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放課後、湖緒音高校の生徒会室では、第五十二代生徒会長・神楽崎燕が物憂い顔で窓枠にもたれかかっていた。
すでに夕刻近くで光も赤くはなっていたが、この時期まだまだ明るい。
グラウンドでは野球部とサッカー部が、今日の仕上げのフォーメーション練習をしている。互いに掛け合う声が遠く聞こえてくる。
燕が頭を軽く振ると、窓から入ってくるゆるやかな風に長い黒髪がなびく。
なぜ呼び出されたかわからず、ポチはパイプ椅子に座ったまま小さくなってその姿を見ていた。
正直言って、神楽崎燕という美少女は、頭脳にしてもルックスにしてもトップクラス(スレンダーでメリハリのある身体はちょっと見えてしまったし)、造作は若干「オリエンタル」ではあるが、羞月閉花ともいうべき完成形の美しさを持っている。
その彼女が憂いを含んだ表情で、姫カットの豊かな黒髪をさらり、と片手で払う姿は相当絵になるのだ。そこら辺の乳臭いアイドルなどご退場願うほかない。「大和撫子」好きの諸兄であれば、間違いなく道を踏み外すこと請け合いである。
その彼女がポチに向かって、蠱惑的に微笑んだ。
「実はな……ポチくん……?」
「あ、はぁ、なんでしょう?」
なんとなくあせるポチを落ち着かせるように、燕が頷いた。
「私は気づいてしまったのだ。根本的な問題にな」
「根本的な、問題?」
「そうだ。今まで誰も気づかなかったのが不思議なほどだ」
正面から真顔の燕に見つめられ、ポチは眼を伏せた。
軽くため息をつく燕。
「私は、これは君にも責任があると思っている」
「お、俺にですか?」
「君が最初に気づき、対処すべきだった。私からすれば、怠惰と見えても致し方ない」
「そ、そんな……」
ポチとしては話が意外な方向にそれた感じで戸惑った。
七妖封縛は確かにうまく収めたとは言えない。
出たとこ勝負のことも多かった。
が、それを予想できた者は誰もいなかったし、何とか身体を張って止めたわけで、怠惰というのはちょっとあたらないのではないか。
一方、多くの人を危険に巻き込んだのも事実で、眼の前の生徒会長もそのひとりである。しかも彼女らの問題は解決していない。十分に責められる理由はあろう。
しゅんとなるポチである。
燕はポチの中の葛藤をのぞき込むようにして続ける。
「もう遅いかもしれん。だが、何もしないよりはいい。そうだろうポチくん」
「……はい」
「君ならわかってくれると思っていた。間違いは正せばいい。間違わない者などいないのだから」
安心したように軽く息をつく燕。
それも一瞬で、すぐに真顔に戻った。
「……そう、私たちの間違い。それは……!」
ガカッと眼を見開く燕。
背景に稲光が見えた。
「能力名が無いことだっ!」
右手の人差し指を力いっぱい差し上げた決めポーズである。
ちょっとの沈黙。
「あの……ノウリョクメイ?」
衝撃から立ち直れないポチである。眼が点。
せっかく真面目に反省していたのに。
燕はそんなポチの感情は一切無視、大変な発見に欣喜雀躍しつつ、ポチの肩をつかんでゆさぶった。
「そうっ! 戦う時に叫ぶアレ! これが伝説の……!とか言う時のアレ!」
「え、ちょ、ち、ちょ、先輩?」
がくがく。
「いいか! 勘違いしてくれるなポチくん! 私は何も、中二をこじらせてるだけでこんなことを言っているわけではないんだ」
がくがく。
「……こじらせてはいるんだ」
燕が唐突に両手を胸に当てて、ひとりで回想シーンに入る。
「先日の戦闘を思い出してくれ」
「いや、俺最後しか知らないし……」
燕は聞いていない。先日のバトルシークエンスが気になって仕方がないようである。
「な? 能力名を叫ばないから、戦闘の合間にちょこちょこ会話するはめになるんだ。これから攻撃! 戦うぞ! という高揚感がないんだ。七妖とか言っておいて、能力名もないとは何事だ!」
「何事っていわれても……」
もはや収集がつかないのはわかっていたが、ポチが抵抗を試みた。
「そこで私は考えた! 見たまえポチ君っ!」
まあ無視である。
燕は窓辺からポチの横を通り、片側の壁に沿っておいてあったホワイトボードを引きずり出した。
ポチを得意そうに見ながら、バンバンと二度叩きボードをひっくり返す。
がくんとポチのあごが落ちた。
六つの名前が書いてある。
■ヤミ
月夜に奔る禍つ涼影 「ライムライトファントム」
■メイ
水面を震う訃与の鈴の音 「シングリンクウェイク」
■マナ
荒ぶ天魔に憐れみを 「グランドセイクリッドレイザー・ツヴァイ」
■トウマ
焔纏いて涙を濯ぐ 「カウロン・パイロン」
■キリ
息吹く緑に裂きて散るらむ 「アルケイルスラッシュ」
■カノン
世の理の外への扉 「パンドゥラ」
なぜか能力名と共に、大妖たちの一枚絵が次々に映る。
ヤミはいつもの白服、背景も焦点を結ばないほど壮絶な速度で移動しているその一瞬、鋭い眼で敵をにらんでいる姿。凄絶な美しさ。
