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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第11話 「紳士等<シンシドモ>または夏のプールについて」
50/61

 湯~とぴあの正面ゲートでは、ポチがなんとなく落ち着かない顔で待っている。一応水着の入った袋を持ち、ぞろぞろと入っていく人々をちらちら見ながらである。どうやら騙されたのではないか? と思っている気配。


 管理センターでは、町長が中央の椅子に座って多くのモニターを眺めている。そのうちのひとつにポチが映っている。他のカメラは次々に映像が移り変わっているのに、そこだけなぜかポチのまま。

 「二次元と三次元のはざまには、構成単位がタンパク質かデータかの違いしか無いことを思い出させてやる」

 町長が重々しく唸った。

 管理センターがある棟は、全体を見渡せる敷地の東南に建っていて、最上階の三階は管理センターの心臓部、下の階は会議室やスタッフの控室になっている。二階は窓側が全面ガラスになっていて、入口と更衣室のある棟が見渡せるようになっている。トラブルはそのあたりで起きることが多いためだ。ちなみに一階は迷子センターである。

 「美少女だ。美少女の群れだ」

 二階のガラスに群がっている男たちが口々に騒ぐ。

 入口の脇では、ポチの立っているところに憑代六人、幼女七人、ノアと円海がやってきて、ポチがドッキリではないことに胸をなでおろしているところであった。

 集団の最後に、口をひん曲げたハクが、やれやれといった感じでついている。


 血走った眼を可能な限りに見開いた町長が呟いた。湯~とぴあを制御しているスタッフたちに言ったわけでもない。何か空中に向けて喋っているようだ。

 「熱き血潮の変態紳士同盟で、世界に萌えを説いてやる」

 だが、それを背中で聞いたスタッフたちが、口々に賛意で応えた。それが重なって、うわおぉぉん、という音になって管理センターを満たす。


 モニター上では、だらしない笑顔になって皆を迎えるポチである。ハクが顔をしかめている。


 「そうだ。あれが我々が愛してやまぬ美少女の輝きだ」

 モニター上であればより近しく見えると気づいた男たちが、二階から最上階に殺到していた。

 入口近くに膨れ上がる男たち。

 町長は彼らを見渡し、力強く拳を差し上げた。

 「私は諸君らを約束通り連れてきたぞ。あの愛しの楽園へ。あの美しき楽園へ!」

 男たちもまた拳を高く突き上げ、声を揃えて応える。

 「町長殿! 町長、公爵、公爵殿、自治体首長殿!(以下合唱)」

 「そして、エロースはついに天へと至り、アガペーと化す」

 コールを受けた町長は、熱唱を終えたベテラン歌手のように恍惚とした表情である。

 しかし一転、町長は顔を引き締め、男たちに向き直る。彼らの士気を鼓舞するように、両手を広げた。

 「親愛なる紳士諸君に伝達、湖緒音町町長命令である! さあ諸君……」

 天使的とも、悪魔的ともいえる笑顔を浮かべる町長。

 「楽園ハーレムをつくるぞ」

 にたり。



          ☆



 案内スタッフたちは、初日の開場とあっててんてこ舞いの忙しさである。

 チケット販売の列をさばき(販売ブースには「発売」と印字してあって、「発」のところに「販」の紙が貼ってある。オープン日まで誰も気づかない地方らしいアレである)、男女、ファミリー、子供たちの区分けと順路の説明、更衣室周りの施設と水着販売のサービス、場内の売店についてもひと通り。

 なおも追いすがって質問してくる主におばさんたちには、場内案内のリーフレットを広げながら嫌な顔もせず詳しく説明をしている。

 このあたり、町長のガイドラインはしっかりしていた。イベントスペースというのは、初めて来た時の係員の対応でリピーターになるかどうかが八割決まる。それらも鑑みて、入場口まわりのスタッフはイケメンばかりであった。忙しくてもヤな顔をしない、さわやかなイケメンたち。大体勝負は決まったようなものである。

 それもそのはず、入場口のスタッフはただのバイトではない。破格の待遇とそれゆえクレーム時のペナルティ、アンケートでの人気によるインセンティブ、食っていけないイケメン劇団員にとっては、文字通り死命を制する仕事だったのである。

 もう愛想がいいとかいうレベルの問題ではない。

 次の公演をどうやって成立させようか、と悩み苦しんでいる彼らにとって、オープン時以降の待遇もそうであったが、若干落ちるものの研修中までほぼ同額が約束されているバイトなど、猫にまたたびどころの話ではなかった。こんなバイト、振り込み詐欺の片棒をかつぐか非合法に血を売るかくらいしかありえない。しかもインセンティブまで。

