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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第6話 「霞音<カノン>または自己犠牲について」
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 温泉旅館・たちばなの前では、「柚子乃葉」看板娘の柏原雫が湖緒音大福を届けにきたところである。お客さんのお茶うけに日々まとめて買うのだが、時々こうして雫が持ってきてくれることがある。

 「毎度ありがとうございます」

 「なに。こちらこそいつもおいしく食わせてもらっている」

 「あれ、ヤミちゃんが食べちゃダメなんじゃないの?」

 おかしそうに笑う雫。みんなのお姉さんと言われるだけあって、笑顔はことのほか可憐である。

 ざしゃっ。

 「そこまでだ」

 大体こういうのは声でわかる。ヤミは半眼になった。そもそも「しょこまでだ」と発音する相手と言えば。

 「ヤミとやら。次は私が相手だ。わが名は湖緒音十二神将、疾風しっぷうっ!!」

 またもやスモック姿の幼稚園児である。

 ゆるゆると振り返るヤミに向かって、迷企羅はきりり、と片眉を上げた決め顔を見せた。

 「驚いて声も出ないと見える。安心するがよい。すぐに泣き叫ぶことになる」

 言うや否や、ヤミに向かってダッシュする迷企羅。両手をぐわわ、と広げてヤミにとりついた。

 「こちょこちょこちょこちょこちょ!」

 両手を縦横に駆使した必殺のくすぐり技であった。

 「こちょこちょこちょこちょこちょ!」

 無表情のヤミである。

 「こちょこちょこちょこちょこちょ!」

 少し焦った迷企羅が、さらにくすぐりを加速する。

 「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!」

 でも無表情のヤミ。

 迷企羅ががっくりと膝を落とした。

 「そんな……私のくすぐりが、効かない?」

 「じゃ、またな」

 ヤミが無表情のまま踵を返し、たちばなに入っていく。

 雫が慌てて声をかけた。

 「や、ヤミちゃん? お友達いいの?」

 「友達じゃない。そいつは湖緒音十二神将の刺客だ」

 ヤミははすに振り返ってやたらカッコよく言い放ち、するすると去った。

 うなだれる迷企羅にえーと、と困る雫である。

 「あ、あの、め、めきらちゃん?」

 迷企羅はがばっと立ち上がり、いきなり雫をこちょこちょし始めた。

 「きゃっ! ちょ、やめっ、あはっ、あははははっ! あはいっ! やめっ、ひぃぃぃっっ!?」

 こちょこちょ道を極めた迷企羅のくすぐりに、雫はへろへろ口になって悶絶する。

 倒れたままびくびくんっとなる雫を見下ろしながら、迷企羅は眉根に皺を寄せた。



          ☆



 大妖三人がお世話になっている部屋、ヤミが湖緒音大福の袋を抱えて(早速ひとつ頬張っている)手前の廊下を曲がると、部屋からメイが顔を出している。

 「ヤミ」

 「ん? どうした?」

 ヤミが近づくまで待って、メイが立ち上がる。

 「カノンが現れたそうですよ。変態ポチさんのところに」

 ヤミがやれやれ、と首を振った。

 部屋のドアを開けると、中にはポチとマナが座っている。


 湯飲み茶碗のお茶を見つめるポチ。

 先ほどカノンがした話は、実はポチにとっても少し衝撃だった。自分が何かしなければいけないと思ってはいたが、そんな気楽なものではなく、そもそもの初めから自分はこの宿曜道を巡る話に組み込まれていたのだ。

