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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第12話 「羅劫<ラーフラ>または世界について」
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 「なんだ、何か文句があるのか?」

 高賢たんが、画面上で小首を傾げる。可愛らしいのだが、声は高賢のままなので、だいぶキモチ悪い。「バ美肉おじさん」のできそこないだ。

 「っていうか、疑問しかわかないんだが……」

 額に手を当てたまま、ポチが呻く。

 「ジジイ四人の絵ヅラなんて需要なかろう? せめて絵だけでもライトにいかんとな」

 蒼海たんが両手を握って肩のところで上下させる。「ファイト!」だ。可愛らしいのだが、声は蒼海のままなので、相当キモチ悪い。

 声を失う仏間の面々。

 「さて、早速だがな……ラーフラが迫っておる」

 高賢たんがきゅっと口を結んで、真剣な顔になった。可愛らしいのだが、もうどうしたもんだろう。

 「はぁ?」

 ヤミが眉根にしわを寄せたまま応える。


 と、四人の美少女キャラの背後に、星曼荼羅が表示された。方曼荼羅といって、長方形の中に三重の四角を刻み、中央に一字金輪いちじきんりんと北斗七星、二十八宿を全方位の外縁に奉じた仏画である。

 常と違うのは、羅劫の位置には双頭の蛇が置かれているところ。

 蒼海たんと高賢たんが図を指しながら大枠の説明を始める。

 「本来、羅劫と計都は月の昇交点と降交点を指し、日食と月食を起こす“場”として星に準ずる扱いをする。龍首と龍尾じゃな。宿曜経では七曜にこの二星を加え、九曜と称する」

 「だが、阿鎖奈祇流の星曼荼羅にはな、世界の終焉を告げる禍星まがぼしの予言がある。計都が彗星の扱いを受けるのとは別に、それはなぜか羅劫にのみ生じ、計都はそれに飲まれて変化する」

 重々しく言う蒼海たんと高賢たん。

 ポチが若干やけ気味に突っ込んだ。

 「よくわかんねえ。なんでここで地球滅亡? じいちゃん、まだ小惑星がぶつかるほうがリアルじゃね?」

 蒼海たんが大喜びで賛同した。

 「おお! わが孫息子も『アルマゲドン』好きか! あれいいよのう。ハリウッドはハゲでもカッコいい俳優いるな」

 高賢たんも深く頷いている。往きの飛行機で乗員全員の注目を浴びるほど感銘したらしい。

 「バカ孫。お前は日食とか月食が生じるのを不思議に思ったことはないか?」

 高賢たんがまっすぐにポチを見て言う。

 「不思議? そりゃ太陽と月が重なりゃそうなるだろ?」

 「うおふ。マジバカウチの孫……いいか、月との距離は約三十八万キロ、太陽との距離は一億五千万キロ。月の直径は約三千五百キロ、太陽の直径は百四十五万キロ。これほど大きさが違うものが、なぜ寸分たがわずぴったり重なると思う?」

 「いや、だって……」

 「おかしいだろう?」

 冷静に考えると確かにおかしい。

 大きさも距離も極端に違うのに、なぜか「皆既食」が起こる。重なり合えば日食の場合はコロナさえ見えるほど一致する。

 「え、だって……月は遠ざかってるんじゃなかったか? 確か地球ができた頃はもっと近かったって」

 「ありゃあ嘘だ」

 「は?」

 「月はな、人が見るためにつくられた衛星よ。まさに羅劫の発生位置を指し示すため」

 「……あ?」

 高賢たんと蒼海たんが、元の調子に戻って、声を合わせて最後を締めた。

 「この禍星を独自に研究し解析した、恐るべき先人の慧眼。儂らはそれらを、現代物理学によって裏付けを得た」

 二キャラがユニゾンでドヤ顔である。

 突然の東洋占星術、そこから現代物理学に丸投げ。

 「おふたりに言われましてなぁ、ウチの加速器で実験したんですわ」

 レオナたんがインチキ関西弁で付け加えた。

 イラっとする。

 画面では、加速器内部の様子をCGで再現しているようで、すごいスピードで走るオレンジの丸いものにカメラがぐぐっと寄っていく。

 「そしたらなんと、観測できたんですわ。おふたりがホウリキって呼んどる根源素粒子が」

 オレンジにダークグリーンの丸いものがぶつかり、ふたつともに弾けて分解して、いくつかの小さな青い丸いものに変化していた(えーと、このCG作る必要あるか?)

