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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第5話 「灯摩<トウマ>または正義について」
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 「湖緒音町セフレマート」は個人経営の割には、大きいスーパーである。

 そもそもの名称は「セーフ&フレッシュマート」だったのだが、長すぎるのでPOPな略称にしたら勢いが出過ぎてしまった、ということである。当然ながら、少年少女達には発音しにくいらしく、「あのマート」とか、単に「マート」と呼ばれている。略しすぎるのも考えものだという良い例。

 経営者は藤代豪邪須(ふじしろ・ごうじゃす、と読みます)といい、親がヤンキーだったのかどうなのか、当時には存在しないレベルのDQNネームをひっさげた50がらみのおっちゃんである。

 さんざんに名前でいじめられた豪邪須少年は、長じて一念発起、今までのコンプレックスをバネにデカいスーパーを経営する身になったことであった(恐らく美談ではナイ)。


 さて、セフレマートにおいては、ご家族向けの誘引として、毎週日曜午後1時と3時にヒーローショーを開催している。東側の駐車場の一画に、音響をひと通りと花火などの仕掛けを揃えた、結構本格的なステージが作ってあり、そこで子どもたちを喜ばしているのであった。

 今月の出しモノは、流行りのローカルヒーローものである。町役所の観光課と一部のスキモノが作った、ちょっと何かがズレているアレである。怖いもの知らずはホントおそろしい。一方で、そのズレがいい、と時々全国区の朝のワイドショーに出ちゃったりすることもあり、ねじれが加速していく様も……趣深いとでも言えばいいのだろうか。

 はてさて。

 「ケムケムケムケム~~スモッガーだケム~」

 ステージの上、最上段で怪人が高笑いしている。

 ……だいぶ唐突であるが、怪人は名乗らなければならないのである。古くは〇ルトラマンからこっち、なぜか警備隊が怪獣の名前を知っているという齟齬そごをなくすには名乗らなければならないのだ。

 シルエットは四角。

 タバコのパッケージ風。

 よく見ると手足にはライターや煙をイメージした造形があり、頭頂部には火がついているように赤く塗られていて、胸元からはタバコ的なものが何本か突き出ている。

 「ケムケムケムケム!! 湖緒音町をニコチンとタールで真っ黒にしてやるケム! ゆくケム!」

 さすがに愛煙家が半眼になるくらいには悪意があったのだったが、実はこの造形師はタバコが嫌いと思いきや、相当な愛煙家であった。最近の喫煙者周辺もだいぶこじれているものだ。

