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「コーネイザー」のヒーローショーも終わり、駐車場では三々五々、観客が帰っていく。幼い子供たちに混じって、小学校一、二年生ぐらいのグループも見受けられた。ヒーロー番組を実際に見ている年限くらいか(今は大きいお友達もいるけども)。わかっている風な調子で、口々に感想を言い合っている。
「さすがコーネイザーだなぁ。説教臭くてヘドが出るね」
「うんうん、何度見てもいいよねぇ。正義を振りかざして敵の正義をへし折る偽善っぷり。これこそヒーローの醍醐味だよ!」
「ローカルヒーローにしては出来がいいよ。マスクの光沢処理とか完成度高いもんね」
……。
…………。
ほぼ全員がはけた客席では、マナとメイが残っていた。裏から出てきたヤミを見つけて、マナが手を上げる。
「ヤミ、こっち~」
ややゲッソリしているヤミである。変な気にあてられた感じ。
「ヤミだったら全員消し飛ばせたろうけどね~」
「……やるわけないじゃろ。あの着ぐるみだって三十万はするぞ」
「そんなにするの!? 本気で殴ってたように見えたけど」
「うむ……そういう意味では良いものを見たのだが」
「お待たせ、ってどうしたんだヤミ?」
三人が振り向くと、買い物袋を五つも抱えたポチがいた。
「ヤミが怪人に攫われちゃって、でもコーネイザーが助けてくれたんだよ~」
「え、マジかコーネイザーがか。すげえな」
「知ってるんですか? オタクなんですか? 『宇宙船』を定期購読してるんですか?」
メイが畳みかける。
ポチは悠々と首を振った。
「地元の奴はみんな知ってるの! 湖緒音町を限定的に脅かす敵を、湖緒音町限定で守ってくれるスーパーヒーロー、宇宙教師コーネイザー!」
重いビニール袋をぶら下げたまま、ポチが決まらないポーズを取った。
「ゴーリキショーライ、というヤツか?」
ヤミがうろ覚えの変身キーワードを挙げる。
「最弱の代名詞としてその名を使うな! 防御に特化しちゃっただけだ! お前はアマプラまで見てんのかよ」
「うっさいわね。次いくよ」
買い物メモを片手に、むすっとした顔でハクが現れた。
マナがころころと笑う。
「こうして見ると、二人でお買い物なんて新婚さんみたいだねっ」
「そーいうからかいをする勇気は買うけどね。誰のせいでこんな買い物してると思ってんのよ」
ハクがむすっとした顔で、三人の大妖を睨んだ。
そもそも今日は、栢都の母に命じられて三人の幼女の日用品を買い出しに来ているのである。
もちろん「温泉旅館たちばな」でも、子供用のもろもろの用意はあるが、お客さんに出すものを日常的に使うわけにはいかない。加えて、三人共に栢都の母の前では年相応のフリをしているので、であれば幼女が好きそうなやたらに顔のデカい猫のスプーンとか、頭をもぎって疲れた人に食わせようとするヒーローの皿とか、そうした日用品を揃えようとなったのだった。
ちなみに、三幼女は神谷コーチの知り合いの子どもたちで、親たちが急に海外で布教をすることになったので、しばしの間預かるという設定になっている。湖緒音町ならば成立しやすい話でもあったが……それにしても「海外赴任」は本当に便利である。世界がひっくり返るような出来事が起きても「親が海外赴任」と書きさえすれば、キャラ設定も家がらみのエピソードも省略でき、枚数も抑えられるのである。ビバ海外赴任。
「あんたらがうちに住み着いてるからでしょ? ほんと家賃とるぞコラ」
ハクがぐぐっと拳を固めてみせた。
「ならポチさん家に居候させてもらいますが何か?」
メイが半眼で冷静に返す。
「はっ、そんなことしてみな。ポチなんか一発で未成年略取監禁ロリコン罪で捕まるわよ」
「いや、ロリコンは罪じゃない。ただの癖だ」
厳かにポチが告げたセリフに、ハクがかぶせた。
「相手がロリコンと認めた場合、自らの判断で犯人を処罰することができる。場合によっては抹殺することも許される」
「……違憲だ! その補則第二条は甚だ違憲だぞっ……!」
ポチの声が力なく駐車場にこだました。
☆
先ほどの駐車場横、名ばかりの控室ではコーネイザーが次のショーのために休憩していた。
蝶番の緩んだパイプイスは、身動きするたびにキィキィ軋む音がする。コーネイザーはひときわ大きい音を立てつつマスクを取った。
演者は一乗寺闘破(本名である)という三十がらみの肉体派。精悍な面構えと真面目に作った筋肉美で、濃いキャラが好きな女子には結構モテる類のイケメンである。
