて堂々と出入りするのも珍しいが。

 出てきたのはなぜか、ヤミであった。

 「ん? よう、おかえり」

 「……何なのよあんた」

 ハクは驚いたのを押し隠して、うんざり顔で呟いた。

 「ん? まあ野暮用だ」

 ハクが眼を逸らしてたちばなの門に入るのに、何となく追いつくようにしてヤミが少し後についた。明るい調子で声をかける。

 「どうも浮かない顔だな。ラーフラもぶっ飛ばしたし、お前がさんざん喚いていた日常が戻ってきたんだろ? よかったじゃないか」

 「そーね。居候の幼女が増えたぐらいで、日常にはなったね」

 口の端をゆがめて皮肉めいた笑いを浮かべるハク。

 「あー、これでやっとバトンに集中できるわ」

 ハクが両手を挙げて、伸びをするように門をくぐる。

 「そうだな」

 言いながらヤミは立ち止まり、ハクの背中を見送る。



     ☆



 仏間では、高賢が寝そべっていた。

 脇には胡坐をかいた蒼海が、ストロング的なグレープフルーツハイの缶をぐいぐいと傾けている。テーブルの上には、夜になっていないのにすでに何本か並んでいて、早めの酒盛りが始まっていたようだ。

 円海が「缶詰めにちょい足し」的なつまみをいくつか作っていたが、ふたりともに手を触れないまま冷えている。

 その円海は部屋の隅でお盆を抱え込んだまま正座していた。

 「……意外であったな」

 ぼそりと呟く高賢。

 「なに、これぞ因果応報というものよ。それだけのことをしておったと思うぞ儂は。のう円海?」

 軽く酔った蒼海が、缶を掲げて調子よく円海に向く。

 「わ、私は別に、どのみち無理な話だと思っていましゅが?」

 円海がつっかえながら噛んだ。

 「無理は承知よ。じゃが、無理で無茶でエロいのが阿鎖奈祇流じゃ」

 「……それもそうだな」

 蒼海の無理めな明るさに高賢が小さな声で応えた。

 夏に入る直前の夜、仏間には涼しい風が緩やかに吹き込む。



     ☆



 たちばなの前庭側、奥めの部屋が七人衆の部屋であるが、その廊下でヤミが外を眺めている。

 前庭では、ハクが最後のおさらいをしているようで、ひとり黙々と練習していた。キャッチミスしてむっとした顔になるが、拾ってもう一度。

 ガラス窓を通してしばらく見ていたヤミだが、軽く首を振ってロビーに向かう。


 ロビーでは、マッサージチェアやソファ、思い思いの場所に七人衆が座っていた。

 「あれ?」

 予想もしない勢ぞろいに思わず声を挙げるヤミである。

 アユイがヤミを向いて声をかけた。

 「どうだった?」

 「アユイ?」

 「高賢」

 「え?」

 「まあ、いいところ五分くらいだろう」

 眼を見張ったヤミに、アユイが笑う。

 ほかの七人衆も笑いながらヤミを見た。カノンまで微笑んでいる。

 「七人衆の頭らしく命令すればいいんですよ」

 メイがやれやれ、といった風に肩をすくめた。

 「ヤミはお人よしだからな。何を考えてるかは察しがつくよ」

 アユイの言葉にヤミが片手で顔を撫でた。

 「……ふん。そんなこと言ってはずれてたら恥ずかしいぞ」

 ひと息の沈黙。

 「で、どうなんだ」

 「やるんだろ? ヤミ?」

 トウマとキリが身体を乗り出した。

 ヤミはわずかに逡巡する気配を見せたが、小さく口を開いた。

 「ああ……」



     ☆



 翌日は全国バトントワリング選手権の県予選である。

 湖緒音町の町民体育館には、出場予定である県内の大勢の学生が詰めかけている。あわせて、その応援の観客もまた二階席に陣取っている。湖緒音町の人々はまあ、イベント好きであるので、県予選というあたりでもそこそこ入っているのである。