 ぽかんと眺めているポチたちである。

 「二重スリット実験て知ってる人いまんかいな? あ、いない?」

 こちらをのぞき込むようにしているレオナたん。

 「簡単に言うと、みなさんの身体を構成している炭素ありますな? それ一個を地球くらいに拡大すると、米粒くらいの電子がありましてな。一フェムトメートル言うんですけども。その世界では、“意志”が影響を及ぼすかも、て実験ですん」

 一体何を言っているのか皆目わからない。

 レオナたんは残念そうに首を振った。

 「ま、ひらーたく言うと、そのステージからさらにぐぐーと小さくしていくと、意志もエネルギーも物資も空間も時間もなーんも全部が全部、一切合切、根本的に同じものってことが証明できたんですわ。ていうか、全てホウリキが変化してできたもの、ちゅう感じですわ」

 全員が?マークを頭の上に乗せた状態である。数学や物理にオカルトを混ぜた話をされればたいていそうなるわけだが。

 「ああ、これはよまとめたいねんけどな。ぶっちゃけ大統一場理論完成してまんねん!」

 レオナたんの眼がハートマークになっているのは興奮を示しているのだろう。

 「レオナたん。ちょっと脱線しているぞ」

 そんなレオナたんを、高賢たんが「めっ!」のポーズでたしなめる。

 「あぁ、えろうすんません。とにかく、お二人がホウリキって言ってたものは、原初の未分化なエネルギーで、全ての形に分化可能なんですわ。もちろん基本は出現した瞬間に物理的な力に変換されるんですけども」

 「……よくわかんないけど、私たちの法力や法術体系が物理で証明できるってこと?」

 アユイが半ばまでしか理解できてないような難しい顔で疑問をぶつける。

 レオナたんが再び眼をハートにして乗り出す。

 「そうですねん! 存在するだけで発生します重力波ちうのは、性質が違い過ぎて迷子みたいな力なんですわな。でもそこに、存在するだけで生じる意志が、力として成立したんですわ! 恐らくは、高賢さんと蒼海さんのいう“十全な理解”を加えて、全ての力が対称になりますがな。私らは、この世界に必要な存在なんですわ!」

 「いかにも。神代なら広く知られていた智慧なのであろうが、科学が進むうちに忘れられていったのであろうな」

 蒼海たんが感慨深げに言う。

 「いやー、えろうすんまへん」

 レオナたんが満面の笑みのまま頭を下げた。


 ――どこにでもある地方都市、湖緒音市の端、旧家の一室。

 聴講している人間たちに素養がないのはいかんともしがたいが、世界のありようが解説されている。

 レオナたんの言う、重力というものは迷子のような力、というのは物理学では基本に属するが、それと対になる力として「意志」があり、それが恐らくは10のマイナス35乗くらい、立体を構成するギリギリ(プランク長という)を超えると、力として成立する、というお話。

 その発見は、実に驚嘆すべき、そして人類にとって記念すべきものであった。量子論の新しい地平であった。

 しかしながら、繰り返しになるが、彼ら自身の力の源、仏教的世界観がまさに合致するそのおおもとの説明がなされているのに、そこには誰ひとりとして理解できるものはいなかった。

 残念な主人公たちである。


 「それでだな、ラーフラというのは、この宇宙に存在する法力の塊なのだ。ラーフラの伝承だの詳細だのはググれカス。本題はこっちだ。リッキー」

 「イエース。それでマスターたちに従って、EUにスウィフト借りてラーフラを観測したんです。そしたら、ホウリキをもとにしたガンマ線崩壊で、ラーフラは陽子と中性子が対生成、対消滅し続けてる塊だとわかりました。ちなみにその影響か、月のコア部分にもホウリキが加速しているのが初観測できました」

 高賢たんの雑な解説に、リッキーたんが少し詳しめな説明を加えた。まあ誰もわかっていないが。


 ……ところで、リッキーたんは、SDキャラの星条旗模様のハーフトップを着たやけにグラマーな金髪美少女である。アメリカと言えば星条旗柄の金髪グラマー、とはだいぶステレオタイプだが、昨今はこうした類型的な表現は校正に引っ掛かりやすいので、デザイナー諸氏は気をつけられたい(←間違いな上に余計なお世話である)。


