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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第12話 「羅劫<ラーフラ>または世界について」
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 五日後、ラーフラの日。

 湖緒音中央公園は封鎖されていた。

 街場に住んでいる人間には想像しにくいだろうが、地方都市の郊外には土地だけはあるわけで、それほど大きいとは言えない湖緒音町の「中央公園」であっても、東京ドーム十個分は軽く超える敷地がある。

 その過分に広い公園とさらにその周辺、人家がまばらにあるところまでが、一切封鎖されている。

 ……一瞬、かなり物々しい雰囲気に聞こえるだろうが、中央公園はだいぶ寂しいところにあるので、夜ともなれば封鎖したところであまり交通に差し障りがあるわけでもない。困るのは深夜ジョガーくらい。

 正直、残念ながら(だって世界の危機なのだし)住民には関係ない様子で……まあ「封鎖」と言いたい当事者たちの心意気である。


 すでに公園の駐車場には千二百台もの大出力の電源車(ジェネ車ともいいマス)が停まっていた。湖緒音音楽祭の時でさえ余裕がある駐車場が埋まっていて、見渡す限りの銀色の車体は、乏しい街灯の光で見ても壮観だった。公園の周縁には、ディーゼル発電機用の燃料を蓄えた中型のタンクローリーが二十台ほど、太い燃料パイプを駐車場のそこここに伸ばし、供給体制にも怠りがない。

 察するに、日本中の電源車を集めた、と言っていいレベルだろう。少なくとも本州のものはほとんど集結していると思われる。

 これはNASAとCERNの機材を大量に持ち込んだためだ。

 普段ならありえない電源消費に対応するためと、電源規格が違う機材たちに対応するために、イレギュラーな電源車などというもの頼らざるを得ないのである。駐車場からは黒いケーブルが無数に伸びている。

 だがそれに加え、驚くべきことにスタジアム内部には、小規模の変電所まで作られていた。外せるところはすべて外して開放されたスタジアム内部には、身体を絶縁体で覆った作業員たちが立ち働いている。高電圧による、耳には聞こえないが確かに存在する証である高周波が辺りに充満していた。

 わずかの時間でこの供給設定を作り上げたのは、驚くべきことに湖緒音市役所のエネルギー課係長の鎌田順三である。趣味は鎌倉彫り、という地味なおっさん。

 イベントごとというものは、前準備が八割である。

 仕切りと兵站が応用可能でありさえすれば、たいていのことは切り抜けられる。その信条を持つ鎌田は、湖緒音音楽祭をほとんどキレることなく仕切っているのだが、今回もやってのけたわけだ。

 絶縁服に袖を通しながら茫洋とした笑顔を浮かべる鎌田だったが、それはこの恐るべき段取り能力の結果にではなく、ただいま彫っている渾身の牡丹の群生がうまく進んでいることに対してであった。曲線一つ彫るのに数日かけている、まさに土壇場なのだ。

 ――そうして、実に数テラワットレベルの電力が湖緒音中央公園で出番を待っている。


 中央公園のサブグラウンドには、テントというには巨大すぎるエアーテントが張られていた。ひとつでグラウンド全体を覆っている大きさ、特注の連動型プロジェクト用のテントである。