「お疲れ様っス、一乗寺さん」
先ほどの司会のお姉さん、藤代若葉がタオルと麦茶を持ってきた。彼女もたびたびヒーロースーツに入ることがあるので、全体引き締まっている。さらに、コンスタントにスーツに入っていると顔が痩せる。結果、小柄ながら均整のとれた肢体、ショートカットで愛くるしい小顔な彼女はチームのマドンナである。
控室にはもうひとり、スモッガーのスーツを半脱ぎにして、頭にアイスノンを当てている本郷権太郎がいた。このチームの座長である。こちらも大した筋肉美だったが、眉根に皺を浮かべて苦悩の顔で煙草を吸っていると絵になるような、闘破とは趣の違うシブいイケメンであった。
……驚くべきことに、ヒーローショーチームはセフレマートのエンタメ事業部の正社員である。毎月のヒーロー企画、交渉、運営を担っている。もちろん空き時間はマートの荷出しなどをやっているのだが……昨今では本業ではない人間を雇う(普通は外注である)のはなかなか勇気のいることだ。
彼らチームは、マートの運営にもちろん役に立っているわけだが、若葉を除き(名前からわかる通り、若葉はオーナーの藤代豪邪須と縁続きである)共通点があった。
微妙に、普通の名前ではない。
ふたりを初めとして、エンタメ事業部には、本乃浦素雷(すらいと読む)、弁天橋吉祥(きっしょうで正しい)といった変な名前(失礼)が揃っている。
なにかこう、豪邪須のシンパシーなのか意趣返しなのか、どちらにしてもあまり嬉しいものではないが、いずれにしろ肉体美を備えた変な名前の社員を率先して採用しているともっぱらの噂である。
と、いきなりテーブルをがんっ!と一乗寺が叩いた。
「ダメだっ! ダメだダメだダメだダメだダメだ俺はダメダメだぁっ!」
いきなりの苦悩である。一乗寺はそのまま頭を抱える。
「あまり自分を責めるな、闘破」
「権太郎さん、お疲れ様っス」
若葉が本郷にも麦茶とタオルを渡す。
「おお、ありがとう、若葉ちゃん」
「何を言ってんですか権太郎さん!」
一乗寺が顔を上げた。握りしめた拳を震わせている。
「仮面ライダーも、ウルトラマンも、レンジャーも……本当のヒーローは! その生きざまで、その背中で人を変えるんですよっ! 説教なんかしちゃダメなんですよっ!」
本郷が少し遠い眼をして抑え目に応える。
「こらえろ闘破。そういう時代なんだ。拳ではなくまず対話を。そして、悪には悪の事情がなければならんのだ」
「勧善懲悪ではダメなんですか! 悪は悪であることに、誇りをもっているはずじゃなかったんですかっ?」
「正義は多様化し、悪は弱体化したんだ。悪を悪と断ずることは、正義ではなく、差別なんだよ」
「馬鹿なっ! 悪には悪の信念が、悪の正義があったはずだ! 事情があって悪に走るなんて、ただの責任転嫁じゃないですかっ!」
「その通りだ! 事情があるが故に悪に走るなどというのは、社会正義に敗北した者の言い訳だ! だが……社会に正義などあってはならない。正義が本来独裁的なものである以上、組織が掲げていい旗ではないのだ!」
「ちくしょう! 俺は悔しい! 正義の反対はまた別の正義なんていう大人の論理なんかくそくらえだっ!」
……毎週日曜に繰り返されているヒーロー談義である。
一乗寺闘破という男は、少々こじれた残念なイケメンである模様だ。
若葉は笑顔を絶やさず、頭をぺこりと下げた。
「すいませんっス。私これから講義あるんで、上がらせてもらうっス」
ふたりはそれにほとんど注意を寄せず、ヒーローのあり方について引き続き激論を戦わせている。
☆
セフレマートから南に石段をふたつほど上がったところである。
ちょうど踊り場のあたりが広場になっている。湖緒音町は山と海に挟まれている町なので、海を臨む展望のひらけた場所がちょいちょいある。
このままあとふたつ上がった後、左に曲がってちょっと行って右に行けば、「温泉旅館たちばな」である。
ハクとポチ、三幼女がぞろぞろと上がっていくのだったが、ハクが立ち止り振り返った。
「じゃ、買ったものはお母さんに渡しといて。私これから用具のチェックと手入れに行くから」
言いながら、ハクがマナをぎろりと睨んだ。
「どっかの誰かが調子に乗って体育館をぶっ壊してくれてさ、外で練習する羽目になったせいだね」
マナが無邪気に受ける。
「大変だね~」
「悪い人がいるものですね」
「頑張れよハク。応援してる」
メイとヤミが真剣な顔で応えた。
