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ポチがべっこべこになって正座させられている。
ぼこぼこ、ではなくべっこべこ。
ポチの上でひと通り道路工事でもやったような塩梅である。
「ポチ、あんたに社会常識ってもんはないわけ?」
ハクがこれ以上もなく冷たい半眼で問いただす。
「……本放送時の白い魔王のような眼で見ないで……」
「まがりなりにもさ、他人さまがこれだけ大勢いる中で、幼児園児に襲いかかるとか、正気じゃないよね?」
ヤミが面白そうに付け加える。
「字面だけでもPTAが難色を示しそうだな」
「マスゴミも印象操作する必要ゼロですね」
ヤミ、メイ、マナがそれはもう面白そうに笑う。
騒ぎになりかけて(どちらかと言うと、宮毘羅に襲いかかったことより、その後のハクによるポチへのせっかんのほうが人目を引いていたが)、一行は芝生を敷き詰めたグラウンドに移動していた。
グラウンドでは今日の観客たちに開放されていて、思い思いにシートを広げて昼食を取っている。
一行も三つほどビニールシートを並んで広げていて、ひとつはハク、アム、ノア、燕のヨリシローズ、もうひとつはヤミ、メイ、マナ、アユイのシチヨウーズ、最後は十二神将のメンバー、それぞれが仁王立ちでポチを囲む。
「よ、幼稚園児っていうか、大妖だから……」
「アンタそれ警察でも同じこと言える?」
食い気味にハク。
アユイが進み出て、鷹揚に両手を振った。
「まあまあ、ヤミの憑代もそのくらいでいいじゃん。空賢の裔だって反省してるだろ? ん?」
絶対の敵たるアユイのとりなしに、ちょっとうるっと来るポチである。
「お、俺……なんて情けない……女子にタコ殴りにされた挙句、幼女に慰められるなんて……おぉう……」
何か感極まって涙を流し始めるポチ。
ほとほと残念な主人公である。
と、不意に燕が真後ろを振り返って、カメラ目線になる。
「おい実況。アユイ俺も慰めてくれとか書いてるだろ。楽しそうだな」
ヤミが燕の脇から顔を出す。
「アユニーとか言ったやつ挙手な」
一体何を言っているのか皆目わからない。
アユイが朗らかに笑ってポチの肩に手を置いた。
「いいか、空賢の裔。男が泣いていいのはな、生まれた時と、大切な者を亡くした時だけだ」
「お前が笑っているいま、親は泣いてるけどな。だがあえて言おう。『それがどうした』と」
燕は後ろを振り返ったまま、堂々と胸を張った。
あまりにも凛とした立ち姿である。
「じゃあ女はどうなのよ?」
ハクが軽い疑問口調で訊くと、アユイはにやっと笑う。
「決まってるさ。女が泣いていいのはな、生まれた時だけだ」
「なんでなんで?」
ノアがにこやかに笑って訊く。ノアはこの中では、大妖と首輪にそまっていない唯一の常識人である。
アユイが片眉を上げて笑った。
「女が笑ってれば、世界はうまく回るんだよ」
ポチがふっと顔を上げた。
涙に濡れたつぶらな瞳が、ひた、とアユイを見つめていた。
その前に、これまでに登場した様々な人々の満面の笑顔がフラッシュバックする。人って捨てたもんじゃない、と心の柔らかい部分に届くような笑顔であった。
「し、師匠ォっ!!」
ぶわわっと涙を噴き出させるポチ。
燕が後ろを向いたまま眉根にしわを寄せた。
「待て。そーゆー演出は最終回にやるものじゃないか?」
燕の下に何か人名のようなものが表示されかける(?)。ヤミが慌ててエンドテロップを押し戻した(!?)。
一体何をしているのか皆目わからない。
アユイが笑って肩をすくめた。
「よせって。仇敵の子孫に師匠呼ばわりされる謂れはねえよ」
「……まあ、この犬の行く末はともかくだな、お前、何で普通に幼稚園児なんかやってるんだよ」
ヤミが呆れたように口をはさんだ。
「しょうがないじゃん。憑代探したんだけど、どうも絶えてるっぽいんだよ」
アユイが口を尖らせる。
予期しないことを聞かされた時の、ん、という沈黙が、一瞬大妖たちに訪れた。
ヤミが再び後ろを振り返った。
「あー……とりあえず処女厨に言っとくけど、私ら子供産んでないからな」
メイとマナが乗り出してくる。
「この年まで戦い続けだもん。末裔ってのは、親族の子孫だよ?」
「ロリ中古で興奮してた層には申し訳ないですけどね」
燕が満足そうに頷く。
「以上、設定補足な。後付け乙」
一体何を言っているのか皆目わからない。
「でさ、ないものねだりするより、この体でとりあえず生きていこーと思ったわけさ」
