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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)五章 温かい食卓と疑心
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83話 エデン犬②(シーマ視点)

 シーマは炎を出し、瞬く間に紙片を灰へと変えた。

 両手を拘束されたカオルとウィレムが好奇心からか、そばまで近寄ってきている。

 シーマは上衣の内側へ手を差し入れ、先ほど書いた文を出した。


「ここにいるカオル・ヴァレリアンは俺を(あざむ)き、最も重要な事柄を隠していた。その罪は重い。連帯責任だからな? だからウィレム、おまえにも試練を与えようと思う」


 言葉とは反し、シーマはにこやかに伝えた。狼狽える愚鈍な脇役どもを高みの見物だ。カオルのせいで危地に立たされたウィレムは瞳に憎悪を宿し、カオルは震え上がった。不信、疑心、裏切り。


「なぜ、アダム・ローズが死んだか知りたいか?」


 脇役どもは硬直したまま、答えられない。シーマは純粋な笑みを浮かべる。残酷な事実を教えるのは楽しい。


「体に重しを付けて、時間の壁を渡らせたのさ!」

 

 カオルとウィレムの顔色が変わる様子を堪能し、シーマは話を続ける。


「壁を形作る時間の粒子が体内に入り込めば、急速に老化が進む……皆まで言わなくともわかるな? アダムは俺のかけた暗示の通り壁を越え、学匠シーバートに文を渡すと、老衰で息絶えたとさ」 

 

 カオルとウィレムの表情が喫驚六割から、戦慄十割に変わるまで、シーマは待った。それにしても、家来のジェフリーまで萎縮しているのはどういうことか? 馬鹿イアンの弟がどうなろうが、平然としていてほしいものだ。


 ──そんな弱メンタルじゃ、俺の家来は務まらんぞ?


 ジェフリーに少々落胆しつつ、シーマは本題に入った。


「ユゼフへ宛てたこの文を、おまえたちのどちらかに託そうと思っていたが……」


 シーマはしゃべりながらゆっくり歩き、壁の真ん前まで来た。黒い粒子はいくつもの円を描き、グルグル回り続けている。ずっと見ていると、吸い込まれそうになる。


「かわいい犬のおかげで、壁の向こうの状況もよくわかった……少しだけ機嫌も回復した。だから、おまえらに情けをかけてやってもいい」


 壁の中へ腕を突っ込んでみたところ、粒子は即座に反応した。ザザザッと張り付き、たちまち真っ白な皮膚を黒く覆ってしまった。なんとも言えぬ感触だ。

 

 ──おぉっ! くすぐったい。ムズムズするな!


 ()()は、シーマの中へ入り込もうとしているのかもしれなかった。ただ張り付くだけと思いきや、螺旋となり腕の周囲を上下に移動し始めたり、バチバチとぶつかり合って弾け飛んだりと、予測不能な動きをする。徐々に激しさを増し、皮膚が痛いくらいに引っ張られた。


 ──ヤバい! 引きずり込まれる!


 なんとか腕を引き抜くも、シーマはバランスを崩し尻餅をついた。“怖い”より、おもしろい。ほどよいスリル感だった。


「これは楽しいな! ゾクゾクする! 手を強く引っ張られるまでは、なんとも形容しがたい感触だった。ジェフリー、おまえもやってみろよ!」

 

 高揚するシーマに対し、ジェフリーは石のように動かなかった。乾いた唇は開かず、血の気を失った臆病者の顔をしている。シーマは興醒めした。


「はぁー、つまらない奴。ぺぺなら絶対やってくれるのに」

 

 プライドを傷つけられたマジメ君は答えなかった。ぱらりと頬に落ちた黒髪を払おうともしない。ジェフリーがユゼフに無駄な対抗心を燃やしているのを、シーマは知っていた。私生児とはいえユゼフは名家の出で、サチと並ぶ秀才である。ジェフリーが羨んでいるのを知っていて、わざと煽ってやったのだ。

 シーマはカオルとウィレムに向き直った。


「本題に戻ろう。持っているなら、グリンデル水晶を出せ。それで壁を渡るのをチャラにしてやる」


 ウィレムは(かぶり)を振る。カオルはうつむいた。


「グリンデル水晶だよ、グリンデル水晶! この壁を渡るにはレンズ豆程度の大きさがあれば充分だろう。無知なおまえらは知らぬだろうが、グリンデル水晶があれば壁を安全に渡れるんだよ。マリクを壁の向こうへ遣わした時、往復分のグリンデル水晶を体に埋め込んでおいたのだが、今はもうない。この愛らしい犬を文の配達で老犬にはしたくないだろう? かわいそうだからな?」


 マリクは舌を垂らし、エデン犬特有の丸まった尻尾をしきりに振っている。つぶらな瞳でシーマを見つめる姿はいじらしい。


「壁の向こうでは、何者かがディアナ様を連れ去ったそうだ。犯人はイアンに違いないだろう。でも、俺は大丈夫だと信じてる。大切なお姫様は、ユゼフが絶対に取り返してくれる。だからこそ、俺はユゼフに伝えなくてはならないのだ。ニーケ殿下が生きて、イアンと一緒にいるってことをな?」


 せっかく情けをかけてやろうというのに、愚鈍な二人は黙っている。なんたることか……シーマは彼らが三流貴族ということを忘れていた。


「ないのか? 一つぐらいは持っていないのか?……ジェフリー、城なしの貴族は持っていないものなのか?」

 

