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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(後編)一章 ミリヤ
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7話 狂宴の始まり

 馬車は虚城に入り、いくつものアーチを抜け、内廓の門の手前で止まった。馬車置き場は混雑している。

 ミリヤは行きの分の金だけ渡し、御者を帰らせた。お迎えはいらない。


 会場は思いのほか暑かった。ミリヤはマントを脱いで従者……否、モブ騎士に渡した。

 度肝を抜かれたのは、会場の内周を等間隔に囲むグリンデル水晶の柱だ。丸太サイズの水晶を腰の高さにカットしてある。それらが主殿の前を除き、五歩間隔で置かれていた。くわえて、中央には倍の太さの柱が女王の椅子を挟み、二階高さまで光を発していた。

 

 グリンデル水晶は霊力を内包し、保持することができる。柱状の水晶に火の術を帯びさせることで、暖膜を張っていると思われた。暖かいだけでなく、明るすぎて太陽の存在を忘れるほどだ。水晶の放つ光は角度によって七つの色を見せた。


 ──高価なグリンデル水晶をあんなにもたくさん……


 これだけの水晶を得るために、どれだけの亜人奴隷が犠牲になったのだろう。さすがのミリヤも圧倒され、立ちすくんだ。

 屋内の夜会なら複数回、壁際で見学したことがある。だが、温水暖房設備の整った屋内では、グリンデル水晶を使った大がかりな暖膜を体験することはなかった。


「王城内はすごいだろう?」


 誇らしげに胸をそらす荷物持ち(モブ騎士)を無視する。

 恐れるな。びびっている場合ではない──ミリヤは心のなかで、自分を鼓舞した。

 これはガワの部分だ。弱者を酷使して得た虚飾の栄光に過ぎない。中にいる人間どもは全員俗物だ。そう思うことで、下がりそうになっていた足が前へ出た。

 見回すと、男たちの色を含んだ視線に当てられた。


 ──ほら、いつも通りじゃないか。


 無位の騎士に用はない。有力諸家ほどでなくても、上位貴族はいないか。何人か知っている顔もいる。ミリヤを凝視する者や首をかしげる者もいた。まさか、ディアナの侍女が着飾って、平然とパーティー会場に姿を現すとは誰も思わない。

 うつむき加減の地味な原石と、輝きを放つ美女がすぐには結びつかないだろう。ミリヤはふてぶてしい態度で挑むことにした。


 ──気づかれたって、構わないさ。ディアナ様のもとへたどり着くまでに、ごまかせればいい


 ミリヤは自分を凝視していた男の一人に声をかけた。


「アルタウス閣下! お久しぶりです! お会いできて光栄ですわ!」


 声をかけた金髪角刈りはヤニック・フォン・アルタウス。騎士団参謀長兼、防衛大臣だ。

 グリンデルの主だった貴族の顔と名前は記憶してある。ミリヤは、なかなか覚えられないディアナの辞書代わりだった。

 強面の眉が下がった。


「君は……」

「フローラですわ! 覚えていてくださって嬉しい!! 戦勝パーティーって初めてで、ご案内してくださる方がいらっしゃると、助かるんですが……」


 今さら誰かと聞けないアルタウスは案内役を買って出て、ミリヤと腕を組んだ。女を手に入れた厳つい軍人はご満悦顔だ。

 マントを持ったまま、おろおろする某騎士を放置し、ミリヤはアルタウスと歩き始めた。


「屋外のパーティーでは、こんなにもたくさんのグリンデル水晶を使うのですね? 美しいですわ」

「今日は特別だよ。瀝青城の売女を処刑するというので、豪華にさせたんだ。ところで、君の……」


 ご主人は?と聞こうとして、アルタウスは口周りのひげを触った。パーティーに参加するのは爵位保持者だけだ。女性で独立して爵位を持つ人物は希少だから、名前を忘れるはずがない。


「父は謁見待ちですわ。退屈してましたの」


 ミリヤは、女王の席に列をなす貴族たちを見やった。

 特大水晶に挟まれた最も暖かい所に、女王は座っている。衛兵で厳重に警備されており、金髪を高く結い上げた女王は冷たく微笑していた。


 列のなかによく知る顔があった。小太りの金持ち……ナスターシャ女王の怒りを買ったディアナが、今と同じく囚われの身となった時、侍女たちは競りにかけられた。あれはミリヤを競り落とした貴族。短い期間、愛人関係にあった男である。


 小太り貴族は口をあんぐり開け、ミリヤから目を離せないでいた。かつての愛人が女王の腹心と腕を組んでいる。逃げた女が他の男と親しげにしていても、相手が相手ゆえに、どうすればいいのか、わからないのだった。


