88話 アンデッド退治
ユゼフはアスターを追って、着陸した気球へ向かった。
医療チームは畑道にむしろを敷き、ケガ人の手当てをしている。通り過ぎようとするユゼフに、エリザが駆け寄ってきた。
「顔に泥がついてる。肩の傷もひどいじゃないか!」
濡れた手拭いで顔の泥を拭おうとする。ユゼフはそれを払いのけた。
「必要ない。気球の片付けを手伝いに行く」
「ダメだ! ちゃんと手当てをしないと。こっちへ来なよ」
ユゼフは溜息を吐いた。正直、鬱陶しい。深い関係を持つようになってから、エリザは何かと世話を焼きたがる。
「エリザ、気球の火を消してくれてありがとう。でも、痛くないし大丈夫だ」
「ホスローが消火に砂袋を使えと。ザールとサムとミラードと一緒に火を消した。みんなのおかげだ」
エリザは腕を引っ張ってくる。皆の前で馴れ馴れしくされては困るが、彼女を突き離してまで作業へ向かうわけにもいかず、仕方なく従うことにした。
「服を脱いで」
傷は左肩四ヶ所、右肩三ヶ所で、最も酷い箇所は肩の肉が一ディジット(一センチ)ほど抉られていた。血がほぼ止まっても、ぱっくり開いた裂傷はじくじくしている。
エリザは傷口を塩水で洗い流し、消毒をした。
「うっ……」
「我慢して。これが終わったらすぐに縫うから」
つい、ユゼフは声を漏らしてしまった。平気だったのに、しみて激痛が走る。
やがて、針が皮膚の表面をチクチク突き始める。不快感だけ残し、強い痛みは収まった。
「アラムが死んだのはユゼフのせいじゃない」
エリザは傷を縫いながら言った。
「戦わなかった三人のせいでもないし、アラム本人のせいでもない。誰のせいでもない。人が死ぬのは運命だ。だから、気に病む必要はない」
手当てが終わるのと同じタイミングで、残り二基の気球も着陸した。
打ち合わせ通り、四つの隊に分かれ、村の探索を行う。
ユゼフの隊はアスターの隊と合流し、住宅地に入った。
どこの家も固く扉を閉ざしている。ユゼフたちは、村の中央にある一番大きな家の前に立った。
先頭のユゼフが扉の取っ手を握ると、掛け金は簡単に外れた。
外壁に張り付いた盗賊が生唾を呑む。錠がかかっていないとは思わなかった。
ユゼフは小声でカウントした。
「三……二……一!」
最後の「一」で思いっきり扉を開け放つ。
「うー……うーうー……うー……」
唸り声と共に現れたのは、魔甲虫により生まれたアンデッド。
十体以上はいるだろうか。対アンデッド、対魔甲虫の戦い方は訓練済だ。
弱点である頭部を破壊した場合、放出された魔甲虫が襲いかかってくる。そのため、頭部は破壊せずに切り離す。アンデッドの動きは止まり、虫も出てこない。
炎の札を頭部に張り、アルコールを吹き付ければ、生首と魔甲虫は炎上する……という算段だ。
先ほどの戦いで斬ることを覚えたユゼフは、一気に五体の首をはねた。
続々とアンデッドが出てくる。緩慢なイメージとはほど遠い。速い! 札を貼るのはできても、アルコールを口に含んで吹きつける余裕はなかった。
「下がれ!」
アスターが怒鳴り、レーベの澄んだ声が響き渡る。
「パイロ!」
火焔魔法だ。たちまちアンデッドの群れは炎に包まれた。ユゼフは息を呑んで、後退った。
首を刎ねられていないアンデッドは火に呑まれようが、動き回っている。
盗賊たちは炎から飛び出した魔甲虫を潰したり、動き回るアンデッドの首を打ち落としたりした。
虫が飛び散りさえしなければ、獰猛であっても知能は低い。動作が限られるので強敵ではなかった。
黒獅子との戦いの時、動けなかった三人もアンデッド相手には剣を振るっている。
わずか数分。
二十体近くいたアンデッドを倒すには、それで充分だった。
呻き声。剣が空を切る音。首が転がり、肉の焦げる異臭が広がる。
その光景をユゼフはぼんやり眺めていた。横には監督者然としたレーベがいる。ユゼフたちは、手を出さぬようアスターに命じられたのだ。
終了後は青い小麦の束を扉に置いた。しるしだ。
