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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第9話 「瀧夜叉姫<タキヤシャヒメ>または絆について」
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 禁縛の反動で、ジャングルジムの上から砂場まで飛ばされ、砂まみれになっているポチである。胸の辺りがTシャツ越しに発光している。

 ゆっくりと顔を上げた。

 かつてないほどの真剣な表情であった。

 厳しく口元を引き結び、凛々しく前を見つめ、精悍な顔立ちのまま……つうっと鼻血を出した。

 「……この、変態野郎……」

 ヤミが半眼でつぶやく。

 眼の前で、ヤミを初めとして、メイ、マナ、キリ、トウマ、カノン、六人の大妖が、例の芸術的な姿で緊縛されていた。

 先ほどまでの戦いの余波で、いつもよりだいぶ服がよれていて、ありていに言えば“半裸”の美女が白い肌を絶妙に露出して縛られているというわけである。

 ポチはゆっくりと右手を握りしめ、その手を高々と差し上げた。「わが生涯に一片の悔いなしの型」である。

 「今この瞬間、何を言われても俺は勝ち組だと確信したッ!」

 ヤミが半眼のまま睨めつける。カノンは無表情のまま眼を閉じて悟りの境地である。

 「見事なりっ!」

 突然響いた大音声に振り向くポチとヤミ。

 そこには先ほどの老人ふたり、高賢と蒼海が立っていた。短い時間で山を駆け下りてきただろうに、息切れひとつしていない。傍らには円海が控えている。

 「じ、じいちゃん!」

 「じいちゃん?」

 ポチの間抜けな調子に、ヤミがポチと老人を交互に見る。余計なのが増えてうんざり、とあからさまに顔に書いてある。

 まるきり空気を無視して、蒼海が満足そうに笑った。

 「うむ。初めてなのに、太歳の縛行をこうも見事にこなすとはのう。先が楽しみじゃ」

 高賢と蒼海が眼を見交わして、大妖たちの全員が見えるところに移動する。

 「見よ蒼海。戦闘の後なので服の端々が切れているのが素晴らしい」

 高賢が顎に手をやってうなずく。

 「なるほど高賢よ。見えそうで見えない絶妙なチラリズムが表現されておるわけじゃな」

 蒼海が真剣な顔で腕組みする。

 「そして忘れてならぬのは、奴らめの表情よ」

 「然り、然り。あのように気丈な大妖どもが、気絶してぐったりしておる」

 「まるで絶頂に達した様ではないか。実にマーベラスっ!」

 「時に高賢、ここに何故か練乳があるのだが?」

 「なに蒼海貴様天才か?ちょっと待てデジカメ用意する」

 ヤミがぎぬろ、と音がするように老人たちを睨みつけた。

 「こいつら殺していいか?」

 「さようならじいちゃん」

 ポチがこくん、とうなずく。

 「待て待て我が孫っ!ジョークだって!」

 高賢はデジカメを、蒼海はM●RINAGA練乳チューブを慌てて後ろに隠した。

 「知るかっ! ってかなんだよいきなり現れてよっ!」

 「まあまあ、ちゃんと話してやる。だが、今はその前にやることがあるのだ」

 蒼海が振り返ると、円海が進み出た。いつの間にか来たのか、そばにはアユイがいた。

 「はい。これを」

 「お、お前……」

 円海が眼を伏せながら六枚の毛布をポチに渡す。

 「え? な、なにこれ。なんかずいぶん用意がいいっつーか……」

 「これを着けさせろ」

 高賢が背中の小さめのおいから、六つの法輪を取り出した。ポチが託されていたものと少し意匠が違う。

 「な、なんで俺が?」

 「それはほら、やむを得ない」

 「いややむを得なくないだろ」

 「……チッ、うるせーな」

 「態度悪いな!」

 いつもであれば、じじいが錫杖でごんごんやるところであるが、どうやら高賢に少し含むところがあるらしく、少々回り道な気配である。

 円海がその脇で下を向いている。

 高賢が思い切ったように咳払いした。

 「んんっ! ……よいか。そもそも、本来霊穴を閉じたぐらいでは、低級な動物霊や悪霊ならともかく、大妖どもの憑依を阻むことなどできんのだ」

 「え? そうなの?」

 「昔教えただろうが。だが、お前の体には七曜封縛の呪印が刻まれておる。お前を基点にすることで、限定的にだが七曜の法力が作用するのだ。だからお前でなければ、この封をかけることはできん」