ハクは一瞬で半眼になり、低音でポチに命じた。
「……ポチ、ちゃんとこいつら躾けときなさいよ」
「大丈夫!」
笑顔と共にサムズアップをするポチである。
「ぜぇったいムリだから!」
「異世界で冒険してろっ!」
様式美のごとく、ハクはポチの眉間に肩口からまっすぐのストレートを入れた。
どうん。
倒れたポチを一顧だにせず、ハクは石段を降りて行く。
脱力したようなアルカイックスマイルで三幼女が見送った。
「ねえ、ヤミ」
「なんだ?」
マナが眼をむいて倒れたポチを突つきながらヤミに声をかけた。
「なんでポチにゃんは、ハクちゃんのパンチは避けないのかな」
「……燕によると、幼なじみは色々複雑らしいですよ」
メイが興味なさそうに応えた。
「ふうん」
石段の脇、ベンチにずっと座っていた幼女が、す、と立ち上がった。
「失敬する。貴公がヤミとお見受けするが」
ありゃ、と面倒くさそうに振り返るヤミ。
ヤミと同じくらいの背丈の、幼稚園スモックを着た幼女が仁王立ちである。
「我は湖緒音十二神将、赤腕の因達羅! 勝負だ、ヤミ!」
「参った」
「え?」
「参った。もう勘弁してくれ」
「ちょ、ちょっと!?」
すたすたと歩きだすヤミ。メイとマナも一緒だ。マナは笑顔で手を振っている。
「ちょちょっ、しょっ勝負はっ! ヤミってばぁっ!」
因達羅は既に涙目であった。
十二神将が敗れ続けた相手に、捲土重来を期した大勝負を受けてもらえない。
天部衆の根底を揺るがす大事件である。
ポチが意識を取り戻し、むくっと起き上がった。
存在を賭けて挑んだのにあしらわれてしまった因達羅に呑気な声をかける。
よくよく間の悪い主人公である。
「あ、なんだ君、迷子?」
「うるさいっ!!」
幼児にも一喝を入れられる男子高校生。
あまつさえビビっている。
残念である。
「お、おおう」
「幼い少女を泣かせるなんて、はあはあ、やはり悪っスね」
階段を一段抜かしで上がってきた若葉であった。
ポチと因達羅が振り向く。
「……え? あの? はい?」
息せき切って突然現れた女子大生、その突然のドヤ顔にポチは戸惑った。
「あれ、どっかでお会いしました?」
「悪は滅すべしっスよ」
「はい?」
だが、若葉の後を追ってきた和装の幼女を見て驚きに眼を見開いた。
先ほど若葉からトウマと呼ばれていた女の子だ。
冷たい眼でねめつける様にしてポチを見つめ、口元だけを動かす。
「……久しいな、空賢」
「って言うからには、お、おまえ、大妖かっ!?」
「この封印、解かせてもらうぞ」
「こ、このっ!」
考えなしにトウマに飛びつこうとしたポチの前に若葉が飛びだした。ポチの手首を極めて肩を軽く押す。
「みすとらるっ!?」
綺麗に一回転、お手本レベルの投げ技であった。
動きから見ると合気道の段持ちであろう。
受け身なしで背中からコンクリートに落ちたポチを冷たく見下ろす若葉(ひどい)……だったが、さすがに人智を超えた打たれ強さを持つポチである。
「えー……その、パンツ見えてます」
ポチは薄目をあけて若葉にいらんひと言を付け加えた。
赤くなって飛び退る若葉。
「や、やっぱりトウマの言うとおりっス! 君は悪! 間違いないっス!」
若葉はポチを指差してわめき、やおらポーズを決めて叫んだ。
「天が! 地が! 人が呼んでいる! 正義を行い、悪を蹴散らす勇者の名をっ!」
ヒーロー脳である。
さすがセフレマートエンタメ事業部である。
「……え、なにそれ?」
ばばばっ! と若葉が変身ポーズを決めた。自作である(……)。
「変、身!」
掛け声とともにジャンプする若葉。
着地。
若干の空白。
「変、身!」
再度ジャンプする若葉。
着地する。
も少し長い空白。
「あ、あの?」
さしものポチも展開についていけない。
突如見知らぬ女子大生が大妖と共に登場し、合気で投げ飛ばされ、よかれと思ってカメコあおりを指摘したら、変身を始められた。
大妖さえいなかったら、正直急ぎで黄色い救急車を呼ぶところである。
若葉が不満そうにポーズを解いた。
「ちょ、ちょっとトウマ! 打ち合わせしたっスよね!? 変身って言ったっスよ?!」
トウマと呼ばれた幼女が、軽く肩をすくめた。和装には似合わない仕草だ。
「んん? あぁ、そうだったな」
言いながら若葉に歩み寄る。
「ちゃんとするっス! 変身は見せ場なんスからっ!」
「……吾が裔ながら、何を言っているのかわからん時があるな……」
ぼそりと呟き、トウマが若葉の胸に触れる。
朱色の光が迸った。




