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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第13話 「忠賢<ポチ>または日常について」
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 坊主のケーキを食べ終わったヤミたちである。

 予想に反して量も味もクオリファイしたらしく、七人衆はでれんとだらしなく寝そべっていた。

 「坊主喫茶いけるかもな」

 アユイが眼をつぶって満足そうに言う。

 「……敵ながら天晴だな」

 トウマがケーキをほめているかと思いきや、皮肉そうに片頬をゆがめた。ケーキについてではなかったようだ。

 キリも珍しく眉根に皺をよせている。

 「……孫の魂魄を供儀にするなんて、よくやるよ。ケーキ作ってる場合じゃねえだろ」

 いや、そのケーキ食べた後だけども。

 高賢は仄かな笑みを浮かべたまま動じない。

 「阿鎖奈祇流宗家の定め故な。今さら鬼畜よ蛇蝎よと忌み嫌われても構わぬさ」

 蒼海も追随する。

 「全ては大義のためじゃ。以て瞑すべし。儂は婿殿を誇りに思うておるよ」

 穏やかに応えるふたりの老人はけれど、わずか一夜で相当に老け込んでしまったような細い声であった。

 マナが両足をばたばたさせてから、首だけ向けた。

 「はいはい、はいはい! 男の子らしい、しょーもない意見だね」

 呆れたような声に、全員が押し黙った。



     ☆



 こちらは露天風呂である。

 空を見上げていた神谷がアムを振り返る。

 「……なあ、橘は大丈夫なのか?」

 「……わかりません」

 アムが唇を噛んだ。

 昨夜、気づいたらハクが出ていくところだったので、全員が追いつこうとしてポチのことをテントの外で一部始終聞いてしまったのだった。

 動揺を避けるためか、ポチのことは未だみなに告げられていなかった。一切触れられていない。

 が、アムにしてみれば、好きな男の子が突然死に、嫌っている風でもあった大事な友人は衝撃に呆けていて……。現実感はないが、悲しいような悔しいような苦しいような泣き出しそうな感情が複雑に錯綜して、どうにも整理がつかなかった。

 とりあえず、確信できたことがふたつあった。

 自分はポチくんのことを好きだったのだ。

 好きになった理由は簡単だった。

 ポチくんはいつも、本当の意味でその場の全員の感情を汲んでいた。

 むしろ自分から誘導して相手の納得できるところに運べる、という気遣いの人だったから。

 とても強い人だな、と思った。

 ハクが時々自分のことを「アムってすごい気を遣うよね。アタシにはとてもできないよ」と手放しで褒めてくれることがある。

 でもそれは実は、ポチくんを見て学んだことだった。

 彼みたいに眉根を下げて「まあ、いいんじゃない?」と言えたらな、と思っていた。


 そのポチくんと一番近いのがハク。

 ハクと彼を取り合うことは考えもしなかった。

 ハクは自分の想いを知れば、「あんなのでいいの? ホントに? やめたほうがいいと思うよ?」と言いながら、さっさと仲を取りもとうとするだろう。

 それが怖くて、絶対に見せないようにしていた。

 うまく隠せてたはずだけど、察しのいいノアだけにはバレてたみたい。

 ……もし、もしそうなっても、ふたりとも絶対になんにも言わない。

 もしなんか気づいても、ずっと気づかないふりをするんだ。

 それはとても怖かった。


 もうひとつ。

 自分には「好きな人」だったけど、ハクには……本当は「いなくてはいけない人」だったんだ。

 ほとんどそれは初見でわかってしまった。

 見ないようにしていたが、理解はどんどん確信に変わってしまった。

 うん。

 やっぱり勝てないな。

 幼なじみがまとまるなんて世の中にあまりないけど、あのふたりはセットなんだ。

 あのふたりは、互いに「いなくてはならない人」なんだ。

 ……なんか悔しい。

 ……でもなんか、ハクを元気づけないとな。


 心の中で何度も押し引きをする感情を噛みしめ、アムはうつむいた。

 「いや、っていうか、落ち込んで当り前っスよね」

 ため息をつく若葉。

 「うん……なんかさぁ、私もさぁ……うぅ」

 だいぶ涙もろい雫である。

 「彼は還ったんだな。大いなる宇宙の流れに……」

 こういうことを言うのは燕である。

 「いま、宇宙て書いてそらって読んでたろってあぁめんどくせえ。橘もポチもいないんじゃ誰がこいつの面倒みるんだよ」

 神谷が湯から両腕を出して頭の後ろで組んだ。

 「あの、リアルに心折れちゃうんでそういう言い方やめてください……」

 珍しくしゅんとなる燕である。

 「はぁぁ、ホントにハーレムものだったら、ポチ君もやれやれ……とか言ってるだけでよかったのにな……」

 燕もだいぶこたえている様子。

 「ほんとですね……」

 アムが空を見上げる。

 少しの間、とんびが高空を飛んでいるのを皆が見つめた。


 ガラガラっ!

