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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第9話 「瀧夜叉姫<タキヤシャヒメ>または絆について」
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 湖緒音町は、商店街とわずかな飲み屋街、山に向かった道に沿って古い家が並ぶ一角と、駅から見て海岸沿いに連なる住宅街、その中間の低い丘陵を造成して作られた新興住宅街と、だいたい三つの部分から成っている。

 ノアも住んでいる新興住宅街は、車で三十分ほどの某財閥系大手電機メーカーの支社と工場ができた時に、関係者を収容するためにできたものの一部である。元からある町と細かい齟齬はあるものの、だいたいは調和を保っていて――支社と工場を作るということは三千人ほどの職場ができるということで、その家族も含めたら一万人以上の人間が増える。当然ライフラインはもとより、保育園や学校、役場や警察署や消防署、ポン酢を売っている店とポン酢を供給する仲卸(ポン酢は至高である)、暮らしていくのに必要な二次的なライフラインも即必要になる。

 それが幾つもの市町村にまたがって「細かい齟齬」で済んでいる、という時点で、やはり腐っても財閥系というか、進出にあたって、物理的な対応とお上への根回しについて、一定のマニュアルがあるのだろう。

 ちなみに、こうした町づくり、いわゆる「都市計画」は首都圏でいくつも実験されてきたものだが、成功していると言えるのは「常盤台」と「ユーカリが丘」だけと言っていい。


 さて、その新興住宅街の一角、十二神将の因達羅の家である。

 彼女はまさに御母堂と風呂に入っていた。

 「……しーち、はーち、きゅーう、じゅう!」

 ざばあっ! と勢いよく立ち上がる因達羅である。

 「もうちょっとつかりなさいな」

 御母堂が言うのも聞かず、髪の毛をぶるぶるっと震わせて、湯滴を弾き飛ばす因達羅。

 バスタオルを肩にかけて仁王立ちである。

 「なかなかいい湯であった!」

 「ちゃんと拭いてほらっ」

 間髪を入れず、わしゃわしゃと母親に頭をもまれた。

 「むっ! 母上、くすぐった、くすぐったいよママ~」

 「よっし! はい終了!」

 下着をはかせて、ぱん!と軽く尻を叩くママンである。少し吊り気味の猫目とショートカット、歯切れのいい言葉遣いとで軽快な若妻である。若妻は概していいものである。(ここ間違い)

 因達羅はバスタオルを肩にかけたまま、リビングに移動する。火照った身体に除湿の風が心地よい。

 「むふー」

 ふと窓の外を見ると、夜空では月が輝いている。

 と、月の横にもうひとつ小さな月が浮かび上がる。が、何か不思議な圧力がかかったように、小さな月は虫食い状に削れて消える。

 次いで、その周辺で再び光が瞬く。明らかに連続した爆発が生じている様子だったが、音がしないので因達羅にはそれとはわからぬようである。

 「なにあれ……?」

 ぽかんと口を開けたまま眺め、それから気がついたようにヤクルトを一気飲みする因達羅であった。



          ☆



 湖緒音町の大井山、ポチの家の裏山の上空。

 どうんっ!と腹に響く重低音が連続して響き渡り、時々稲妻のような閃光が走る。

 歯を食いしばり、憤怒の形相で空中に浮くトウマ。

 「おおおぉぉぉぉっっっっ!!」

 ささらを箒の形にして上段に振りかぶるなり、何もない空中を連続して薙いだ。

 そこに四方から砲弾のように撃ち込まれる鞠。

 トウマとマナの戦場である。

 どうやって察知しているのか、トウマは的確に七つほどの鞠をはねあげるように打ち返した。

 驚くべきは、空中で動かないままそれを実行しているということだ。足場がない以上、空中移動する推力をXYZ軸に対して正確に同じだけ逆方向に充てるという、精度の高いカウンターを当て続けている。

 山の斜面を背にした防御姿勢は衝撃でわずかに動くだけ、そのおかげで鉄壁の守りを保持していた。

 だが、先ほどの鞠はすべて陽動に過ぎず、ひとつだけ、色の違う本命の鞠がトウマの背中側、斜め下から襲いかかる。トウマはそれも観ていたようで、身体をひねって後方に回転しながら、箒を鞠にたたきつけた。

 鞠と箒は互いに譲ることなく、真正面から力をぶつけ合い、金属を削るような音と火花を巻き散らす。

 「おおおおっっっっ!」

 トウマの雄叫びと共に、鞠は一直線に落下し、斜面にクレーターじみた穴をあけた。

 一拍遅れて轟音。

 トウマは回転した際に上方にマナがいることを見定め、はじけるように右斜め上に飛んだ。

 「っ!」

 隠形を重ねて動いていたマナが、一瞬驚いて身体を固くした。

 が、すぐに意識を戻す。

 横に滑るように動き、同時に鞠を三方向から放つ。

 そのわずかの間にトウマは間合いを詰め、箒を大きく振り回した。

 マナの頬をささらの先がかすめたが、あまりの鋭さに切れた傷口が焼けて、血も出ない。

 追撃しようと睨めつけたトウマに上下と横から鞠が飛来した。

 上下から来る鞠を、身体をひねってよけたトウマだったが、横からの鞠には箒も間に合わず、肩で受けた。

 炸裂弾のような、割り裂ける音が響いた。

 煙があたりに立ち込める。

 視界を確保するべく、マナが警戒しながら再び上方に距離を取った。

 ゆっくりと煙が晴れていく。

 爆発の中心部に、トウマがマナを見つめたまま浮いていた。

 肩口は血に染まり、右手を垂らしている。

 