メイは蒼い夜を背景に、同心円の波紋がわずかに起こる水面に立ち、眼の上に鈴をかかげて顔を傾け、左眼で突き通すようにこちらを見つめている。静止の美しさ。
マナはぴったりした服で身体を包んでいるが、戦闘中のためそこここが破れ血が滲み、足は深いスリットが入ったような姿。総攻撃に移る手前、鞠を身体の前面に集めて手を広げている。高揚した美しさ。
トウマはなぜかビキニアーマーちっくな服を着て、扇で竜巻を起こしている。空全体に巻き起こる炎と彼女の赤毛が相俟って、曼陀羅のような美しさ。
キリは組み合わせた両手に円輪を持ち、半眼で敵を観じようとしている。背景には緑なす山々が連なり、彼女の、そして全ての人々の力の源を示す、決意の美しさ。
カノンは、黒々とした背景の中に立ち尽くしている。黒の中には何か恨みか怨念かのような邪なものが見える。しかし、彼女は決して譲らず巻き込まれず、凛と立ち尽くしている、存在の美しさ。
それらがかなりうまい作画監督の手で、かつかなりうまい特効さんの手でハーモニー処理されていて、いかにも出崎調の能力バトルもの版権イラストのような絵が次々によぎっていく(ここ大体間違い)。
とまれ、ポチとしては挨拶のしようもない提案を受け、唖然としている。
一方、むっふーとドヤ顔の燕である。
ようやくポチが言葉を絞り出した。
「……いやあの、先輩、これ……どうするんすか?」
「何を言ってるんだ!? そりゃもちろん、叫ぶんだよ」
「な、なんで?」
ポチの頭の上にクエスチョンマークがばばっと並んだ。
燕はちっちっちと指をふり、ポチを諭すように言う。
「変身バンク必要だろ! 必殺技バンクも必要だろ!」
「えー……何の心配?」
「サンパチで動きまくってるように見せたいだろ?」
「サンパチ」
ポチは眼を見開いたまま固まった。
えーと。
これ、どうすればいいんだ?
――神楽崎燕は申し分ない美少女である。口を開かなければ、だが。
☆
その時、がらりと生徒会室のドアが開いた。
藤代若葉が入ってきた。
「ちょっ! 変身! 変身って聞こえたっスよ今っ!?」
なぜかざっと身構える燕である。
「変身は一瞬の美! 0.007秒で行われる粒子再構成方式こそ王道! つまり!」
ばばばっ! と例のオリジナル変身ポーズを決める若葉。
「鋼・着! これっス!」
ヒーロー脳である。
こちらもドヤ顔である。
若葉の背後にはメタルヒーローのイメージ(黒目線あり)、燕の背後にはステッキのみ徒手格闘系魔法少女のイメージ(黒目線あり)が現れて睨み合った。
「だめだだめだっ! 「癒着!」とか「横着!」とかネタにされるに決まってる!」
「そっちこそ服がいったん脱げるじゃないっスか! これ以上規制くらいそうな表現増やしてどうするんスか!」
「そこはむしろ攻めなきゃダメなんだよっ! この規制だらけの世界に祝福をっ!」
燕が突如画面に向かってウインクした。
「TVではT光で飛ばすけど、BDだとちゃんと色ついてるからねっ!」
一体何を言っているのかよくわからない。
「そういうこと言うからエロゲ原作とか言われるんだよっ! オリジナルなのに! むしろエロゲになってほしいのにっ! お願い〇トロプラスっ!」
ポチがやけくそになってわめく。
「逆ってすごいな! なにそのトランスフォーマー現象!?」
てらってらな笑顔の燕。
「あ、あの~」
開いたままのドアから恐る恐る生徒会室に雫が顔を出した。
ぴたりと騒ぐのをやめる三人。
「あれ、あの、若葉さん? 話はした?」
「……あー、そうだったっス。ポチくんに用があったんス」
「なんで忘れちゃうの?」
思わず笑った雫に、きょとんとするポチである。
「おじいさまが呼んできてほしいって。燕さんも」
☆
湖緒音高校の外周である。
正門近く、黒塗りの車が止まっている。後部座席は濃いスモークがかかっていたが、今はわずかに開いている。
そこから外を見ている眼鏡の男がいた。
若干小太り、というか中年太りという感じだったが、痩せれば結構な正統的美男と言えそうな中年である。
湖緒音町長、柏木美星(かしわぎ・すたあ)である。
恐らく名前から想像はつくだろうが、「セフレマート」の藤代豪邪須と盟友である。ふたりが名前のせいでつらい少年時代を過ごしたのち、ある時一念発起し、それぞれが今や湖緒音町限定ではあるが位人臣を極めているのは、筆舌に尽くしがたい苦労があったのだった(もちろん美談ではナイ)。
「……あれが、そうか……」
ひどく冷たい眼で正門を見ている。
昇降口からは、頼りない感じの少年がひとり、そして彼を囲むように様々な美少女・美女が歩いてくる。揃いも揃って首輪付き。
と、正門前で墨染めの衣に身を包んだこれまた美少女が合流した。
何事か話すと全員が驚き、ひとりがいきなり少年の首を絞め上げ、投げつけ、たたきつけ、マウントを取って殴り始めた。なぜか誰も止めない。
決まった時間になったのか、学校のスピーカーから必要以上に物悲しいアレンジをされた「今日の日はさようなら」のメロディーが流れてきた。
「……ふっ…………」
何か納得したかのように小さく笑い、柏木町長はウインドウを閉めた。