 ジェフリーも所持していなかったようで、微苦笑している。


 ──ないのなら、仕方ない。予定通りにことを運ぶまで


 シーマは木の枝でカオルとウィレムを交互に指した。目を伏せる臆病者を生かしておいても、役には立たないだろう。恐怖の選び歌が始まる。


「ど、ち、ら、に、し、よ、お、か、神様、精霊様、ケルビム様、メシア様……赤豆、白豆、黄色豆、緑豆、杏、桃、ぐみ、林檎の実、今日は何をた、べ、よ、か……な」


 ピタリ……木の枝が指したのは……


「よし、おまえに決めた! カオル・ヴァレリアン!」

 

 シーマはカオルを指名した。じつは最初から決めていたのだ。一日観察した結果、ウィレムのほうがマシだったので、それだけのことだが。

 連帯責任と言ったのは二人の関係に亀裂を入れるためだ。そうすればカオルが死んだあと、遺恨が残らない。あとは、アダムの時のように暗示をかける。


「安心しろ。グリンデルの国境付近は他国の警備より厚いが、ちゃんと王家の紋の入った通行証も用意してある」


 次なるカオルの行動は泣き出すか、漏らすか。シーマはうつむく美男子がどんな表情をするか、期待して待った。しかし──

 カオルは顔を上げ、キッとシーマをにらみ付けたのである。


「グリンデル水晶ならある」

「……え?」


 シーマは驚いた。おびえて、子犬みたいにプルプル震えていた奴が反抗したのだ。やや緑がかった琥珀色の瞳から怯懦は消えている。凛とした態度にシーマは圧倒された。

 黙っていれば、壁を安全に渡れたはずだ。ここで正直に告白したのはなぜか?


 ──たしか、こいつは貴族の家の養子だったか。国外に追い出されても、生活していく自信がないのかもしれん


 シーマはカオル・ヴァレリアンを見くびっていたようだ。野垂れ死ぬか、老衰させられるか、生き延びるためにこいつは賭けに出たのだ。その男気には応えてやってもいい。一方で心理戦術も忘れない。生き残るなら、仲良しは解消してもらいたい。 怯んだことをごまかすのも半分、シーマは声をたてて笑った。


「こいつ、どこまでクズなんだか? 自分じゃなくて、ウィレムが選ばれていたら、見捨てるつもりで黙っていたんだな?」


 この言葉にウィレムは青ざめたが、カオルは反抗的な態度を崩さなかった。美々しい瞳でシーマを捉え、


「ほら、上着のポケットの中に」

 

 そう言って身をよじった。手は後ろに縛られているから、自分で取り出すことはできない。シーマがカオルの衣嚢(ポケット)を探ると、金の懐中時計が姿を現した。

 蓋の上には大きなグリンデル水晶が嵌め込まれており、底には三つ首のイヌワシの紋が刻まれている。見るからに高価な物だ。

 シーマは懐中時計を注意深く調べた。


「この家紋は王家の物では?……失礼だが、ヴァレリアン家と王家にどんな繋がりが?」

「これは養母が王女様の乳母をしていた時に賜った物だ」

「……へぇー。乳母が、これを?……養子のおまえにあげたのか?」


 ギリギリまで隠し持っていた。大切な物には違いない。しかし、三流貴族の養子が持っているにしては、違和感がある。

 ヒヤッと冷気が上衣の中に入り込み、シーマはくしゃみをしそうになった。星が瞬き始め、欠けた月が笑っている。すっかり、遅くなってしまった。よくわからぬモヤモヤは、あとで考察することにしよう。


「まあいい。日も暮れてきたし、約束通りマリクに行かせる」

 

 シーマはマリクに餌を与えた。食事中に文と懐中時計の入った小袋を、首輪の後ろへくくりつける。愛くるしい見た目でも彼は戦士だ。通信に使われる有能な動物の多くがそうであるように、誇りを持っている。受けた仕事は必ずや完遂する。

 マリクが餌を食べ終えると、シーマは顎と鼻を撫でてやり、


「いい子だ。文を持って、また元の所へ帰るんだ」


 と、言い聞かせた。気持ち良さそうに目を細めるマリクを突き放すのは、心が痛む。甘い時間は短い。シーマはスッと身を引き「行け!」と命じた。

 シーマの指に身を任せていたマリクは命令されるやいなや、パッと切り替えた。一寸も躊躇わず、壁の中へ飛び込んだのである。

 壁を形作る黒い粒子は一斉に集まり、マリクは見えなくなった。それも一時。黒い粒子は柔らかい虹色の光に弾き飛ばされる。マリクは丸い光に包まれた。


 ──これがグリンデル水晶の力か

 

 まばゆい光はマリクを包み、走るマリクと共に移動する。知ってはいても、見るのは初めてだ。シーマは未知なる神秘に見とれた。

 残念ながら、数秒のうちに黒い粒子は大きな波となって、マリクの通った所へ覆い被さった。マリクと光は闇に呑み込まれ消えてしまう。あっという間の出来事であった。

 

 ──もっと見ていたかったが、残念


 とりあえず、やることはやった。あとはユゼフがディアナを寄越してくれるのを待つだけだ。鷹揚に構えていても不安はある。景気づけにシーマは口笛を吹いた。失われた故郷の童歌。自分が自分であることを保つ大切な思い出の歌を。たしか歌詞は──

 口笛を吹きつつ、シーマは頭のなかで歌う。


 行かないでおくれ

 と言っても行かねばならぬ


 置いて行かないで

 と言っても行かねばならぬ


 愛しい人よ

 枯れちゃった


 赤んぼができた 

 父なし子じゃ

ジェフリー視点↓

https://book1.adouzi.eu.org/n8133hr/17/


この後、カットしたアキラ視点↓↓

https://book1.adouzi.eu.org/n8133hr/18/


https://book1.adouzi.eu.org/n8133hr/19/

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