 いきおい、彼らの愛想のよさは、とどまるところをしらぬ青天井になるのであった。

 「ようこそ湯~とぴあへ!」

 「ようこそ湯~とぴあへ!」

 「ようこそ湯~とぴあへ!」

 「ようこそ湯~とぴあへ!」

 「ようこそ湯~とぴあへ! あちらがフッティングルームになっております。どうぞお進みください!」

 ここは居酒屋かホストクラブかおい。

 ともあれ、笑顔のスタッフに誘導され、ぞろぞろとフッティングルームへ向かうハクたちである。


 フィッティングルームはだいぶ混んでいる。

 当然のことだが、オープン時特典として、豊富な水着がとんでもなく安いとなればかなりのサービス、女性客は真剣に吟味を始めてしまうわけである。しかも一人一着のみであるので余計。

 さすがに時間制となっているので、何とか思い切って購入して出ていくのだが、もとより引きも切らない客数であるのでバーゲン時に近い様相を呈しているのであった。


 「あ、これかわいい」

 雫が青いチェックのホルターネックを手に取って皆に差し上げた。

 「これハク似合うんじゃない?」

 ノアが黄色いタンキニと呼ばれるタイプの水着をハンガーラックから取り出す。胸の辺りを四辺形で囲い、ボトムスと輪っかでつながっているワンピースともいえるタイプである。

 「ねえねえトウマ、これ着てみるっスよ」

 若葉がとんだ面積最小限の三角ビキニを取り出す。幼女に着せるには問題がある。

 「な、なんだその服は! ふしだらなっ!」

 トウマがぶるりと震えて目を背け、若葉はにらにら笑う。

 みなが口々に言いながら、ハンガーラックから次々に取り出し身体にあて始めた。

 ――女性陣が服を選ぶのを見るのは大変よいものである。水着であればさらにプラス評価である。問題は時間だけ。合わせて十五人が水着を選ぶのに必要な時間……制限いっぱいまでは最低でも必要である。



          ☆



 湯~とぴあのメインは流れる温水プールである。そのメインプールのプールサイド。

 紺のトランクスをはき、所在なさげなポチである。

 入口でたっぷり待たされ、女性陣が水着を選ぶ間もたっぷり待たされ、予想はしていたとはいえ、だいぶ放置プレイの様相を呈している。仕方がないのでソテツの葉の数を数え始めている。

 これは残念な主人公であるためではなく、いかんともしがたいのである。女性を待つのは男たちの仕事である。ゆめゆめ怠るまい。

 「……なんか今日は一人が多いな……」

 「あれ? ポチ?」

 声をかけられポチが振り向くと、スタッフTシャツを着た男がふたり通りがかったところである。松本と石川。

 「え? あ、松本、石川。お前らこそなにやってんの?」

 「何って、バイトだよ」

 「お前こそ、なんでこんなところへ?」

 松本はだいぶ汗をかいていて、背中にTシャツがべっとり貼りついている。石川はそれほどでもないが、かなり汗ばんでいた。オープン初日、スタッフは大車輪の活躍なのだ。

 「なんでって、ハクたちに誘われて……」

 瞬間、無表情になる松本と石川。明らかに昏い怒りの表情である。

 「……なんでこう不条理で理不尽なんだ、この世界は……」

 「許さねえ。女子にプールに誘われる奴なんて、絶対にユルサネェ……」

 明るいプールサイドには似合わない、だいぶこじれた呪詛を吐き出している松本と石川である。顔に斜線がひいてある。

 そこに滅法界めっぽう明るい声が響いた。

 「待たせたな!! ポチ!」

 ヤミである。

 思わず振り向くポチたち。

 「なかなかいいな、これ」

 シチヨウーズがひと足先に登場である。ヤミを先頭に思い思いのカラフルな水着を着けている。全員かわいらしい。まあ幼女向けにセクシーな水着などあるわけもないが。

 「なんだか落ち着かんな、こんな服は」

 トウマがワンピースの脇を引っ張りながらもじもじしている。

 「おー、かわいいじゃんみんな」

 「通報しますよ」

 「なんでひどいっ?!」

 メイは平常運転である。

 「まあまあ。なかなかセクシーだろ?」

 「って言っても幼女だしねぇ。次は燕ちゃんに体貸してもらおうかな」

 アユイとマナはそれぞれ水色と黄色のセパレートトップを着け、ポーズをとってみせた。

 「おー、これがプールか。広いなー」

 「のんびりしたい……」

 キリは運動系らしく全力で泳ぐつもりで準備体操を初め、カノンは小脇に抱えたビーチマットで寝るつもりである。

 松本と石川は実にいい笑顔をしていた。


 そこに雫の声がかかる。

 「ごめんねポチくん。お待たせー」

 ヨリシローズと円海、ノアが、流れるプールにかかった小さな橋を渡ってきた。

 腰と脊椎に深刻な損害を与えそうな勢いで振り向くポチ、松本、石川。松本はよくわからない量の汗を瞬時に分泌している。

 「なかなかサイズ合うのなくてね」

 雫は大胆な黒いビキニを身に着けている。雫は比較的小柄だが、小顔で手足はすっと長いので、全体のバランスが取れている。バトン部だった頃は前列の中央を支える役どころであった。