 スモッガーなる怪人の命令により、リーゼントで学ランを着こんで白いマスクをしたヤンキーっぽい戦闘員らしき三人(戦闘員まで予算はありません)が、客席に飛びだす。

 「ぎぃぃゃぁぁあっっっ!!」

 観客席に乱入してきた戦闘員に、本気で子供たちが泣き叫んだ。お母さん達は苦笑している。あまり前に行けない内気な子達はお母さんの影に隠れようとする。

 2列目あたりの中央、腕を組んで超然と座っている幼女が三人いた。ヤミとメイとマナである。マナは面白そうにあたりを見回している。

 眉根を寄せたメイが口を開く。

 「なんですかこれ?」

 「ヒーローショー、てヤツだな」

 重々しくヤミが応える。

 「結構面白いよ?」

 ウキウキとマナ。

 他の子達と違って泣き出しそうにないと見定めたのか、戦闘員の一人が「ヒーッ」と言いながら(いいのか著作権?)ヤミを小脇に抱えた。

 ヤミは腕を組んだまま超然と小脇に抱えられている。

 「ああっ! ヤミっ! なんてことっ!」

 「ノリがいいですね、マナ」

 ステージに戻る戦闘員。ヤミは堂々とした態度で攫われていった。

 一旦上段から姿を消したスモッガーが、舞台の左側から現れ、ナレーションのお姉さん・若葉を捕まえ、左腕を後ろ手に取った。

 「何するのっ!」

 「ケムケムケム! お前らにたっぷり煙を吸わせてやるのだケム~」

 戦闘員が若葉の横にヤミを下ろす。悠然ゆうぜんとしているヤミに若葉が小声でささやいた。

 「……大丈夫スか~?」

 「うむ。大事ない」

 一瞬面喰めんくらった若葉だったが、進行を思い出す。

 「じゃ、一緒に呼ぶっス!」

 ヤミに呼びかけたあと、子どもたちに向かって声を張り上げた。

 「大変っ! みんな、いいっ!? 声をあわせて助けを呼びましょうっ! せーの!」

 小さな子どもたちが一斉に声を挙げた(思ったより支持があるようである)。

 「助けてっ~! コーネイザー!」

 大音響で、ノリノリな登場歌がかかった。

 怪人たちはあちこち首を振りながら何かを探している。

 BGM一段落。

 姿は見えないが、キリリッとした声が降ってきた。

 「そこまでだ、スモッガー!」

 先ほどまでスモッガーがいた最上段に、ヒーローが登場する。

 わーっ! と子供達の歓声。

 メタルっぽい外見はあからさまに○ャバンであったが、額の上に小さな開いた本がかたどってあるのが違うと言えば違うか。

 「愛ってなんだ? 正義ってなんだ?」

 ばっとポーズを決める。

 「さあ、授業の始まりだっ!」

 ばばっとポーズを決める。

 「宇宙教師、コーネイザー! 推参!」

 口上こうじょうに加えて、ばばばっ、と見得を切った瞬間、どーん、と煙と紙吹雪が舞った。子供達から歓声や「こーねいじゃー!」とか舌足らずの声が挙がった。

 「おのれコーネイザー! 幾たびも我らの野望を妨げおって。我慢ならんわっ! 宇宙教師め、今日こそは眼にもの見せてくれるわあっ!」

 スモッガーがわめいている間、コーネイザーは最上段から下のマットに飛び降りて受け身、舞台の右側に急いで回って飛び出る。子供達には早変わりのように見えるが、ヤミの立つところからは、書き割りの隙間に涙ぐましい努力が見えた。

 「……ううむ、ヒーローショーも大変じゃの」

 ぼそりと呟くヤミ。

 ヤミの述壊とは関係なく舞台は進み、スモッガーがいよいよコーネイザーを血祭りにするターンである。

 「くっ! コーネイザー! 目障りな奴ケム。ゆけぃっ!」

 指令を受けて戦闘員がコーネイザーに襲いかかる。

 ヒーヒー言いながら(だから著作権的なものが)、戦闘員たちがコーネイザーをタコ殴りにする。何というか、結構本気な感じ。いい感じのボディブローなども入れている。

 だが、コーネイザーは若干よろけながらも仁王立ち、決して退かない。

 「ぐっ、ううぅっ! おおおっ!」

 攻撃に耐えきるコーネイザーである。

 戦闘員たちはその頑丈さに少し鼻白んだようで、タコ殴りをやめて若干の距離を取った。

 コーネイザーが悠然とポーズを決める。

 「お前たちの想いは受け取った。ありがとうっ! 今度は俺の想いを受けとれっ! コーネ・ヴィンターっ!」

 叫ぶやいなや、戦闘員のひとりを平手打ちでぶっ飛ばすコーネイザー。

 戦闘員がもんどりうって飛んだ。

 思わずヤミが首をすくめる。

 ……本気度が違う。

 いま、バシッて音がしたぞ?

 コーネイザーは、コーネ・ヴィンター、と必殺技の名前を連呼しながら、戦闘員たちを平手打ちして片付ける。戦闘員たちはわずかの間に崩れ落ちた。頬に手を当ててのたうっている。これ演技じゃなくない?

 焦るスモッガー。

 「コーネイザー、貴様ぁ!」

 ところが、コーネイザーは俊敏な動きで先ほどぶっ飛ばして倒した戦闘員たちを抱き起した。

 「な、なにを?」

 スモッガーが混乱している。

 怪人をほっぽらかして、コーネイザーは戦闘員たちをぎゅうと抱き締めた。

 キッとなってスモッガーを振り向くコーネイザー。

 「お前たちを殴るのも、抱きしめるのも同じ腕だ!」

 「な、なにぃっ?!」

 「同じ腕なら、抱きしめるほうがいいじゃないかっ!」

 わー!と歓声。

 戦闘員たちをゆっくりと横たえ、す、と離れたコーネイザーは、いよいよの決めポーズ。

 じゃーんとSEが入る。

 「それが、愛だっ!」

 コーネイザーの見得と共に、再び、先ほどより派手にどーん、と煙と紙テープが舞った。もう子供たちは夢中である。

 「こーねいじゃー!」

 観客にうむ、と大きくうなずいたコーネイザーはスモッガーに向き直った。

 スモッガーはあたふたと狼狽え、ヤミの首筋に煙草を突きつけた。

 「おのれコーネイザー、この娘がどうなってもいいケムかっ?!」

 少しためらったコーネイザーに向かって、勝ち誇ったようにスモッガーが言い放つ。

 「ケムケムケム! 手も足も出ないようだケム。大体、先生もお父さんも町のおじさんもタバコは吸っているケム。それの何が悪いケム?」

 いや悪くない。問題はそこではない。

 コーネイザーは顔をそむけ、しばし押し黙り……しかし、キッと顔を上げた。

 「スモッガー、1+1は?」

 「は?」

 「1+1はいくつかわかるか?」

 「2に決まってるケム」

 コーネイザーは鷹揚にうなずいた。

 「そうだ、2だ。だが、これはただのルールだ。人間が決めたルールなのだ。だが、それを否定しては算数も数学も成り立たない。ルールとは、物事をきちんと成り立たせるために必要なものなのだ!」

