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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第9話 「瀧夜叉姫<タキヤシャヒメ>または絆について」
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 爆発に気づいてポチは顔を上げた。

 商店街の方向である。

 「ちっきしょー、あいつら……っ!」

 わずかの間逡巡したが、ポチは中央公園に向かって再び走り出した。

 少なくともヤミたちは人気のない場所に戦闘を誘導するだろう、と一種の賭けだったが、ポチは不思議に確信していた。ヤミたちも、恐らくはキリたちも、彼女たちの戦いに余計なものを入れようと思わないだろう。

 湖緒音中央公園の看板が見えてくる。



          ☆



 湖緒音町の高空に向かって上昇する、ひと筋の白い軌跡が見えた。

 幾つもの雲を突き抜け、千メートル程度。

 そこまで来ると月の皓皓とした光以外に存在するものもなく、白々とした静寂のみである。

 反転して宙に浮いたまま、眼下を睥睨する美女。

 カノンである。


 一見して、秩序を破壊する意志が見えるのはキリやトウマであったが、その実、最も自棄的な破壊衝動に陥っているのがカノンであった。

 言うなれば、ヤケクソである。

 自分たちがもはや戻ることも進むこともできないことを知り、ただ「姫の鎮魂のため」にしか自分の力の意義を見いだせていない。しかも、彼女はその力の巨大さに反して、むしろ仲間の支援に徹してきたが、その対象さえもう手を取れる相手ではなくなっていた。

 結末がより一層の虚しさしか残らないことがわかっていても、彼女の破壊衝動は止められるものではなくなりつつあった。


 山間に入り込むような形で広がる湖緒音町の全体。

 高空から見ると箱庭のようである。

 すっ、と耳元の箱に手を触れるカノン。

 「……もうやめとけよ」

 「やっ……あぁふっ……!」

 一人芝居が始まる。

 神谷の低い声に思わず空中で身悶えするカノン。顔を一瞬で真っ赤にして、浮いたままぺたりと座り込む。

 「お前ローターでも入れてんの? ひくわあ」

 「……っ! 魂魄の芯にっ、直で、触るなっ……!」

 息を荒げながら、カノンが制した。

 「あー……そういう感じなんかこれ」

 「やめっ! んはぁぁあっ!」

 「あ、わりいわりい……てかさあ、お前気の毒でみてらんねえよ」

 「なにがっ……だっ……!」

 息が荒いままのカノン。

 「お前さ、引っ込みがつかなくなってるだけだろ?」

 「何も知らないくせに」

 「そりゃ知らないよ。去年のことだって覚えてないのに、千年前のことなんか詳しいわけないだろ」

 「……話していいと言った覚えはない」

 カノンが息を整え、眉をしかめる。

 「やーさ、あたしもそーゆーとこあるからさぁ、だから必要以上に誰も彼も可哀そう、て思わないようにしてんだ。そのせいで結局足首折っちゃったわけだし」

 「話していいと言っていない」

 「でもまあ、今回のことはんな事言ってらんないぐらい巻き込まれてるからさ。言わせてもらうわ」

 「黙れ」

 カノンが強めに声を出す。

 それは高空の静寂に響き渡り、奇妙に寂しげに聞こえる。

 「んー……お前、スネてるだけじゃん」

 ぴくりと反応するカノン。

 「えーと、姫様を殺されて? 千年封印されて? ほんで仇討ち? ぶっちゃけ、どこに町を壊す理由があんだよ。ただの八つ当たりの憂さ晴らしじゃねえか」

 「うるさい」

 「……ガキが駄々こねてんじゃねえぞ」

 神谷の声がさらに低音になった。

 「生きてりゃ嫌なことも辛いこともあるに決まってんだろ。いちいち仕返ししてたってキリがねえ。まず最初に、お前は姫を悼め。泣け」

 「……」

 「ちゃんとぐずぐずになるまで泣け。それでも残ってたら、強い酒飲んで息を止めて走れ。何回もやれ。眠って起きたら、お前を思ってくれる奴とゆっくり飲め。飲んで忘れろ」

 ぶっきらぼうに言う神谷。

 身体は精神を裏切るようにできている。だからこういう時には、それを使ってわからなくなるまで酩酊しろ。悲しみに引きずられるな。

 カノンは眉間に癇を寄せた。

 「私、十七」

 怒りをほとばしらせたまま呟いて、耳元の箱に触る。

 カノンのもうひとつの奥義。

 前にも言った通り、カノンは触らないと収納できないのだが、自分が触れたものに意を通じておくことで、短時間だけ操作できる。

 いま、湖緒音町の山々に、“力”がつながった矢じりを打ち込んであり、“力の網”で四方から土壁を持ち上げて全てを土砂で埋め尽くす、奇襲用としてはこれ以上もないほどの策を実行しようとしていたのだ。

