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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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89話 生存者

 村外れの湖へ感染者たちは連れて行かれた。意識のある者は歩かせ、ない者はぐるぐる巻きに拘束されて引きずられる。否応なしに水中へ沈められるのだから、何も知らない人の目には拷問に映るだろう。救うためとはいえ、精神的にも肉体的にも消耗する。

 しかしながら、感染者の全員が亜人だったため、感染してからアンデッドになるまでの時間に余裕があった。

 到着後、死者はまだ一名だけである。

 


 感染者を湖に沈める仲間たちの横で、ユゼフは水を汲んだ。手伝わなくていい口実ができ、内心歓喜する。

 湖の向こう岸では、なだらかな丘が続き、頂上に黒い城がそびえていた。壁面を塗装しているのか。色調は均一で、高い城壁に守られている。

 城壁から飛び出す四本の塔。その一つにダモンは入って行った。ユゼフの気球が襲撃を受ける直前のことだ。

 黒獅子たちも同じ城に帰った。獣はイアンが仕向けたのかもしれない。


 ──王の肉叢(ししむら)


 黒獅子天子と名乗る魔人はそんなことを言っていた。エゼキエル王の(しもべ)とも。王というのが、イアンのことだとは思いたくなかった。

 

 ダモンの足には文を結びつけてある。

 王女を連れ去った理由と安否を教えてほしい。使者として、エリザという娘を送っても構わないか?……だいたいこんな内容だ。

 イアンは文を見て何を思うだろう。

 最後に言葉を交わしたのはいつだったか……学院へ通うようになってからは、一緒に遊ばなくなった。親戚の集まりで顔を合わせた時に二言、三言、言葉を交わす程度だ。

 謀反人と後ろ指をさされ、命からがら危険な地に逃げこんだ心境を想像してみる。

 時間(とき)の壁を越え、ここにたどり着くまでも、楽な道のりではなかったはずだ。


 ──話し合いは難しいかもしれない……

 

 峻厳(しゅんげん)な黒い城から発せられる無言の圧力が、そう思わせた。

 塔の所々に(しつら)えられた窓のどれかから、こちらを(うかが)っているのだろう……イアンに会うのは少し怖かった。


 ユゼフはたっぷり水の入った樽を転がして、村の中心へ向かった。

 

 


 アンデッド退治をしているアスターのところへは、結局戻らなかった。

 村の家屋は三百戸程度。昼過ぎには全部調べ終えた。

 ケガ人は出ず、食料や水も確保したので上出来だ。休息をとるより、ユゼフは一人になりたかった。

 カリカリの種なしパンをかじりながら、村内を散策する。

 確認済みのしるし。どこの家の玄関にも、小麦の束が置かれてある。邪悪な気配は消え去った。

 

 常に二人以上で行動しろと、一人で出歩くことをバルバソフは禁じていた。ユゼフも例外ではない。

 いつも付いて来るラセルタとエリザには、食料探しを命じた。二人が家の中へ入った隙に逃げたのである。

 

 風にそよぐ青い小麦畑は、ここが魔の国だということを忘れさせる。家々に雑多な食料があったということは、同じような村と交易をしていたのだろう。

 不可解なのは亜人を誘拐して奴隷として売っていたアフラムが、国境近くのこの村に手を付けていなかったことだ。おそらく、事情があって入り込めなかった。

 気球から見下ろしたところ、周囲を泥濘地が囲んでいた。ぬかるんだ地面が侵入者を妨げていたとも考えられるが、それだけだと弱い。他にも何か……やはり墜落の可能性があっても、気球を使ったのは正解だった。

 ユゼフは目を閉じ、優しい風に身を任せた。


 ──よかった。ここの空気は汚れていない

 

 小麦同士が擦れ合う音、少し離れた所で盗賊たちが騒ぐ音、小さな虫の羽音……他には何も……


 違和感があり、ユゼフは目を開けた。

 少々歩き過ぎている。村境まで来ていた。

 大人二人分の高さの石塀が見えた。石塀は小麦畑に沿って、村全体を囲っている。

 端に建てられた納屋から気配を感じた。近くの家より大きいということは、村内の食料を溜め込む倉庫かもしれない。足音を立てず、ユゼフは納屋の入口に近づいた。小麦の束は置かれていない。


 ──見落としたか?


 ギギギギィー、扉は軋んだ音を立てる。獣の臭気が流れていった。

 中をのぞくと、ガランとしていた。かなり広々としているから、以前は畜舎として使っていたのかもしれない。他の家屋と違い、換気のための窓が等間隔に並んでいた。

 奥に積み重ねられた俵と樽数個。他は古びた家具や耕作道具があるだけだ。

 ユゼフは一歩踏み出した。 


「わぁぁぁぁ!」

 

 突然、叫び声を上げ、扉の影から何者かが飛びかかってきた。

 手に持った(くわ)を振り下ろしてくる。ユゼフはスルリと避け、懐に入り込んだ。驚いたが、相手の動きは鈍い。そのまま難なく押し倒した。

 倒れた衝撃で(くわ)が手から離れ、地面に転がる。


 ──あれ?


 雲をつかむみたいに手応えがない。ユゼフは馬乗りになり、相手の細い両腕を押さえ付けた。

 顔全体を覆う黒い布に空けられた穴から、紫色の瞳がのぞいている。


 ──女?


「抵抗しないでくれ。敵ではない」


 ユゼフが言うなり、女の体から力が抜けていった。


「……人間なの?」

 

 かわいらしい声だ。可憐で、艶を帯びている。

 ユゼフはうなずいた。


「私を連れ去ったりしない?」

「奴隷商人ではない。我々はイアン・ローズという者を探している」

「イアン様を知ってるの?」

 

 女の瞳孔が開く。ユゼフは解放し、女は顔を覆っていた布をとった。

 大きな紫色の目と同色の髪がなびいた。赤い唇は白磁の肌と完全に区別される。尖った耳はエルフの特徴だ。女ではなく娘。薄汚れていても、みずみずしく美しい。

 戸口から差し込む弱い光が娘を照らすと、天からの使者に見えた。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは(๑˃̵ᴗ˂̵) 第89話まで拝読しました〜\(//∇//)\ (汀の中では)シーマはニヤリと笑って感情の起伏がなさげなように思っていましたが、マリクと戯れるシーマ…。 なんて、…
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