 「じじい……こういう大事な話は教えておけよ……」

 珍しくひとりごちるポチである。

 状況をおさらいしたメイが、結論づけるように言った。

 「……流石さすがカノン、といったところですね。そちらには注意を払ってませんでした」

 「気づかなかったなぁ。ポチ君はやけに死ににくいとは思ったけど」

 マナの明るさに若干救われて、ポチがおどけてみせる。

 「や、俺も勘違いしてたわ。ギャグ漫画みたいに大怪我しても次のコマでもう治ってるってゆーお約束だと思ってた」

 応えず、ヤミはポチの胸を見つめた。

 シャツは裂けたまま着替えもしていない。うっすら胸に赤いあざのようなものがあるだけで、先ほど貫かれたという痕跡こんせきはなかった。

 「カノンはな、頭がいい頑固だからな……最も始末が悪い」

 ヤミが嘆息する。

 キリ、トウマは真っ正直に向かってくるだろうと予測ができた。けれど、カノンはからめ手を使ってくるだろう。

 「で? どうするんだ?」

 全員がヤミを見た。ヤミが全員を見渡した。

 「カノンの奴はまた来るって言ってたんだろ。流れからすると、今度は誰か人質にとるぞ?」

 タイミングよく、ポロンとポチのケータイが鳴った。メールの着信音だ。

 ヤミを見て、ケータイを急ぎ取り出して見たポチが声を上げた。

 「ハク?」

 本文には、「学校の屋上にて待つ」とある。

 もちろんハクが書いたものではない。ハクなら「学校の屋上。すぐ来い」だ。敵の方が丁寧というのも考えものだが。

 ポチがめったにない怒り顔になった。大魔神レベルの変化である。

 立ち上がったポチをメイが冷静に止めた。

 「罠でしょうね」

 応えずに歩き出すポチに、今度はヤミが声をかけた。

 「待て。禁縛が使えるまであと何時間だ?」

 「……あと二時間」

 「行くだけ無駄だな。痛めつけられて終わりだ」

 「うっせえな。大妖は黙ってろ」

 そのまま早足でポチは部屋を出て行った。

 マナがちょっと感心したような顔で頷いた。

 「わあぁ、ポチくんもああいう顔するんだ~!」

 ヤミが鼻を鳴らして呆れたように言う。

 「……まったく、空賢はいやらしいぐらい用意周到だったぞ?」



          ☆



 湖緒音高校の屋上の一隅には、佇むカノンと、拘束されたバトン部の面々が床に座っていた。

 カノンはケータイをじっと見つめている。スゴイ早い伝書鳩みたいなものだと聞かされたが、届いたのかどうかわからない。

 「ちょっと、返してよ私のケータイ」

 ハクが怒った声で手を出した。

 「届いた?」

 「届いてるよ。送信マークついてるでしょ」

 「そうしんまあく?」

 「いやもう、わからなくていいから貸して。見たげるから」

 ハクとアムだけ意識を保ったまま拘束されてもいなかったが、バトン部の面々は何かの術で眠らされ、後ろ手に縛り上げられている。

 「あんたも大妖でしょ? で、姫様の仇とかなんとかって言うんでしょ?」

 口を尖らせてハクが言う。

 「あのねえ。そもそも千年前のことを今さら蒸し返してどうなるってのよ? あんたのはもう一人相撲なんだよ? 敵はいないし、誰に恨みをぶつければいいかもわかってないんじゃないの? もう敵討ちなんてやめなさいよ」

 口調はきつめだが、その実気遣いが潜むハクの物言いに、カノンはまじまじとハクを見つめた。

 「そう。あなたが、ヤミの憑代?」

 「だからなんだってのよ」

 無言でハクを見つめるカノンだったが、ふいと眼を伏せた。

 「ちょっと、言いたいことあるなら言いなさいよ。どーせこの後喧嘩して、縛り上げられて、温泉つかるんでしょ? 私もいい加減わかるよパターンが。なんの様式美だっつーの。ああもう!」

 「何を言っているのかわからないが、ひとつ、明確な間違いがある」

 カノンが顔を上げ、ハクに無造作に歩み寄った。

 「敵討ちは無意味じゃない。あなたは想像が及んでいないだけ」

 カノンがハクの眼の前に立ち止まる。静かな圧迫に、ハクが膝送りで後ずさった。

 「千年という時間こそ無意味。大切な、守るべき人が、眼前で殺された。想像して」

 そのまま、カノンがハクにのしかかるように顔を近づける。

 「あなたの母が、父が、兄弟が、子供が、恋人が、友人が、恩人が、あなたの目の前で殺される」

 もう吐息がかかるくらいの距離。

 「大切な者を殺した者たちも、何もできなかった自分も、ただ憎らしい。その憎しみが、消える?」

 ハクはカノンの瞳を見つめて、しばし沈黙した。


 この人も同じだ。

 風変わりだが美しいすみれ色の眼の奥には、広い整えられた庭園が見えるようだった。アネモネ、菖蒲、ラベンダー、雪割草、紫を基調とした季節の花々が凛と咲いている庭園だ。