 高賢がポチに法輪を押しつける。

 ポチが受け取った瞬間、高賢の眼がひどく印象的に光ったのだったが、ポチは気づかなかった。


 首輪をつけて毛布にくるまって横たわっているハク、アム、燕、若葉、雫、神谷である。首輪は前に解除されたものと比べ、金色のふち取りをされていて美しい工芸品のようであった――だからと言って、いささかも「首輪」の倒錯感は減じておらず、むしろ増していたが。

 その脇には、ちょっとむすっとした表情の、幼女バージョンのヤミ、メイ、マナ、キリ、トウマ、カノン。

 アユイが苦笑しながら声をかける。

 「ようみんな。散々な目にあったな」

 シチヨウーズの全員がアユイをじろっと見返した。なんか不公平。


 高賢が真顔に戻った。上空を見て何事か唱えると、円海を振り返る。

 「円海。頼む」

 「はい」

 円海が進み出た。

 立ったまま眼を瞑り、小さく真言を唱える。

 ポチはその中身に気づいた。

 「口寄せ」だ……誰を?

 ……誰か、と……今呼ぶとしたら、たぶんひとり……。

 心得がなくとも、円海に薄く透明な霊体が重なるように憑依していくのが見える。

 訝し気に見ていたシチヨウーズであったが、ヤミが瞠目した。

 ゆっくり円海が眼を開く。赤みがかった瞳孔と柔和な微笑。

 「みな、久しぶりですね……」

 円海の声にもうひとりの声が重なるように響いた。

 「ひ、姫……」

 ヤミから呆然とした声が漏れた。

 優し気に大妖を見渡す瀧夜叉姫。

 ヤミたちは驚きのあまり硬直した。

 「口寄せ」の術は不便なもので、実際には任意の人格を呼び出せるものではない。ましてや千年を経て、あの世で御霊と融合しているであろうはずの姫を呼び出せるわけがない。

 にもかかわらず――それは瀧夜叉姫であった。疑いを差し挟む余地もなく、たばかられているなどと思いもしない、明らかにそれは姫であったのだ。

 アユイが地面に折り目正しく正座し、平伏した。

 それに気づいて、ヤミ、メイ、マナ、キリ、トウマ、カノンが素早く姿勢を正して平伏する。

 姫はおどけたように笑った。

 「よいのです。面をあげなさい」

 肩を震わせていたトウマが顔を伏せたまま叫んだ。

 「……合わせる顔など、ありませぬ……!」

 連なるように、キリとカノンが叫ぶ。

 「あたしはっ……姫を守れなかったし、仇も討てなかった……!」

 「申し訳……ありません、姫様……!」

 カノンはほとんど涙声だった。

 瀧夜叉姫は美しい眉をしかめて、ふう、とため息をついた。

 ヤミたちに向き直る。

 「ヤミ、メイ、マナ、そなたらもですか?」

 マナとメイが身じろぎする。

 「……はい」

 「不義不忠の身ゆえ……」

 つっかえながらふたりが応える。

 ヤミは黙っている。

 じっと頭を下げたまま、大波のように打ち寄せる感情を耐えている気配だ。身体が微妙に震えている。

 瀧夜叉姫は小首をかしげたまま、呆れたようにもう一度ため息をついた。

 「まったく。等活地獄でせっせとお勤めしていたところを、高賢殿、蒼海殿に無理やり呼びつけられた可哀そうな主君に、見せる顔などないと言うのですか、そなたらは」

 その言葉に、ためらいがちにヤミたちは顔を上げる。

 瀧夜叉姫は面白そうに笑っていた。

 「高賢殿から話は聞いています。そなたら七人、分かちがたい身でありながら争っていると」

 トウマが伸びあがるように言い募った。頬を涙が濡らしていた。

 「っですがっ! 姫があまりにもっ!」

 困ったような顔をして、姫が笑う。

 「トウマ、千年前の仇討ほどつまらない生き方もありません。そうでしょうヤミ?」

 話を振られたヤミが、ゆっくりと、ためらいがちに口を開く。

 「…………姫様ならば、そうおっしゃると思っておりました」