美少女キャラの奥でウィンドウが出現し、画面全体に拡大した。

 太陽系のCGモデルの局地的拡大、地球と月の軌道が大きく表示されている。そこに垂直に交わる軌道が示されていたが、いきなり途中から赤くなっていて、発現地点と注釈が入っている。

 「見ての通り、地球を中心にラーフラがリングを描くことになります。ホウリキがエネルギーの場を生み、超々高密度のエネルギーを発生させます」

 リッキーがセクシーなウィンクをして、ハートが飛び出る。

 「この地点からラーフラは突然出現しています。恐らく低次の空間からホウリキを集め続け、それが一気に集約されて観測できることになったようです。このまま増大していくと……ま、ほとんどビッグバンと同程度のエネルギー量、です」

 ぽかんと口を開けているポチたちである。

 「およそ一週間後、羅劫の昇交点を中心に、多分新しい宇宙が誕生するでしょう。宇宙の神秘ですね、ジーザス」

 理解できないままの一同だったが、ハクが慌てて訊いた。

「は? ちょ、ちょっと待ってよ。それって地球はどうなんのよ?」

 リッキーが元の砕けた調子に戻って肩をすくめる。

 「そりゃガール。ビッグバンが起こるっていうんだ。地球っていうか太陽系ごとっていうか銀河系ごと吹っ飛ぶさ。残念ながら観測はできないな」

 「はぁ? なにそれ? 意味わかんないっ!」

 「奇遇だな、私もさ!」

 「なんなのコイツ!」

 地団駄を踏むハクである。正確に言うと、座ったままなので両拳で畳を叩いている。

 しかし、思ったより深刻な話に、ハク以外の全員が顔を見合わせていた。

 「あの、思ったよりキツめなんだけど……っていうかNASAとか出さないでほしい。なんか生々しくてヤダ」

 燕が珍しくしおらしい声で呟いた。

 「はー……、一回ぐらい結婚してみたかったかな」

 足を投げ出す神谷と、それにうんうんと頷く雫。

 「……あのー、それ公式発表とかしないんスか?」

 思い切った調子で、若葉が疑問を口にした。

 全員が若葉を見て、それから画面中のリッキーを見る。考えれば当然周知されるべき事柄であるから、疑問に思うのは当然だったが、リッキーは変わらず明るく快活に応えた。

 「HAHAHA! これ、レベル11、カラーはブラックに指定しちゃったからね」

 「は?」

 「トリノスケールさ。小惑星の衝突などの事態に対して、危険度が設定されていてね。レベルは1から10。レベル10のカラーレッドは、『小惑星の衝突は確実である。それが陸海いずれで起こるにせよ、文明の存続が危ぶまれる程の全地球的な気候の壊滅的異変が起こることが明らかである』っていうレベル」

 雫が小首を傾げながら口を開く。

 「えっと、じゃあ11って……」

 「『人類の滅亡及び地球の壊滅がほぼ確実だが、科学的回避手段が何ひとつないため、公共機関への警告はしない。アーメン』っていう特別レベル。とりあえず設定はしたものの、いつ使うんだよ!って関係各所からツッコまれたジョークみたいなレベルさ。実際指定する日が来るとは思わなかったよ!おかげで職員一同、ビーチで遊び呆けてるのさっ! HAHAHAHAHA…………」

 さすがにリッキーの笑い声も乾いている。

 横からレオナが口を挟む。

 「唯一の救いは、一瞬のうちに滅亡が訪れるってとこやろな。ある意味せいせいしまっせ~……」

 仏間の一同に、セリフ終わりの沈黙が重くのしかかった。

 重い空気に切り込むように、カノンが画面に向かう。

 「……それで? 私たちにどうしろと?」

 七人衆が眼を上げた。

 視線を受けて、ふと黙る四人の美少女キャラ。

 「……そなたらに、ラーフラを倒してほしい」

 高賢たんが重々しく口を開いた。

 「おいおい……マジかよ?」

 「私たちでどうにかなる相手とも思えませんが」

 「それこそ神話レベルの話だろう。神仏に頼めよ」

 キリとメイ、そしてアユイが呆れたように応えた。

 「神仏は在る。だが在るのみでマクロの事象でしかない。膨張を続ける宇宙の果てにおいて、宇宙はそれ自体の重みで球形を形づくる。神仏はその球の外に、ただ在るのみ」

 「結局のところ、現世のことは現世で何とかせねばならん、ということよ。こと法力において、我らのような行者にしか扱えず、戦となればそなたらほどの手練れは現世におらぬ」