「扉を開けて、連中が外へ出てくるまで離れて待つ。頃合いを見て一斉に飛びかかれ……で、首を六割方斬ったら、下がる。レーベが火を付け、今と同じように後始末をするだけだ」
アスターが手順を説明した。
「アルシア、ダーラ、ファロフの三人は正面から行け。シリン、キュロス、ジャメルは扉近くで待機し、背後から襲う。他は二手に分かれて横から攻撃しろ。私とユゼフとレーベは、離れた所で見ているからな」
例の三人に、正面から行けと命じた。何らかの意図があるのかもしれない。
次の家へ行くまえに、レーベが声を上げた。
「アスターさん、ちょっと待って! 家の中を調べても構いませんか?」
「ダメだ。探索はあとだ」
「……ロープや衛生品を早いうちに補充しておいたほうがいいですよ。魔甲虫に感染した時、必要になります。この家は大きいから、使える物があるかも」
「いいだろう。ユゼフは付き添え。次はレーベなしで片付ける」
アスターは心配する素振りなど微塵も見せず、盗賊たちを連れ、行ってしまった。
不安を抱きつつ、ユゼフはレーベと家の中へ入った。
窓がないので屋内は真っ暗だ。気密性が高く、腐臭がこもっている。レーベは壁に光の札を貼った。
室内は物が散乱していた。
食べかけの食事には蠅とウジ虫がたかり、カビが生えている。開けっぱなしのチェストから、かき出された衣類。詰め込む途中の旅行鞄には、果物や野菜の瓶詰が見える。
魔物の襲撃におびえ、逃げようとしていた痕跡がうかがえた。
「怖くないのか?」
ユゼフの言葉にレーベは青筋を立てた。
「はあ!? 何言ってんですか? 子供だと思って馬鹿にしてるんです?」
「別にケンカを売ってるつもりはない。ただ、恐怖で動けない者がいるなか、おまえは平気そうだから……」
「……まあ、最初、魔の国に入った直後はビビってましたね。今はもう平気です。気球が魔物に襲われた時、とっさに動けたからかな? そうそう、ユゼフさんは知らないだろうけど、ぼくたちの気球にカラスみたいな人面鳥が突っ込んで来たんですよ。危うく球皮に穴を開けられるところでした……でも、そんなことはどうでもいいんです。あなたと馴れ合う気はないから、気安く話しかけないでください」
レーベは言い捨て、部屋の奥へ行ってしまった。
──別に馴れ合う気はないんだがな……
ユゼフは苦笑いする。もとよりレーベには嫌われているが、エリザと関係を持つことによって、ますます溝が深まったようだ。レーベはエリザに懐いている。
居間を過ぎ、炊事場に入る。今のところ、邪悪な気配はない。アンデッドが残っている心配はなさそうだ。
かまどから天井を通り、外へ突き出る煙突。その両隣には換気をするための羽根板が嵌め込まれている。
窓を取り付けず、扉を閉ざしていても、こういうところから魔甲虫は入り込んだのだろう。
鍋や調理道具が吊られる下に大きな樽が二つ、置かれてあった。
「ラッキーですよ。これは使えますね。湖の水を運ぶのに最適です。この二樽、運び出してください」
背後からレーベの声がする。命令口調がユゼフは気になった。
「待て。手伝わない気か?」
「あなたは化け物だし平気でしょ。傷の手当ても必要なかったくせに……医薬品、ムダにしないでくださいね?」
「……わかった。今夜は天幕で寝られそうだが、寝るまえ、エリザにおまえが嫌がらせしてくることを相談してみる」
レーベは炊事場から出ていった。返答は聞けなかったが、憎しみを募らせているに違いなかった。
大きな樽を前にユゼフは肩をすくめる。ワインも少し残っているから、一樽あたり人間一人分……二人分くらいの重量だろうか。
※※※※※※※※
樽を転がし、家の外へ運び終えるころには、ユゼフは汗だくになっていた。レーベは外で腕組みをして待っている。背負っている衣嚢が膨らんでいるから、収穫はあったのだろう。
ホッと一息ついたその時、盗賊の一人が荒々しい息遣いで走り寄ってきた。
「レーベ! ここにいたのか! 魔甲虫に四人ほど感染している。拘束はしているが……早く来てくれ!」
「ただちに湖へ運んでください!! ぼくもそちらへ行きます!」
動じず、レーベは答えた。