 ――のだが、身体の黄金律を無視するように盛り上がった胸元に、どうしても眼を逸らせない。ポチたちが眼を細めたのは夏の光のせいではなく、何気にわがままボディがまぶしいからである。

 「わー、広いねぇ」

 「よーし、泳ぎまくるっスよー」

 オレンジのフレアトップが大人っぽく、長身のノアに良く似合っている。健康的で弾けるようなボディである。

 若葉は引き締まった身体のラインにぴったりしたグリーンのワンピース、最近のヒーローショーでもサービスしているわけであるが、さらに一ランク上のサービスぶりである。ふくらはぎから腿の後ろのラインは、鍛えている若い女性ならではの、頬ずりしたくなる(ここ間違い)美しい曲線であった。

 「こーゆーのが好きなんだろ!っていうドヤ顔がムカつくとよく言われるっ!」

 燕がいつもの通りなのか、それとも多少照れているのか、赤い花柄のビキニを着けてポーズをとった。長い姫カットを後ろでまとめ上げているので、いつも以上にスレンダーなモデル体型が強調され、かなりセクシーに見える。

 「んあ? とりあえず生中な? ここで頼んでいいか?」

 神谷が泳ぐ前にまずは注文である。気だるげにテーブル席に座って長い脚を組んだ。両肩を出したハイネック、白基調のボタニカル柄で、胸元が見えないゆえにむしろ巨大な質感。ボトムは両サイドをひもで結ぶタイプのビキニなので、白い脚が否応なく強調されている。

 ポチと松本と石川はいつも以上に眼を見開いて、その姿を焼き付けようとしている。

 「んー、ちょっときついですね」

 円海は青いビキニを引っ張りながら胸元を気にしている。

 「これもうひとサイズ大きいほうがよかったかな」

 Eカップではまだまだ事態は収まらない模様である。

 「……ちょっと、恥ずかしいかな……」

 アムは水色のワンピースを身に着けて、恥ずかしそうに小さくなっている。涼し気な色がかえって、肉感的なアムの身体の柔らかな丸みを強調していた。特に脇から二の腕のあたり、鍛えているし、太っているわけではないのに、みなの中ではどうにも圧倒的に柔らかそうである。

 そしてハクは、相変わらず口を曲げたままであったが、やはりそこは女子、気に入った水着を手に入れたので、かなり気分をよくしていた。身に着けているのは白黒チェックのフリルトップビキニ――と思いきや、後ろから見るとワンピースという、いわゆるモノキニの変則タイプである。正直、上級者向けと言っていい水着だが、スタイルもよく胸元も主張が激しいハクに良く似合っていた。なお、肩ひもは背中でクロスしてあって、Fカップを支えるには必須である。この苦労は女子の中でも一部しかわからない。

 「……ちょっと、何見てんのよ」

 ぽかんと見ているポチにハクがジト目で文句をつけた。

 「えっ、いや、あの、その……」

 しどろもどろになるポチである。松本と石川も顔をそむけてもじもじしている。まあ、拳が飛んでこないほどには、ハクの機嫌はよいようである。

 「しかしなんだなぁ……」

 ヤミが腕を組んで全員の水着姿を見渡した。

 「水着に首輪って、倒錯してるよなぁ」

 しみじみとヤミ。

 ――まったく同感である。


 「やほー!」

 準備運動を済ませた途端に、キリとマナが走ってプールに飛び込んでいく。

 続いて、燕と若葉とノアにプールにぶん投げられて着水するポチ。

 アム、円海、雫、それに珍しくトウマ、アユイもそれに参加してはしゃぎまわる。

 カオスになっている集団の後から、のんびり流されているヤミ、メイ、カノンにハクと神谷(お酒を飲んでプールに入ってはいけません)である。

 まさに楽園、湯~とぴあの始まりである。



          ☆



 湯~とぴあの管理棟のモニタールームでは、町長をたたえるコールも鎮まり、今はすべて稼働を始めた監視カメラの映像を全員が見つめていた。

 通常であれば、事故がないようにもしくはトラブルがないように、カメラは必要な箇所を次々に映していくものだが、何か湯~とぴあの監視カメラは様子が違っていた。

 アングルが低い。

 倍率が高い。

 ?

 結果、監視カメラというより盗撮カメラとして、客のお尻やバストショットが次々に映っていて、アイドルのイメージビデオもかくやという状態であった。オペレーターは獲物を追い求めるように、的確に魅力的な尻や胸を捉えている。

 モニターの前では真剣な眼をして映像を追っている町長である。

 そこに、次々に無線通信が入ってきた。

 『こちらポイントブラヴォー。所定の位置につきました』

 『こちらチームゴルフよりHQ。ターゲットはポイントエコーに到達』

 『こちらチームホテル。パーティが始まるぞ。用意はいいか?』

 『バックアップよりフロントフォワードへ。靴下用意して待ってるぞ』

 ゆっくりと町長の顔に笑いが浮き出てくる。

 静かに、だが力強くうなずく。

 町長のかけた眼鏡が、進軍の開始を告げるように、モニターの光を反射した。






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