72話 四者会談①
「にゃおおぉぉぉん、ごろにゃん!」
猫の鳴き声を合図に四者会談は開始した。なぜか、進行役のアスターがペットの黒猫を抱いているからである。相手がアスターでなかったら、やる気があるのかと叱ってやるのだが、強面の大男がクソ真面目な顔で猫をなでているものだから、シーマは何も言えなかった。
円形闘技場の中央に設けられた円卓の周囲には、間隔をあけて小さな薪が並べられている。炎は厳かに揺らぎ、天幕の下に集まった四人の王と護衛たちを柔らかく温めた。
円卓の上だけを厚手の布で覆っているおかげで風を寄せ付けず、暖気を逃さない。ときおり、流れてくる冷気が心地よい。
エゼキエルの来訪のせいで遅刻してしまい、すでにディアナとサチは座って待っていた。隣り合って座る彼らは新婚夫婦のように仲睦まじく、談笑している。
「遅れて申しわけない」
初っ端から頭を垂れるという、締りのないスタートを切った。ユゼフ姿のエゼキエルが先に謝ったので、シーマも謝らざるを得なかったのである。
王たちの他は仲介役のアスター、シオン、カオル、エドアルド王子(クリープ)がテーブルにつく。付き添い人は、それぞれ主の背後に控えた。シーマはサチの隣に、続いてエゼキエルが着席する。王たちに向かい合うアスターとエドアルド王子をシオンとカオルが挟んだ。二人は記録を取る。
「さて、全員そろったな? いちいち、自己紹介する必要もないと思うが、一応名乗っておこう。進行役を務めさせていただくダリアン・アスターだ」
アスターは謝辞を述べ、シオンに書類を配らせた。
シーマは乱れた銀髪をジャメルに直させる。ミリヤの手を握ってから着席した。髪を編ませる時間がなかったのだ。数キュビット先、サチの向こうにディアナがいる状況は落ち着かない。ミリヤに気づいているだろうし、互いの顔が見えにくい位置にいるのは幸いだった。
「まず、ほぼ合意している議題から片づけていきたいと思う」
アスターは四人に対し、以下の内容を承認するよう促した。
・グリンデルに対抗して、共闘すること。
・他領へ侵攻しないこと。
「この二点については、合意で構わないな?」
意義を唱える者はいなかった。自国を守りたいのは当然だし、敵は同じだ。
「後ほど合意文書にサインしてもらおう。では、次の議題に移る……と、そのまえに……」
アスターは先に謝罪を済ませろと、言ってきた。
「お互い、蟠りがなくなってからのほうが話しやすいだろう」
アスターがディアナではなくて自分のほうを見てきたため、シーマは目を逸らしたくなった。男は損だと思う。ミリヤが背中に手を当ててきて、腹を決めることにした。文字通り背中を押されたのである。
シーマは立ち上がり、ディアナを見据えた。
数年ぶりに対面したディアナは思っていた以上に幼かった。結婚したころと同じ十六、七といっても、うなずけるほど若い。三人も出産しているようには、とても見えなかった。
見開いた碧眼は不安と恐怖で揺れていた。
こんな小娘を怖れていたのかと、意固地になっていたのが馬鹿らしく感じられる。彼女は庇護者なしには生きていけない哀れなカナリアだ。
シーマ→エデン卿→ラール卿(アナン)→ヘリオーティス→ナスターシャ女王→アスター→サチ・ジーンニア。
護ってくれる者のところを転々としているだけ。意思決定のほとんどはミリヤや他の側近が行う。愚かな女王は傀儡だ。取るに足らない人物と捉えることで、シーマは割り切ることができた。
「ディアナ、妻であったあなたを蔑ろにし、その妹君であるヴィナスと内通したことを申しわけなく思う。自身の欲望のため、あなたの名誉と自尊心を著しく傷つけ、悲しませたことを陳謝する」
シーマは深々と頭を下げた。
ディアナは目に涙をたたえ、顔を赤らめている。なんだ、簡単なことだったではないかと、シーマは拍子抜けした。この二年間、いがみ合っていたのはなんだったのか。自身を脅かす女王という存在におののき、架空の強敵を作り出していたに過ぎない。本当のディアナは、なんの力も持たないちっぽけな小娘だったのだ。
立ったままでいろとアスターに身振りで指示され、シーマはディアナの返答を待った。