アユイがカルピスをちゃちゃっと水で割りながら言った。そのまま一気に飲み干す。
「宮毘羅。カルピスはもっと薄めぬと虫歯になるぞ。招杜羅の件を忘れたか」
黙って聞いていた十二神将だったが、カルピスには一言言わねばなるまい。因達羅が進み出た。
「あ、ああ、そうだったわね。ついうっかり。濃かったかな」
何となく笑ってごまかすアユイである。カルピスは子供の歯にはリスキーである。もちろん朝晩の各箇所十回の歯磨きをすればいいのだが。
因達羅がヤミたちを振り返った。
「おぬしら、宮毘羅と懇意のようだが」
「別に仲がいいわけではないぞ」
ヤミがうんざりと返す。
「親しげに談笑していたではないか」
「まあ、昔なじみだからな」
因達羅が下唇をきっと噛んだ。
「く、宮毘羅は十二神将の一人なんだからねっ!」
顔を真っ赤にして、ぷいっとそっぽをむくなり、十二神将の後ろに隠れてしまう。
「……うーん。悪いことしたかな」
まんざらでもない風に笑うアユイである。当然と言えば当然だが、彼女がリーダーであり、十二神将の保護者である。
「やだもー、かわいい……」
何やらほわっと呟くマナである。マナは元が巫女だったので、幼児や小動物の保護は得意というか、好きである。行状を見ればわかる通り、十分に破戒巫女だったので追い出されたのだけども。
「なんなんだ、あいつは」
ヤミが因達羅を一瞥してうんざりした顔である。
「……おまえんち、おっばけやしきー」
ぼそりとメイ。
「なぜカン太?」
カン太が出てくるあたり、結構相当現代視覚文化に侵食されている。
気を取り直したようにハクが声を張った。
「つってもさぁ、別に今はようじょなわけじゃん!」
言葉を継ぐ前にポテチを一枚ぱりっと。
「まてまて、あれはほら、力が抑えられているからだろう? 私たちに憑りついたら大人の姿になるじゃないか」
燕が割り込んだ。
「会長さん、正解ですけど順応早いですね」
「ふふふ。そういう設定、嫌いじゃない」
「会長の香ばしさはもう心地いいくらいになりました。進路とか考えてます?」
「無論だ。実家が世界有数の財閥グループだったらいいなと思ってる」
ノアが笑ってせき込んだ。
「せ、先輩。ちょっと落ち着いてください」
ハクがポテチを飲み込んで軽くため息。
「設定ねぇ。おかげでこっちは迷惑してんだけどね」
アムがちょっと反発したげに言った。
「そこまで言わなくてもいいんじゃないの?」
ハクが首を回して不思議そうにアムを見た。
「アムさぁ、なんか物分りがいいっていうか、わりとさくっと受け入れてるよね」
「先輩ほどじゃないけど」
「なあ、ヨリシロ―ズでキャラソン出さないか?」
一切流れを読まずに、眼をキラキラさせて燕。
ハクが肩をすくめた。
「昨今、音楽屋さんも大変なんです。そーゆーの、ちゃんとスポンサーが考えてますから。そんなことより、アムはもっとポチにぶち切れててもよくない?」
「お、俺かよ!」
「……別に、ポチくんが悪いわけじゃないじゃん」
ちょっともじもじしながらアムが言った。
「はぁ? アム、あんたそんなに優しいキャラだっけ?」
……いつものようにカオスになりかけた、というかヨリシローズが集まればカオスになってしまうわけだが、ふとアユイが皆をかき分けるようにしてポチの前に立った。
「ちょっとごめんよ?」
「ん?」
まじまじとポチを上から下まで眺めた。二往復ほど見てから少し考え込む。
「あ、あの……師匠?」
「師匠とか呼ぶな……空賢の裔だね、確かに。まったく、めんどくさいまじないをかけられたもんだね」
アユイはふっと笑う。
「あの変態坊主も……ここまでして私たちを助けることなかったのにな」
振り返りざまアユイが呟いた。おそらく誰にも聞かせるつもりはなかったのだろうが、ポチにだけ聞こえた。
ポチが思わず顔を上げる。
七妖と接していると何かがかみ合わない気がしてくるのだ。彼女らの性格もそうだが、なにより強大な武力を持った人間を封印する、という少し回りまわった解決策。
そんな手段を取る必要があるとは思えない。物量でかかれば全員を倒せるだろう。難しいことだし、犠牲も多いだろうが、厄神というわけではない。どこかで終わりはつけられる。そのほうが施政者にとっては安心かつ有効のはずだ。
思わず声をかけようとしたポチを一顧だにせず、アユイは十二神将の幼女たちに向かって、陽気に大声を張り上げた。
「さあ飲もう飲もう! 憑代も七妖も十二神将もみんな集まれ! 炭酸は骨溶かすからあんまり飲んじゃだめだぞ!」




