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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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86話 黒獅子①

 気球の高度が下がると、村の様相が明らかになってきた。カラフルな家々には窓がなく、村は高い石塀に囲われている。

 魔物が入れぬよう窓はなく、襲われぬよう、塀で囲われているのだと思われた。

 早朝だから人がいないのはわかる……とはいっても……上空から見る限り、動くものは何も見当たらない。


 異様だった。


 地上へ近づくにつれ、懸念が大きくなっていく。ここは瘴気に覆われていないのだから、猫やネズミがいたって良さそうなものだ。

 それなのに人どころか、動物の気配すらない。

 邪悪な気配を感じて、ユゼフは緊張した。


「着陸したら、ただちに戦闘態勢に入る。戦えるよう準備しろ!」


 盗賊たちに指示を出した。彼ら八人のうち、五人は亜人ということもあり、気配を察知していたようだ。皆、強張った面持ちで身構える。

 ユゼフはエリザを冷たく突き放した。


「君は戦わないで、後ろで控えていろ」

「なんでだ? アタシもみんなと戦う!」

「君には別の役目がある」

「いやだ! アタシも戦う!」

「ダメだ。君には無理だ」

「そんなことない! 五首城の時だって、二人で戦ったじゃないか? なんでだよ?」


 なかなか納得してくれない。トカゲの特徴を持つ少年、ラセルタがエリザの肩に手を置いた。


「ユゼフ様を困らせるんじゃない。先鋒隊の隊長はユゼフ様なんだから、命令に従わないと」


 場が白けたことに気づき、エリザは視線を下げた。


「……ああ、わかったよ。従えばいいんだろう」

 

 つぶやき、皆に背を向ける。

 魔の国に入ってから、敏感な何人かは恐怖している。特にエリザは動揺しているように見受けられた。ゆえに、戦闘には参加させないほうがいいと、ユゼフは判断したのだ。




 湖の手前に手頃な広さの休耕地がある。近くに家畜小屋が見えるので放牧に使っているのだろうが、家畜の姿は見えない。


「あそこに着陸する」

 

 気球の操縦を担当しているアラムが指差した。緊急時でも冷静だ。彼を操縦士に選んだのは、的確な人選だったといえよう。しっかり者で、頭の回転も早い。頭脳派でありながら体格よく、アラムは剣士としても優れていた。

 操縦担当は各気球に一~二人乗り込んでおり、二週間前から訓練を受けさせた。充分とはいえないものの、各自役割を果たすことに専念してもらう。


 もう一人の操縦担当のホスローがガスを排気しようと、ロープを引っ張っていた。こちらはベテラン盗賊といったところか。赤茶けた肌に白髪混じりの短髪。気さくな中年である。年下でも優秀なアラムが指示を出し、ホスローは素直に従う。

 排気により浮力が失われ、降下中に傾いた。バランスを崩し、ゴンドラの片側に全員が雪崩(なだ)れ込む。


「おい! 大丈夫なのかよ?」


 誰かが怒鳴ったが、二人の操縦担当は答えずに汗を拭い、高度計を確認した。


「ホスロー、バラスト(砂袋)の砂を落とせ! 他の皆は一カ所に固まらず、バランス良く立っていてくれ」


 アラムが言い、排気のロープをホスローから受け取った。

 ゴンドラ側面に取り付けたバラストから、ホスローがスコップで少しずつ砂をかき出し、降下の速度は緩まった。

 皆が胸をなで下ろし、緊張は緩和される。


 地上まで残り百キュビット(四十五メートル)ほどだろうか……

 家畜小屋から出てくる黒い動物が見えた。山羊の群れではない。もっとがっちりした肉食獣のような……


「危ない! 伏せろ!」

 

 ユゼフが叫び終えた時には、燃える塊が頭上を超えていった。獣たちは大きく口を開け、こちらに狙いを定めている。赤い口腔から、炎の弾丸が放たれた。

 火の玉は次々に飛んでくる。


「ホスロー、再上昇だ!」 

 

 アラムがホスローに命じた。


「ダメだ!! このまま着陸する!」


 ユゼフが怒号を発したとたん、気嚢(きのう)に着火した。気嚢は燃えにくい素材でできており、すぐには燃え広がらない。だが、一気にガスが抜けて急降下する。


「バラストを落とせ!」


 アラムが叫び、バラストを繋ぐワイヤーを切った。少しでも軽くして浮力を回復せねば、地面に激突は免れない。

 反対側のバラストを落とそうと一歩踏み出して、ホスローが転んでしまった。近くにいたユゼフが代わりに、バラストのワイヤーを切る。速度は少し緩まっただけだった。


 下半身からゾクゾクッと悪寒が走り、落ちていくのがわかる。目を閉じたいのを辛抱し、ユゼフは地面をにらみつけた。

 乱暴にエリザの腕をつかむ。


「飛び降りるぞ!」


 ユゼフはエリザを抱きかかえ、胴体から落ち、ごろごろと小麦畑を転がった。それも数秒。即座に起き上がり、振り返る。気球は数十キュビット離れた所に落下していた。

 (とう)でできたゴンドラに火が燃え移っている。何人かは飛び降りて無事のようだ。燃えないガスを気球に使って正解だった。もし、可燃性のガスだったらと思うとゾッとする。

 落ちるまえ、多少落下速度が落ちていたので、残っていた者も大ケガはしていないと思うが……ユゼフは確認したい気持ちを堪えた。


 ──今は、襲ってくるであろう敵のことを考えなくては


「エリザ、ゴンドラのほうを確認してくれ! 無事な者は伏せながら畑から出ろ!」

 