ディアナは側近の女と小声でやり取りした後、「謝罪を受け入れます」と答えさせた。
それから立ち上がり、シーマのほうへ顔を向けた。今度は彼女の番だ。しかし、落涙を止められず、言葉をうまく紡げられない。シーマと目を合せられたのは一回きりで、終始うつむいた状態だった。“ヴィナス”と“陳謝”の言葉が聞き取れただけで御の字である。何を言っているか、ほとんど聞き取れなかった。
この情けない謝罪のあと、ディアナの後ろに立っていた女が代弁した。
「ごめんあそばせ。陛下は感情が高ぶってしまい、わかりやすくお伝えできなかったかもしれません。代わりにわたくしが補足させていただきますわね」
椅子に崩れ落ちるディアナにハンケチを渡し、女はキッとシーマをにらみつけた。立ったままだったシーマが一歩下がりそうになるほどの、ど迫力である。どこからどう見ても謝罪する態度ではなく、戦闘に入る直前の雰囲気だった。
醜女ではない。顔形は整っているほうではないか。まとめ上げた黒髪から、束になって垂れる後れ毛は縮れている。真っ黒な瞳と髪は白い肌と対立して、強烈な印象を残した。
「臣下の者がヴィナス様を脅すため、毒を盛ったのは事実です。陛下は残酷な計画を実行させてしまったことを心より後悔し、陳謝されております。陛下とヴィナス様はとても姉妹仲が良く、壁で分断されている間、互いのことを深く案じ合っておられました。姉妹の尊い絆が断たれ、命のやり取りをするまでの事態に追い込まれてしまったことに、やるせなさを感じ、憤りを覚えています。二度とこのような悲劇を起こさないためにも、和睦を強く望んでおられます」
これは謝罪というのだろうか。暗にシーマを責めており、臣下のせいにすることで責任逃れをしている。シーマは眉間にシワを寄せ、女をにらみ返した。女にひるむ様子は見られない。
「あ、申し遅れました。わたくし、イザベラ・クレマンティと申します。先の謀反で亡くなった前宰相の娘です。この場を借りて、お聞きしたいのですが、わたくしの実家に兵士が再三押し入り、家宅捜索されるのは何ゆえでしょうか? 謀反の被害者であるにもかかわらず、国からは何の補償も受けられず、そのうえ、反逆人扱いされるのはなぜでしょう?」
イザベラの体から発される精気は邪悪な瘴気に近い。か弱いディアナとは反対に、屈強な英雄たちや王の視線をものともせず、ふてぶてしい態度で周囲を見回した。真の黒幕は彼女ではないかと思うぐらいの威圧感である。
「個人的な質問は受け付けない」
アスターがワンテンポ遅れて伝えると、
「あら! 会談とはそういうことを話し合う場ではなくて?」
すかさず、言い返した。
「最後に質問の場を用意している。和を乱すような真似をするな!」
アスターがにらみを利かせても、イザベラは態度を崩さなかった。調子が狂うのだろう。アスターは長髭を触り、シーマに目で合図する。謝罪を受け入れろということなのだろうが、シーマは認めたくなかった。明らかに謝る態度ではない相手を、許す気にはなれない。
険悪な空気を破ったのはミリヤだった。足を引きずりディアナのもとへ行くと、「わたしからも謝罪させてください」と。
「侍女のミリヤと申します。ヴィナス様がお飲みになった毒を調合いたしました。お茶会に招くこと、情報を聞き出すことをディアナ様に勧めたのもわたしです。わたしがすべての段取りを決め、ヴィナス様の大好物のお菓子の中に毒を入れました。責任の九割はわたしにあります。本来、わたしが殺人罪を負うべきで、ディアナ様は責められるべきではありません」
ミリヤの裏切りにシーマは唖然とした。泣くだけで弁明も謝罪もできない主とは異なり、毒花は凛然とした美しさを見せつけていた。そこにいる全員が凄まじい美に惹きつけられ、言葉を失う。
猫には気高さより、野草の毒が気になるのだろう。静寂のなか、アスターの胸で喉を鳴らしていた黒猫だけが「フーーッ」と、毛を逆立てた。
この状況下でミリヤを赦して、ディアナを赦さないということはあり得ない。愛する女はシーマを窮地に陥れた。袋小路に追い込まれたシーマの選択は一択だ。
「謝罪を受け入れよう」
ミリヤの処遇をシーマに委ねることで、ディアナ側も納得した。