 フロアでは他校の演技が始まっていた。

 観客席に、雫、若葉、燕が前列に座っていて、雫がパンフレットを見ながら解説している。

 「この三番目の明北が私の頃だったら全国常連だったの。昔ほどじゃないって聞いてるけど、古豪は侮れないからね。最近だと十二番目の安城第二が強いみたい」

 「雫さん詳しいっスね」

 「聞きかじりだけどね」

 「湖緒音高は?」

 「えーと、七番目かな?」

 フロアではその三番目の明北の演技中である。

 「なんかみんな上手っスねぇ。うわっ、すっげぇ今の」

 「……なるほど。演技自体は見せず観客のリアクションで逃げるわけか……」

 「何言ってるんスか。見ないと損っスよこれは。あ、あの子、スカウトしたいっス」

 訳知り顔の燕を無視して若葉がだいぶ興奮している。

 なんだかんだで見入っている三人。

 その後ろの人影が何となく声をかけづらそうに躊躇していたが、意を決したように燕に声をかけた。

 「あ、あのぅ……」

 反応しない雫、若葉、燕。

 「あの、あのですね」

 うるさそうに振り向く燕と若葉。遅れて雫が振り向く。

 「……あ?」

 「……う?」

 「……は?」

 あからさまに凍った三人の顔は、これまでなんとか増やしてきたファンを軽々と裏切るほどに、崩れた。



     ☆



 控室では、湖緒音高校バトン部が舞台衣装に着替え終わったところだ。

 ちょっと珍しいとは思うが、ユニフォームは全員に渡されていて、控えもサポートも同じユニフォームを着ている。

 神谷コーチは、自身も選手だったおかげで、一体感からくる士気の高まりを良く知っている。全員が失敗も成功も自分のことのように感じることが最もチームを強くする。

 実際、最も演技者の能力を落とすのは、失敗した時の味方のため息である。そうならないための一体感が、ユニフォームひとつでプラスされるのなら言うことはない。


 ネイビーベースに、右の肩口から左の腰までざっくり横切る白い帯、その中央に特色の赤。

 視覚誘導まで考えた、最も小顔に見えてウエストが絞れて見えるユニフォーム。

 神谷コーチが師匠に本当に細かいところまで相談し、制作するスポーツショップ(TAKIスポーツは湖緒音商店街の真面目なスポーツショップである)が音を上げるまで突き詰めた、晴れ舞台のための一部の隙もないユニフォームなのである。

 これも特製の、真っ白い中に紐穴だけ特色の赤で縁取ったシューズの紐を、ハクがキュッと絞めた。立ち上がる(ちなみにTAKIスポーツの滝さんが泣き出すくらいに値切っている)。