 「あー、やっとちゃんと身体動いてきたかもっ」

 ひと汗かいた、といった態のハクである。

 首を鳴らしながら、勢いよくカランのところに座ってかけ湯を始めた。

 「ストレッチもちゃんとしないとなぁ。足上がんないとかシャレになんないし」

 独り言なのに大きめの声で呟く。

 ざばざばっとお湯をかぶって振り返ったところで、一同の視線に気づいた。

 「ん? なに?」

 雫がおずおずと口を開く。

 「いやあの……落ち込んでたんじゃないの?」

 「は? 誰が?」

 ハクの応えは歯切れがいい。落ち込んでいるようには見えない。

 「いや、だから君がっスよ」

 若葉が首を傾げた。

 「何で?」

 またもやハクが即応する。

 「橘。ツンデレ要員なら落ち込んで布団にくるまって涙こらえてるのがテンプレだろ」

 燕が考え込んだ顔のままゆっくり言った。

 「よくわかんないけど殴りますよ?」

 立ち上がるハク。

 「コーチ。いよいよ明後日ですね本番。私頑張りますから」

 「お、おう。けど大丈夫なのかお前?」

 神谷が身を起こしながら、ハクを憮然として見つめる。

 ハクが湯船に足を入れながら、不思議そうに見返した。

 「はぁ? ……さっきっからみんな何を心配してるんですか?」

 「だって、……ポチくん死んじゃったんだよ?」

 「あー? あー……うん」

 アムの若干責めるような調子に、ハクが目線を逸らした。

 「ハクはポチくんとちっちゃい頃から幼なじみでしょ?」

 「うー、うん。まあそんな感じ」

 「その……えっと、何かないの?」

 「んー……なんとも思わないわけじゃないよ」

 ハクは両手を合わせて何となく手遊びする。

 「んでもさ、なんてゆーかさ、私を落ち込ませるために死んだわけじゃないじゃん? だったら落ち込んでんのって逆にポチに悪いかなーって思って」

 予想を裏切るハクのセリフに一同はあっけにとられた。

 ややあって、わなわなと震えだす雫。

 「ハクちゃん……えらいっ!」

 燕も眼を見開いて感激の様子である。

 「橘……ちょっとでいいから抱きしめさせてくれっ!」

 言うや否や、湯船を横断してハクに向かって進みだした。

 ハクは反射的に湯船から逃げ出そうとする。

 「何言ってんですかっ!? ヤですよっ!」

 すごい勢いでハクに迫っていく燕。

 「大丈夫! ガチ百合じゃないけど百合っぽく見えることは必要! おっぱいがおっぱいに圧されてふにゃってなってるの大好きだっ!」

 「いい加減作者の性癖をキャラに言わせるのやめろっ!」

 「声優さんたちからも嫌がられているしなっ! だいぶ直接的なセクハラだもんなっ! しかし橘、これがビジネスだっ!」

 湯船から出たハクを燕が追いかけ始める。ぎゃあぎゃあと叫びながらおいかけっこをするふたり。例のカオスである。

 いつもの雰囲気になったので残りの四人はあらためて温泉でゆったり。

 「まあ元気そうでよかったっスね」

 若葉が安心したように小さく漏らした。

 「きっと一晩枕を濡らしたんだよ。それで吹っ切ったんだよ。くぅっ!」

 「お前、そんな涙腺緩かったっけ?」

 ここにきて雫の感動ジャンキーなセリフに、呆れたように神谷が応えた。

 なおも燕に追いかけられているハク。

 それを少し悲しそうにじっと見てから、アムは両眼をつぶった。



     ☆



 たちばなの中庭である。

 午後の早い時間は幼女たちの仕事もなく、縁側でハクの母が入れてくれた例のうまあい緑茶を時々すすりながら、七人衆がぼーっとしていた。

 夏がすぐ近くまで来ている青空である。湿気もそこそこ高かったが、風が流れているので爽やかであった。

 「千年……経ったんだよなぁ」

 キリである。口と鼻がバツになっていないうさぎをプリントした湯飲みを持っている。

 「あげく、宇宙にも行ったね」

 マナが笑いながら受けた。持っているのは顔がやたらデカい猫のマグカップ。

 「世界の真理にも触れたような気がする」

 カノンである。言いながら真っ白な品のいい湯のみを傾ける。