 スモッガーがわめきたてる。

 「何が言いたいケムっ?!」

 「たかがルール! それが現実!」

 低音で気合を入れるコーネイザー。逆に走り出す。

 「されどルール! それが真実!」

 いつの間にか舞台袖にいた係員がふたり、コーネイザーをはね返す。

 コーネイザーは踏み切り、舞台中央に仕込まれたトランポリンで跳ね上がり、宙を舞った。

 息を飲むちびっこたち。

 空中をびよーんと舞いながら、コーネイザーの決めセリフである。

 「社会のルールを守ること、それが正義っ!」

 と、コーネイザーの必殺キックが決まるのかと思いきや、彼はスモッガーの脳天めがけて拳を振り下ろした。

 「コーネ・ゲンクォーツ!」

 ごうん。

 ヤミはいきなりの本気殴りにたたらを踏んだ。

 ちょっと、いま、舞台まで響かなかった?

 先ほどからヒーローショーにあるまじき本気である。予算がない分、地方のヒーローショーでは身体を張らねばならないというのは本当だったのか。

 拳骨を落とされてバッタリ倒れたスモッガーだったが、我に返ってよろけながら立ち上がった。

 「ぐ、ぐ、ぐぅぅぅ……、お、覚えていろケム!」

 呻きながらほうほうのていで退散していくスモッガーと戦闘員たち。

 ……これを毎週である。割に合わない気がする。

 見送ったコーネイザーは、親指で自分を指して、

 「いつでも本気でぶつかってこい! 俺は全て受け止める! 待ってるぞ!」

 そして、じゃきんっ!というSEと共に決めポーズである。再び子供たちの歓声。

 お姉さんが気を取り直したように声を張り上げる。

 「ありがとう、コーネイザー! みんなー、きりーつ。礼!」

 律儀に子供たちが立ち上がり、直立不動の礼をしながら声を揃える。

 「ありがとうございましたー」

 ポーズをとり、それに応えるコーネイザー。

 「子供たちよ! よく遊び、よく学べ! さらばだっ!」

 登場した時と同じテーマ曲らしき歌と共に、コーネイザーは舞台袖へ引っ込んでいく。歓声をあげて見送る子供たち。ヤミは途中からその様を呆然と見ている。

 「……すごいノリだな」

 興奮さめやらぬ中、お姉さんの若葉にヤミは手をつながれた。ヤミを安心させるように笑顔を向ける若葉だったが、まさか相手が1000年ものの大妖だとは知らない。

 彼女は客席に向かって、大声で最後の挨拶。

 「みなさん、ありがとうございましたー! また会える日を楽しみにしてます!」

 若葉はヤミの手を引いて笑顔で舞台を去っていく。ヤミは呆然と後に続く。



          ☆



 もとが駐車場の一画であるから、駐車場に囲いをしただけの控室である。

 若葉がしゃがみ込んでヤミをのぞきこみながら、笑顔で話しかけた。

 「怖い思いをさせちゃってごめんっス。泣かなくてえらかったっスね」

 「え……あ、はぁ、まぁ」

 ヤミにしてみれば、完全に子ども扱いで調子が狂う。

 「お母さんはあっちスか?(客席のほうを指差す)」

 「……あ…‥うむ」

 「そうスか。じゃあ気をつけて帰るんスよ?」

 「……」

 笑顔で送り出す若葉である。複雑な顔をして舞台袖から去っていくヤミ。

 だが、ヤミが去ると若葉はすぐに真顔になり、振り向かないまま後ろに声をかけた。

 「これでよかったっスか?」

 「重畳ちょうじょう

 声をあげた幼女が袖の機材の影から一歩踏み出した。

 異装である。


 古来、この国では「赤」と言えば臙脂えんじである。暗いローズレッド。赤色とは静脈血の色を指し、人の生命活動を象徴する色である。

 その一方で、動脈血の色は「朱」であり、あまり好まれてこなかった。それを見ることはまれ、命を失う場面でしか見られないのだから当然だが、用いられることはほとんどなく、差し色に使われる時も「だいだい」が使用されることが多い。

 だが、彼女の服は違っていた。

 和装ではよほどに珍しい朱色の和服、段階的に斜めの綺麗なグラデーションを見せつつその境目には金糸と緑糸がアクセント、違和感のある和服を身に着けていた。

 帯は正装、黒地に金糸銀糸で波のような幾何学模様、子どもが着込むにはあり得ない落ち着きを見せて、端然とした立ち姿であった。

 「あの娘も、大妖なんスか?」

 若葉が振り返る。

 「左様」

 幼女が武将のような重々しさで応える。

 「ふーん」

 「……ふん、相変わらず軽々としておるわ。大義を心得ぬ弱卒じゃくそつよ」

 呟くように彼女は吐き捨てた。






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