85話 安否確認
夜が白み始めている。
ダモンの背に張った光の札の効力が薄れてきたころだから、ちょうどよかった。小太りのオウムは一片の迷いなく、目的地を目指して飛んでいく。
厚い雲に覆われているため、地上の様子はまったく見えなかった。
グリンデルとの国境からそう遠くない所に妖精族の村があるようだ。
瘴気は入り込まず、食料もある。「クロイシロ」とダモンは呼んでいた。村の奥に湖と城のような建造物があり、そこにイアンたちはいる。
湖は魔甲虫の襲撃を受けた時の助けになるかもしれない。
とうとう、ここまで来た。
「グリフォン、ゆっくり」
ユゼフはダモンを追って、気球を牽引するグリフォンに命じた。このグリフォンはユゼフがあらかじめ魔瓶に封じていたものだ。人間の言うことを聞くように調教してある。各気球の責任者に魔瓶を持たせ、魔国に入ったら、グリフォンを出させるようにした。
「エリザ、大丈夫か?」
「うん……」
エリザは水筒の水を飲んだ。顔が真っ青だ。魔国へ入ってからの異様な空気に圧倒され、先ほど吐いてしまったのである。
──心配だな。これからエリザには重要な役目があるのに……
寸前で怖じ気づかれても、一人で帰れる場所ではないし、足手まといになってしまう。かといって、無理に煽って勇気づけるのも良くない気がするし……
「アタシなら大丈夫だ。ちゃんとやることはやる」
エリザはしっかりとした口調で答えた。ユゼフはうなずき、エリザの肩を叩いた
「ユゼフ、使い鳥が来てる!」
後方の見張りをしていた男が知らせた。伝書に使う鷹がこちらへ向かって来る。
──皆、無事だといいが……
ユゼフは鷹を腕にとまらせ、足に結わえ付けてある文をほどいた。伝書鳥|《使い鳥》は最後尾の気球から順に文を届ける。各気球の部隊長が、安否の有無を文に書き足していくのだ。
気球は全部で六基だが、一基は荷物運搬用なので、実質五隊で編成している。一基につき乗っているのは十人。
例外として、荷物を載せたアスターとレーベの乗る気球だけ乗員は五人である。よって、後続の気球もアスターが監督していた。
ユゼフは鷹に水を与えながら、文を確認した。確認後、よく通る大声で内容を知らせる。
「二番隊、三番隊、無事! 四番隊、無事! ……四番隊から報告。五番隊、魔物に襲われ、降下」
報告を聞いて盗賊たちは、ざわついた。
「アナン様の隊だ!」
「無事なのか……!?」
「さっき、魔物の気配を感じたが……」
「鳥の群れが近くを通り過ぎたよな??」
魔物の気配を感じることが何度かあったので、ユゼフはグリフォンに命じて気球の軌道をずらしていた。香りを頼りに牽引させ、後方の気球も同じように移動しているはずだ。
芥子の花と肉桂の樹皮を各ゴンドラの後ろに貼ってある。交互に貼り、グリフォンが誤って後続の気球へ向かわないようにしていた。
ダモンを見失うわけにいかず、魔物から遠ざかることはできなかった。気配や匂いで襲われた可能性もある。
報告には墜落でなく、「降下」と書かれている。おそらく、気嚢かゴンドラを繋ぐワイヤーに傷をつけられたか……
完全に制御を失ってなければ、なんとか着陸できる可能性もある。連絡が来ているということは、降下するまえ、前方の四番隊に点滅信号で知らせたのだろう。地上から向かってくれればいいのだが……
「うろたえるな! 墜落はしていない。降下だ。後で必ず合流する!」
ユゼフは冷静に伝えた。
初っ端から、本隊長であるアキラが襲われたことは大きな打撃だ。しかし、心配しても何も始まらないし、助けに向かうことは叶わない。自力で合流してもらうしかあるまい。
盗賊たちにもユゼフの思いが通じたのか、騒ぐ者はいなかった。エリザだけが、青灰色の目でキツくにらんできた。
ユゼフが目を逸らしてダモンを見やれば、エリザは横に立った。
「心配じゃないのか?」
小声だが強い口調で訴えてきた。
「なんだか冷たすぎる」
「救助には向かえない。今、俺たちがやらなくちゃいけないのは、ダモンを追い、王女様が捕らえられている場所を突き止めることだ」
「でも……」
「止めたのに君は自分でついてくると言った。ならば、感情的なことを言って、皆の士気を下げてはいけない」
「……わかった。わかったよ、ユゼフ」
口ではわかったと言っても、エリザは膨れている。まだ子供なのか、女特有の性質なのか、戦場には向いていない。
──やはり、連れてくるべきではなかった……
やがて、足元の黒い雲が消え、色彩豊かな屋根や畑が出現した。
「村だ!!」
風に揺られる畑は海のごとく波打っている。青々とした小麦畑の合間に三角屋根の家々が点在していた。屋根には赤や青、橙、黄など鮮やかな原色が塗られ、白壁に映える。積み木で作った家を思わせた。
穏やかな地上の風景は、ここが魔の国であることを忘れさせる。
奥まった場所に湖となだらかな丘があり、巨大な建造物が建っていた。ダモンはそこへ向かっているようだ。
「アラム、ホスロー、降下だ!」
ユゼフは気球の運転担当に命じた。それから、鷹の足に降下を知らせる文を結びつけ放した。




