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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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84話 作戦決行

(ユゼフ)


 王女救出作戦を決行する四日前、三人の葬儀を済ませた。

 それぞれの棺にアダムとダニエルの遺体、シーバートの遺骨を入れ、布を被せる。三人とも遺体の損傷が激しかったために、隠さざるを得なかった。メシア教に(のっと)った作法で、ユゼフが進行を取り仕切る。 

 参列したのはエリザ、レーベ、ラセルタ、そしてアスターの四人。

 アスターが参列したのは意外だった。親しくなくとも、ダニエルには同じ戦場で戦っていたよしみで、感じるところがあったのかもしれない。


 その日、ユゼフは神官として最初で最後の仕事を果たした。

 丘の上に遺体を運び、鳥葬の印であるオークの松明を近くに置く。本来は数日間、野ざらしにするのを時間がないため、二時間ほどで切り上げた。

 野ざらしにしている間、聖典の一節を朗読、祈祷する。

 

「御霊よ。土へ還れ。主よ。死を祝福し給へ。生きとし生けるものに宿る精霊たちよ。死を祝福し、新しき命の糧とされますように……」

 

 それから参列者をシャリンバイの葉でお祓いし、聖水で清める。賛美歌は省略した。

 野バラを献花する際、レーベは泣いていた。アスターが慰め、レーベの肩に手を置いたのが印象的だった。はたから見ると親子だ。


 すべて終えると、遺体をアジト内の墓地に埋葬した。

 肩の荷が下りたユゼフはホッとした。

 ままごとのような葬儀は、けっして無意味ではない。次に進むため、過去をきっちり終わらせる。そういった意味で大きな効果があった。


 偶然、アダムの遺品を見つけることもできた。メシアの剣を(かたど)ったお守りは、王城へ行くアダムに渡すまで、イアンが肌身離さず身に付けていたものだ。

 初めてイアンと会った時、真剣で立ち合ったことが思い出される。ユゼフが無意識に刃を向けてしまった時、このお守りがイアンを守ったのである。


 ──イアンにとって特別な物に違いない


 交渉の材料に使えるかもしれないと思った。




††  ††  ††


 そして、四日後──

 ついに、王女救出作戦は決行された。

 ソラン山脈から虫食い穴を通ってグリンデルへ。グリンデルから気球に乗り、魔国へ入る。月が出ない日を選び、出立を二日遅らせた。

 人員はそのままで、五基の予定だった気球を六基に増やした。一基増やしたのは、荷物を載せるためである。


 虫食い穴を通り、グリンデルに入ってからが最初の関門だ。

 援軍を主国(鳥の王国)へ送っていたとしたら、グリンデルの国境は厳重に警備されている。グリンデル兵と接触せずに行けるか、運に任せるしかなかった。

 幸い、グリンデル側の虫食い穴は森の洞窟にあり、全員が乗り込むまでの間、他の者はひっそり待機することができた。


 洞窟の奥には、平らな広場がある。地下水が流れていたのだろう。岩の表面は削られて滑らかになっていた。 天井は長年の浸食で崩れ、ぽっかり大きな口を空けている。この最適な空間の存在が作戦の実行を後押しした。

 盗賊たちはガスを封じた青銅筒を持ち寄り、気嚢に注入していった。一時間ほどで一基の気嚢が膨らみ、順番に離陸していく。ガス量を減らして上昇速度を緩め、時間差を埋めた。一定の飛空間隔を保つよう調整したのである。


 気球には高価な紫ガスを入れた。モズの錬金術師の間だけで流通する貴重品だ。水素の倍の価格だが、安全性を重視した。

 先鋒部隊はユゼフを部隊長とし、エリザとラセルタが一緒に乗り込む。次鋒はバルバソフが、その次に燃料などの荷物を積み込んだアスターとレーベの気球、あとに二つ気球が続き、最後は本隊長のアキラに任せた。


 すべての気球が離陸するまで滞りなく、事は進んでいく。そのことが逆にユゼフを不安にさせた。

 月のない真夜中。しかも幸か不幸か、曇った夜空には星一つ出ていない。真っ黒な気球は暗闇に溶け込んだ。後続の気球がどこら辺にいるか、目視するのは難しい。

 風向きはあらかじめ確認してあるから、方角は間違っていないはずだが……


「なんだ、シケた顔してんな?」

 

 エリザが笑いながら、ユゼフの顔をのぞきこんできた。

 気球のゴンドラ内は、ランタンの明かりでお互いの顔くらいは確認できる。情緒深い灯火がチラチラ揺れ、エリザをいつにも増して、かわいらしく見せていた。


「ようやくこの日が来たんだ! 一ヶ月待って、やっと王女様を助けに行けるんだよ! もっと晴れ晴れした顔をしなよ?」

 

 ユゼフは答えず、前方にどこまでも広がる深い闇を見据えた。


 追い風が強い。

 黒一色のため、気球が先へ進んでいることを実感できない。ユゼフはよく見る夢のことを思い出していた。

 黒い海を浮いたり沈んだりしながら始まる悪夢。呼吸もできず動けない。その後、炎に包まれ、焼かれることがわかっているのに、ユゼフはいつもあきらめているのだった……


 思えば、旅が始まるまで何かに抗って行動することはなかったかもしれない。未来は決められていて、定められた道を歩むしかないと思っていた。親には逆らえず、言われた通りに従うだけの人生だったのだ。

 

 ディアナ王女の護衛隊が襲われた時、ユゼフはとっさの判断で彼女を連れて逃げた。自分の意志で判断し、少しも迷わなかった。その後も全部一人で決めて行動したのである。

 ディアナがさらわれても、放り出さなかった。以前の自分からは考えられないことだ。大胆なことを平然とやってのけ、盗賊たちを味方に取り込んだ。


 ──でも、本番はこれからだ


 その時、一瞬にして空気が変わった。

 隣にいるエリザも感じ取ったらしく、ゴンドラの手すりに置いた手を握ってくる。

 ユゼフは軽く握り返し、ラセルタに指示を出した。


「光を」

「了解しました」


 先鋒隊が魔の国へ入ったら、次の部隊に光の札で合図を送る。順に後ろの気球へ合図を送っていくよう、取り決めていた。

アスター視点↓

https://book1.adouzi.eu.org/n8133hr/20/

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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