 高賢たんと蒼海たんの言葉に、アユイは肩をすくめた。

 「法力は水と同じく方円にしたがうもの。現実の戦いでもあり、最も望まぬものを見るイメージの戦いでもある。恐らくそなたらにとっては……傷として残る、最後の戦いが再び現出すると思われる」

 高賢の言葉に、七人衆が全員顔を上げた。

 画面が切り替わり、鬼神となった大宅中将光圀、山城光成、そしてその配下の鬼たちの軍勢が表示される。

 どこで調べたのか、画面に映っているのは、確かにあの大宅太郎と山城であった。領民を人質にとって、姫を陥れた朝廷の武士たち。唾棄すべき士道の体現者。

 一瞬にして、七人衆の重い殺気が仏間に満ちた。

 高賢たんがみなを抑えるようにして両手を振った。

 「ラーフラが羅劫にたどり着いた瞬間に、双頭の蛇がそれぞれ半円を描いて計都で飲み込みあう。円環をなした瞬間にかの事態は起こると伝えられている」

 「その前に、ラーフラとその軍勢を倒せば、ホウリキは霧散し、再び低次のエネルギーに分散する。さすればわしらの勝ちじゃ」

 高賢たんと蒼海たんが、感情を押し殺して静かに言い切った。

 メイ、マナ、キリ、トウマ、カノン、アユイは頷き、ヤミを見つめる。

 ヤミは画面を瞬きもせずに見つめる。

 「……我らがお前たちの願いに応じると思っているのか」

 「応ずるも何もやむを得んだろう。七人衆とてラーフラの滅びは免れん」

 「ラーフラによる滅びは魂魄にも及ぶ。欲界六道全て消し飛ぶじゃろう」

 高賢たんと蒼海たんも見つめ返したまま、こだまのように折り返した。

 ヤミの眉根にぎりっと険が走る。

 そこに横からポチ。 

 「そういう汚い言い方するなよ、じいちゃん。も一回姫を人質にするなんて、こいつらがかわいそう過ぎるだろ!?」

 高賢たんと蒼海たんが不思議なものを見るようにポチを見て、それから高賢たんは悲しそうにふっと笑った。

 七人衆も不思議なものを見るようにポチを見て――円海は沈痛に顔を伏せた。

 全員が当惑したような沈黙。

 「それもそうだな……もはやな」

 高賢たんがか細く呟くと、顔を上げて憑きものが落ちたように明るく言った。

 「ヤミ殿、瀧夜叉姫と空賢大師について話す、と言いましたな」

 「ああ」

 「お二方はこの日を予測していました」

 「? なに?」

 「朝廷とは最後まで削り合うことが見えていて、力で押し通せば、誰も幸せにならないことは明白だった。けれど、姫は父の将門公が始めたことを進めざるを得なかったのです」

 高賢たんは淡々と続ける。

 「衆生を救う、ということを自分の使命として考え続けた姫は、その本来の意味で、見合う能力を持つ七人衆に託し、あなた方を封印するように導いたのです」

 「導いた……?」

 七人衆は顔を見合わせた。

 最後の戦い、姫が守ろうとした領民たちに蹂躙されるのを見届けたヤミたちは、その後の封印に至った記憶を持っていなかった。自分から望んで封印を受けたアユイでさえ、なぜそうしたのか、覚えていなかった。

 「すなわち、瀧夜叉姫と空賢大師は、ラーフラの阻止を千年かけて整えたのですよ。千年の後、怒りが消えないのは姫にとっても我らにとっても誤算でしたが」

 高賢たんが軽く笑って肩をすくめ、ついでのように付け加えた。

 「先ほどの方曼荼羅がありましたな。阿鎖奈祇流において、空賢大師は北斗妙見の応身でありますが、一字金輪の大日如来の応身は、瀧夜叉姫なのです」

 ヤミを除く七人衆に当惑が広がった。

 姫を滅し、我らを封印した阿鎖奈祇流が、姫を奉じる?