 バトン部全員が神谷を見つめた。

 神谷が高揚した笑いを漏らす。

 「さあ気合入れろ。終わったらメシだメシ! マックならおごってやる!」

 「リアルだな……」

 ノアが呟いた。

 と、そのタイミングで控室のドアから、若葉、燕、雫がどさどさっと飛び込んで三段重ねに倒れこんだ。

 「あ? なんだ?……雫?」

 驚くハクとアム、ノア。

 神谷が不審そうに言う。

 「なんだお前ら?」

 「ハハハハハッハハっっ!?」

 神谷の疑問に、雫が歪んだ口で「ハ」を言い続ける。

 「ポポポポポポポポッッツ?!」

 若葉が「ポ」を震えながら力いっぱい叫んでいる。

 燕も同様に、音にならない音を出していたが、はっと辺りを見回してからひと息、悠揚迫らざる態度で重々しく言った。

 「んむ。橘……もう何て叩かれても気にするな!」


 廊下から控室に、もうひとりがのぞき込んだ。

 きょとんとしているハク。その後ろにアム、ノア、神谷。

 「……は?」

 「え、えと、こ、こんにちは?」

 ひきつった笑いを浮かべてポチが立っていた。

 ……。

 …………。

 人ひとりをノックダウンするくらいの時間の沈黙……。

 表情をまったく変えないまま、すい、と進み出たハクがポチの右足にローキックを叩きこんだ。ブラジル系の可変キック、軌道を変えるキックを避けるのは容易ではない。

 のたうつポチ。

 「いっでぇっ! 太ももの外側めっちゃ痛ぇからっ!」

 「あれは斜めに打ち下ろす、バット折りのローキック!」

 燕が眼を輝かせて解説。

 「あ、足ある……」

 アムが呟いたが、思ったより大きな声である。

 ポチが涙目で喚いた。

 「あるよっ! そんで痛てぇよ! 何すんだおま……」

 しゃがみこんで呻いたポチだったが、ふとその声が止まり、驚いた顔になった。

 見ると、ハクもまた驚いた顔のまま、大粒の涙を流している。

 「お、おおおお前、な、何泣いて……」

 どもるポチ。最後までだいぶ残念な主人公である。

 はっとなったハクが、間髪を入れずポチの脳天に肘を叩き落とした。

 「泣いてないっ!」

 「あーばれすとっ?!」

 その後ろではにやにやしている部員たちと神谷。三段重ねの若葉、燕、雫もにやにやしている。

 ハクが顔を真っ赤にしながら全員をひとわたり睨みつけて叫んだ。

 「これは体内の過剰な塩分を排出してるだけなのっ!」

 「ウミガメか」

 アムが泣き笑いでツッコむ。

 神谷が笑いを残して、大きな音をたてて両手を叩いた。

 「おっし! 軽くラブコメったとこで本番行くぞゴラァ!」

 「ラブコメってない! あぁあぁぁぁっっ! やってやる! やってやらぁ!」

 やぶれかぶれの様相を呈したハクが両手を振り回しながら、のしのしとガニ股で通路を進んでいった。これが本作のヒロインである。

 すっかり緊張が解かれた部員たちが後に続く。

 笑いながら燕たちも後に続く。

 あとにはのしイカのようなポチが残るばかり。



     ☆



 「続きまして、湖緒音高等学校バトントワリングクラブの入場です」

 アナウンスに続いてフロアにバッと散る湖緒音高校バトン部のレギュラーたち。

 引き締まった顔をしているが、どこか笑いをこらえているような楽しそうな笑顔である。

 舞台脇の神谷は片眼をつぶって彼女らを見ている。

 横に並んで舞台のメンバーを真剣に見つめている控え。

 ふと、神谷は柔和な眼で控えたちに顔を向け、小さく言った。

 「……舞台に立てなかったことを恥じるな。お前たちが積み上げたことを私はよく知っている。いまこの時はお前たちの時間ではなかっただけだ……やがて必ずお前たちの時間は来る。その時のために決して腐るな。立ち向かえ。油断するんじゃない」

 控えたちは一瞬息を飲んで、「はい!」と小さく強く返した。

 アムもまた力を込めて頷き、両拳を握り締めた。


 演技曲がかかる。

 ゆるやかに、躍動をいっぱいにはらんだ演技が始まった。



     ☆



 「すげえな。県予選一位かよ」

 「ああああ、アタシがバトン落とさなければもっとおおおぉぉぉ……」

 頭を抱えているハク。

 夕まずめ、ふたりは帰り道の坂を上っているところである。

 「いや、でもま、全国出場は決まったわけだし、また仕込めばいいだろ」

 ハクがキッとなってポチを振り返る。

 「まだまだこれからよ。全国は生易しくないんだから」

 「お、おー。がんばれ」

 ハクはふと沈んだ顔になり、言いにくそうに口を開く。

 「……あのさポチ。一体これってさ……ヤミたち全員いなかったよね?」

 「あぁ…………あの後な」

 少し間をおいて、中空を見つめてぼやくようにポチが口を開いた。






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