 じりじりと土壁がせりあがってくる。

 それらが自重に耐え切れなくなった時、山津波が起きる。

 「じゃあ、コーラでも飲め。愚痴ぐらいなら何日でも何日でも聞いてやる」

 一瞬、カノンがぎゅっと眼をつぶった。

 それは神谷の声だったが、カノンの内心の声でもあった。

 誰かに言ってほしい言葉だった。

 最後に残った何かを、誰かに肯定してほしいそれだった。

 しかし、ゆっくりとせり上がっていく土壁は、もはや自身の意志のように伸びあがり、湖緒音町を押しつぶすべくそそり立つ。

 「もう、遅い」

 「あ? 遅くなんかねえよ」

 同じ光景を見ているはずの神谷が穏やかに返した。

 「……どうしていつも……」

 「ふん? しかしあれだな、いい仲間じゃねえか」

 「仲間?」

 「ぶん殴ってくれる仲間ってのは貴重だぞ」

 神谷の言葉が終わる間もなく、真下からカノンをめがけて流星のような勢いで突き上がる光があった。

 ヤミである。

 「ヤミっ!」

 カノンが視認した瞬間、ヤミのバトンがカノンをしたたかに打ちすえた。奥義発動中であるカノンは、かろうじて両腕を交差して防御する。

 「おいおい、町ごとぶっ壊されたら大福も食えないし、あのうざったい十二神将もいなくなっちゃうだろ」

 にやりと笑うヤミ。

 カノンは痛みで両腕を握れない状態だったが、むしろより一層ヤミを鋭く睨みつける。

 でもここで、ヤミの一人芝居。

 「……あー、だめだ……」

 ハクの声である。

 「あ? なんだよ?」

 「もうだめ。このなんちゃってシリアス中二展開についていけない……」

 「お前な……」

 「もーヤダ! カッコつけたセリフとか哀しげな表情とかうざい! 日常を返せ!」

 ハクが空気を読めない感じで開き直っている。

 「いやあの、だからさ」

 「っていうか、なめないでよ!」

 カノンは、ヤミの突然のノリツッコミ?を訝し気に見ている。まあ、よく考えると先ほどまでカノンがそんな感じだったわけだが。

 「あんたらの事情も設定も分かったし、同情しなくもないよ!? 私だってわかってるよそんぐらい!」

 「いや、いやさ、あれえ?」

 ヤミが若干あたふたしている。

 「でも結局、都会では自殺する若者が増えていても、問題は今日の雨に傘がないことなんだよ!」

 ……だいぶ、バトルアクション要素が削られている。

 月が青い光を照らす高空で、井上陽水。

 土壁まで呆れたように動きを止めていた。


 「だから、なんだっ!」

 カノンが叫んだ。

 「姫様を助けられず、仇も討てず、何一つ為せないまま死んでいくのか私はっ!」



          ☆



 湖緒音中央公園の児童遊園のジャングルジムの上。

 金剛杵を握って結跏趺坐、眼を閉じて真言を唱えているポチである。

 宿曜計が七曜の配列を示し、キリキリとねじを巻きあげる音がする。

 パッと眼を開いたポチが、金剛杵を振り上げた。

 「陰行、水行、金行、火行、木行、土行、黄道と白道を縛と成して禁ずるっ!」

 金剛杵が空中を穿つ。

 六色の光が空中から噴き上がり、湖緒音町の四方へ向かって伸びていく。



          ☆



 サブグラウンドの中央で、ふとマナが顔を上げる。

 「あ、来たかぁ」

 肩をすくめて笑うマナを黄色の光が包む。


 商店街に屋根に落ちて、瓦礫に埋もれているトウマを朱色の光が包む。


 湖緒音高校の校庭で、意識を失っているメイを青い光が、キリを緑色の光が包む。


 「アユイのヤツはわかってたみたいだけどさ」

 「……なにを?」

 言いよどんで、少し首をかしげるヤミ。

 「……あいつはさ、私たちを助けたんだよ。たぶん、姫が望んだんだ」

 「助けた……?」

 空からは、黒い光と白い光の奔流が降ってくる。

 すみれ色の瞳をにじませているカノンを甘やかすように、ヤミは微笑んだ。

 「まったく、おせっかいな変態坊主だよな」






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