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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第4話 「黄莉<キリ>または報われぬ想いについて」
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 山の中腹、ポチの家から登るのとは違う方角に、上水道の水源管理用の建物と付属して小さな駐車場がある。

 ポチはその駐車場の上の方から、薪と一緒に転がり落ちてきた。石垣でジャンプ、尻で二、三度バウンドする。

 「むぐおおおおおうっ!」

 ポチは低く叫び、そしておちょぼ口になって無言で悶絶した。

 「いっでぇ……ええええええっ!?」

 ハイオクターブの声と共に横に回転、ただいま命の危険の最中である。

 ポチのいたところを光輪がすごい勢いで通り過ぎた。風切る音が追いつかない早さだ。

 キリの光輪は、怒りと比例するのか、先ほどまでと比べてふた回りほど大きくなっていた。早さも上がっているようだ。

 ポチにしてみれば、どのみち当たれば真っ二つなので違いはあまりないのだが、持久力がないのに逃げ回り続け、体力は底を尽きかけているところに、タスクが上がっている。哀れ、さすがに逃げる名人とはいえ、光輪を避けられる余地も幸運も尽きかけていた。

 一瞬光輪を眼で追ったポチは、その進行方向とは逆、尻を押さえて石垣に沿って回り込むように走り出す。

が、光輪は追尾する能力があるのかどうか、上空で鋭角な円を描いて再びポチに向かってくる。

 「ちょちょちょっと! 向こう行って!」

 ポチがギリで飛び伏せると、頭の上を過ぎた光輪が、高音と共に石垣の一部を豆腐のように削り取る。

 「そんなのありっ!」

 と、急上昇した光輪が上空で急降下に移る。

 ポチの脇二メートルほどのところ、駐車場のアスファルトにがつん!と食いこみ、一瞬回転が鈍る。

 「お、止まってくれる……のか?」

 ……もちろんそう都合よくいかない。

 光輪は鈍くなった分を取り戻すように、先ほどより回転を上げた。

 工事で使う道路カッターの巨大版、しかもスピードが段違いである。光輪は赤い光を帯びながら一気にアスファルトを食い進み、ポチに殺到する。

 「ですよねっ!」

 再び転がってよけるポチ。

 すれ違う時に、触れてもいないのに手の甲に火傷した。相当な熱さになっているようだ。

 立ち上がって振り返ったポチをめがけて、光輪が石垣をめくり上げて反転する。ジグザグにショートダッシュしたポチを追い抜くように飛び、二階建てコンクリート作りの水道局の管理建物を、根元から粉砕した。

 「あぎゃっ!?」

 薪の次はコンクリートの破片、そして小さな瓦礫が混じった粉塵が、あたりにもうもうと立ち込めた。

 「……」

 砂が落ちる音が消えたタイミングで、キリが現れた。

 辺りを見渡す。

 駐車場に人影はない。

 「……相変わらず、ちょこまかと逃げるな、空賢め」

 上空で旋回していた光輪がゆるやかな弧を描いて、キリの手に収まった。



          ☆



 駐車場の入口近くは細くなっていて、廃車が一台置いてある。前代の管理人の置き土産である。細くなっている角に置かれているので、駐車場からは車があるように見えない。

 ポチはその後輪部分に這いつくばって、車の下からキリの様子をうかがっていた。あそこからは死角で見えないはずだ。

 手には金剛杵を握っている……が、力が入っていない。

 (あと三十分……アニメならOPからステブレ枠まで一話丸々終わっちまうよ……これはホントにムリかもな……)

