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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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87話 黒獅子②

「ユゼフ様、アラムが……」

 

 ラセルタの言葉にユゼフは反応した。少年の視線の先には黒獅子たちの屍に紛れ、無残に引き裂かれたアラムの遺体があった。

 さらに視線を移動させると、小麦畑の前で三人が棒立ちになっている。


 ──一緒に戦っていたのはラセルタとアラムだけだったのか……!?

 

 アラムは気球の操縦担当なので、通常であれば後方で待機させる。着地に失敗した時、アラムは飛び下りていた。ユゼフの指示通り、魔獣に立ち向かっていったのだろう。

 アラムの遺体は左肩から腹にかけ食い千切られており、凄惨を極めていたが、意外に死顔は綺麗だった。

 ぴったり閉じられた瞼に、一直線に結ばれた唇。千切れた胸からこぼれ落ちた心臓は、まだ血を噴き出している。ほぼ即死だったのだろう。あまり苦しまないで済んだのは幸いだった。

 同行した盗賊の七割が亜人。アラムは数少ない普通の人間だ。年齢はユゼフとそう変わらない。武闘派でありながら機転も利き、アキラは重宝していた。

 

 五首城にて、アラムは魔甲虫の攻撃で屍獣化した者たちを相手に戦った。投石で負傷したにもかかわらず、勇敢だったとユゼフは聞いている。気球の操縦担当に選ばれたのも、とっさの事態に対応できる精神性を見込まれたからである。


 風の動きを感じて上空を見上げたところ、バルバソフ率いる二番隊の気球が降下しようとしていた。

 ユゼフは両手で大きな丸を作り、大丈夫だと合図した。この休耕地は着地にちょうどいい。

 邪悪な気配は消えていないが、襲ってくる様子はない。墜落した気球の火は消し止められていた。

 ユゼフは戦いに参加しなかった三人とラセルタに、亡骸を一ヶ所へまとめるよう命じた。自身はゴンドラへと向かう。




「死者一名、負傷者一名、行方不明者十名……か」


 バルバソフは特に顔色を変えず、報告を聞いた。アキラがいない今、バルバソフが本隊長である。

 アスターとレーベの気球が着地したところで、ユゼフはバルバソフに現状を報告した。

 

 気球墜落時、ゴンドラに残っていた四人は軽い火傷を負い、操縦担当のホスローは体勢が悪かったのか、足を骨折していた。ユゼフとラセルタは血を流しているものの、戦闘には差し支えないので負傷者としてカウントされない。


「ケガ人はこちらへ!」


 レーベが声を張り上げる。各気球に一名ずつ乗っていた医療担当が集まり、ケガ人の手当てを始めた。


「ユゼフ様も手当てが必要です」

 

 ラセルタが促したが、ユゼフは首を横に振った。黒獅子の爪で両肩を傷つけられ、上半身は血まみれだ。しかし、極度の興奮状態から解放されず、たいして痛まない。


「ラセルタ、おまえは手当てしてもらえ。俺はバルバソフに話すことがある」

 

 ユゼフはラセルタを追い払い、バルバソフのほうを向いた。


「すまない。操縦担当のアラムを死なせてしまった」

「おう」

「指導力不足で、戦闘員を命令通り動かすことができなかった」

「うむ」

「正直どうすればいいのか、わからないし、皆を率いて行く自信がない」

「……はぁ!?」

 

 ユゼフの言葉が予想外だったのか、バルバソフは素っ頓狂な声を出した。


「テメェがオレらを巻き込んだんじゃねえか!? 何を言ってやがる! 自信がないから、隊のリーダーを降りたいってんじゃねぇだろうな? チキン野郎が!!」


 バルバソフが顔を赤くして怒り始めたので、横からアスターが口を挟んだ。


「ユゼフはそういうことが言いたいんじゃないと思う」

「じゃあ、なんだってんだ!?」

「まあ、落ち着いて話を最後まで聞こうではないか?」

 

 バルバソフは納得のいかない顔だったが、とりあえず、がなり立てるのはやめた。

 ユゼフはおずおずと口を開いた。


「人の上に立って指揮をとるということ自体が初めてで、どうすればいいかわからない……だから、二人にご教授願いたい」

 

 ユゼフはバルバソフとアスターに頭を下げた。


「三人、戦わねばならない時に恐怖で動けなかった。命令に従ってくれなかったんだ。そのせいでアラムは死んだ」

「テメェが弱気なのがいけねぇんだよ! ちゃんと命令したのかよ?」

「自分ではちゃんと言ったつもりだった」


 バルバソフが何か言おうとしたところで、アスターがまた口を挟む。


「わかった。私が指導しよう。バルバソフもそれで(ほこ)を収めてくれ」


 バルバソフはギロリとアスターをにらみ、少しだけ思案した。

 ここでユゼフを叱りつけようが、どうにもならないことぐらいわかっているのだろう。何かと出しゃばってくるアスターはうっとおしい。それでも、肌の合わないユゼフの相手を代わってくれるのは助かる……と、そんなところか。


「いいだろう。アスターに任せる……残りの気球二基が着地したら、村の家屋を隊に分かれて探索する。それまでにケガの手当てを済ませろ。アスターの隊はユゼフのところと一緒に行動しろ。その際アスターが長となり、ユゼフは従え……以上だ。持ち場へ戻れ」


 ユゼフは素直にうなずいた。

 バルバソフのもとから離れると、アスターはユゼフの肩を叩いた。死が隣にあることを忘れさせるほど気楽に、緩んだ顔をして……


「アラムのことは残念だったが、魔獣相手によく健闘した」

 

 まさか、褒められるとは思わなかったので、ユゼフはどう表情を作っていいかわからず、下を向いた。


「動けなかった三人のことだが、あとで私が指導する。おまえは横で見ていろ」

「あ、アスターさん。ありがとう」


 ユゼフは慌てて伝えたが、アスターは振り向きもせずスタスタ行ってしまった。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鶴の一声というか、、、アスターが発言すると、物語がサクサク進みますね。 まさに狂言回しといったところ。 気球が降下するところは、バラストなどの用語が出てきてよく描かれていたな、と感心しま…
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