 案の定、休耕地からこちらへ走ってくる黒い動物の群れが見えた。パッと見、二十頭くらいだろうか……

 たてがみに縁取られた大きな頭、しなやかな胴体と筋肉質の四つ(あし)は獅子に似ている。炎の塊を飛ばしていたのは彼らだ。


 ──とりあえず、火焔の攻撃をなんとかしなくては

 

 ユゼフは上衣の内側から魔瓶を出した。


「我が(しもべ)、汚れし憐れな魂よ。目覚めよ!」

 

 ユゼフが呪文を唱えると、煙と咆哮が上がり、巨大な芋虫ワームが出現した。


「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ……」


 ワームの咆哮により、強風が黒獅子を攻撃した。後退はしたが、敵は体勢を立て直し、真っ赤な口を開ける。


「水だ!! 水を出せ!」

 

 芋虫は、あらかじめ体内に溜めていた大量の水を放出した。

 火焔の攻撃が瞬く間にかき消され、黒獅子は元いた休耕地まで流される。火属性の魔物に対して、水で対抗するのは常套手段だ。効いたのだろう。起き上がれずにいる。


 ──まだだ……


 邪悪な気配は強まっている。家畜小屋から歩いてくる全身黒ずくめの人間……

 ユゼフは背後の小麦畑が火事になっていないことを確認した。それから、走り寄ってきた仲間に向かって、声を張り上げる。


「行くぞ! 剣を抜け!」

 

 ぬかるんだ道を走り抜け、獅子の群れに突撃した。水を吸った敵は炎を飛ばせない。その短いダウンタイムに接近して倒す。

 弱ったかに見えたが、ずぶ濡れの黒獅子に近づくと、俊敏な動きで襲いかかってきた。

 戦いの空気が感覚を研ぎ澄ます。襲ってきた獅子の心臓をユゼフは貫いた。

 足をぬかるみに取られ、起き上がれない獅子も何頭かいた。ユゼフは彼らには手を下さず、奥へ進んだ。簡単に倒せる相手は、他の者に任せればよい。

 

 突進して来る獅子の首を切り落とし、横から飛びかかってきた一頭の胸をすかさず刺す。

 アスターの選んだバスタードソードは、突くのも斬るのも両方できる。

 アスターは斬る攻撃を推奨しなかった。ユゼフは心臓、または動脈を狙い打てるから、それを磨いたほうがよいと。向いていないと禁じさえもした。


 ──斬るのが気持ちいい


 力はいるが、心臓を一突きするより達成感がある。獣相手でも、ちゃんとできた。骨に引っ掛けず、繋ぎ目、椎間板(ついかんばん)に刃を入れる。


 ──まぐれだろうか?

 

 ユゼフは確かめるため、向かってきた獅子の首に狙いをつけた。獣が飛びかかる際、蛇腹が伸びるのと同様、首の骨と筋肉が伸びる。

 刹那、地面を蹴り、ユゼフは飛んだ。ビリビリッ……空気が裂ける。獣の跳躍を超え、刃を振り下ろせば、呆気なくスパッと首は落ちた。


 ──まぐれじゃない。この感じだ

 

 ユゼフは嬉しくなり、頬を緩ませた。ところが次の瞬間、背中に風を感じた。反射的に振り返ったはいいが、衝撃と重量感を与えられ、泥の中へ倒れ込む。斬ることに夢中で、背後が疎かになっていた。

 

 痛い──鋭い爪がユゼフの皮膚を引き裂いた。大きな口が目前に迫る!

 不思議なことに、恐ろしいと思わなかった。相手が自分よりも弱いと、本能でわかっている。

 ユゼフは獣の両眼を鋭く見据えた。すると、燃え盛る炎のようだった闘志が一気に失われていった。

 獣は「グルルルルル」と唸り、数歩下がって座り込んだ。他に集まってきた数頭もユゼフの目を見るなり、後退(あとずさ)り、座るか腹這いになる。


「ほう。王がおっしゃっていた肉叢(ししむら)※とは、これのことか」


 声がして、獣たちとは比にならぬ邪悪な気配が形となった。

 男が一人、泥の上を闊歩する。黒ずくめの男は、立ち上がろうとするユゼフの前に立った。

 黒ずくめに見えたのは、全身を黒い毛で覆われていたからである。輪をかけて立派なたてがみと、人の手以外は他の黒獅子たちと同じだ。山羊の下半身で二足歩行をしていた。


「我は黒獅子天子。エゼキエル王の忠実なるしもべ。その肉叢を頂戴するために参った」

 

 自己紹介はともかく、何を言っているのか、よくわからない。


「ユゼフ様!! ご無事ですか?」


 不意にラセルタの声が聞こえ、ユゼフは震えた。今までになかった怖れがやって来る。


「来るな!!」


 ユゼフは叱りつけた。張り詰めた空気が一帯を支配する。

 邪悪な化け物はラセルタがあと数歩でも近づこうものなら、息の根を止めてしまうだろう。


「御身をなるべく傷つけないようにとのご命令なのだが……おとなしく、我と共に王のもとへ来てくれぬか?」 

「断る!」


 ユゼフは立ち上がり、落とした剣を拾い上げた。


「ならば……」

 

 黒獅子天子は言いかけ、コウモリの翼を広げた。


「ならば、またお会いしよう。王の肉叢よ」

 

 意味深な言葉を残し、羽ばたく。ブワッと黒い風が舞い、黒獅子天子の体は上空へ浮かび上がった。

 茫然と立ち尽くすユゼフとラセルタを置いて、黒獅子の群れは悠々と飛空する親玉を追いかけた。


 丘の上の黒い城へ……

 残ったのは、ぬかるんだ地面に転がった亡骸だけだった。




肉叢ししむら……肉体のこと

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