 「……これ、もうやめない? トウマ」

 マナの穏やかな物言いに、トウマは芝居がかった様子で唇の端を上げた。

 「たわけが。言葉で止まると思うか?」

 マナが肩をすくめた。小首をかしげて言う。

 「あー、……やっぱり?」

 微笑みを残したまま、す、と構えるマナ。

 トウマはそれを見上げ、ゆっくりと再び構えなおした。



          ☆



 メイである。

 空中で眼をつぶって、周囲の空気の動きを観じている。

 両手をあわせて口元を囲うようにして、全方位に意識を広げているのだ。

 すでにキリからの攻撃を幾度も受け、かわすというよりいなしていた。

 と、そのメイめがけて、低空を飛来していた円輪が一気に甲高い音に変わって飛び上がってくる。

 ちりん、と小さく鳴るメイの鈴。

 空気の塊がその局地的な圧力で円輪を阻み、飛ぶ方向を少しだけ変える。

 メイは、眼だけをわずかに飛んできた方向に向けた。

 キリの姿は当然すでにない。

 先ほどからキリの円輪の攻撃は単調な繰り返しだった。

 キリの武器は個別の戦いにはそれほど向いていない。意のままに操れるとしても、メイと相対するとしたら、全方位の守護陣のどこか一箇所を、力押しで突破するしかないのだ。

 しかし、先ほどから押してくる気配はなく、狙いさえも致命から微妙にずれている。

 キリらしくない。

 つまり、そろそろ仕掛けてくる、ということだ。

 そんなメイの観想に呼応するように、下方からキリが一直線に飛翔してくる。

 メイの至近距離で先ほど弾かれた円輪をつかんだ。

 そして、円輪を支点にするように身体ごと斜めに回転、遠心力も倍加した円輪を、再度メイに投げ放った。

 キリはこれを狙っていたのだ。

 何度もメイに弾かせエネルギーを蓄積しきった円輪を、自分のスピードと質量を載せて、できるだけ近くでメイに投げ放つ。

 円輪は寸分たがわず、メイに身体の中心線に飛んだ。


 キリの出現とほぼ同時に、メイは鈴を鳴らし、何層もの空気の障壁を叩きつける。

 しかし、常ならず円輪に込められたエネルギーが、きしむような音を立てながら空気の層を切り裂いていく。

 円輪を止めるために、次々に空気圧の塊がかぶせられていく。

 さらに、それを切り裂いていく円輪。

 ――ひとつふたつの鈴の音は涼やかで美しい。数十でもあれば澄んだ賑やかな音。が、それが数えきれないほどであれば、空気中に満ちる高音は、それとは気づかない轟音である。音の結晶が空中できらめきながら破砕していくような、物理的な圧力である。