 想像しうる限りの手を入れられ、精緻せいちな構築物のように美しいその庭には、すべての人が訪れては過ぎ去り、今はもう誰もいない。

 そして、これからも誰も訪れない。

 花の上を無音で風が吹き過ぎていく。


 と、不協和音と共に駆け上がる音が聞こえ、屋上のドアが開いた。

 荒い息をつきながらポチがわめく。

 「きたぞこらぁってエロいっ!?」

 カノンがハクにのしかかっているような様子を見て、反射的に前かがみになるポチ。

 「ポ、ポチっ!」

 「お、女の子同士なんてけしからんけしからん! サンドイッチしてくれ!」

 ハクが歯を食いしばる音が聞こえた。

 「……してやんよ、スパイク付コンダラでなぁっ!」

 「おまえ残虐過ぎないっ!?」

 ゆっくりと立ち上がってカノンが振り返った。

 「説明しなくてもわかる」

 意識を失っているバトン部の面々を一瞥する。

 「あれはコンダラではなく、整地ローラー」

 「……おまえ、もしかして天然?」

 カノンは一瞬止まったが、何事もなかったように続けた。

 「……彼女たちの命が惜しければ、七曜封縛を解いて」

 「……」

 ポチは応えず、決意を秘めた表情でカノンに向かって歩き出した。カノンの前まで来て、いきなり座りこんで胡坐をかいた。

 「悪い、それはムリだ」

 カノンの眼が細められる。

 「勘違いすんな。解かないんじゃなくて、解けないんだ」

 悪びれずにポチは軽く頭を下げた。

 「古文書は何書いてあるかわかんねえし、じいちゃんもまだ早いとか言って詳しいことは教えてくれてねえ。封縛のかけ方はもちろん、解き方もわかんねえ」

 カノンは無表情だったが、そこはかとなく呆れているようにも見える。

 「俺が死なねえってのも、お前に言われるまで知らなかった。だからとにかく、俺にはどうしようもねえ」

 ポチはその場に大の字になって寝転んだ。

 「さあ、煮るなり焼くなり好きにしろ! ♪スパムチョ~クランチョンミートっ!」

 ハクが、がくっとこけた。

 「俺だって痛いは痛いからな。お前も少しは気が晴れるだろ。だからそいつらには手を出すな」

 「ポチ……」

 何やらポチを見直したようにハクが呟いた。隣ではアムが若干顔を赤らめている。

 ポチの頭側にゆっくりと回ったカノンが見下ろした。相変わらず無表情で、その眼からは何の感情も読み取れない。

 ポチは恐る恐る薄目をあけて、薄ら笑いを浮かべた。

 「でも、ちょっと優しくしてくれると嬉しいかもぶっ」

 予告なくカノンがポチの顔を踏んだ。

 むぎゅぎゅ。

 「お、おおっ!? そんないきなりマニアックって、いて、いでぇぇっっっ!?」

 彼女の体重から考えるとあり得ないはずだったが、ポチの頭蓋骨が歪んでいる。ちょうどボクシングのハードパンチャーにフィニッシュブローを喰らったような。

 「本当に、好きにしていいの?」

 どうやらほんのわずかだが、カノンは怒っているらしかった。

 アムが小さく叫んだ。

 「ポ、ポチくんっ!?」

 「ちょ、それ以上は……」

 ハクも顔を青ざめさせて声を上げる。

 「ふぐっ、ぐふぅぅぅ~!?」

 なおもポチの顔を踏みつぶそうとするカノン。

 ポチの頭が眼に見えてひしゃげかけたその時、カノンの身体に、大音響と共に何かがぶつかった。

 弾け飛んだカノンだったが、さすがに大妖だけあって瞬間に肘で相殺をかけつつ、逆の斜めに転がりながら器用に受け身を取った。すぐさま飛来した方向に箱をかざす。

 続けざまに飛んできたものに向かって、箱から大量の矢が帯状に発射された。金属音が響き、衝撃で双方共に軌道を変えて飛び去る。

 鞠であった。

 「鞠、か」

 立ち上がってその方向を睨むカノン。初めて感情らしいものが見えた。

 カノンの視線の先には、体育館の脇、ひときわ高い木々の上に立つマナの姿があった。



          ☆



 「やだあ、気づかれちゃった」

 マナが胸をぼよんぼよんと震わせながら、いやいやをするように身体を左右にゆする。

 「まだ間合いの外だろう。距離を取って戦おう!」

 一人芝居が始まる。バトルシークエンスを楽しんでいる燕の口調。

 「うーん、あの子射程距離たぶん一番長いからなぁってひゃふあぁんっ!? ちょ、今の、もう一回」

 両手で肩を抱きしめてぶるぶるっと震えるマナである。

 「え、ちょ、今はそんな場合じゃ……」

 「お願い! ちょっとだけだから! ちょっとでいいから!」

 「えーと、こう?」

 「あっ……ふわぁっっっんっっ! だめぇぇぇっっ!」

 マナが息を荒くしつつ、ちょっとした絶頂に達した模様である。

 首筋と頬が紅潮している。

 「あの、もう一回……」

 「おい! ポチくんに頼まれたんだろ、時間稼げって!」

 「うー、じゃあ、じゃあ後でね。また頼むよ?」

 命のやり取りが始まる前哨戦にしては、やけにエロいというか、どうにも調子の狂う一人芝居であった。

 「えっと……あの、なんてゆーか、ちょっと引くわ」

 珍しく常識的な言葉を吐いた燕を無視して、マナは素早く木の天頂を蹴った。

 一瞬遅れて、先ほどまでマナが立っていたその場所に、無数の厚い剃刀のようなものが降り注ぐ。

 立木を瞬時に切り刻んで、上半分が消失した。






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