 ――ヤミは眼をつぶってしばし考えこんでいた。

 「ひとつ、聞こう」

 「なんなりと」

 「なぜ、最初にそれを言わなかった?」

 高賢たんは少し言い淀んだ。

 「それは……この出来事が済んだら否応なくわかるでしょう。空賢大師は姫ほどの力を持っていませんでした。その末裔たる我らもまた」

 高賢たんは苦しそうに息をつき、言い継いだ。

 「相応のものを用意せねばなりません。七人衆の側支えをするからには……お笑いください」

 ヤミは腕を組んで考え込んだ。

 様々に足りないピースが一気にはめ込まれたが、それでもわからないことが多い。ただ、高賢が嘘を言っていないのはわかった。未曽有の危機であることもまた。

 ヤミが顔を上げる。

 「最後の戦いにもう一度臨んで勝ってこい、ということだな」

 「はい。叶うならば」

 「それがこの世を救うと」

 「我らはそのためにいますれば」


 ポチが両腕をぐるぐると振って割り込む。

 「あのさ、そういうわけでさ。その、みんなの力を貸してほしいんだ。頼む」

 頭を下げるポチ。

 一同、重ためな成り行きにしん、となる。

 七人衆もだが、ヨリシローズの面々にとっても、だいぶ重たい話である。海外旅行さえも行ったことのないのに、宇宙に飛び出してこの世を救ってくるのはアニメでしか見ない出来事である。

 ハクがすくっと立ち上がった。紅潮している。

 「って知るかぁっ! こっちは大会すぐなのよっ!」

 「いや、大会ってお前……」

「うっさい!ラブコメでもSFでも好きにやってていいから、私を巻き込まないでっ!」

 ポチのおどおどとした返事を蹴とばすように、ハクは障子を音立てて出ていった。

 あっけにとられて一同は見送る。

 「……あれ?」

 ポチが間の抜けた呟きを漏らした。



          ☆



 現在である。

 二日後の夕方、部活帰りのハクがとぼとぼと坂道を上がっている。

 ふと顔を上げると、ポチが温泉旅館たちばなの門前の向かいに立っている。

 「お、おかえり」

 「…………」

 ポチを無視して通り過ぎようとするハクだったが、門からヤミが出てきた。

 「そう邪険にするなよ」

 「うるさいな」

 「別にポチが悪いわけじゃないだろ」

 「……うるさい」

 ヤミがニヤニヤ笑いでポチに顔を向ける。

 「まあポチ、大目に見てやってくれ」

 「え?」

 どぎまぎするポチ。

 ヤミが、ハク、次いでポチを指さして頷いた。

 「こいつはな、結局ポチに甘えてるんだ」

 「はぁ!? 何寝言ぶっこいてんのよっ!」

 「そうだろ。いくら当たってもポチは文句言わないもんな」

 「ばっ、ふっざけんなっ! そんなんじゃないよっ!」

 怒りより驚きでどもるハクである。

 「はたから見りゃそうとしか思えないよ。悪いなポチ。子孫が迷惑をかけるな」

 「あー、まあ、そうですかね……」

 ハクがぎらりとポチを振り返る。

 「うっさいポチっ! 新陳代謝するなっ!」

 「それはムリだろっ!?」

 なにかこう、怒った猫のようにハクの髪が逆立っている。

 ポチはこの間ずっと、おずおずと上目遣い。

 残念な主人公である。

 「えーとその、ハクさ。色々中二展開に巻き込んじゃって悪いと思ってるよ」

 「……ふん。その通りだわ。中二漫画ばっか読んでないで、外出て運動しなさいよ」

 「お、おう。そうする」

 「深夜アニメばっか見てないで、現実見なさいよ」

 「見てないけど、うん……」

 「ネットが何よ。現実の方が……あーもう! 現実のが嫌!」

 ハクが勢いよく髪をかきむしった。

 「意味わからんがすまんっ!」

 謝り慣れた頭をタイミングよく下げたところに、ハクが叫んだ。

 「もうこれで終わりだからねっ!」

 「はっ?」

 「これで、普通の日常部活アニメにしてよ! もうバトルとか無し! いい!?」

 「いや、ええと、その……売上によるかな?」

 「だったら売れなくていい! バトンやらせろいい加減っ!」

 ヤミが薄ら笑いの顔を斜めにして、ウインクした。

 「ま、私たち次第だな」






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