 「思えば色々あったものだな」

 トウマ。持っているのは寿司屋でもらった、魚偏の漢字がみっしりと刻まれているアレ。

 「……元をたどれば、戦で家を焼かれた貧農の娘にすぎないんですがね」

 メイが洗練された野いちごのデザインの載ったティーカップをのぞいたまま呟いた。

 「生きるってのは数奇なものだね」

 アユイはゾウの頭部の形をしたカップを持っている。

 ヤミは無言。

 うっすらと笑みを浮かべて黙っている。

 小さく、静かに七人衆が笑った。

 それもすぐやんで、再び穏やかな午後の空気。

 メイが顔を上げて、困ったように笑った。

 「……それにしても、どうにかできないものですかね」

 全員の意外そうな視線がメイに注がれる。

 メイは穏やかに全員を見返した。

 「え……」

 キリ。

 「メイが言うとは思わなかった」

 カノン。

 「……メイったらまさか?」

 にやにや笑ったマナ。

 「頭かち割りますよマナ?」

 瞬時に冷たい視線に早変わりするメイ。

 ヤミが驚いて顔を上げた。

 「お前ら……」

 七人衆がヤミに向き直る。

 誰も何も言わず、静かにヤミを見つめている。



     ☆



 湖緒音高校では午後の授業中。

 ちょっと派手な天文ショーが昨日起こっただけで、普通に授業が行われている。

 授業をうわの空で聞きながら、演目のリズムを右手の人差し指で机をたたいているハク。

 斜め後ろの席は空いている。


 腕を組んで立っている神谷の脇で、ラジカセのスイッチを控えが入れる。

 音楽が流れ始めると、位置に着いたメンバー十五人が曲に合わせて動き始める。精密な動きに仕上がり、バラバラに動いている全員が瞬間にシンクロする。

 アムが離れて不安そうに見つめていた。

 全員が必死に演技している。ハクも汗を迸らせながら動き回る。途中ハクがバトンをファンブルして落としたが、最小限の動きでフォローして隊列に戻る。

 最後、静かに消えていく星空に合わせ、ゆっくりと動きが鎮まっていく中、全員がキレイにバトンを投げ上げ、対角の担当が受け取って止まる。

 神谷は真剣な眼で終わりまで見つめていたが……彼女が反応する前に、控えのメンバーが思わず拍手した。

 振り返る神谷に頭を下げる部員。

 だが、神谷も破顔した。

 いい出来だったようだ。

 積み上げてきた修練の結果は、神谷も納得いくレベルに達したようだった。


 神谷を囲むように集合しているバトン部の面々。

 「いよいよ明日は本番だな」

 めいめいが頷く。

 「月並みだが……本番は練習通りやりゃあいい。だから、練習でできなかったことが本番でいきなりできるなんてことはあり得ない」

 「はいっ!」

 「……ってよく言うけど、そんな理屈はくそくらえだ」

 「コーチ?」

 部長の本宮がいつもと違う神谷に小首を傾げる。

 「ああ、直近でそれを超えたやつがいてな」

 神谷が笑って、手近な部員に訊いた。

 「ステージに立つのは何のためだ。えぇおい? 佐久間?」

 「全国に行くためです」

 「暑苦しいなお前バスケ部か。小塚は?」

 「……えっと、綺麗な演技をして、お客さんを感動させたいです」

 「あーもうっいい子だなお前。後で体育用具室に来い。じゃあ橘っ!」

 「うえっ!? えーと、えーと……楽しいから?」

 ちょっとダメな感じの返事をおそるおそる口に出したハクに、片眉を上げて神谷は頷いた。

 「おお。流石の安定感だなお前」

 「へ?」

 「そうだ。楽しめ」

 全員を見渡す神谷。

 「面白いだろバトンは。本番だとか全国とか優勝とか、気にすんな。ここまで来たら楽しめ。つーかそれ以外できることなんかねえ!」

 コーチらしくない、けれど神谷らしい激励に、一同苦笑しながら頷く。

 「以上、解散! 明日遅刻した奴は丸刈りな!」

 「はいっ!」



     ☆



 大会前日のため、いつもより少し早く終了したバトン部の面々が校門へ向かっている。

 制服に着替えたハクとアムとノア、それを待ち構えていた様子の燕が声をかけた。