 茶目っ気たっぷりに片眼をつぶって、姫は満足げに微笑んだ。

 だがヤミは視線を落とし、首を垂れた。

 ざざっと足を直し、再び平伏する。

 七妖の頭として、主君に言上する形をとった。

 「……カノン、トウマ、キリこそ、真の忠士にございます。メイ、マナは私の賢しらな言葉に振り回されたに過ぎず、アユイは賢者たらんと沈黙を保ちました」

 「ふむ?」

 「此度の諍いは、私の不忠が招いたもの。姫がお望みとあらば、この首落としてご覧にいれます」

 「ほう……ヤミ、そなた、後悔していますか?」

 ヤミは顔を上げた。

 そのまましばしの間、姫をまっすぐ見つめる。

 「……いいえ、後悔など、一片もございませぬ」


 姫は嬉しそうに笑った。

 そして、一番奥に控えていたヤミのもとにゆっくりと歩いてくる。

 ヤミの前まで来てしゃがみこむと、じっとヤミを見つめる。

 姫はいきなりヤミを抱きすくめた。

 「ちょっ……!」

 ヤミが遠慮しながら振りほどこうとするが、いよいよ姫はヤミを強く抱きしめた。

 「……姫!」

 「……私は不幸ではありませんでしたよ」

 静かに姫が呟いた。

 「みながいてくれたおかげで、姉さんが私の身代わりになってくれたおかげで、私は不幸ではありませんでした」

 アユイを除く全員が振り返った。

 いま。

 いま?

 ヤミと姫が、姉妹、と。

 アユイ以外は七妖の誰も知らなかったようで、驚愕に眼を見開いている。

 姫の閉じた眼からは、涙が流れていた。

 抱きしめられたヤミが、眉根にしわを寄せて息を吐く。

 「……不幸でないなど、あるわけもない」

 「いいえ、私は不幸ではありませんでした」

 「……あるわけもない。志半ばでたおれるなど」

 「いいえ、姉さん、私は幸せだったのです」

 「あるわけもない。あるわけもない、ぬいよ」

 ヤミが姫の幼名を細く呟いた。


 かつて、ヤミとぬいは人を救いたかった。

 人がましい暮らしもできず、そこから抜け出すこともほとんどできない、苦しみの中に生きる人々。

 ヤミは、自分が人を救うのだ、と幼い頃から必死に考え、行い、鍛え、自分に可能なことをすべて数え上げてきた。

 けれど、世界を変える力など、人を救う力など、誰もが持っているわけではない。

 彼女は自分の力を冷徹に検分し、仔細に分析し、ついに決して届かないことを理解し、それが可能な妹に託した。

 そして笑顔のまま必要な礎になることを決め、暴力のみからなる最も忌避される陰行を選んだ。来るべき世界のために、すすんで生贄として生きることを選んだのだった。


 「父と私の理想は性急に過ぎたのです。むしろ更なる悲惨を呼び込むのは、ひを見るより明らかでした。けれど、みなは私の間違いに従って、その力を研ぎ澄まし、内心で苦しみながら人を手にかけていました……空賢大師さまは私の懊悩を汲んでくださり、最も誰も苦しまぬ方法を取ってくださったのです」

 姫は静かに、むしろ淡々と語っていた。

 誰もが、ポチさえも息を飲んで聞き入っていた。

 「御身の危険を省みず、ご自身の子孫さえも犠牲にして、みなが本当に役立てる場所に、少しでも幸せに生きられる場所に導いてくださったのです……『意志の重さに、同じだけ応えるのが術師であるよ』と」

 不思議な独白だった。

 七妖の恨みとは裏腹に、瀧夜叉姫と空賢は立場を逆にしながら、最も互いを理解し合っていた。ふたりともに、敵味方を問わず、可能な限りに人々が抱えた想いを救おうとしていたのだった。

 「……姉さん。私はみながいてくれたおかげで、幸せだったのですよ」

 ヤミは思い直したように、ゆっくりと頷いた。

 「ああ……さもあろう……。ぬい、私は決して、空賢を辱めぬよ。ヤツは助平で諧謔にまみれた男だったが、こと人を理解するにかけては天才だった。ヤツはお前をわかってくれたのだな……よかった」