 その中央に七人衆と憑代たちとポチ。

 どことなく腹を据えたような意志的な顔をしている七人衆と憑代、対照的に辺りを見回して落ち着かないポチ。

 テント全域で、NASAの職員とCERNの職員が忙しそうにすれ違っている。

 奥側には十六面の巨大モニターが設置され、地球周辺の高精度の宇宙図とラーフラの軌道図のシミュレーションが表示されていた。

 その上に二秒ごとに点滅しながら、モニター範囲の法力の分布図と七曜の運行が示されていて、左下にはコンマ九ケタまでの軌道計算の数字が刻まれている。

 だいぶ真面目である。

 あの燕でさえ瞑目して精神統一しているというのに、我らが主人公ポチはシリアスな雰囲気に耐え切れないらしく、うろがきているようで眼が泳いでいるありさま。

 残念な主人公である。

 「あ、あのさ……」

 おずおずと話しかけるポチである。

 「あのな、アユイ、なんだそれ?」

 「ん? 私の形代だよ」

 言いながら、アユイは自分の身長以上のビニール製の人形を掲げる。

 「ん、んんー? いやそれ、空気嫁だろ……」

 「うむ。空気嫁だな」

 にこやかに応えるアユイ。

 「ぐっ……」

 言葉を失うポチである。

 知ってか知らずか(いや知ってますよね?)、穏やかなテンションでアユイ。

 「高賢殿にもらったんだ。意外としっくりくるぞ」

 「ぐむ……宇宙だと爆発しちゃわないか?」

 「大丈夫だろ、多分」

 ヤミとメイが身を乗り出した。

 「そういう意味じゃなく、幼女と空気嫁って大丈夫か?」

 「絶望的な組み合わせですね。クライマックスに至ってセンサーシップに引っ掛かりそうです」

 声もなく尻尾のスイッチを切るポチである。

 そこに、パーティ用の扮装を解いて、いつもの修験者風に戻った高賢と蒼海が現れた。

 「みな揃っておるな」

 挨拶もなしに一同を見渡す高賢に、ポチが珍しく鋭く差し込むように声を挙げた。

 「悪いけど、オレじいちゃんのやり方がいいとは思ってねえからな」

 高賢は肩をすくめただけだ。

 「ふん。小僧めが、言いよるわ。お前がいま生きていられるのは儂と七人衆のおかげじゃというのに」

 「なっ?」

 「いやいやそうでなくてはの。さすが婿殿じゃ」

 気色ばんだポチをいなすように、蒼海が間に入る。

 ヤミが高賢にふぃっと顔を向けた。

 「私たちを調伏させて、こいつを主に仕立てようとしたわけか」

 「大まかには」

 アユイが小首を傾げる。

 「残念だが、彼は主には向いていないね」

 「ペットくらいにはいいかもね」

 「我らが姫以外の主を奉じるなどあり得ん」

 マナとトウマ。

 「言うこと聞いてくれるなら、主でもペットでも構わないようなものですが」

 メイの言葉に高賢がかすかに笑って応えた。

 「もとよりラーフラと戦うのであれば豪ほどの余力もあり得ませぬ……しかも予定外の三度となれば」

 小声で付け加えてポチを見る。

 ポチはというと、くったりと肩を落として、

 「あのさ。俺にも見せ場があっていいシーンだろうが」

と誰にともなく呟いている。

 ふと高賢は、初めて孫に向かって穏やかに笑い、軽く頷いた。


 「頼むぞ、忠賢」

 「俺じゃねえよ。こいつらだろ」

 ポチが結跏趺坐を組んで、テントの中央に座っている。

 その周りを七人衆が囲み、各々の後ろに憑代たちが立っていた。

 高賢と蒼海、円海は円の外で真言を低く唱え続けている。宿曜経の奥義、七人衆の守護を組み立てているのだ。

 「オン・アニシャチリ・ソワカ、オン・ソマシリ・ソワカ、オン・アギャラカシリ・ソワカ、オン・ボダシリ・ソワカ、オン・ボラカ・サンバチシュリ・ソワカ、オン・シュキャラ・シュリ・ソワカ、オン・シャニ・シシャラ・シセイテイ・シュリ・ソワカ」

 ポチは高賢を片眼で斜に睨んでから、七人衆と憑代たちを見渡した。

 ヤミから、一周してまたヤミに。

 じっと見つめ合った。

 その眼――かつて音のない時雨が降っていたその眼の中に、今は雨上がりの光が差し込んでいた。

 「……ありがとな、ヤミ、みんな」

 ヤミがシニカルに口をゆがめて嗤う。

 「行きがけの駄賃と言うやつだろ。お前はお前の、私は私の地図に従って進んでいて、ここんところはたまたま同じルートだっただけだ」

 「そか……まあ。でも、礼を言うよ。袖すり合うも他生の縁だろ」

 応えるように、ヤミがニヤッと笑った。

 「よろしくな、みんな。……唵」

 解呪を唱えるポチ。

 連続する重低音と共に、七人衆の円陣が発光した。

 CERNの機材が強力な法力を検知してアラート、職員一同がざわめく。

 ひとりだけリックマンの横で冷静なジェーンさんが、現時点の座標を素早く読み取った。

 「想定座標X:89253、Y:11386、Z:994612、5.6秒有効」

 重低音が一気に加速して、耳に痛い高音になる。

 ポチの胸で七つの光が高速で明滅した。

 痛み、というより、瞬時に生じた圧力をはねのけるように、ポチが叫ぶ。

 「……ノウマク・サンマンダ・ボダナン・ギャランケイシンバリヤ・ハラハタ・ジュチラマヤ・ソワカ……!」

 一度、二度、三度。


 十万三世にあまねき諸仏に帰依し奉る。

 星よ、自在を得たものよ、輝けるものよ、我らの行いを聞き届けたまえ。


 「そういえば、『アルマゲドン』だっけ、あの映画」

 発光する中でメイに向かって呑気に口を開くヤミ。

 だが、メイが応える前に、七人衆は甲高い金属音と共に消えた。



     ☆



 虚空に突如として現れるヤミたち。

 「あれ、最後どうなるんでしたっけ?」

 メイが何かを思いだそうとするように首を傾げている。

 「ハリーが死んじゃうけど、無事隕石が割れて地球は助かるんだよ」

 マナが横から助け船。

 「都合のいい話だな」

 「ゴールデンラズベリー賞は伊達じゃない」

 トウマとカノン。

 「いやさ、でも、燃えるじゃん?」

 「そうそう、なんだかんだ言ったってハッピーエンドが一番だ」

 キリとアユイ。

 七人衆の前方に遥か彼方からすごい勢いで接近するもの、白光する法力の塊であるラーフラがぐんぐん迫っている。

 その中央には玉座らしきものが見える。

 それを守護するように、左右には鬼の姿をした大宅太郎と山城が、それぞれ戟と槍とを持って立っている。その後ろには無数の鬼。

 ヤミはそれを一瞥して凄絶な笑顔になった。

 「勝てばハッピーエンドだろ」

 「しょせんゴールデンラズベリー賞ですがね……ヤミ、指示を」

 メイが低く鋭く言う。


 それに応えてヤミが口を開こうとするのにかぶせるように、マナが声を挙げた。

 「待って待って……えーと、燕ちゃん、なんだっけ? あぁ、そうだそうだ」

 言いながら、マナが鞠を能う限りの数に増やした。

 その数は実に五千を超える、マナにしても初めての、最大の攻撃。

 「いっっくよーっ! ……セイクリッド・レイザァッ……ツヴァイッ!」

 ラーフラに向かって、鞠が弾けるように飛んだ。


 音もなく静かに、宇宙の命運と千年の意思を載せた戦いが始まった。






「えー本日は足元の悪い中、お集まりいただき誠にあー、ありがとうございます。えー、人間には大切な四つの袋がありましてぇ、胃袋堪忍袋、給料袋に玉袋、ってなもんでしてって結婚式だって言わねえよな今日び次回『努力の結晶!夢の大舞台!全国へ羽ばたけ、湖緒音バトン部!』あ、二期とかないから。マジで。でもみんな……愛してるぜ」


それでは遅すぎる幕間を経て最終話!

お楽しみに!

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