 大井山の西側斜面は、風もないのに木々が吹き倒されんばかりであった。


 空気の障壁のついに間に合わず、最後が砕けた瞬間、メイはとっさに手をかざして円輪を受け止めた。

 その勢いはほとんど落ちず、メイは身体ごと空中から斜面へ押し戻され、そのまま数十メートルほど押され、大木を背にしてようやく止まる。

 円輪を受け止めたメイの掌からは煙がたち、同時に血がしたたり落ちていた。

 「スイングバイ方式ですかね……キリはどこで学んだんでしょう」

 メイが不思議そうに独りごちたところに、頭上からキリの声が降ってきた。

 「……なんで邪魔すんだよ、メイ」

 見上げると、キリが腕組みをして困ったような怒り顔で見ている。

 「……なんででしょうねぇ」

 ため息まじりのメイ。

 穏やかな調子とは裏腹に、円輪を眼にもとまらぬ速さでキリに放って返す。

 難なく受け止めるキリ。

 「正直、私にもよくわからないんですよ」

 「だったら、何で私たちの敵になるんだよ」

 キリが切羽詰まったような雰囲気のまま問い詰める。

 珍しくおどけるように頭をかくメイ。

 「敵になったつもりはないですよ。成り行きです」

 「なんだよ、成り行きって」

 「……なぜ我らは憑代がいないと自分の姿を保てないのか……いえ、違いますね、なぜ憑代がいるおかげで姿が保てるのか、ですね」

 「……わかるように言えよ」

 「本来我らは生きていられるはずがないのです。違いますか?」

 「……」

 「それがなぜか生きている」

 「それが現実だろ」

 「憑代を探せ、と我らは教えられていなかったのに……キリはなぜ憑代を探したか覚えていますか?」

 キリが頭をかきむしって鬱屈を振り払うように叫んだ。

 「あああーっもうっ、応える気がないならもういいっ。そこどけよ。そしたら見逃してやるからっ」

 ピクリとメイは顔を上げた。

 セルリアンブルーの眼が光る。本来の冷たさが香る氷点下の視線だ。

 「……心外ですね」

 「あ?」

 「私が命冥加で戦いを放棄している、と?」

 「なんだよっ?」

 メイが冷たい微笑を浮かべた。

 「私はあなた如きに見逃してもらうほど、腑抜けた覚えはありませんよ?」

 キリは眉根にしわを寄せて顔を伏せた。

 「ばっかやろ……」



          ☆



 中央公園の高空。

 瞬間移動のごとき速度で空中を駆け抜けるヤミ。あろうことか、時々に無減速停止をかけながら、方向を変えている。

 カノンは三次元の弧をなめらかに描きながら、空中のヤミと一定の距離を保っている。近くであればとても眼で追えない動きに、死角を取らせないためだ。

 互いにすごいスピードで交錯しながら、有効打はない。スピードと点の攻撃に対して、「ヤミがいるであろうところ」に、五月雨式に面の攻撃。

 ヤミにしてみれば、うかつに飛び込めば、自分のスピードがそのまま全身のカウンターになってしまうのだ。

 そして、カノンの予測弾道は精度が高い。ヤミの到達点はほぼすべて予測されている。

 負担は大きいが、無減速停止を使って、カノンの「領域」を避けるしかなかった。

 「ちっ!」

 カノンの両耳にある黒い小さな箱から、微細な針が無数に吐き出された。雲のようなそれに身をさらしたら、全身がぐずぐずになる。ありえないサイズのニードル・ガンである。

 バトンを瞬時に手元で回転させながら離脱。それでも足先が触れたようで、高い防御力を誇る服の一部がささくれた。

 急加速で下方に逃れようとすると、カノンの視線が追ってきた。耳元に手をやる。

 黒い帯のように、矢がヤミの頭上と足元に放たれた。

 危うく飛び込みかけて、急停止するヤミ。

 その視界が巨大な岩でおおわれた。

 停止した一瞬を狙い、ヤミでさえ対抗できない絶望的な質量で押しつぶす。

 逃げたところで、恐らくどの方向にも罠が張ってある、チェックメイト。


 だが、ヤミもそんじゃそこらの脳筋ではない(ほめている)。

 空中でヤミはぐぐっと体を丸め、力いっぱい岩を蹴った。反動で一気に地上に達すると、再びヤミは飛び上がった。全力でバトンを岩に突き通す。

 大音響とともに岩が砕ける。

 待ち構えていたカノンの虚をついて、左後ろの下方からヤミがバトンを叩きこんだ。

 瞬時に巨大な方天戟を出現させてカノンが受ける。

 そして衝撃を受け流すように、方天戟ごとくるくるんと後方回転しながらだいぶ吹き飛ばされた。無表情なままだが、若干むすっとしているようだ。

 直接攻撃の相手には負けようもない手管を繰り出して、なお傷ひとつつけられないわけで、カノンといえども不機嫌になろうというもの。

 キッと顔を引き締めて、カノンが停止した。

 方天戟を構える。

 「おいおい、無茶すんなよ」

 「……してない」

 小さく呟くなり、カノンがヤミに剣戟を挑んだ。

 力まかせではなく、戟の自重を使った円を描く攻撃に蹴りを加えて、不断のコンボである。あたかも能の舞のような美しさを感じさせる。

 だが、ヤミにしてみれば、直接攻撃は最悪の一手となる。相手の攻撃に合わせることはできるが、どの道叩き潰すことが可能なヤミにとって、攻撃をしてくる手足武器はそれ自体が的であるからだ。

 ヤミが戟を狙う、と見定めたカノンが耳元の箱を触ろうとする。

 それを察知したヤミは大きく跳び、間合いを取った。

 「駄目だろ。ここだけ見たら普通のバトルアニメだと思われるじゃないか」

 「だったらおとなしく引っ込んで、ラブコメでもしてればいい」

 「ラブコメは御免だな」

 苦笑するヤミ。カノンは硬い表情のまま。

 「カノンたちも攻略可能キャラだっていうんなら、ラブコメもありか?」

 「……そう。姫の仇を討ったら、考えてもいい」

 ヤミは少し肩を落とした。ため息をつく。

 「なあ、姫が今のお前を見たら何て言うと思う?」

 「そんな仮定に、何の意味がある?」

 カノンの姿が半透明になり、す、と消える。

 「わからなくても、かまわない」

 消える瞬間にカノンが小さく呟いた。

 「……あのバカ」

 ヤミは眉をしかめた。







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