 ミリヤは当たり前のように、小太りに手を振った。

 気弱な男は体をビクンと震わせた後、曖昧な笑みを浮かべ、手を振り返した。アルタウス相手では、異議を申し立てる勇気がでないのだろう。

 アルタウスは、ミリヤを小太り貴族の娘と勘違いしたようだ。


「じゃ、昼餐(ディナー)席には君もエーデルハルト卿(小太り)と?」

「いいえ。わたくし、わがまま言って、同伴させていただいているだけですもの」

「それは残念。主殿の屋上は処刑を見物するには、最高の場所だよ」


 なるほど。上位貴族だけが、屋上のディナー席へ移動するらしい。主殿の屋上の目と鼻の先に尖塔の先が突き出ている。


「屋上にもグリンデル水晶が?」

「いいや、主柱を除いて、ここで暖膜を張っている短い柱を運ばせるらしい」


 グリンデルのヒエラルキーは主国より過酷だ。等間隔に並ぶ水晶の外で白い息を吐く彼らの従者たちを横目に、ミリヤは思った。

 貴族内ですら、はっきりしている。上位貴族のみ暖膜に守られ、下位貴族はマントを羽織り、立食する。


 アルタウスと腕を組んだミリヤは、会場内を闊歩した。向けられるのは羨望と嫉妬の眼差しだ。貴族は皆、女王の側近に道を空ける。

 軍人らしいたくましい腕にも、鍛え上げられた分厚い胸板にも、ミリヤは気後れしなかった。

 今まで、間近でさんざんいい男を見てきた。修羅場を何度も経験してきた男たちは格が違う。ティムやグラニエといった一流の戦士。愛する妖精族の王は置いといて、アスター、ザカリヤ、サムエル……英雄たちの振りまく男の色気は尋常ではない。

 

 アルタウスは虚城と同じまがい物だ。

 モブ騎士が持っていた土産物のような短剣が思い浮かび、ミリヤはクスッと笑いを漏らした。不思議そうに見つめるアルタウスに言い訳する。


「屋外というのに暖かすぎて、氷菓がほしいぐらいですわ」

「ディナーが始まったら、一気に涼しくなるよ。水晶の柱を持って行かれてしまうからね……おや、君の従者はどこへ行ったのだろう?」

「暖膜の外で待機してると思いますわ」


 かわいそうに、ミリヤを運んでくれた騎士を、入口の所に置いてきてしまった。

 二本の大きな水晶の柱を軸に右側は、テーブルが並ぶ軽食スペース。左側が舞踏スペース。楽団の演奏は屋上から聞こえる。女王の座る柱の位置から前に出てはいけなかった。

 軽食スペースを抜けると、主殿の馬蹄階段が見えた。階段を下りる影が揺れている。


 ──ディアナ様!! イザベラ!!


 後ろ手に拘束されたディアナとイザベラが兵士に引っ立てられていた。

 主殿から暖膜を作る柱まで数十キュビット離れている。暖膜の内と外では天と地の差があった。狭い空に日が昇っていても、ロスマリヌの月※中旬は冷え込む。

 捕えられた時のままの服装なのだろう。ディアナはピンクのガウン一枚でぶるぶる震えていた。イザベラは黒いスカートの裾を破かれていたが、足取りはしっかりしている。抵抗して、スカートの中の武器を取り上げられたと思われる。


 彼女たちが階段を下り切り、主殿の正面に立たせられると、裸足なのだとわかった。

 ガーデンブルグ王家の正統な後継者。アニュラスに人間の王国を建てた最初の女王の生まれ変わり──そのディアナと守人のイザベラを裸足で歩かせている。

 ミリヤは奥歯を噛みしめた。動揺が伝わったのか。アルタウスが顔を寄せてくる。


「どうした? 瀝青城の売女のお出ましだよ」


 ミリヤは知らず知らずのうちに拳を強く握り締めていた。いやらしい男の手を振り払って、今すぐにでも主を助けに行きたい。彼女の身代わりになれれば、喜んでこの身を差し出してやる。

 荒ぶる気持ちをさらに煽ってきたのは、悪女の声だった。


「宴を始める!!」


 ナスターシャ女王の高笑いが聞こえた。




※ロスマリヌの月……ローズマリーの月。二月。 


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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
いや一時期暮らしてた場所なんだから普通に危ないだろ……と思ったらそれすら利用するとは、すごい胆力。
素晴らしい取り入り方ですね!! そして、小太りさんを使った見事な隠蔽!! 良いですね、良いですね!! こう言うのこそ、潜入には必要不可欠なスキルですので、それが明示されているのは非常に好感が持てますで…
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