 「調子はどうだ、橘」

 「あれ、先輩。仕事サボってるんですか」

 いきなりのごあいさつである。

 燕は苦笑して、ケータイをもてあそびながら肩をすくめた。

 「明日なんだろ、本番」

 「はい、そうですけどオェェェェェッ」

 いきなり空えずきのハクである。

 「は、ハク!? 緊張ゲロっ?」

 「まったくもー、しゃきっとしなさいよ」

 ノアとアム。後者を言ったのがアムである。ことバトンに関しては厳しい。

 「ごべん……先輩プレッシャーかけないでくださいマジで」

 ハクは涙目で抗議する。

 「いや、そんなつもりじゃないんだけどな。雫さんからメッセが来てるんだ」

 「は?」

 「今年は全国が見えるから、ヨリシローズで応援に行こうって」

 「はあっ!? マジですか?……てか、いつの間に先輩、雫さんとID交換してたんですか?」

 「うん? 私は皆と交換してるぞ。橘がなぜか私に教えてくれないだけで」

 「ええっ?」

 「そこのふたりとも」

 「ええええっ?」

 ハクが振り返ると、アムとノアがケータイをすちゃっと見せた。

 「あれ何この疎外感」

 ハクが憮然とする。

 「君がさんざんこだわってたバトンがどんなものなのか、見てみたいと思うじゃないか」

 燕が口を尖らせる。

 「……そうね。ずっと言ってたもんね、あんた……」

 「いやちょっ。そりゃ言うでしょ? だって大会直前じゃん」

 アムの何となくな攻めにハクが何となく弁解する。

 燕が空を見上げて述懐した。

 「……今の懸念は、バトンシーンが背景のみ雰囲気BGMで誤魔化されるんじゃないかということだけだ」

 「どこの軽音楽部ですかそれ」

 これはアムである。基礎知識がある。

 「でも間に合わないぐらいなら思い切って雰囲気重視でもいいと思う」

 「だから何の話なんですか?」

 これはノアである。基礎知識がない。

 「どのみちセンスがないとダメだな。レイアウトからいい腕持ってないと成立しないな。あと演出。それとも劇場にぶん投げるかだな」

 「そう言って劇場出来なかったら赤っ恥ですよね」

 これはハクである。だいぶネット界隈に侵されている。

 「はっはっはっ!アンチが沸いてるぐらいでちょうどいい。良くも悪くも、話題にすらならないものが世の中にはあるんだっ!これだけ媚びておいてそうなったら泣くな!」(←このあたり大体間違い)

 「行こう、もう手遅れだ」

 ハクが左眼の上あたりに斜線を引いて、アムとノアを促した。

 「はっ!? むしろ泣かせたい? 放置プレイ?……そういうことか。嫌いじゃあないっ!」

 「呼びましょうか? 黄色い救急車」

 ハクが心底嫌そうな眼を向けた。


 湖緒音商店街では昨日のショーも日常のうち、いつものように騒がしい。

 「柚子乃葉」では、雫が店の前を掃除していた。歩いてきた三人娘に気づいて手を挙げた。

 「仲良し三人娘、こっちこっち」

 「どーも、雫さんっ!」

 「明日応援に来てくれるって聞きましたけど」

 ノアとアムはハイテンション。

 「そうそう。今年は久しぶりに全国行けるかも、て夏輝が言ってたから、今から楽しみなの。頑張ってねハク」

 「いやいや、そんな大したものじゃオエェェェッッッ!?」

 雫の激励に空えずきするハク。

 これがヒロインという本作、だいぶ迷路に迷い込んでいると言おう。

 「よく吐くね」

 「はぁっ、はぁっ、はぁ……大丈夫。大丈夫だから……」

 さすがにノアが手を差し伸べようとするのを制して、ハクが首を振った。

 「今さらダメでも困るけど、とにかく元気だし」

 若干冷たいアム。

 「そだね。はいこれ、湖緒音大福優勝祈願バージョン。私があんこを練ったからね、気合入ってるよう!」

 だいぶ空気を読まないまま、雫が紙袋を差し出した。

 ひくっと引きつった笑いを浮かべる三人。

 ハクほどではないが、もう二人も根性の入ったあんこはさすがに今は食べられない。






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