 「まだマミってないのアンタ?」

 あまりの驚きに文字通り飛び上がりそうになった。

 いつもの二倍くらいに眼を見開いて(といっても普通の人くらいだが)振り返ると、入口の手前の道にハクとアムと燕が立っていた。アムの手には毛布。

 「ハクっ! に、朝川に会長っ!」

 声を上げてからしまった、というように思わずポチは口に両手を当てる。

 それから素早く手招きをして、近寄った順に勢いよく引っ張った。

 「いたっ!」

 「きゃっ!」

 「おおう!?」

 ほとんど転ぶようにして、ポチの脇に引きずり込まれるハクとアムと燕。

 期せずして、左側にアム、右側に燕が抱きついた状態で、ハクはポチの股間にダイブする格好になった。

 「ポチくん、さすがだなっ! ラッキースケベで4Pとか上級者にもほどがあるっ!」

 がばっと顔を上げたハクは凶相であった。

 「短い人生だったなアホ犬もがっ」

 ポチの手で口をふさがれるハク。ポチはというと、ぶるぶるぶる、と首を振って必死の形相で「しゃべるな」と眼で訴え、目線とあごで「あっち見ろ」と伝えている。

 いつも以上に必死なポチに、ハクが「あぁん?」と若干凶相を緩めてポチの指し示す方向を見た。ハクの視線を感じたのか、ゆっくりと顔を向けるキリ。一瞬眼が合った。

 ばばっと揃って顔を引っ込める四人。勢いよく囁き交わす。

 「ちょっと、また? やっぱりまたなの?」

 「そうだよまただよ!」

 「たたた大妖……さんなの?」

 「アム、さんづけいらないから! いったい何人いんのよ、次から次へとさ!」

 「だから七人だっつったろ」

 「七人!? 多っ! キャラかぶるじゃんっ!」

 「七人ぐらいなら大丈夫だ。最悪髪を七色に塗り分ければ見分けがつく」

 「会長、背景とのあわせが大変ですってそうじゃねぇよ!」

 突然、四人の周囲が明るくなった。

 もちろんライトが増えたわけではない。

 ゆっくり振り返ると、キリが廃車を片手で持ち上げていた。

 「空賢、冥途のひとり旅じゃなくってよかったな」

 キリがにぃっと笑った。

 「じゃあな、死ね」

 「ちょ、ちょって待て!」

 時間を稼ぐつもりでもなかったが、ポチの往生際は悪い。両手を前に出し、制止を試みた。

 「あ?」

 ポチを見るキリの眼は、もう石ころを見る眼になっている。

 「えーと、あの、その……」

 「命乞いか? 聞かないぞ」

 「えーっと、その、ひ、ひ」

 「ひ?」

 「姫様って、誰のことだ?」

 「……なんだと?」

 「お前らが言ってる姫様……だ」

 「誰か、と? お前が? 聞くのか?」

 キリは瞬きもせずにポチを見つめたまま、車を遠くに投げ捨てた。

 「もう一度言ってみろ」

 「だから、姫様って……」

 ガン! とキリが地面を踏みつけた。ビキキッとアスファルトに亀裂が入る。ビクッとなる四人を尻目に、キリがうつむいたまま肩を震わせている。

 「なんかあの人、怒ってるよね?」

 「うむ。ボーイッシュ系のキャラだろうから、怒らせると怖いのではないか」

 「あんた、下手こいたんじゃないの?」

 「え? お、俺かよ」

 「当たり前でしょ。ちゃんと謝んなよ」

 ひそひそ声で四人が会話しているのも聞こえてないのか、キリが眼を見開いたままポチを向いた。

 「殺したほうは、憶えてもいないか。なあ空賢」

 眼が据わっている。

 「ふざけんなっ!」

 それほどの大声ではなかったが、怒気が文字通り圧力と化して、大気が震えた。

 腰が抜けたようにしゃがみ込んだハクとアムと燕の前に、気圧されながらもポチは進み出る。

 「待て、待ってくれ」

 キリは怒りが溢れすぎて、歯の根があわないほどだった。

 「そうだ、待てばよかった。お前らは待つだけでよかった。父君の叛乱はんらんにかこつけて、お前らは姫君を追いこみ立たざるを得ない窮地に追い込んだ。その上空賢、お前は姫のお力をあらかじめ封印までしてくれた。姫は裸にむかれ尊厳をはぎ取られ、全て引きずり出されてなぶり殺しだ。姫の亡骸は人の形をしていなかった。なあ空賢、殺したほうは憶えてもいないか。なあっ!」