 ヤミは肩を落として、仄かに微笑んだ。

 「もはや、千年も前の話だ。

 すべて、去ってしまったのだ。

 主上の理想も、

 空賢の心遣いも、

 人々の生も、

 我らの想いも、

 もう、時の果てに埋もれてしまった。

 ……私は、あの頃の青空を思い出せないのだよ、ぬい。

 春の空はみずみずしく、夏の空は色濃く、秋の空は遠く高く、冬の空は透明で、いつも美しかった。

 そのはずだ。

 けれど、私はどうしても、あの青空を思い出せないのだよ――」


 慟哭が、響いた。

 身も世もない、亡失の哭き声が辺りを満たした。

 いつも笑っているヤミが、身をもみ絞るように泣いていた。

 七妖たちもポチも、身じろぎさえできなかった。

 ――手に入るものはない。

 報われることはない。

 わかっていて、それでも魂さえ注ぎ込んだ。

 そして、失う。

 それに耐えきれなくなった時、人は哭くのだ。

 どこにも力が入らず、伏して哭くしかないほどの哀しみ。


 姫はヤミが鎮まるまでじっと抱きしめていた。

 そしてゆっくりと立ち上がる。

 瀧夜叉姫の顔に戻っていた。

 「そなたら、恨みなど捨て、己の生を生きよ。この世界でそなたらの力が役立つ時が来る。しばし待つのです。我らの宿命通が選んだ時を」

 「姫様……!」

 「そんな顔をしないで、キリ」

 「でも、あんなひどい目にあったではないですかっ! 救おうとしたやつらが姫様にしたことを、私は、私は……!」

 「キリ、あれは“私が”望んだことなのです」

 「えっ?」

 「人々が我らに与したことで罰を受けぬよう、そう仕向けたのです。必要だったから」

 「そんな……」

 瀧夜叉姫は眼を伏せて頷いた。

 「運もなく、浅はかでしたね。父も私も……みな、必要だと思うことをしなさい。望むことをしなさい。そなたたちにそうさせてあげられなかったこと、許してね」

 カノンが身を乗り出して叫んだ。

 「私たちは、姫様がおられなければ野たれ死んでいた身ですっ!」

 マナとアユイ。

 「拾っていただいた事を感謝こそすれ、恨みに思ったことなど一度もございません」

 「姫様の御側に仕え、共に戦えたことを誇りに思っております」

 晴れやか笑う姫に、高賢が遠慮がちに声をかけた。

 「……姫。すまぬが、もうすぐ時が尽きる」

 姫が向き直って頭を下げる。

 「高賢様、ありがとうございました……みな仲良く、息災で」

 「姫様……」

 七妖が口々に呟いた。

 「いずれそなたらが地獄へ来るようなら、飲み交わしましょう。戦ばかりでゆっくり宴の時間もなかったのですから」

 いたずらっぽく笑った姫がヤミを見ると、ヤミは眼で頷いた。

 「姫様……」

 「では、再びいつか」


 かくん、と倒れこむ円海を、高賢が脇から支えた。

 思いを噛みしめるように俯く七妖たちを、ポチは心配そうに見ている。

 と、ポチの肩に、ぽんと高賢の手が置かれた。

 「円海を介抱してやれ」

 「あ、あぁ……」

 「丁重に扱えよ。何せ、お前の許嫁なのだからな」

 「あぁ」

 頷きながら円海に歩み寄るポチ。

 「って許嫁ってなんだよ!?」

 「嬉しいくせに」

 「つーか今? この空気でよくそんなネタぶっこめんなジジイっ!」

 蒼海が心外そうにツッコむ。

 「儂の孫娘では不服か?」

 「あんたの孫かよっ!」


 アユイが立ち上がってゆっくり伸びをした。

 「やっぱりそうだったのか……」

 メイが耳ざとく聞きつける。

 「アユイはわかっていたのですか?」

 「んー、いやわかってたわけじゃないけど、空賢は我らに敵対して封印したわけじゃないだろうとは思ってたよ」

 「確かに不自然なことが多すぎですから」

 「そうだね。空賢はな……バカで助平でどうしようもないヤツ、てのは変わらないんだが、たぶん」

 「?」

 「『もし幸せになる呪いがあるなら、全力で呪っておく』てのをやってくれたんだよ」

 アユイが面白そうに笑って、月を見上げた。

 つられたように七妖が空を仰ぐ。

 公園には、レースをほぐしたような柔らかい月の光が降り注いでいる。






「ふえぇ、ってあれ、たぶんひぇぇっのかわいいバージョンだよね。ふってすごいやわらかくてかわいい感じするよね。あとゆとか。さはなんかツンデレっぽい。そういえばだめぇはらめぇになるけど、Don’tはRontになるってマジ神秘な次回『迫る戦乱の気配!鴉葉一族の脅威に、大妖は再び立ち上がる!』道路とロードの相関関係に気付いてノーベル賞とれるかもって思った小学生は俺だけじゃないはず」


それでは第10話をお楽しみに!

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