 叫んで、キリがポチに飛びかかった。ポチの首を右手で掴み、その勢いのまま山肌に埋まる。

 「がっ! はっ!」

 「お前らさえ、いなければっ!」

 「ぐっ……はあっ!」

 「粉々にしてやるっ!」

 もがくポチの手が、金剛杵をキリの右腕に突き刺した。

 「ぐっ!」

 キリが呻いてポチを取り落とした。どさっと地面に倒れ込むポチ。

 「げほっ、ごほっ! これ、モブの死に方ぽくね?」

 「うらぁっ!」

 だが間髪を入れず、キリがポチを蹴り飛ばした。

 もんどりうって生垣いけがきに突っ込むポチ。

 キリが左手で突きたった金剛杵を乱暴に抜こうとしたが、それはじゃっ!と熱い鉄のようにキリの手を焼いた。

 「くそっ!」

 苦悶の呻きと共に、ゆっくりとキリの右腕が、支えきれなくなったように垂れる。

 「空賢……っ」

 忌々しくポチを睨む。

 「ち、ちょっと、あんたさ……」

 横合いから声をかけられて怒りの表情のまま、キリが振り向いた。

 メイの時よりも直接的な暴力を眼の前で見せられて、ハクの膝は若干震えている。

 「何だよお前」

 「あ、あんた、ヤミの仲間とかなんでしょ?」

 キリが訝しげにハクを見つめ、ふっと肩の力を抜く。

 「ああ、お前、ヤミの憑代なのか」

 「……何が目的なのよ。あんたたち」

 「目的?」

 「そうだよ。確かにポチはバカでスケベでアホだけど、殺したいって思う時もあるけど、それはしようがないと思う」

 後ろの方ではアムが燕にぼそぼそとツッコんでいる。

 「フォローする気なくないですか?」

 「幼なじみというのは、長いがゆえに素直になれない時間も多いというものだ」

 「……でもさ、私はしようがないけど、あんたたちは? なんでポチを殺すの? 封印を解くためってやつ?」

 「よく知ってんな。そうだ」

 「それで……」

 「なに?」

 「封印を解いて、どうすんの? 目的があるんでしょ?」

 右腕を垂らしたまま、ハクをじっと見つめる。瞬きもしない。

 気圧されるハク。

 彼女は怒りで満たされていて、どれが地雷でどの瞬間に暴力が吹っ飛んでくるのか、まるで見えない。

 「……仇を、討つんだよ」

 「姫って人の……?」

 「……」

 キリは黙ってハクを見つめていた。

 ハクは意を決したように言い切った。

 「よく、わかんないけど……それって諦めらんないの?」

 キリは無表情にハクを見つめていたが、目を伏せてため息をついた。

 「……やっぱりヤミの憑代だな。似たようなこと言いやがって」

 少し話が伝わったように思えてハクも息をついた瞬間、キリの姿がかき消え……残像を残してハクの眼の前に立っていた。間近でハクの眼の中を覗き込む。

 思わず首を引くハク。

 「あ、あの……」

 「千年経っているとか、どうでもいいんだよ、私は」

 「……?」

 「人はみな死ぬさ。死んだ後は、あれほどに民に慕われた主上しゅじょうも悪逆非道の王だ。下々の者を使い捨て、主上を罠で騙し討ちにしたクズが“武門の誉れ”だ。あまりに都合が良くて笑わせる」

 「……しゅじょう?」

 「姫も、我らも、主上が汚されるのに耐えた。我らは王道楽土建設を夢見たのだから、失うものも多いのだ、と言い聞かせた。荒らされた田畑の作り直しから、もう一度最初からやり直した」

 「……」

 「挙句が、全員誅滅ちゅうめつだ。力比べなどに興味はなかったのに」

 「あんた……」

 「時が経ったことになど何の意味もない。姫の理想を認めさせるまで、私は死ぬまで戦う」

 静かに、静かに語りながら、キリの左眼から涙がひとすじこぼれ落ちた。

 「私は姫を忘れることはできない。忘れられることは本当に死ぬことだ。姫をもう一度死なせるなど、できるわけもない――我らは姫の眷属なのだ。姫と往き、そして死ぬ」

 キリの赤い眼には、変わらず赤い炎が燃え盛っていた。

 けれどハクは、キリの瞳の奥わずかにうかがわせる“祈り”を直観的に悟った。その勢い、全てを燃やし尽くしかねないその勢いはけれど、同じほどの哀しみに裏打ちされていた。

 ヤミとはまた違う、見える限りの色を洗い流してしまう九月の霧雨を思わせた。






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